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紅い物  作者: 辰野ぱふ
3/11

3.

 章一はふと気が付いたことをつい口に出してしまって、これまでにも何度も失敗してきた。なのに全然懲りないのだ。心の中で『またよけいなこと言っちゃったな』と思いつつ

「いいよ」

 と答えた。


 よっちゃんは幹事なので、ほかの友達の帰りの心配までして、いろいろ気を使っていた。

「二次会は?」

 と聞くヤツもいたけれど、

「今日はちょっと用事があるから、また今度にしよう」

 とやけに真面目に答えていて、顔のまわりがどんより暗くなっているのが、章一にはわかった。やっぱりなにか悩んでいるんだな、と章一は思った。


 皆と別れたあと、章一とよっちゃんはカフェに寄った。

 よっちゃんは、生クリームの上にチョコレートチップがのっている、フラペチーノとかいうしゃれた飲み物をたのみ、章一は普通のコーヒーをたのんだ。が、普通というのがわりに難しいカフェで、さわやかでかわいい店員が、ていねいにいろいろ説明してくれた。さっぱりわからない。しょうがないから、

「じゃそれで」

 と言ったら、けっこう普通のコーヒーが出てきたのでほっとした。

 店内はわりに人が多かったけれど、一人でパソコンなどをやっている客が多く、男同士で話しているような人はいない。よっちゃんはもじもじしながら、

「おれ…、近々、結婚しようと思っているんだけど…」

 とぽつぽつと話し始めていた。

「その…、元カノでもない、なんか変な女がいてさ…、それがけっこう面倒くさい女でさ。俺、あんま、付き合う気ないとか、はっきり言うとか、そういうのあまり得意じゃないからさ、遠回しにしてて、自然消滅させようと思ってたんだけど…、これが…、なんかうまくいかなくて…、だから、まあ、もともと、あんま積極的に誘ったりしてなかったはずなんだけど、なんか、伝わってないんだな、これが」

 と言った。

「へえ、どのくらいつきあってたの?」

「それがさ。元カノとは言ったけど…、俺にはつきあってるって意識はゼロ。ほんとに。何かしたわけでもないし…。映画見に行って…。ってもそれも、すげー変な感じで、一緒に行ったわけじゃないんだけど…」

 とよっちゃんは天井の方を見上げて、しばらく考えていたけれど

「あちゃー、そのほかには、行動って行動してねーよ」

 と言った。

「ふうん。じゃあ、大丈夫なんじゃない?」

 とは言ったものの、さっきの「人さま様」のシミはこの女性の未練なのか? と考え始めていた。

「大丈夫だと思ってた。てか、ぜんぜん、もう、そいつのことは頭になかったわけ」

「じゃあ、勘違い女なんだ」

「そうだな。まあ、そう言えば…」

「それじゃ無視しておけばいいんじゃないの?」

「それが…、今の彼女といい感じになってきたころから、なんだか、その変な…、その勘違い女がぁ! 急にしつこくなってきて参ってる」

 と、はっとひらめいて、よっちゃんはバッグの中を何やら探して、

「ほら、昨日、会社の帰りにおれのこと出口で待っていて、こんなもの渡してきた」

 それは『薬』と筆文字で書かれた封筒に入った軟膏だった。その封筒自体は手作りらしい。入っている軟膏は『血ノ池軟膏』というもので、別府温泉で売っているものらしい。

「『あなた、どこかに吹き出物出ていないですか? これ使ってください』って、そう言うんだけど…。なんなんだよ。気持ち悪いよ」

 しげしげとそれを点検していた章一がよっちゃんに軟膏を返そうとすると、よっちゃんは顔をしかめて、

「それ、おまえにやる」

 と言って、自分のバッグを抱えた。そのよっちゃんのしぐさには、自分のバッグの中にはもう戻さないぞ、という決意が感じられた。

「ああ、でも話したら少しすっきりしてきた」

 とよっちゃんは言って、

「俺、わりにもてる時あるのよ。おまえのように、そういう心配がない奴は、いいよな」

 とちょっと小ばかにしたように言って別れた。


 帰り道、章一はよっちゃんの話を頭の中で整理してみた。

 その勘違い女の名前は「カンダセイコ」。漢字でどう書くのかまでは確かめなかったのだけれど、なんか昔のアイドル歌手の名前の漢字がぴったり当てはまり、章一の記憶に刻まれた。

 そのカンダさんは、よっちゃんが勤める会社と同じビルにある別の会社に勤めているとのこと。

 二年くらい前のある日の昼休み、昼食をとるため、十階にあるよっちゃんのオフィスから同僚と一階までエレベータで降りると、そのカンダさんがどこかで待っていたらしい。それまで、そんな人がいたことさえ、よっちゃんは気がついていなかった。

 同僚と話しながら歩いていると、急に、そのカンダさんが、後ろから、

「すみません!」と声を上げたので、その時歩いていた四、五人が立ち止まって後ろを振り返った。するとカンダさんはよっちゃんの所にまっすぐにやってきて、深々と頭を下げ、

「この間はありがとうございました」

 と言って、封筒を差し出した。

 カンダさんは封筒を作る趣味があるらしい。その時も、軟膏が入っていたのと同じような手作り封筒に、墨文字で『御礼』と書いてあったらしい。

「は?」と困惑しているよっちゃんに、カンダさんは封筒を押し付けて、真っ赤になると、走り去ってしまった。

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