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紅い物  作者: 辰野ぱふ
4/11

4.

 同僚はおもしろがって、「よおよお、親切なんだなー」とか、「もてるなあ」とかはやしたてた。よっちゃんは、ハハハとあいまいに笑ったが、いったいこの間というのがいつのことかさっぱりわからないし、何か思い違いをしているのだろう、と思っていた。

 そのままざわざわと同僚にからかわれながらランチメニューのある居酒屋に入ると、同僚の一人が、

「おい、ヨシダ、さっきの封筒なに?」

 とずけずけ聞いてきた。よっちゃんも何かは気になっていたのだが、人違いかもしれないのに、皆の前でそれを見せるのもいけないと思い、

「もしかして、何かの間違いだと思うんで…」

 と言うと、「またまた~」「あ、人に言えないことなのね」「そうだろう、そうだろう」などまた皆にはやし立てられてしまった。

 昼休みが終わり会社に戻ってから、こっそりトイレの個室に入り、封筒の中をたしかめてみた。グリーンのリボンがリボンだけ蝶々結びにされて入っていて、そのほかにメモが入っていた。

『先日、エレベータが閉まりかけておりましたのに、開けて下さりありがとうございました。そのボタンを押してくださったのは、あなた様だということは確認しております。

 あの日は、本当に助かりました。ありがとうございました』

「は?」とよっちゃんは思ったという。まったく覚えていなかったし、乗ろうとしている人がいるのに扉が閉まりそうになった場合、朝だったらなおさらのこと、扉を開けて待ってあげるのは普通にやっていることだった。

 それから、同僚の方がよっちゃんとカンダさんのやりとりをおもしろがってしまい、昼休みや、会社の行き帰りにカンダさんを見つけると、「おい」、とか「彼女来てるぜ」とか言ったり、肘でつついたりするので、よっちゃんも変に意識してしまい、そのことで、カンダさんは真っ赤になったり、意味深に見つめてきたりして、困っているのだという。

「そう思いたくはないんだけど…、仕事帰りに…、なんだか、おれのこと待っているような日もあったんだよ」

 とよっちゃんは言った。同僚がいる時ははやしたてられるので、カンダさんも恥ずかしがってどこかに隠れてしまい、まだ良かったのだそうだ。困ったのはよっちゃんが一人の時だ。カンダさんが物陰に立ってじっとしていたりすると、ぎょっとしたが、なるべくそれには気が付かないふりをして、事なきを得ていたという。

 そして、それから数日後の金曜日、よっちゃんが帰る時に、やはりカンダさんが急に走り寄って来て、手作り封筒を渡してきた。表書きは『志』。

 中には映画の券とメモが入っていた。それも、翌日の土曜日、日時、席も指定されている券で、メモには映画館の場所と時間のほかに、『もしよろしかったら、ごらんになってください』と書き添えられていた。映画はその時すごく流行っていたディズニーのアニメで、よっちゃんにはまるで興味が持てないものだった。

 その夜、よっちゃんは悩んだ。無視してしまえばいいのだ。と自分に言い聞かせたが、もともと、皆に気配りのできる「いい人」のよっちゃんには、それがそう簡単にはいかないのだった。もしそのまま無視した場合、こじれたり、カンダさんが思い悩んだりすることも考えられる。それよりはとにかく直接会って、このようなことをしないで欲しいとはっきり伝えた方が良いのではないだろうか。口で言うのもいやな気がして、よっちゃんはとりあえずメモを書いてみた。だが、変にメモを渡すことでさらに勘違い? されても困るし…、と、まったくカンダさんの次の行動を予想できないので、よっちゃんは苦しんだ。

 珍しく一睡もできない夜だった、とよっちゃんは言っていた。

 その映画の上映の朝、鏡を見ると、疲れ切った自分の顔があった。このままではヘロヘロになってしまう。とにかく、その映画館に行き、カンダさんにはっきり『もうこういうことはやめて欲しい』と言おう、と決心してよっちゃんは映画館に向かった。朝から食欲がなくなり、気分は最悪だったそうだ。

 ところが、その映画館にて、よっちゃんの席はちょうど真ん中の見やすい所だったのだが…、右も左も女性の友達同士で来ている人で、カンダさんの姿はどこにもなかった。映画が始まると、なんと皆映画と一緒に歌ったりするので面食らった。『いったい何なのだ?』と理解に苦しみ、よけいにもんもんとしてしまい、映画を見るどころではなかった。その映画音楽はすごく流行ったので耳についているのだそうだが、氷の城ができる場面以外、内容はまったく覚えていないという。

 映画が終わり出口に向かうと、カンダさんがいて、そばに寄って来るでもなく、少し離れた所で、深々とおじぎをして行ってしまったのだという。ますますわけがわからないのだった。

 とにかく、勝手に勘違いをしているのだから、しょうがないとよっちゃんは思い、気持ちを切り替えようと努力した。

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