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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
五章

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55、共に




 亜佐が暮らす王国はとても豊かで、この星で一二を争う大国だという。

 それを象徴するように、王都の中心には巨大な白亜の城がそびえ立っていた。

 高い城壁に囲まれた広大な敷地内には、様々な重要施設が設けられている。

 白い石材と壁面を埋め尽くすステンドグラスでできている美しい大聖堂も、そのひとつだった。

 そしてその大聖堂の控え室のひとつで、亜佐は徐々に締め付けられていくコルセットに苦しんでいた。

 この国のウェデイングドレスは特に決まった色があるわけではなく、その時々で流行りがあるらしい。

 今はこの国の民族衣装の要素を取り入れた赤いドレスが流行っているらしく、露出があまり多くないデザインが気に入り亜佐も倣うことにした。

 いつも舞台衣装を担当してくれている宮廷お抱えの洋裁師に頼むと、彼女は張り切ってドレスを縫い上げてくれた。亜佐の好みを熟知した彼女にデザインも任せたが、ひとつだけ、亜佐の好きなあの白い花をあしらってもらえるようお願いをした。

 ロイリの式典用の軍服は白に赤い装飾なので、ふたり並べばおめでたい感じになるだろう。

 化粧はとびっきり大人っぽくして、泣いても崩れないようにして欲しいと頼んだ。

 その化粧がもうすでに、脂汗で滲みはじめている。

「もういい、もういいです……!」

「まだまだ! あのクラウゼ中佐の隣にお立ちになるのですよ! うんと魅力的にしなければ負けてしまいます!」

「どう足掻いたって勝てないからもういいです! 式の最中に倒れてしまいます……!」

 着付けをしてくれた洋裁師と化粧をしてくれた侍女がふたりがかりでコルセットを締め上げていたが、もう息もできなくなってきた。「結婚式の前に死にたくない!」と叫ぶと、ふたりはようやく力を緩めてくれた。

「もう少し、緩めてください……」

「仕方ない、胸をもう少し詰めましょう。そうすればウエストが細く見える」

 増やされたり減らされたり違和感のない程度に整えられ、亜佐はようやく出来上がった自分の姿を鏡で見た。

「……泣きそう」

「幸せで? それとも苦しくて?」

「……どっちも」

「ウエストはもう直せませんがお化粧ならまだ直せますよ。今のうちに泣いておきますか?」

 侍女が笑いながらそう言うので、少し迷ったが首を横に振る。

「せっかくだから、泣くのは最後にとっておきます」

「そうなさってください。あまりにも酷いことになったら、そっと直しに参りますから」

「お願いします」

 もう一度鏡を見る。自分史上最高の出来だ。

 ロイリは気に入ってくれるだろうか。

 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 今このタイミングで訪ねてくる人なんてひとりしかいない。

「入っていただいてよろしいですか?」

 侍女に聞かれ、亜佐は少し緊張した顔で頷いた。

 外へ顔だけだ出した彼女が二言三言話して、それから扉を大きく開く。

 入ってきたのはやはりロイリだった。

 どんな顔をしようか悩んだのは一瞬だけだ。すぐに彼の姿を見て頭が真っ白になった。

 純白の軍服に、きらびやかな装飾。純白のマントを羽織っている彼は、いつもは下ろしている前髪を後ろへ撫で上げていた。

 この正装は遠目でなら何度か見たことがあったが、こんな近くでは初めて見た。

 まずい。のぼせそうなくらいかっこいい。この人生の中で、一体何回彼に恋をするのだろうか。きっと一生、おじいちゃんとおばあちゃんになったって、ときめかせてくれるのだろう。

 ロイリは目を丸くしたまま歩み寄って、シャボン玉に触れるようにそっと亜佐の頬に触れた。

「ああ……アサ、きれいだ……」

 それはこっちの台詞だ。そう言いたいのに言葉も出ない。

「まだ実感がわかない。本当にお前が俺の妻になるのか」

「……私も、まだ夢を見てるみたいです……」

 強くて優しくてかっこいい、まるでおとぎ話に出てくる王子様のような人が夫になるなんて、夢にも思っていなかった。

 ロイリの軍服の胸元に、クラウゼ家の紋章がついたペンダントが揺れている。その近くの右胸のポケットに白い花がささっていた。それに指先で触れる。

「お揃いですね」

「そうだな。父と母が好きだった花だ」

 亜佐は頷く。それを知ってから、ますますこの花が好きになった。ロイリも亜佐の髪を飾っている花に触れる。

「ふたりもこの結婚を祝福してくれるだろう」

「はい」

 会ったことはないしまだ墓参りもできていない。でもロイリやアドルフからよく話は聞いていた。

 音楽や芸術を愛し天真爛漫に生きた彼らの母と、寡黙で厳しいが家族には甘かったらしい彼らの父。人間である亜佐との結婚も、許してくれただろうか。

「お二方、そろそろご準備を」

「はい」

 侍女の言葉に緊張した声で返事をしてロイリを見上げる。

「行こう」

「はい」

 差し出された腕をそっと掴んで大聖堂の扉へ向かった。 

 指を折りながら手順を確認する。まずはロイリが入場し、亜佐は遅れて入る。祭壇前の階段で合流するらしいが、口頭でしか説明されていないので上手くできるか不安だ。

「大丈夫か?」

 亜佐の不安を感じ取ったらしいロイリが小さな声で尋ねる。

「ちゃんとできるかどうか少し不安です」

「難しいことなんて何もない。分からなくなったら全部俺に任せておけばいい」

 亜佐の前髪に触れた彼に、笑って頷いた。

 できる限り頑張ろう。駄目だったら頼ってしまおう。

「またあとで」

 前髪に触れるか触れないかのキスをして、彼は亜佐から離れた。

 ロイリが扉の前に立つ。

 少しの間を置いて聞こえてきたのは、聖歌隊の美しい歌声だった。それにピアノの音が交じる。フリードハイムの演奏だ。

 彼が一曲を通して弾いてくれることはあまりない。作曲や音楽家の育成に重きを置いている彼が舞台に立つことは、今はほとんどないからだ。

 彼の演奏は心臓を締め上げる。その名は偉大な音楽家として後世にまで残るのだろう。

 そんな人に師事しているなんて、なんて幸せ者だろう。

 亜佐もすぐにでも宮廷楽団でピアノを再開するつもりだ。妊娠出産でのブランクを取り戻し、フリードハイムに認めてもらえれば、弟子を取ることを許されている。

 夢だったピアノ教室の先生になることが、もう少し頑張れば叶うかもしれない。

 ガタンと音をたて、大聖堂の大きな扉がゆっくりと開かれる。

 ロイリが聖堂内へ足を踏み出した。

 その途端聞こえた複数のうっとりとしたため息に、もやもやと嫉妬が湧き上がった。

 羨ましい。その真っ直ぐに前を見据えた顔や堂々とした歩みを、彼女たちと同じように真正面から見てみたかった。

 首を振って邪念を追い出す。

 参列者と身廊の間に立つのはロイリの同僚たちだ。彼らは一糸乱れぬ動きで花で装飾されたサーベルを抜き、頭上に掲げて道を作った。

 ロイリはその下を、背筋を伸ばしたままゆっくりと進んでいく。

「アサ様、お進みください」

 名前を呼ばれて、慌てて裏返った声で返事をする。とにかく転ばないように、そろりそろりと歩き始めた。

 聖堂内へ足を踏み入れ、前はしっかり見ていようと顔を上げる。

 今日は何日も続いていた雨が嘘のように、雲ひとつない晴天だ。太陽の光が壁三面を覆うステンドグラスで虹色になり、聖堂内を染め上げている。

 起立している参列者の一番後ろに、ひと際大きな人物を見つけた。マレクだ。

 目が合い、彼は精悍な顔に柔らかい笑みを浮かべ、亜佐たちを祝福をしてくれた。

 サーベルを掲げる軍人の中に、ずっと警護をしてくれていた軍人やエヴァンスの姿もあった。

 エヴァンスは式では泣かないと豪語していたのに、もう目を真っ赤に腫らしている。笑いかけると、とうとう決壊したようだ。通り過ぎた後ろから嗚咽と鼻をすする音が聞こえた。

 サーベルのトンネルの向こうには、立ち止まって亜佐を待つロイリがいる。優しい微笑みと差し出された手に吸い込まれるように近付いて、そっと手を重ねた。

 もう泣きそうだ。せっかくの化粧を落とさないようにぐっと唇を噛んで耐えて、そのまま彼の腕に支えてもらいながら階段を三段上がる。

 ふたりの行き着く先はヘンリッカの元だ。

 本来なら聖職者が行う式の進行役を、彼女は買って出てくれた。

 美しいローブに身を包むヘンリッカの前に立ち、ロイリの腕に置いていた手を下ろす。その手をロイリが握り締めた。

 こういうものだと思って握り返してヘンリッカを見ると、彼女は思わずという風に笑ってすぐに無表情を顔に貼り付けた。こういうものではないらしい。

 ヘンリッカの開会宣言により、ふたりの式が始まった。

 厳粛な空気の中、ヘンリッカが朗々と聖書の一節を読み上げる。

 少し昔の言い回しで書かれた聖書は亜佐にはほとんど理解できない。しかし何度も繰り返される言葉の中で、これだけは理解できる。

 ヨニとイーダのように。

 彼らのように仲睦まじく、互いを尊敬し手を取り合うようにと、聖書は何度も説いていた。

 その心配はない。今もこうやって繋いでいる手を、ふたりは死ぬまで離すことはないだろう。

 手を繋いだまま、ロイリの薬指にはまっている指輪に触れる。

 ロイリは亜佐の世界の結婚式と同じように指輪の交換を盛り込もうとしたらしいが、亜佐はそれを拒んだ。

 もう帰ることはない。この世界のこの国で生きていくために、この国の伝統に倣って式をあげることを亜佐は望んだ。

 お揃いの指輪はもうお互いの指にはまっている。

 込み上げた幸せにまたしても溢れそうになった涙を止めたのは、赤ん坊の泣き声だった。亜佐は反射的にそちらを振り返ってしまった。

 参列席の一番前でアドルフに抱かれて泣いているのは、亜佐とロイリの子だ。

 ベルタとその息子があやすように赤ん坊を撫でるが泣き止まない。

 さらにボリュームを上げる泣き声に、とうとうベルタの腕に抱かれた彼女の娘までつられてグズグズ言い始め、張り詰めていた教会内の空気が一気に緩んで小さな笑い声が上がった。

 アドルフが困ったように亜佐とロイリに笑いかけ、一度外に出ようとしたのか腰を上げた。それを制したのはヘンリッカだ。手で座るよう促し、アドルフは頭を下げてまた腰を下ろした。

 まだ泣き続ける赤ん坊の名前を、ロイリが呼ぶ。

 優しく響いたその声に、赤ん坊はようやく泣くのをやめて父親を探してきょろきょろと辺りを見渡した。

「お前、家に帰ったらまた母様を独占するんだろ? 今は少しだけ我慢してくれ」

 今度はさっきよりも大きな笑いが起きる。

 ヘンリッカが笑ったように咳払いをして、亜佐とロイリは彼女に視線を戻した。

 和やかな空気のまま式は進んでいく。「誓約」というヘンリッカの言葉に、ロイリが運ばれてきた盆の上から手に取ったのは美しいチュールのベールだ。

 この国ではベールは捲り上げるものではなく着せるものらしい。ベール、と言うよりはケープに近いものをロイリは亜佐の肩に掛け、胸の前でリボンを結んだ。

 次に手渡されたのは小麦の混じった花束のブーケ、そして玄関につけるらしい大きなベルだ。

 全てに意味があり、着るもの、食べるもの、住む場所に困らせるつもりはないという決意の表明だそうだ。

 代わりに亜佐は美しく装飾された短剣を膝を折って差し出す。家は守るので安心して外で働き私を守ってくださいという意味らしいが。

「お前を守るよ」

 小さな声で囁いて、ロイリは短剣を受け取った。うんと頷く。

 初めて会った日のあの約束は、これからもまだ続いていく。そして。

「私もあなたを守ります」

 そして今は、亜佐もロイリを守ることができる。

彼の帰る場所となり、支え癒やす存在になることができたのだ。

 そしてふたりの間にできた愛しい存在を、共に守ることができる。

 目を丸くしたロイリが、ゆっくりと破顔する。

 そろそろ駄目だ。涙腺が辛くなってきた。

「誓いの言葉を」

 ヘンリッカの声に、どうするんだっけとロイリを見上げる。

 胸がいっぱいで、説明してもらった式の流れが頭からぽんと追い出されてしまった。

 ロイリが亜佐にしか聞こえないような小声で「最後に返事だけしてくれ」と囁いた。彼は今日ずっと笑っている。

 ロイリが亜佐の手を持ち上げ、両手で包み込む。

 見つめ合ったまま、彼は口を開いた。

「私たちの進む未来には、平坦な道もそびえ立つ山もあるでしょう」

 ロイリの声はよく通る。亜佐に語りかける言葉たちは、聖堂内に凛と響いた。

「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も」

 強く強く手を握り締められる。

「私はこの手を離しません」

 もう駄目だった。涙が決壊した。

 視界がぼやけてロイリの顔が見えないことがもったいなくて仕方がない。何度もまばたきをして、彼の顔を見つめ続ける。

「幸せと苦しみを分かち合いましょう。喜びと悲しみを分かち合いましょう。しかし死すら私たちを分かつことはできない」

 ロイリらしい言葉に泣き笑いになる。

 違う世界で生まれ違う世界で暮らしてきたふたりが、出会い愛し合った。そんな奇跡を起こしたふたりを引き離すことは、誰にも何にもできやしない。

「永遠に愛し慈しみ、永遠に共にあることを、私は誓います」

 今度は亜佐の番だ。嗚咽で言葉をつまらせながら、それでも震える声を絞り出した。

「私も、誓います。永遠に共に」

 死んだら天国へ行くのだろうか、それとも生まれ変わるのだろうか。この一途な人は、どちらでもついてきてくれるのだろう。

「誓いのキスを」

 いつかもしたことのある誓いの言葉の封印を、今度はこれだけの人に祝福されながら行うことができる。

 顔を上げて目を細める。肩に手を置いたロイリが腰を屈めた。

 触れるだけのキスを何秒か。

 ゆっくりと離れてぼろぼろと落ちる涙をロイリが笑いながら親指で拭った。

 ヘンリッカが高らかに宣言する。

「今この両名は、神の名の下に夫婦たる誓いを立てました。ここにロイリ・クラウゼ、アサ・クラウゼ、両名の結婚が成立したことを宣言致します」

 アサ・クラウゼ、その響きのなんて幸せなこと。

 その幸せにどっぷり浸る――暇もなく。

 突然背後で沸いた大歓声に、亜佐は飛び上がって驚いた。

 振り返った先には立ち上がって両手を上げて祝福を叫ぶ参列者と、サーベルをしまいライフルを天井に向ける軍人たちだった。

 パンッと揃った銃声が鳴り響く。また飛び上がって思わずロイリの腕にしがみつく。

 気付かなかったが天井にいくつか白い袋がぶら下げてあり、それが破れて花びらと紙吹雪をばら撒いた。

「ひっ、え、室内で……? 空砲ですよね……!?」

「空砲だよ。祝砲用のライフル。音に合わせて袋を裂いただけだ」

 笑いながら言うロイリに花びらが降り注ぐ。

 ふたりで天井を見上げる。色とりどりの花びらが舞い踊り、その下では人々が祝福の拍手を送ってくれている。

 きっとこの光景を忘れることはできない。

 拍手の中に赤ん坊の泣き声が混じって、亜佐はアドルフへ視線をやる。彼は腕の中の赤ん坊を揺らしながら亜佐のそばにやってきた。

「びっくりしたねぇ、ほらほら、君の父様と母様だよ」

 音に驚いたのだろう、顔を真っ赤にして泣く赤ん坊をアドルフから受け取る。小さな顔を濡らす涙を拭ってから「いい子ね、もう我慢しなくていいよ」と額にキスをした。

「アサ、君もすごくビックリしてたね」

「最初から最後まで厳粛な式だと思ってました」

「派手に騒ぐって言ってなかったか?」

 赤ん坊の頭に乗っている花びらを摘みながらロイリが言う。そう言えば聞いたような、聞いていないような。

「外に出たらもっとすごいですよ、アサ」

 同じくわんわん泣く娘の背中を撫でながらベルタが笑った。

「写真もたくさん撮られますから」

「本当に? お化粧崩れてないですか?」

「まだ大丈夫」

 と言うことはギリギリらしい。赤ん坊の顔を見下ろすと、彼は亜佐と目を合わせて涙に濡れた顔をほころばせた。赤ん坊が泣くほど酷いことにはなっていないようだ。

「アサ、ストップ。そのまま頭下げててね」

 アドルフに言われて体の動きを止める。何だろうと視線だけ上げると、アドルフはきれいに装飾された箱から何かを取り出した。

 髪飾りに触れないよう気を付けながらアドルフがかけてくれたのはペンダントだ。

 ロイリが首から下げている紋章の入ったペンダントと同じものだった。

「愛する弟と義妹の前途に幸多からんことを」

 アドルフが亜佐の肩に手を置いて、両頬にキスをする。次にベルタが亜佐の頬に触れて、同じようにキスをした。

 ふたりはロイリにもキスをする。腰を屈めて受け取ったロイリがアドルフたちと幸せそうに笑うのを見て、温かい家族が手に入ったのだと知った。

 じわりと涙をにじませた時、化粧をしてくれた侍女が飛んでくる。ハンカチで涙を拭ってから軽く化粧を直してくれて、そんなに酷い顔をしていたのだろうかと焦ったが、いつの間にか大きなカメラを持ったカメラマンがそばでカメラをセットしていた。

「写真を撮りますよ! まず、ご夫婦とご子息の三人で!」

 慌てて赤ん坊の顔が見えるように帽子を調整して、ロイリに寄り添って立つ。

 赤ん坊は亜佐に抱かれて安心したらしい。すっかり泣き止んで、この喧騒の中でうつらうつらし始めていた。

 角度と距離を変えて何枚か撮って、カメラマンは大きな動作でオーケーを出した。

「次はご家族全員で!」

 アドルフ家族がそばによる。彼らの娘はまだグズグズと泣いているが、それもご愛嬌だ。将来この写真を一緒に見たときに、笑い話になるのだろう。

「撮りますよ! ……はいもう一枚! ……はい、オーケーです!」

 カメラマンは叫ぶとあっという間にカメラを片付けて外へ飛び出していった。

「さあ、お前たち」

 すぐ近くで見守ってくれていたヘンリッカが、亜佐とロイリの肩をポンポンと叩いた。

「外でも思う存分祝福されてこい」

「はい、王女様」

「行って参ります」

「行ってこい」

 ヘンリッカの笑顔と、フリードハイムのピアノに背中を押される。

 階段を三段降りた先にはまたサーベルのトンネルができていて、参列者もそのトンネルに参加していた。みな手に花びらが入ったカゴを持っていて、花びらまみれになりそうだ。

「抱こうか」

「お願いします。父様に抱っこしてもらってね」

 赤ん坊の柔らかい頬にキスをして、ロイリの腕に託す。彼は片手で軽々と赤ん坊を抱くと、もう片方の腕を亜佐に差し出した。

「行こう」

「はい」

 その腕を取って彼の顔を見上げる。

 爪先立ちをして体をかがめた彼とキスをして、前を見やった。

 そして同じ方向へ、共に生きる未来へ、亜佐はロイリと一緒に足を一歩踏み出した。
















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