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紅い物  作者: 辰野ぱふ
11/11

11.

 会社帰り、カフェでカンダさんを待ちながら、章一はますます落ち着かない気分になっていた。

 カンダさんの年齢ははっきり知らないが、章一たちよりは少し年下の気がした。そんな若い女性と二人でカフェで会うということは、章一には滅多にないことだった。

 と、カンダさんからメールが入った。

『今、カフェの外に来ております』

 というメールだった。

 外を見ると、ダークグリーンのコートを着て、いつものムーミンのトートバックを肩にかけたカンダさんが、外でぼーっと立っていた。

なぜ中に入って来ないのだろうか? 不思議に思いながら、章一も立ち上がってぼーっとカンダさんの方を見ていた。

 と、カンダさんが何やらスマホを操作しており、またメールが入った。

『恐れ入ります。私、恐れ多く、あなた様のお近くに近寄れません。申し訳ございませんが、外の、今私のおりますテーブルにその、私に下さいますというものを置いていただけますでしょうか。

 私の方からもお渡ししたいものがございますので、ここに置いておきます。』

 なんと面倒くさいやりとりなのであろうか。

 章一は戸惑いながらも外を見ていると、カンダさんはいつもの手作り封筒をテーブルに置くと、逃げるようにどこかに行ってしまった。

 章一はちょっとがっかりしている自分に気がついた。だが、面と向かってもどのように対応していいかわからない。とにかくカンダさんが知らせて来たように、カンダさんの封筒が置いてある場所にかりんとうギフトを置くと、カンダさんからの封筒を取り、バッグにしまい、辺りを見回して見たが、カンダさんの姿は見えなかった。

 どこかで章一のことを監視でもしているのだろうか?

 たぶん、ここに章一がいる限り、カンダさんはこのギフトに近づいては来ないのだろう。

 章一はそこにほしくず屋の袋を置いて、とにかく今日はカンダさんと話をすることはあきらめて、家に帰ることにした。

 カンダさんの封筒は裏側を上にして置かれていた。

 その封筒を取る章一の手が震えた。なんだか緊張しているのだ。ドキドキしながら表書きを見ると『熱』となっている。これまたどうしたことであろうか。章一は自分の心も熱くなるのを感じるのだった。

 そして、その封筒をバッグにしまう時、なんとも言えないような期待が胸いっぱいに詰まったようで、胸が苦しくなるのだった。

 章一は、とにかく駅まで戻ると、改札を入る前に、たまらず封筒の中を確かめた。

中には蝶々結びの白いリボンと一筆箋があり、

『どうしたことでございましょう。

 私、今日、あなた様からメールをいただくとは思っておりませんでしたのに、このリボンとお手紙を用意しておりました。

何かの知らせがあるとよく申しますが、何かがわかったのでございます。

私は今までに感じたことのない熱を感じております。こんなこと、きっとご迷惑と存じますが抑えることができません。どうぞお許しください』

これを読んで、章一の心はさらに熱く燃え上がってしまった。

章一はこれはもう、今日、カンダさんと対面しなければならない! と強く思った。そして、そのままカフェに戻った。


カフェの前で、カンダさんはほしくず屋の黒い袋を抱きしめて立ち尽くしていた。まるで身体が硬直でもしているように、びくとも動く気配がなかった。

 その後ろ姿に、章一はたまらず声をかけた。

「カ、カンダさん!」

 すると、カンダさんが振り返った。

「はい」

 カンダさんは泣いていたようだった。

 章一が近づこうとすると、カンダさんはさらに泣き、

「い、いけません。そこからこちらに近づいては行けません」

 と章一を制した。

 その時、カンダさんのマスクに、細い紅いひと様型が浮き出ていた。それはこの間、カンダさんがクランベリージュースをこぼした時に見たものとほぼ同じ形。踏ん張った足で立ち、頭の上に両手で丸く円を描いている。

「こ、これは…」

 と言いながらカンダさんに近づくと、章一はカンダさんのことを、ほしくず屋のギフトセットごと抱きしめた。そのギフトセットが二人の間に挟まり、それ以上近づけず、章一はやきもきした。

 たぶん、それを傍目で見ていた人は、なんかしょぼくれたカップルが勝手に盛り上がっていると思ったことだろうう。

 だが二人はもう、どうでも良かった。

 カンダさんは、ぷんと甘いクランベリージュースの香りがして、章一はめまいがしそうになった。

「カ、カンダさん、ぼくと結婚してください」

 なんなのだろうか? 考えるひまもなく、こみあげてきた言葉を章一はそのまま伝えてしまった。章一の心の中には今まで感じたことのない熱い思いが押し寄せてきており、自分を押さえることができなかった。

「か、かしこまりました…」

 と消え入りそうに言うカンダさんのことが、たまらなく愛おしかった。

 そのまま二人はそこで抱き合っていたが、章一はふと、今日は特に家族に何も言っておらず、祖母の顔を思い出し、夕飯を家でと取らなければならないことを思い出し、

「では、またお会いしましょう。連絡いたします」

 と妙にていねいに言い、もう一度カンダさんをギフトセットごとしっかりと抱きしめると、その思いを振り切るように家に帰った。


 家に帰ると、母はまた何か煮物をしていた。

 そして章一の顔をうれしそうに見ると、

「決めたんだね! カンダさんも、決めたんだね!」

 と言った。

 その言葉が耳に入ったのか、祖母が

「ショーイチ、きめた! きめた!」と声を上げた。

「わかっていたんだよ。だから、奇術の日を選んだし、今日はほしくず屋の特性の和菓子ケーキを買っておいたよ」

 と言った。

「そのケーキもね、あたしの発案なんだよ。めでたいことは、お祝いしないとね」

 章一は今まで味わったことのないような、不思議な感動に包まれて玄関に立ち尽くしていた。

「幸せだな!」

 と母が言うと、章一はその言葉が今、やっとはっきりわかったような気がした。

「やっぱり幸せの貯金ができたな」

 ほんとうにもう、どうしちゃったんだろうか…。いつも疎ましく思う母の言葉が、すんなりと章一の心の中に入って来たような気がした。

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