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紅い物  作者: 辰野ぱふ
1/11

1.

ホラー企画に参加して書いた「黒い物」がすっかりコメディーになってしまいました。

章一を中心とする家族の話をシリーズにしました。

よろしくお願いします。

 ほしくず屋は、ちょっと変わった駄菓子だ。

 だが、ただ買い物に行っただけではそれはわからない。

住宅地として人気のある中央線のある駅。その駅の中央改札を出てすぐに目にはいる商店街の奥にその店はあり、ちょっと見ではごくありふれた駄菓子屋なのだ。

 いろいろな駄菓子を扱っているのだが、その中でもかりんとうの種類が豊富で、それほど人気がある店というわけでもないようだが、客足が途絶えることもないようだった。

章一はこの店のかりんとうの中でもゴボウかりんとうというのが気に入っていた。触感も味もたしかにゴボウの感じだ。だけれど、醤油の甘み、黒ゴマが絶妙に組み合わさっていて、少し唐辛子も利いていて、くせになる。昔の風景を思い出すような、懐かしい味がするのだ。

久しぶりに大学時代の友人と会うために、章一はほしくず屋でこのかりんとうを買った。


章一には付き合っている友達というのがあまりいない。特に中高までの友人とはほとんど音信不通になっている。だが大学の友人は、数人で集まる時に声をかけてくれることがあるのだ。

その土曜日、何人の友人が集まるのかはわからなかったのだが、友達へのみやげに、ごぼうかりんとうを五袋買っておくことにした。


 ほしくず屋に入ると、店番のじいさんがギロリと章一をにらんだ。いつものことだ。じいさんは、いつもニコリともしない。少なくなった白髪を伸ばし、後ろで一本に束ねている。いったいどこに売っているのだろう? あまり街中では見かけないゴブラン織りのような厚手のベストをいつも着こんでいて、ベストの形は同じようなものなのだが、柄ちがいのものを何枚か持っているらしい。

 その日は生成りのバックに黒い太い糸で象やらキリンを刺繍してある、アフリカっぽい? ような柄のベストを着ていた。

初めてこの店に入った時にはすごく感じが悪いじいさんだな、と思った。だけれど、それはじいさんの目が悪いから、目つきがきついように感じるだけで、少し知り合ってみると愛想が悪いというわけでもないのだ。

「おお、スミノエさん。今日は早いね。ゴボウかりんとうだろ」

 とじいさんは言った。

 じいさんのひざでは、飼い猫のホシがぐるぐると喉を鳴らしていた。白地に黒い大きめの斑点が四つあるのだが、そのうちの一つが星のように見えなくもない。ホシは駄菓子が好きだそうで、でっぷりと太ってしまって、いつもじいさんの近くで、ぐだぐだしている。

「いくつにする?」

 とじいさんが聞いた。

「五袋」

 章一がそう答えると、じいさんは、クックックッと小さく声を出した。笑っているようには見えないのだが、これがじいさんの笑い方なのだ。

「ゴボウだから、五かい?」

 章一は苦笑しながら、「え、まあ」とか言い、かりんとうを受け取った。


 家を出る章一の背中に向かって、「何か買って行け」、と言ったのは章一の母だった。

 母に何か言うと、ああしろ、こうしろとうるさいので、友達との集まりのこともなるべく言いたくなかったのだが、母は章一の小さい変化を見逃さない。

 章一が出かける約束をしたとたん、それはメールだったのに何かを察知したらしく、

「おや、珍しいね、なにかあったのかい?」

 と笑い、その笑いが章一の気分をどろどろにした。

 その日は母に答える気もせず、ごまかしていたのだが、土曜日になり出かけるしたくをしていると、

「ほほう、やっぱりこの間、だれかに誘われたんだね。それで出かけるんだね」

 とにやにや笑い、

「わかってると思うけど、友達と会うのなら、何かおみやげを買ってお行きよ。ほしくず屋がいいよ」

 と言い、そんな母のくだらない進言など無視してしまいたいのだが、なぜか章一にはそれができない。

 その言葉が呪文のように耳に残り、その言葉通りにほしくず屋に寄ってしまったのだ。

「いつもね、タマコさんにはお世話になってるよ。人霊ひとだま落としの時は特にね」

 とじいさんがにやりと笑った。タマコとは章一の母の名前だ。

 章一は母、父方の祖母と三人家族でこの街に住んで四年目になる。これまでのことを考えると、もうそろそろ母は近所の人に嫌われて居心地が悪くなる頃なのだが、どういうわけかこの街とは相性が良かったらしく、特にほしくず屋のじいさんとは話も合うらしく、この店で独自に作っている新製品のかりんとう、「万能かりんとう」は、母のアイデアによるものらしい。それが密かに売れているらしい。

「材料は秘密」となっているが、今どきお菓子の原材料は食品衛生法などにより規制され、表示義務があるようで、この「万能かりんとう」も例外ではなく、後ろを見ればちゃんと材料が書いてあるから秘密でもなんでもないのだけれど、なんだかその「秘密」という言葉に惹かれて買う人がいるらしい。

 母に言わせると、気分を高揚させるもの、にんにく、しょうが、などが入っていること、また、アカシアのはちみつで甘みをつけているのが、悪霊防止になるのだそうだ。そして、『秘密』という言葉を使うこと自体が霊に作用すると言う。「隠されているとうたっておくとね、霊が安心するんだよ」と妙なことを言っていた。

 心にも身体にも効き目があるということで、『万能』とつけたらしい。母は喜々としてその経緯を語ったのだった。

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