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何でか知らないが、生まれ変わってしまいまして、何でこうなったのでしょうか。

作者: 梓志朗

 「まあ、いいか」


 これが私の口癖だった。まあ、いいか。そう思えば、大抵の嫌なことも流せた。そう思えば、大抵のことは諦められた。なのに、今のこの状況は、流せもしないし!諦められません!!

 ちょっと、神様とかいるなら!何で!!こうなった!!!



 私には、前世の記憶がある。いや、正確に言うと前世かどうかは分からないが、とにかく、前に生きていた時の記憶がある。そこで私は、普通の人間の女性だった。

 地球という惑星の日本という国に生まれ、それなりに中流の家庭で育ち、特に花のない青春を送り、それなりに頑張って大学生になり、なんとなく良さそうな会社に就職、平凡だけど堅実で温厚な男性と結婚、自分たちに似ていながらも可愛い子どもたちに恵まれ、ちょっとした倦怠期もありながらも、可愛い孫にも恵まれ、結構幸せな人生を送れたと思う。大きな波も山も谷もない平坦な人生。他者が評価するならそうなるだろう、かつての私の人生。

 もっと頑張れば、もっと面白おかしい人生を送れたのかもしれない。例えば、気になるあの人に告白していたらとか、受験勉強をキリキリやってレベルの高いところを受験するとか、妥協しないで就職していればとか。挙げればキリがない。

 だけど、私はいつでも「まあ、いいか」で過ごしてきた。高望みはせず、自分の能力を過信せず、平々凡々、そんな風に生きてきた。もちろん、私だって最初から「まあ、いいか」と思っていたわけではない。

 私だって、小さい頃は夢にあふれ希望に満ちていた。いつか白馬に乗った素敵な王子様が現れるんじゃないか、何かすごい能力があるんじゃないか、秘められた可能性があるんじゃないか、頑張れば努力すれば道が開けるんじゃないか、って。

 だけど、いつしか流され諦め「まあ、いいか」で済ませるようになったのだ。


 それは何故か。それは、「平々凡々」そんな言葉が似あう私の人生で、たった一つだけ普通でないことがあったからだ。普通な私の人生の中で、唯一普通じゃなかったもの。一つ年上の姉、二つ年下の妹。姉妹の仲は決して悪くはなかった。だけど、あの二人と私は根本的に違う人種だった。

 「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」そんな言葉がぴったりの、私の姉妹。ご近所でも評判の美人姉妹。学校どころか近隣の学校でも有名な麗しき姉妹。二人がいるだけで場が明るくなり煌めき、誰もが憧れ誰もが慕い誰もが好きになる姉妹。そして、そんな二人に挟まれた私。

 せめてどちらかだけだったら、せめて二人の性格が悪かったら。せめて二人が見た目だけの人だったら。何度そう思ったかしれない。しかし、神様に気に入られ様々な才能を与えられた人というのはいるものなのだ。明るく優しく美しい、姉。可愛く繊細で控えめな、妹。才色兼備な姉。深窓の令嬢という言葉がぴったりの妹。そして平凡な私。

 ここまで言えば、誰でも理解できるだろう。そう、私と姉妹とはずっとずーーーっと、比べられて生きてきた。生まれた時には、「お姉ちゃんに似ていないわね」少し大きくなってからは「あら、この子もきょうだいなの?」学校に入ってからは「お前があいつの妹(もしくは姉)?」そういう風に、比べ測られ区別された。姉も妹も優しかったし、両親も私を表面上は比べなかった。だけど、世間の目が声が空気が、言うのだ。


「あの子だけ似ていない」

「お姉さんは、これくらいできたわよ」

「あの子だけ何をやってもダメ」

「あの子の姉貴だっていうから期待したのに」

「あの子だけ劣っている」

「あれが妹?全然似てないね!」

「あの子だけ違う」

「妹さんの方が優秀なのね」

「あの子だけ」

「あの子だけ」

「あの子だけ」


どれだけ頑張ってもダメなのだ。姉はその上を行くから。

どれだけ努力しても無駄なのだ。妹はその上を行くから。


 だから私は「まあ、いいか」を覚えた。「まあ、いいか」で生きてきた。そうすれば表面上は傷つかない。そうすれば表面上は楽になる。

 「まあ、いいか。私はお姉ちゃんには敵わない」、「まあ、いいか。あの子は何をやっても私よりできるから」。そう、流して諦めて、比べられても笑って同意し、区別されても当然だと同意し、そうやって人生を送ってきたのだ。

 なのに。なのに、だ。なぜこうなったのか、と冒頭に戻るのだ。



 ふと、目を覚ましたら薄明るい狭いところにいた。手を伸ばそうともぞりと動いたら、何かに当たった。ぐいぐいと押してもそれ以上手を伸ばせなかった。おかしい、私はさっきまで病院の布団に寝ていたはずだ。

 最近、寄る年波には勝てず体調を崩しがちであった私。この間、階段を踏み外してしまい足を骨折。息子夫婦には迷惑をかけたくなくて、在宅介護ではなく病院に入っていた。そんなある日、急に心臓が痛み、呼吸がままならなくなった。苦しくて苦しくて、ナースコールに手を伸ばそうとして、そこで意識が薄れた、と思う。確か、そんな風だったはずだ。だから今の状況はかなりおかしい。


 薄明るくて狭いって、どういうことだ。手が伸びない、足も丸まったままだ。息はしやすい、心臓も痛くない。死後の世界にしてはなんだか現実味がありすぎる。

 目を閉じたままだった私は、目をそろりと開ける。目の前には白い壁。その奥が透かされているから薄明るかったのだと気がつく。そして、自分の手を見て…。

 いやいや、待て待て。落ち着け自分。寝ぼけている場合か自分。一度目を閉じる。そして、さっきよりもゆっくり、そろりと目を開ける。次の瞬間、目を見開く。

 いやいや、ないない。どうして自分の手だろうものに、鱗が生えているのか。手と手の間に爬虫類の尻尾のようなものが見えるのか。

 もう一度、目を閉じる。ぎゅうううううぅぅぅっと、目をつぶる。パチパチと瞬きをする。けれど、そこには変わらずに、鱗の生えた手と尻尾と、ついでに足が見えた。


 ぎぃやああああぁぁぁぁっっっ、っと声にならない声を上げる。無茶苦茶に体を動かす。

 どこかでガツリと音がする。そんな音にもひるまずに、パニックになった頭では何も考えられずに、ただただ暴れる。


ぴしり、そう音がした気がする。

ピキピキ、光が強くなった気がする。

バキッ、空気が入ってきた気がする。


みぎゃあああぁぁぁーーーーーーっ


近くから、そう、私の口から。

猫のような鳥のような鳴き声が上がり、私はこの世界に生まれ変わった。


 私は何と、竜の子どもとして生まれ変わった。いやいや、あり得ない。そう思った時もありました。しかしこれは現実でした。きらきらと輝く琥珀色の鱗。鋭くとがった爪。背中には蝙蝠のような骨ばった翼。ほっそりとした尻尾。もうどこからどう見ても竜である。

 私も平凡なりに、若い時には空想したものだ。もしも生まれ変わるなら、というやつだ。姉も妹もいなくて、可愛くて賢くて運動もできて、みんなに私自身が愛され、比べられることもなく、童話のお姫様のようにいつまでも幸せに暮らしました、というような夢物語を。だけど、ここまでのファンタジーは望んでいなかった。いや本当に。

 ファンタジー小説の世界なら、お姫様が良かった。もしくは愛されヒロイン。まかり間違っても、竜なんていうものは望んでいなかった。だって、竜だよ?どちらかというと、討伐される生き物だよ?捕まえられて、魔法の材料にされてしまう生き物だよ?

 だけど生まれてしまったものは仕方ない。私は前世の通り「まあ、いいや」と思うことにしたのだ。竜に生まれてしまったと言うならば、良い竜になろう。人間と仲良く、平和に、のんびりと暮らそうと思った。


 ぎゅうう、と私のおなかが鳴った。きょろきょろと周囲を見渡す。親はどこかな?お腹空いたんだけど。ご飯下さい。

 私の他の兄弟たちはまだ生まれておらず、私の他に動いているのはいなかった。周囲にあるのは卵、卵、卵。大体同じ大きさの五つの卵たち。耳をそばだててみれば、卵の中からかすかに音がしたがそれだけだった。生まれそうな気配はない。巣は何かの動物の毛や草や色々なものでできていて、柔らかく暖かかったが、巣の中に餌はなかった。

 仕方がないので一人で親を待った。しかしどれだけ待てど暮らせど親は来なかった。呼ばないと来ないのかと思い、みぎゃあと鳴いてみた。親は来なかった。

 多分、私が生まれるのが早かったのだろう。そのため親は、餌でも探しに行っているのか何なのか、巣を一時離れたのだろう。

 私は卵が並んでいる巣の中で毛の中にもぐりこみ、丸くなった。私が生まれたのだ。他の兄弟だって、時を置かず生まれるだろう。そう思い、親を待った。自分で親を探しに行くことなど全く思わず、安全な巣から出る気などこれっぽっちもなく、すきっ腹を抱えながら寝たのだった。


 しかし人生ってのは甘くない。いつまで経っても、親は現れなかったのだ。


 後で知ったのだが、それがこの世界では当たり前なのだった。竜は卵で生まれる。そして卵を産むために、雄と雌は一時的に番となる。しかしそれは本当に一時的なもの。基本的に竜は群れない、竜は誰かと歩まない。それは自分の子孫とはいえ例外ではないのだ。なので竜は子どもの世話はしない。世話をしないと他者に頼らないと生き残れないような竜はこの世には必要ないのだ。竜の世界は弱肉強食なのだから。


 だがしかし、私はそんなことは知らなかったので、いつまでもいつまでも親を待っていた。ぐうぐうと鳴るお腹をなだめながら、時々巣の縁から顔を出して外を見たりもしたけど、親らしき竜の姿はなかった。

 そして、生まれてから2日ほど経った頃。怖いけどこの巣から出て餌を探すべきか、親を待つべきか、まだグダグダと考えていた、その時。卵の一つがふるりと揺れた。


 それは五つの卵の中でも一番大きな卵だった。

 それがふるりふるりと振れ、ぴしぴしとヒビが広がっていき。


みぎゃあああぁぁぁーーーーーーっ!!!


 大きな大きな鳴き声を上げて、一匹目の兄弟が生まれた。赤い鱗を持った竜だった。兄弟でも色が違うのか、と私が思って見ていると、兄弟はもう一度みぎゃあと鳴いて、卵の中からずるりと出てきた。全長は私よりも大きそうだ。私はやっぱり生まれるのが早すぎたのだろうか。

 私が兄弟をぼんやり見ながらそんなことを考えていると、兄弟は私を気にすることもなく、よたよたとどこかへ行こうとする。

 

 え、ちょっと。そんなおぼつかない足取りでどこ行くの?親のところ?餌でも取りに行くの?私の視線にも全く無頓着にどこかに行こうとする弟(?)。むしろ私の存在に気がついているのだろうか。

 あ、巣の中の毛に足をとられて滑った!え、本当に何しようって言うの?そんな足取りなら、私の方がまだマシだよ?!生まれてから今まで暇すぎて、巣の中をうろうろと回っていたからね!

 あ、よたよたとしながらも巣の縁についた!そして、巣の縁に手をかけた!え、本当に何するの?もしかして、ここから出ていく気?巣立ちですか?早すぎませんか??無理だよ、止めなよ!ここ、かなり高い木の上なんだよ?実は。そんなよちよちのよたよたの赤ちゃんじゃ、外に出ても大変だよ?


 あわあわとしながらも、私の体は動いていた。それは前世で親だったことがあったからだろうか。子どもは守るもの、という意識が考えるまでもなく私の中にはしっかりあったのだ。

 姿は爬虫類に似た生き物だから、可愛いっていう感じでは全くない。でもそれでも、私の兄弟なのだ。私より大きいとはいえ、さっき生まれたばかりの赤ちゃんなのだ。こんなに小さいのに、こんなによろよろしているのに。放っておけるわけがなかった。


 だから私は。


 「みぎゃあ」


 まずはこれだろ、と思いながら兄弟に近づき、兄弟を呼び止めた。赤い兄弟はこちらをちらりと振り向く。その瞳には、何の感情も宿っていなかった。敵でも味方でもないただそこにいる生き物を見る目だった。その瞳にひるむことなく、巣を出かけていた兄弟にポテポテと近づく。そしてさっきから気になっていた、体についていた卵の殻をとってやった。

 せっかくの奇麗な鱗なのだからもっと奇麗にしてやりたいという、自己満足でしかなかったけど。本当は何か食べ物もあげられれば良かったんだけど、生まれてからぼんやりとしていた私には、何もなかった。

 その事実にちょっぴり後悔しながら、せっせと兄弟の体を奇麗にしてやる。


 「みぎゅうぅ」

 

 きれいになったね、という気持ちを込めて鳴く。兄弟はいまだに目をそらさず、私を見ていた。何でそんな熱心に見つめているのかはしらないが、とりあえず兄弟が巣から出ようとしなくなったことに安堵した。

安堵した結果、自分のお腹がぐぎゅうぅぅぅと鳴った。ああ、そういえば生まれてこの方何も食べていなかった。ついでに兄弟のお腹もくるくると可愛く鳴った。

 なぜかこちらを凝視して動かない兄弟にもう一度みぎゅう!と鳴いてやる。待っていろ兄弟、この先に生まれた長子である私が!今の君よりはすたすたと歩ける私が!実は数十センチくらいなら飛んで浮かべる私が!せめて君がきちんとそれなりに大きくなるまで何か食べ物をとってきてやろうじゃないか!


 凝視して動かなくなった兄弟には、そのままそこで待つようにともう一度鳴いて伝える。了承したかどうかは分からないが、動かないからまあいいだろう。よちよちと巣の縁まで行き、パタパタと翼を動かして巣から出る。この巣は大きな木の上にあるので、巣から出て太い木の枝の上を少し飛べば、木の実や虫たちがあちらこちらに生息していた。

 美味しそうな木の実がたくさん生っている木の枝をぽきりと折って口にくわえる。それを持ち、よたよたと飛びながら巣に帰る。赤い兄弟はもしかしたら餌を持ってくる前に巣から出て行ってしまうかもしれないと思ったが、先ほどと変わらずにそこにいた。


 餌を持って戻った私を見ると、なぜか兄弟の目がきっと吊り上がった。こちらに挑むように身構え、四肢に力を入れる。そしてグルグルとうなり声をあげる。なぜにいきなり戦闘態勢なのか分からない。分からないから、どうしたの?と聞いてみる。


 「くきゅう?」

 「があぁぁっ!」


 …うーん、意思の疎通ができませんでした。いや、何を言っているのかはわかるんだけど。訳すなら「それをよこせ!」といったところだ。いや、あげるよ?これ全部君のだよ?

 何だろう、私が独り占めするとでも思ったのだろうか?それとも、見せびらかしているとでも?私そこまで性格悪くないよ?


 どうぞの意味を込めて「ぴぃ」と鳴き、口から木の枝を放した。すると兄弟は目をぱちくりとさせる。そしてまたもこちらを凝視したまま動かなくなる。どうした兄弟、早くお食べー、と兄弟の近くに鼻でぐいぐいと枝を寄せてやる。だけど兄弟はまだ動かない。

 見られていると食べられないとか?毒を疑っている?木の実は嫌い?もしくはこれでは足りないとか!待っていろ兄弟!君が好みそうなものをもっと持ってきてあげよう!!


 一度目の人生では、姉や妹に世話をされたり頼ったりすることはあれど、世話をしたり頼られたりしたことは皆無だった私。赤い兄弟の後ろでは、他の卵もカタカタゆらゆらしだしている。もうすぐ生まれるのだろう。全員をお腹いっぱいにするのは難しいかもしれない。それでも、兄弟たちに少しでも食べさせてやりたい。その思いから、もう一度巣から飛び出し、大きめの芋虫やらたわわに生った木の実の枝などをせっせと巣に運ぶ。私がうろちょろしている間も、赤い兄弟は動かなかった。


 そして、三往復したころに黒い兄弟が、五往復した頃に青い兄弟が、六往復した頃には白と緑の兄弟が生まれた。

 生まれた直後は、やっぱりどの兄弟もすたすたと出て行こうとしていた。しかし、私は一匹ずつ引き留め、鱗を奇麗にしてやり、それぞれの前に木の実やら何やらをおいてみた。

 私が持ってきた食べ物を最初に口にしたのは、青い兄弟だった。ぼんやりとした表情のまま、木の実をもぐもぐと食べ始めた。

 その時の私の気持ちを、なんと表せばいいだろうか!結構本気で嬉しかったのだ。だって、他の兄弟たちはいまだに無反応だ。いやむしろ、赤い兄弟は私を警戒して睨んでいるような気さえする。その中での、好意的な反応!これが喜ばずにいられるだろうか!!


 もっとお食べー、とばかりに青い兄弟の前にせっせと食べ物を運んでやる。それをぼんやりとした表情で食べ続ける青い兄弟。時々口の端からこぼしてて、可愛い。

 私がほこほこした気分で青い兄弟を見ていると、青い兄弟がおもむろにこちらを向いた。そして。


 「…くー、ぅ」


 !!


 なんと!青い兄弟が!!私に「ありがとう」と言ってくれた!!!

 嬉しくて嬉しくて、私の尻尾がぶんぶんと揺れる。やった、やった!食べてくれた!!

 よし!もっと頑張るからね!決意も新たに、食事を取りに行こうとした時。


 「きゅうぅぅぅぅっっっ!!!」

 「ぎゅふっ!!!!」

 「きゅー!きゅー!きゅー!!」


 白い兄弟が弾丸のような勢いで体当たりしてきた。押し倒され痛みに悶える私を無視して、私に乗り上げ、自分にも餌をよこせと鳴き続ける。かなり痛いし重いよ、兄弟…。


 「きゅー」


 黒い兄弟も、私の頭をつんつんとして催促をする。ああ、みんなお腹空いてるんだね。ほったらかしてごめん。白い兄弟に降りてもらって、またパタパタと巣から飛び立ち食事を探しに行く。

 ふと、気配を感じて後ろを振り返ると、緑の兄弟がついてきていた。危ないから、巣の中で待っていてねと伝えるも、緑の兄弟は私から離れようとしない。なんだ、その可愛さは。

 緑の兄弟にも運ぶのを手伝ってもらい、兄弟たちの食事をせっせと運ぶ。

 青い兄弟は相変わらずぼんやりと食べている。白い兄弟はがつがつと食べている。緑の兄弟は時折私の方を見ながらのんびりと食べている。黒い兄弟は好き嫌いが激しいのか、要らないものを白い兄弟の前に転がしながら、せっせと食べている。

 みんな食べてくれて良かった良かったと思いながら、ちらりと赤い兄弟の様子を探る。そこには、他の兄弟たちと同様に、食事を食べる姿があった。しかし、私の視線に気がつくと、またも睨みつけてくる赤い兄弟。…何でこんなに嫌われてしまったのだろう…。

 少し悲しい気分になりながらも、ちょっとしょんぼりしている私の前に、緑の兄弟や黒の兄弟が元気づけようと食べ物をよこしてくれる。おお、なんて優しい子たち!…だけど黒い兄弟、それ、君が嫌いなだけだよね?


 そんなこんなでみんなお腹いっぱいになったようで、眠気に襲われているようだ。一匹一匹と、夢の中に旅立っていく。みんな、私の周りで丸くなり寝息を立てている。可愛い。

 最後の一匹の赤い兄弟が夢に旅立ったあたりで、私の瞼も落ちてくる。ああ、眠い。だけどとても幸せだ。明日も食事集め頑張ろう。そう思いながら、私も夢に旅立つ。


 次の日、目を覚ますと目の前には食事の山。どうやら私が寝過ごした間に、赤い兄弟が食べ物を持ってきたようだった。そして私をぐいぐいと食事の山に押しつけてきた。おおう。いきなりなんだ、赤い兄弟。

 有無を言わさず、寝起きの私に食べさせようとする。何だかよくわからないが、とりあえず木の実の一つを口にする。すると赤い兄弟は「それでいい」とばかりに頷き、自分も食事を始める。

 まあ、いいか。何が何やらわからないが、赤い兄弟の取ってきてくれた食事をみんなで食べる。みんなで食べるとおいしいよね!



 その日から、様々なことがあった。白い兄弟が遊んでほしくて赤い兄弟をからかい過ぎて大喧嘩になったり、ぼんやりしていた青い兄弟が翼があるのにもかかわらず巣から落ちかけたり、白い兄弟が魔法を使って巣を燃やしてしまいそうになったり、緑の兄弟が私の後ろをついて回っているのを見て赤い兄弟が怒ったり、知りたがりの黒い兄弟が自分たちの限界を確かめようと毒草や毒虫を兄弟の食事に混ぜて白い兄弟がお腹を壊したり、赤い兄弟がぶち切れたりと、毎日がにぎやかだった。


 そんなこんなで何年か過ぎた頃、私たちの体が大きくなり、この木では暮らせなくなった。というか、いつまでも巣で寝ていたのは私だけで、他の兄弟たちは他の木の枝に寝ていたのだが。木の枝の上って寝づらいけど、みんなバランスよく落ちることなく寝ていた。私も一度やってみたが、朝起きたら木の根元に落ちていたので、他の兄弟たちに巣で寝るように怒られたのだ。


 「があっ」

 「「「「「ぎゅうっ!」」」」」


 いつの間にかみんなのリーダーになっていた赤い兄弟の合図で、私たちは飛び立つ。翼を広げ、風をつかむ。広い広いこの世界には、どんなことが待っているのだろう。周りの兄弟たちも、楽しそうだ。

 この世界は、どんな世界なんだろう。ちょっぴり不安もあるけど、とってもわくわくする。兄妹みんなが一緒なら、きっと大丈夫だと、根拠もないのに思うのだ。

 



 そして、数十年の月日が経った。この数十年の間に、様々な経験をして能力を増やし魔法を学び、私たちは人化を覚えた。前世で人間だったからか、私が一番初めに人化を覚えた。そこでも私が何故か竜に戻れなくなり、兄弟たちとはぐれ迷い、色々と騒動を起こしてしまうのだが…。もう何十年も経つのに、お酒を飲んだりすると赤い兄弟には未だに怒られる。


 まあ、それは置いといて。何故か今、私たちは玉座の前に立っている。

 玉座があるのは、まさしく玉座の間といった感じの大きな部屋だ。大理石の床には玉座に向かって赤い絨毯が敷かれ、大きな部屋の両脇には大きな窓が重厚なカーテンの奥にはめ込まれていて、玉座は一段高い空間に設置されている。

 広い広い空間だが、ここには私たち兄弟しかいない。この部屋の以前の持ち主やその配下である魔族を、私たち兄弟、正確に言うならば私以外の兄弟たちが滅ぼしてしまったからだ。

 まあ、確かにこの地域一帯を治めていた魔族たちは、それは酷い奴らだった。暴利を貪り、ここに暮らす様々な生物を自分たちの玩具のように扱い、もてあそんでいた。前世の知識のある私から見たら噴飯ものだったし、兄弟たちもかなりの嫌悪感を抱いていた。

 だから私たちは、自分たちの気持ちを優先させて滅ぼしたのだ。可愛そうな人を見ていたくない、呪いの呻き声を聞きたくない。そんな利己的な気持ちで、この地の魔王や高位魔族たちを滅ぼした。

 何度でも言うが、私は何の役にも立っていない。私はオロオロしたり、怒ったり泣いたり喚いたりと、ほとんど全く役に立っていないのだ。

 なのに、なのに、だ。


 「さあ、姉上」


 ぼやっとした表情で、私の左隣に立つ青い髪の兄弟が私を玉座にいざなう。成長した青い兄弟は、ちょっと力を込めただけでも凄まじい程の威力を誇る水氷魔法を操る。だけど「最少でで最大の効果を」というのが彼の理念らしく、相手を倒すときにはもっぱら相手の体内の水分を操って窒息死させたり、爆発死させたりとかなり物騒なイケメンに成長した。いつもはぼんやりさんなのに。怖い。


 「座るがいい」


 誰よりも上に立つのが似合うような傲慢さなのに、右隣にいる赤い兄弟は私を玉座に無理やり座らせる。成長した赤い兄弟は、これまた凄い威力を誇る火炎魔法の使い手だ。普段は炎をまとった剣で相手を倒すが、ぶち切れると全身に炎をまとい、全てを火の海にしてしまう。まさしく悪人面いや魔王そのものといったイケメンである。怖い。


 「姉さま、お椅子どう?どう?」


 ぴょんぴょんと跳ねながら私に玉座の座り心地を聞いてくるのは、白銀の真っ直ぐな髪の美しい白い兄弟だ。黙っていれば誰よりも綺麗で美少女な白い兄弟は、小さい頃から中身が全く変わらない。治癒魔法の使い手なのに、一番怪我をしたり具合が悪くなったりするのは自分という、とても残念な美少女だ。そして他の兄弟が怪我をさせられると無表情になって過剰暴行をするのだ。怖い。


 「似合うよ、姉上」


 嬉しそうにふんわりと黒の兄弟がほほ笑む。知りたがりで好奇心旺盛な黒い兄弟は、闇魔法の使い手だ。闇から闇へ相手を葬る、そんな感じの魔法だ。理屈はいまいちよく分からない。聞いてもほほ笑まれて躱されてしまうからだ。そして暗殺者もびっくりの暗殺術の使い手でもある。私たちと敵対していた魔族の大物をかなり始末してきたそうだ。それを笑顔で教えてくれた。怖い。


 「…………」


 私の頭を無言で撫でているかなり長身の緑の兄弟。成長しても、相変わらず無口で私の後ろをついて回っている。緑の兄弟は暴風魔法の使い手で、基本的に私たちの周りに守護結界を常に発動させている過保護である。しかしぶち切れると兄弟の中で一番強いのではないだろうか。私が赤と白の兄弟喧嘩に巻き込まれた時に一番怒ったのは緑の兄弟だった。あの時の迫力は思い出しただけでもちびりそうだ。怖い。


 そして、何故か玉座に座っている私。前世と同じく、特に優れたところのないただの竜だ。琥珀色の鱗は結構気に入っているし、人型の時も前世よりは可愛いと思う。しかしそれだけだ。

 やっぱり早めに生まれてしまった影響か、竜としては小さめの体躯。魔力も並み。特にこれが得意、という魔法もない。飛行能力も他の兄弟に比べたら遅い。まあ、竜としては良くて中の中、もしくは中の下といったところだ。

 しかし、前世のようにふてくされたり、諦めたり兄弟から離れたりはしなかった。もしくはできなかったとも言う。

 私の周りにはいつでも兄弟たちがいた。緑の兄弟は決して私の傍を離れようとしないし、青い兄弟は気がつくと私の背中を背もたれにして読書していた。赤い兄弟は私がいないと食事をしようとせず、白の兄弟の暴走や黒の兄弟の実験を止めるのは私の役目だった。

 可愛い私の兄弟たち。私は兄弟たちに比べたら並みの竜だけど、そんな私が自分を卑下する暇を与えない程の個性豊かな兄弟たち。本当に、大好きで愛しい兄弟なのだ。


 だけど。


 「素敵です、姉上」

 「まあまあだな」

 「姉さま、すってきー!」

 「やっぱりしっくりくるね」

 「(こくこく)」


 ちょっと待ってほしい、兄弟。

 なんで私が玉座に座っているんだ兄弟。

 え、それどっから持ってきたの兄弟。

 ちょ、王冠とかいらないから!

 待って何書いてるの!?各国への書状?やめてやめて!!



 きっといつか、私は兄弟たちに流されて、まあいいか、とか言ってしまうのだろう。兄弟たちが幸せそうで楽しそうで笑っていれば、私はそれでいいのだから。まあ、いいか。みんなが幸せなら、と私はそう言うのだろう。私は今までもそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくのが性に合っているのだから。

 だけど、だけど今だけは言わせてほしい。



 私は竜王にはなりたくありません!!





『 この世界の奥の奥、隔絶された大地にその緑豊かな国はあった。

 様々な種族が手を取り合い、仲睦まじく暮らす竜王の治める国。その名を「エイレーネ」という。

 その建国の時から王は変わらず、琥珀色をした鱗の、それはそれは美しい竜だ。

 その王たる竜を支えるのは、五匹の兄弟竜。彼らの仲は睦まじく、強固な絆で結ばれている。


  竜王はほぼ人前に姿を現さず、五匹の兄弟竜に守護されている。

 そのため、実は存在しないのではないかと言われたり、お飾りなのではないかと言われている。

 しかしそれは単なる噂で、エイレーネの伝説や英雄譚、歴史にその存在は欠かせない。

 崇高な精神を持ち、賢明なる頭脳の持ち主。慈悲深く誇り高く、麗き竜王。

 その魔力は他の追随を許さないほど膨大なものだというのはまことしやかな真実で、まさしく竜の中の竜、王の中の王であるとされている。


  私はこれから、そんないと気高き竜王の物語を紡いでいこうと思う。 



            私は、歴史学者であり竜を信奉する者である。 』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な雰囲気がある、童話的とでもいうべきか。良かった。
[一言] 長期連載希望します。
[一言] おもしろかったです ただ、人化してしまったことが個人的に残念です。
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