「特技をいかせ!」その1
ユーマは洞窟の天井から垂れ下がっていた鎖を引っ張った。
外郭迷宮内には、こういった「よくわからないもの」が多数存在する。
「なんだこれ?」
エリーの顔が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと! そういうのは引っ張る前に言いなさいよ!」
ユーマたちの進んできた道が、突然鉄格子でふさがれた。シエンがほほ笑む。
「退路を断たれちゃったわねぇ」
エリーが吠えた。
「なんでもかんでも触らないで!」
「いやぁ、なんか気になっちゃってなぁ」
ここまで、敵と見れば逃げ回っていたユーマたちだが、目の前に魔物の群――ゴブリンたちが立ちふさがった。
デモダッテがぽつりと呟く。
「……詰んだ?」
ユーマたちの命運は尽きたのだった。
<パーティーは全滅しました>
真っ白な世界に四人は並んで立っていた。数メートル先は白い霧に覆われている。
「俺たち……死んだのか?」
ユーマは周囲を見回した。とんがり帽子をかぶった少女がうつむいている。
「……初めてリアルで死んだけど、死ぬのって痛い……死にたい」
デモダッテはうつむいたまま、ぽつりとつぶやいた。その隣で、エルフの少女が握った両手の拳を空に向けて突き上げた。
「悔しいいいいッ! っていうかユーマ! もう少しおとなしくしててよ! ああいう鎖とかボタンとかレバーって、だいたいが罠なんだから」
「ごめん。なんか、初めてのことばっかりで、わくわくしちゃってさ」
無邪気な笑顔のユーマに、エリーは怒りの矛先を変えざるを得なかった。
「はぁ……だ、だいたい、ゴブリンなんて雑魚にやられるなんて信じられないわ!」
荒ぶるエリーを見て、シエンが小さく肩をすくめさせる。
「外郭迷宮内では魔物たちの戦闘力が上がるのよ。まあ、最初なんだしこんなものでしょ? ……さて、そろそろ来る頃ね」
シエンが遠くを見つめた。白い霧で満たされた視線の先に影が揺らめく。
猫ほどの大きさの動物が、霧の中から四人の前に姿を現した。
エリーがごくりとつばをのみ込む。
「や、やだ……なにこの白いもふもふ……可愛いじゃない!」
純白に赤い目をしたうさぎのような生き物は、すくっと後ろ足で立つとシエンを見上げた。
「やあ。久しぶりだねシエン。きみがいながら全滅なんて珍しい」
甲高い声で小動物は告げた。同時に、エリーが肩を落として悲しそうな顔になる。
「しゃべるんだ。意思疎通できるんじゃ可愛さ半減よ」
落ち込むエリーをよそに、シエンが小動物を睨みつけた。
「こっちにも色々あるのよ」
ユーマがシエンと小動物を交互に見てから聞く。
「二人は知り合いなのか?」
その場で小動物はくるりとターンした。
「初めまして。三人は新米冒険者だね。ぼくはバッファー。全滅した冒険者を外に連れ出すのが仕事さ」
ユーマが驚いたように目を見開いた。
「それって、生き返らせてくれるってことだよな!??」
「あくまでぼくは案内役だよ。奇跡を起こすのはきみたちの神なんだ。この場での復活を望むなら、神に願うことだね。さっそく、呼び出してみようか?」
ユーマはうんうんと何度もうなずいた。
「よろしく頼むぜバッファー!」
「それじゃあさっそく……『時と世界を越えて異界の扉、今、開かれん』っと。もしもし神さま!」
バッファーが前足を天に掲げると、空に神の姿が投影された。
「ん? あ! お前ら全滅したのか? 情けねぇなぁ」
ユーマが代表で一歩前に出た。
「そんな風に言うなよ神さま。みんながんばったんだぜ」
「どれくらいまで進めたんだ?」
「えっと、伝奏師に飛ばされたら森の中でさ。でも、森が迷路になってやがるんだ。で、その森の奥で地下に続く洞窟を見つけたんだよ」
「けっこう順調じゃんか。どうしてやられた?」
「地下二階で俺がやらかしちゃって……逃げられない状況でゴブリンと正面から戦うことになったんだけど、この通りだ!」
「胸を張って言うことじゃないだろ。しかしまぁ、なるほどな。地下一階までなら、なんとかいけるのか……メモしておこう。んで、四人そろってなんの用だ?」
エリーがムッとしながら声を張った。
「生き返らせてほしいのよ!」
「あー。コンティニューか。それは無理だな」
「無理って……じゃあ、わたしたちはずっとこのままなの?」
「そうは言ってないだろ。えーと、そこのちっこい運営の手先のお前。説明しろ」
バッファーは前足を降ろすとちょこんとおじぎをした。
「初めまして神さま。ぼくはバッファー。異界と世界をつなぐ『偉大なる摂理』の眷属だよ。
その様子だと、説明なんてしなくてもわかってるんでしょ神さま。どうします? 全滅か再開か、選ぶのは神さまですよ? あ! 冒険者のみなさん。再開を希望するなら、神さまを説得してくださいね」
バッファーがくるりと身を翻して、四人を見上げた。
「……再開しても、すぐにボッコだよね」
デモダッテがぽつりとつぶやいた。エリーの顔が青ざめる。
「たしかにそうかもしれないけど……」
シエンがやれやれと、肩をすくめさせてから神に向けてウィンクした。
「なら、今回は全滅でいいんじゃないかしら?」
ユーマが拳をぎゅっと握り込む。
「そんな……簡単に諦められるかよ! どうしても無理なのか神さま! 俺のできることなら、なんでもするから! そもそも俺が招いたことなんだし!」
シエンが優しく微笑みながら、首を左右に振ってユーマの手をそっと両手で包むように握った。
「いいのよユーマくん。あっ……でも、リーダーしか復活できないのよね。ユーマくんは、とりあえず街の教会に行って、蘇生の手続きをしてちょうだい」
「……えっと、なんだって?」
「生き返ればわかるわよ。というわけで、異界の神。とっとと諦めてちょうだい」
シエンが空に投影された神に告げる。
「お前、神相手に命令すんのかよ。とはいえ、神珠もないし他に選択肢もないか。おい、小動物野郎、全滅を受け入れるぜ」
「それは残念だね。では、仰せのままに!」
バッファーが前足を天に掲げた瞬間、ユーマの目の前で白い光が爆ぜた。
すぐに閃光が止み、青年のぼやけていた視界が、だんだんとはっきりしてくる。
周囲を見わたした。左右に立ち並ぶ石造りの建物群に、青年は見覚えがあった。
この場所は、攻略街の東門の辺りだ。
「なんでこんなところに立ってるんだ俺……って、あれ?」
先ほどまで両脇に並んでいた三人の少女の姿が消えていた。空に浮かんでいた神の姿も、白い獣の姿もない。
そして、ユーマの手には三人の少女の冒険者免許が残されていた。




