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8、彼が死ぬ夢




 喉が乾いて掠れた悲鳴すら上げられなかった。

 目を開いてベッドの天蓋を見つめ、ようやく夢から覚めることができたと知る。カーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。結局、ほとんど眠れなかったようだ。

 亜佐は上半身を起き上がらせ、枕元のコップに水を注いで一気に飲み干した。喉は潤ったが頭は重たいままだ。ついでにまぶたも重たい。

 何度も何度も同じ悪夢を見た。もう回数も覚えていない。悲鳴を聞きつけたベルタが途中からそばにいてくれたが、それでも悪夢は続いた。今、彼女の姿はない。

 ノックが聞こえて小さい声で返事をする。扉が開いて部屋に入ってきたのはロイリだった。その姿を見て驚くほど安心した。

「大丈夫か? ベルタから、ずっとうなされていたと聞いた」

 ロイリの手が亜佐の額に張り付く前髪をかき上げる。

「夢を……」

 あまりにも酷い声だったが話し続ける。

「夢を見るんです。何度も同じ夢を。あなたが血まみれで……私の血を飲ませようとするのに……間に合わなくて……」

 死体が転がる血の海の中で、自分の手首を掻っ切って彼に血を飲ませようとするのに、どうしても間に合わない。彼の呼吸が止まり心臓が止まり、悲鳴を上げて毎回起きるのだ。

 包帯を押さえて嗚咽を噛み殺す。あの出来事は、自分で思っているよりずっと心にダメージを与えていたようだった。

「アサ」

 ロイリがベッドのそばに膝をついて、亜佐の顔を覗き込む。

「大丈夫だ。俺は死なない」

 鼻をすすって、うんと頷く。

「背中、さするか?」

 返事の代わりに、彼の肩に頭を乗せた。大きな手のひらがゆっくりと背中をさすってくれる。昨日とは逆だと、亜佐は小さく笑った。

 眠気が押し寄せる。このまま眠ったら悪夢も見ないかもしれないと思ったが、ノックの音が聞こえてロイリの返事に部屋に入ってきたのはベルタだった。

「ロイリ様、そろそろお時間が」

「分かってる。もう少し」

 そう呟いた彼の肩を押して離れる。

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

 強がりだとばれていただろうが、彼は少し眉を垂らして、壁の時計を見上げてから亜佐の額を撫でた。

「行ってくるよ」

「はい」

 少しの間亜佐を見つめた顔が近付いて、亜佐が体を固くしたのが分かったのかすぐに離れた。

 キスをしようとしたのだろう。立ち上がった彼の裾を掴む。

「しないんですか……?」

「……うん」

 ロイリは目を伏せてあごをさする。

「初めに血を飲んでから次に飲むまで三十時間以上空いていた。丸一日なら持つよ」

 念のためしておいたほうがいいのではないかと言おうとして、後ろにベルタがいることを思い出してやめた。それに昨日のように体が動かなくなってしまったら仕事に遅刻してしまう。

 不安に唇を噛み締めながらロイリを見上げると、彼は少し微笑んで亜佐と視線を合わせた。

「無理そうなら一度帰ってくる」

「……はい」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でてロイリは立ち上がる。

「じゃあな」

「行ってらっしゃい……」

 呟いた亜佐にもう一度微笑みかけてロイリは踵を返した。扉の脇に立つベルタに「頼んだぞ」と小さく言う声が聞こえた。頭を下げたベルタに頷いて、ロイリは振り返ることもなく扉の向こうへ消えた。

 扉が閉まって、不安に押し潰されそうになる。両手で顔を覆って、外に漏れないよう声を出さずに泣いた。

「……この世界は、簡単に人が死んでしまう」

 ロイリは軍人だ。殺さなければ死んでしまうような、あの時のような目に何度もあっているのだろう。

 怖くて怖くて仕方がない。彼がそばにいないことがこんなにも恐ろしい。

「軽食をお持ちします。そのあと睡眠薬をお飲みください。体を休めないことには、傷も治りませんし血も増えません」

 静かなベルタの声にこくりと頷く。

 彼女が持ってきてくれたサンドイッチと睡眠薬を胃に放り込み、ベッドに体を横たえた。

「ベルタさんも、私のせいであんまり眠れてないですよね……?」

「私の事はお気になさらず」

「ごめん、なさ……」

間もなく抗えないほどのまぶたの重みに負けて、亜佐は夢も見ないほど深い眠りへと落ちていった。





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