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紅い物  作者: 辰野ぱふ
5/11

5.

 よっちゃんには三年前から付き合あっている彼女がいるのだが、ちょうどカンダさんが現れた頃から、二人の仲はいい感じになってきていて、結婚を考え始めていた。そして、その彼女と会ったある日、「どうも着けられていたらしい」とよっちゃんは言った。

 何回かデートを重ねていたのだが、いつも着けられていたのかどうかはわからない。

ちょうど一週間ほど前、またカンダさんから手作り封筒が届いた。それが、手渡しではなく、どうやらよっちゃんの会社の受付の人に渡したらしいので、かえって目立ち、同僚からはまたはやし立てられるし、受付の人にくすくすと笑われて、よっちゃんは腹が立って来たそうだ。

 その時の封筒の表書きは『宙』。それ自体意味不明だが、封筒の中身は、紺のリボンを蝶結びにしたものと、メモ。メモには

『お気づきと思いますが、女性の気配がおありですね。気持ちが少しゆるんでいらっしゃいます。足元を見てお歩きください』

 というさらにわけのわからないもの。

 なんだかどこかで監視されているような気がして、よっちゃんは、それから、会社に行くのが憂鬱になっているそうだ。

「だってそうだろ? わざわざカンダさんを呼んで話すたぐいのことでもないし…。まあ時間が経てばそのうち、あきらめるっていうか…、おれには気がないし、カンダさんとおれはもともと関係ないということに気が付いてくれるとは思うけど…。とにかく、やつを見るといらつく。昨日も近くに寄って来たら鳥肌が立った。下手するとぶん殴りそう」

 と、よっちゃんのいらいらが章一にも伝わってきた。そして、よっちゃんは言った。

「なにより、そういう、人を拒否したいという気持ちを持っている自分が、嫌になってくるんだよ」

 と。

 章一は思う。そういう感覚を持っているよっちゃんだから、章一のような一人はぐれたような友達のことも忘れず、いつも声をかけてくれるのだろうと。

 そして、よっちゃんの力になりたい、と思ったのだった。


 その日、家に帰ると、母が喜々として待っていた。

「なにか、あったかい?」

 と聞く。

 章一はしらけて

「別に…」

 と答えたら、

「ごぼうかりんとうはどうだった?」

 と聞いた。

「ああ、五袋買っていったら、ちょうど五人来ていたからちょうどよかったよ」

「そうかい、そうかい。あんたには何人来るかが先にわかるんだろうねぇ。で、何かもらった?」

 と言われて、章一はドキリとした。よっちゃんからもらった『血ノ池軟膏』のことが頭をよぎったからだ。その小さい変化を母が見逃すわけがなかった。

「何だい? 何かもらったんだね。見せておくれよ」

 と母が言って来たので、しばし考えたが、まあ、そんなもの持っていてもしょうがないので、章一は『薬』と書いた封筒を母に差し出した。

 母の顔がパッと輝いた。そして、封筒の文字をしげしげと見つめ、

「達筆な人がいるんだねえ。若いのに…」

 と中を確かめ、

「おやおや、すごくいいものをもらったね!」

 と喜んだ。

 章一はそのまま自分の部屋にこもろうと思っていたのだが、母が遠い目をして、

「この薬はね、お父さんの常備薬だったのよ。ショウスケさん、別府の出身だからね。大きな志を持って出て来た人だからね。身体になにかできると、これを塗ってね、また次の日には仕事に出かけて行ったよ。ほんとうにやさしい人だったよ」

 と言った。その言葉に反応するように、祖母の部屋から

「ショースケ?」

 と声が聞こえ、

「ばあちゃんも思い出したんだねぇ」

 と母が目をうるませた。

 章一は、ぐっと息を詰めると自分の部屋に入って障子をきっちり閉め、ふーっと長い息を吐いた。


 それからしばらくして、よっちゃんからメールがきた。水曜日、勤務中のことだった。

『カノジョ紹介するから、このあいだのカフェで6時、どお?』

というメールだった。

日にちが何も書かれていないということは、その日の夜ということなのか? カノジョとはだれのことか? もしかしたら、章一の彼女になる人を紹介してくれるのか? よっちゃんの結婚相手を紹介してくれるのか? いまひとつわからなかったが、『OK』と返事を打った。

章一がこの間よっちゃんと話をしたカフェに行くと、よっちゃんが女性を連れて来た。

 よっちゃんはなんだか、疲れているように見えた。

「ああ、この人がぼくの親友でスミノエ君」

 と紹介された、その『親友』という言葉に雷に打たれたような衝撃を感じた。

「これ、ぼくの彼女でタカラダマミコさん」

 と紹介された、その彼女は、うつむきかげんに章一を見て、にっこり微笑み、そのほほえみにも章一は衝撃を受けた。章一はこれまで面と向かって、こんなに感じよく女性に微笑んでもらったことはなかったような気がした。その人は美人というほどの美人ではなかったが、その人なりのおしゃれをして、ものすごく感じが良かった。『タカラダ』というごとく、まったく宝物のような人だな、と章一はしばらくその感動を味わっていた。

「ぼくたち、結婚することに決めたんだ」

 とよっちゃんは説明を始めて、結婚式場のパンフレットなどを出して、詳しく説明し始めたが、章一はなんだか感動の渦の中にいて、上の空だった。

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