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紅い物  作者: 辰野ぱふ
9/11

9.

 さて、数日後、またよっちゃんからメールがあった。

『明日この間のカフェの前で待ち合わせしませんか? タカラダさんも一緒です。こんどこそ夕飯をごちそうしますよ』

 章一はうれしかった。それに前に約束ができていれば、ヘルパーさんを頼むなりなんなりして、祖母の夕飯もちゃんとできるし、章一も気ままに外食ができる。

 その章一の浮かれた気分を母が見逃すわけはなかったが、「なんだい? うれしそうだね?」と言って、それ以上詮索して来なかったし、次の日、夕飯時に友達と出かけて不在であることを言うと、

「わかったよ」

 と言い、それが耳に届いたのか? 祖母の部屋からも「わかったよ~」としわがれた声が聞こえてきた。


 平日、章一が仕事に出かける時間にはまだほしくず屋は開いていない。それを察したのか、翌日の朝、母が『万能かりんとう』を差し出し、

「今日友達と会うのならこれを持ってお行きよ」

 と言った。

 章一が寝ぼけまなこでその袋を見つめると、

「大丈夫だよ。賞味期限内だし、これはスケさんとあたしとで開発したかりんとうだからね。少しもらってあるのよ」

 と母がにっこり笑うので、章一はすっかり目が冴えて、ぞっとしながら、

「ス、スケさん?」、

 と聞き返すと、母は恥じらいながら

「いやだね、ほしくず屋のスケサブロウさんだよ」

 と当然章一も知っているだろうという風に言うので、章一は目が点になり、

「え? スケサブロウっていうんだ、あのおじいさん…」

 と確認してしまった。

 朝からどんよりとした気分になるのをこらえながら、章一は仕事に向かった。


 その日、よっちゃんとはカフェの前で待ち合わせて、章一はしゃれたカジュアルフレンチのお店に招待された。もう、そのことだけで章一は感動でいっぱいになっていた。

 タカラダさんもきっちりとおしゃれをしてきているらしく、ふんわりとしたピンク色のニットに真珠のような白いビーズが縫いこんであるトップス、そこから見えている白いブラウスの襟にもピンクの花が刺繍されていて、座っているだけで清々しい。二人はどこから見てもお似合いのカップルで、この二人に招かれていえる自分というのが、章一にはものすごく誇らしく思えた。

 二人はキラキラと輝くようで、章一はそれをうっとりと眺め、シェフおすすめの赤ワインなどを飲み、すっかりいい気持になっていた。

 よっちゃんは新婚旅行などの話もしてくれて、二人でニースに行くのだと言う。どこで何を見たいとか、新しい家庭の話しにもなって、二人で選んだマンションのようすなども話してくれ、

「遊びに来て下さいね」

 とタカラダさんに言われ、章一は天にも昇る気持ちになっていた。

なんだかそんなおしゃれな夕食のあとで、しょぼくれたおみやげだな…、と思いつつ、まあ手ぶらよりはいいかもしれない…と、章一は母からもらった『万能かりんとう』をよっちゃんに差し出した。

「うわあ。すごい、万能って…。何にでも効果があるということかしら」

「お。今日はごぼうかりんとうじゃないんだな。いつもあれおいしくて、タカラダさん…、てか、マミコもお気に入りなんだ…」

 その「マミコ」と呼ぶよっちゃんの恥じらいが、章一にも伝わり、ほろ酔いかげんの章一もなんだか一緒に恋をしているような感じになるのだった。

 帰りがけ、タカラダさんが化粧室に行き、席を外している時によっちゃんが章一にお礼を言った。

「スミノエ。ありがとう。例のカンダさん、君にって、封筒を預かっているんだ」

「え?」

 と一瞬時間が止まったように感じた。

「ほら、また受付に預けられていたんだよ、封筒が」

 と章一に差し出された封筒は少し大き目の茶封筒で、よっちゃんの名前が書かれていたが、その封筒の中から、例のカンダさんの手作りの封筒が出て来て、付箋が付いている。それには、『先日カフェでいっしょにいらしたお友達にお渡しください 神田聖子』と書かれていた。

「え?」

 と章一がたじろいでいると、

「おい、本当にありがとう。カンダさん…、なんだかスミノエのこと気に入っているのかもしれないし…。その…、まあ、勘違いとは言っても、スミノエとならお似合いなんじゃないかな?」

 とよっちゃんがとんでもないことを言い出すので、章一はさらにたじろぐと、

「あ、マミコ来る前に、それしまってよ。なんか、縁起が悪いから」

 とよっちゃんは汚い物でも渡すように章一に茶封筒を押し付けた。

「あ」

 と言いながらも、章一にはそれを押し返すこともできず、しぶしぶと自分のバッグの中に茶封筒をしまうと、

「また、会社で茶化されたけどさ、おれ、もう結婚することも皆に言ってあるし、友達に渡してって言われてるんでって、同僚にも説明できたし…、ほんと、すっきりできたよ。スミノエにはほんと、感謝してる」

 そう言われて、章一はなんだか複雑な気分になるのだった。

 よっちゃんたちと別れて、章一は駅のトイレかけこんだ。茶封筒を家に持って帰る前に中身を確かめておきたい。中身によってはその場で捨てた方がいいような気がしていた。

 手作り封筒の表書きには『美』とある。

 中には、蝶々結びの銀色のリボンが入っており、また一筆箋が添えられていた。

『吉田様よりあなた様のお名前を確認しております。

 あなた様のおかげによりまして、吉田様とメール交換することが叶いまして、これまでの誤解もすべて解けました。

 これもすべて、あなた様のおかげにございます。

 どうぞ、あなたさまにも美しい幸せが届きますよう』

「は?」

 と思いながら、章一は少し考えた。

 まあ、悪い気がする内容でもないし、もしかしたら、母はこれを喜ぶかもしれない。

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