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紅い物  作者: 辰野ぱふ
6/11

6.

「で…」

 とよっちゃんは章一に向かって急に真面目な顔になって言った。

「スミノエ、司会たのむよ!」

 章一の心の中では『ええええええ?』という言葉が雷のように轟いた。だがもともと章一は自分の心を外に表すことが不得手だ。衝撃に次ぐ衝撃に揺らぎながらも、外面的にはすました顔で、

「あ、ああ」

とだけ答えた。

よっちゃんが自分のことを親友と思ってくれているという、そのことだけでも、なんだかものすごいことのように思えて、章一は天にも昇る気持ちになっていた。

「あ、それで、これからぼくたち食事に行くんだけど、一緒に行かない? もちろん、ごちそうするよ」

 とよっちゃんは言い、またもや章一の心の中には『ええええええ!』という言葉が鳴り響いた。そんな状態では食事が喉を通るとは思えなかった。なので、章一はぐっと腹に力を入れて、

「悪いな、よっちゃん。おれ、夕飯はいつも家で食べることになっていて…、急に出かけることはできないんだ。もし食事するなら、今度にしないか? 前に予定を決めてもらえるとありがたいな」

 と言った。

 章一は暗~い我が家を思い出していた。母は章一をあてにしていて、たぶんばあちゃんも章一の帰りを待っている。ばあちゃんの食事の世話をすることは暗黙の了解という感じで、家での章一の重要な役割になっているのだ。

「あ、そうか? 残念だな…。じゃあ今度はちゃんと前に予定を聞くよ」

 と、三人で席を立ちながら、よっちゃんは章一の耳元で、

「今日、来てるんだ…、例のカンダさん、ほら」

 と、外を顎で示した。

 もう十一月の始めで、外は寒くなっているというのに、カフェの外の席に一人不自然に座っている女性がいた。

 濃いグリーンの分厚いコートに埋まるようになっていて、章一たちが外に出ると、さっと下を向き、テーブルの上に置いてある、ムーミンのトートバッグの陰に隠れた。

「なんか、おれたちが気が付かないと思ってるみたいだな」

 とよっちゃんは忌々しそうに言った。

「ね、なになに?」

 とタカラダさんがよっちゃんの腕を取って言った。

「あ、なんでもないよ」

 とよっちゃんは笑い、皆でカフェを離れようとした時、うしろで「あ」とカンダさんの声がして、章一が振り返ろうとすると、

「スミノエ、見るな!」

 とよっちゃんが左手で章一を引っ張り、よっちゃんの右側のタカラダさんが

「え? なになに?」

 とまたよっちゃんの顔を覗き見ると、

「なんでもない、なんでもない、もう行こう」

 と言って、三人で駅に向かった。でも、章一はちょっと振り返ってしまって、カンダさんの様子をちらりと見てしまったのだ。

カンダさんはカフェの外にいたのに、自分で持って来ていた飲み物を飲んでいたらしい、その水筒が倒れたようだった。それがどうしても章一には気になるのだった。

駅の改札に近づこうとした時、章一は、

「あ、ぼく、ちょっとコンビニで買い物があるから」

 と言ってよっちゃん達と別れ、カフェまで戻ってみた。

 カンダさんの姿はもうなかった。が、カンダさんが座っていたあたりに、何か紅いどろどろした液体がこぼれており、それは、コンクリートタイルの上に人さま様の模様を描いていた。章一ははっとした。それは、細い人体で足を踏ん張り、手と思われる部分は頭の上で輪を描いていた。

 そこに、くしゃっと少ししわになった封筒が落ちていた。紅い液体がついてしまっている。章一は人差し指と親指でつまむようにしてそれを拾うと、目の高さに持って来てしばらくながめてみた。次に臭いをかいでみた。臭いはあまりわからなかったが、なにか甘い液体だったらしく、べたべたしていた。なめてみようかとも思ったが、なんだか気持ち悪くて、それはやめておいた。

封筒の表書きは『苦』だ。触るのも気色が悪い。が、よっちゃんのために何かがわかるかもしれないと思い、中を見てみた。中には固結びになった黒いリボンが入っていた。メモのようなものは入っていない。

章一はティッシュペーパを数枚取り出すと、厳重にその封筒を包み、バッグの中に入っていたコンビニ袋を取り出すとその中に入れ、袋を厳重に縛り自分のバッグに入れ、駅に戻るとトイレで入念に手を洗った。

 

 さっき一瞬目に入ったカンンダさんの姿が脳裏を過った。カンダさんは下を向いていて震えているように見えた。章一はなんだか可哀そうに思ったが、どうしていいかもわからない。

 よっちゃんとタカラダさんの幸せを祈って心を熱くしていたのに、その気持ちが一瞬でしぼんでしまったように思った。でも、とにかく、よっちゃんには幸せになってもらいたい。

自分とは一生無縁と思われていた『親友』という言葉が、深く深く章一の心に刻まれた。


 家に帰ると、母はいつもどおりなにやら煮物をしていた。

「ショーイチ、今日は少し遅かったな。何か見つけたか?」

 と母が聞いた。

「いや、べつに…」

 と答えると、

「おや? 調子が悪いのか? 急に寒くなってきたからな、身体が資本。気をつけないとな」

 と言った。

 いつものお決まりのように、章一は自分の部屋で部屋着に着替えると、祖母を車いすに座らせて食卓まで押して行き、一緒に座った。

「ショーイチ、だいじょぶ?」

 と祖母も言った。少し前まで章一のことを父の章介と間違えて呼んでいたのだが、このところ、祖母は章一の名前を間違えることがなくなっていた。こんなよぼよぼの祖母にまで心配してもらっている。章一はなんだか情けなかった。

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