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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
五章

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47/57

47、ふたりの関係




 亜佐は宮廷の大きな吹き抜けの手すりに背中を預け、空腹に悲鳴を上げる腹を撫でていた。

 目の前では今まで警護をしていてくれた警護隊の軍人と、これから警護をしてくれるエヴァンスが引き継ぎを行っていたが、それも終わったようだ。ようやくお昼だ。

「お疲れ様でした、またお願いします」

「お疲れ様」

 休憩に入るエヴァンスの部下に手を振って見送って、エヴァンスのそばに寄る。

「アサちゃん、お待たせ。お昼行こ」

「そうしましょう。お腹空きました」

「もしかして、さっきからぐぅぐぅいってるのアサちゃんのお腹?」

「違いますよ」

「ほんとに?」

 ふたり並んで食堂へ向かって歩き出す。

 数歩も歩かないうちに、その背中に声がかけられた。

「亜佐さん!」

 振り返る。駆け寄ってきたのは、ついさっきまで同じホールで練習をしていた白佐木だった。

 彼は童顔に嬉しそうに笑顔を浮かべて小首を傾げた。

「今から食堂? 俺も一緒に行ってもいい?」

「はい」

 亜佐は少し目を細めて笑って返事をする。

 ロイリに白佐木との関係が不安だと言われたのが確か一ヶ月ほど前。

 信じているから大丈夫だと、交友関係を切る必要はないと言われた。ただし、あちらが手を出してくるまでと。

 白佐木が本当に亜佐に好意を抱いているのかはさておき、一緒にいるところをロイリに見られたらまた心配をかけさせるかもしれない。と、そう考えていた時だ。

「あ、クラウゼ中佐だ」

 エヴァンスのその声に、そんな心配は一瞬にして頭から吹き飛んだ。勢いよく振り返ってロイリの姿を探す。だって仕方がない。もう半月も彼の姿を見ていない。

 エヴァンスの視線を追いかけて、吹き抜けの二階下、ホールで部下らしい数人に囲まれて話をしているロイリを見つけた。

 ああ、何百回何千回見ても見惚れてしまう立ち姿だ。

 もう少し見ていたかったが、今は白佐木と一緒だ。

 泣く泣く手すりから離れようとすると、ふとロイリが顔を上げた。きょろきょろと辺りを見渡して二階も上にいる亜佐に気付いて、彼はにこりと笑って手を振る。

 思わず亜佐も大きく手を振り返す。その隣でエヴァンスがロイリに投げキスをして、ロイリはわざと嫌な顔をして手で払ってから視線を部下に戻した。

「何で分かったんだろう。視線を感じるってやつですか?」

 エヴァンスにそう尋ねると、彼は肩をすくめた。

「あの人は超人だから」

 その答えに、そう言えばそうだったと笑う。

 亜佐は「お待たせしました」と声をかけながら白佐木を振り返って、彼の眉間に盛大にしわを寄っていることにようやく気付いた。

「亜佐さんってさ、クラウゼ中佐とどういう関係なの?」

 まさか直球で聞かれるとは思っておらず、少し視線を左右に揺らす。

「ここに来る前は、クラウゼ中佐の家にいたんだろ?」

「ええ、そうです」

「そこで人体実験させられてたって噂があるよ」

 思わず笑ってしまったが、白佐木は真面目な顔をして、ちらりとエヴァンスを見上げて続けた。

「だから亜佐さんだけ特に護衛が厳重だって」

 亜佐は困って誤魔化すように笑った。

「どうしてクラウゼ中佐のお屋敷でお世話になっていたのかは、言っちゃ駄目なんです」

「中佐が亜佐さんの血を飲んでるって、一部の人が噂してる」

「私の血を飲んでいるなら、怪我がすぐ治るはずでしょう? 前に大きな怪我をされていたのに」

 三ヶ月ほど前だったか、ロイリは勤務中に足の指を折って、少しの間松葉杖のようなものをついていた。

 亜佐の血に耐性がついたって、治癒の力が効かなくなるわけではない。骨折くらい血を飲めばすぐに治っただろうし、怪我をしている最中にも何度か会った。それなのに不自然に治れば怪しまれるからと、治してやることができなかった。

 その時のやるせなさと無力さを思い出してして怒りに変え、それで嘘をつく事の罪悪感を相殺する。

「そんな事を言ってるのは、彼を妬んでる人ばっかりですよ」

 吐き捨てるように言うと、白佐木は少し気まずそうに視線をそらした。彼は妬んでいる人なのかもしれない。

 これで諦めてくれるかと思ったが、白佐木はまだ食いついた。

「……ぶっちゃけさ、どういう関係なの? 付き合ってるの?」

 白佐木に気付かれないよう細く息をつく。

 亜佐とロイリ、ふたりを取り巻く環境が複雑すぎて、自分の存在が彼にどんな影響を与えるの想像もつかず、どう答えるのが正解なのか分からない。

 どうしようかと考えて、困っていることを伝えるために眉を垂らして白佐木を見上げる。

 そんな亜佐の後ろから笑い声が聞こえた。

「私には曰く有り気な関係に見えるがなぁ」

 驚いて、三人で声の主を振り返る。

「……ヘンリッカ王女殿下!」

 そこに立っていたのは、美しく歳を重ねた顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべた、ヘンリッカ第一王女だった。

 思わず声を上げて俊敏な動きで敬礼をしたのはエヴァンスだ。

 白佐木が頭を下げ、亜佐も慌ててスカートを摘み膝を折り曲げる。

「ご機嫌麗しゅう、ヘンリッカ王女様」

「ああ」

 亜佐と白佐木が顔を上げた後も直らないエヴァンスに、ヘンリッカが手で直れの合図をする。上司であるロイリに軽口を叩くエヴァンスも、さすがに王族には敬意を払うらしい。

「で? アサとクラウゼがデキているかという話か?」

「王女様……」

 どうして話をぶり返すんだと、白佐木に向けていた困った顔でヘンリッカを見上げた。

「何だ。お前達、あれで隠しているつもりなのか?」

 ヘンリッカは豪快に笑う。

「クラウゼなんぞ、この私にさえ愛想笑いのひとつも寄越さん癖に、アサを見ると子犬のように駆け寄っていく」

 背後のエヴァンスからぶふっと噴き出したような音と、それを誤魔化そうとする咳払いが聞こえた。

「この宮廷内であれば、吸血人と人間が触れ合う事は許されている。色恋沙汰が起きてもおかしくはないし、体液の接触がない限りそれを罰する法もない」

 体液の接触という言葉にギクリとした。ヘンリッカはロイリが亜佐の血を飲んだ事を知っている。ちらりと彼女を見上げると、にやにやとした笑みが亜佐を見下ろしていた。

「でも……!」

 そんなふたりの視線でのやり取りを遮ったのは、白佐木だった。

「その……キスもできないようなそんな関係、不毛です」

 たじろぎながらも言い切った白佐木をまじまじと見つめ、ヘンリッカはまた口の端を吊り上げ「ふぅん?」と小首を傾げてみせた。

「それに、吸血人は亜佐さんに触れるのは禁止されているのではないですか?」

 そう言った白佐木がエヴァンスを睨み付ける。エヴァンスは少し目を細めて、珍しく怖い顔で凄んでみせた。

「我々は、アサ嬢に害を与えようとする者の接触を阻止する警護隊だ。害はないと判断すれば、それが吸血人であれ接触を止める事はしない。反対に、害があると判断すればたとえ人間でも容赦しない」

 白佐木はじりりと一歩下がったが、視線だけはエヴァンスから離さない。火花を散らすふたりにヘンリッカは肩をすくめて、亜佐を見下ろした。

「アサ、また時間を見つけて練習を見に行くよ。やはりお前のピアノを聞かないと、よく眠れないんだ」

「ご無理をなさらなくても、お申し付けくださればいつでもお部屋に参ります」

「ありがとう」

 手を上げて踵を返したヘンリッカに、エヴァンスが敬礼する。彼女は現れた時と同じようにあっと言う間に去って行った。

 彼女の背中が曲がり角に消え、腕を下ろしたエヴァンスが耐えられなかったという風に激しく吹き出した。

「子犬……ふふ、子犬……みんなに言いふらしてやろ」

「……怒られますよ」

「君が告げ口しなきゃバレない。昼食のデザートあげるから」

「そんなので買収されると思ってるんですか」

 エヴァンスの腕を押してから「お腹すきましたね、行きましょう」と白佐木に笑いかける。わざとらしい話のそらし方だったが、これでこの話題には触れて欲しくないと分かってもらえただろう。

 分かってもらえたとは思うが、白佐木は納得しなかったらしい。

「王女の言葉、否定しないんだね。本当にクラウゼ中佐とそういう関係なんだ」

 白佐木は亜佐の腕を強く掴んだ。

「はっきり言ってほしい。そうしたら諦める」

 彼は人間だ。これは敵意でもない。本来ならその接触を遮る必要はないが、視界の端でエヴァンスが動いたのが分かった。

 しかしエヴァンスの手が亜佐に触れる直前。

 亜佐の首根っこを誰かが掴んで、後ろへ強く引いた。

 バランスを崩した体を背中から抱き締め、「アサ」と耳元で名を呼んだのは、ロイリだった。

 驚いて彼を見上げて、次に吹き抜けの下を見下ろす。さっきまでそこにいたはずなのに。

 体を離していつもの様に頭を撫でて、ロイリは口の端を緩めた。

「まだいてくれてよかった。ずっと探していたんだ。今日、お前の部屋に行ってもいいか?」

 驚いて目を丸くして彼を見上げる。人前でこんな事と思ったが、違う。これは恐らく威嚇行為だ。

「半月前から手帳が見つからないんだ。お前の部屋に落としたかもしれない」

「本当に? 何度か掃除しましたけど、それらしいものは……」

 無意味と知りつつ声を潜めるが、目が全く笑っていないロイリに遠慮などなかった。

「今日の夜探しに行く。少し遅くなるかもしれない」

 体を縮め、しかし返事をしないわけにはいかない。

「分かりました」

「寝ててもいいから。勝手に入る」

「はい」

 返事をした亜佐の頬を撫でたあと、ロイリは一瞬だけ視線を横へ流した。

 その先にいるのは白佐木だ。

 ほんの一瞬だと言うのに、背筋が凍るような時間だった。目を離したロイリはエヴァンスにも視線をやり、「またな」と亜佐の肩に触れてそのまま去っていった。

 青い顔の白佐木を見上げる。もう言ってしまおうと思ったのに、白佐木は亜佐から視線を外しわざとらしく笑った。

「ごめん、フリードハイムさんに頼み事されてたの思い出した。先に済ませてから昼ご飯にするよ」

 亜佐の返事も聞かずに、じゃあと手を上げて白佐木もその場を後にする。その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、エヴァンスが亜佐の耳に口を寄せた。

「そりゃ怖がるさ。だって、殺すぞって視線だったもん」

「そんな、物騒じゃ……」

「大人げないよね、中佐」

「……行きましょう」

 エヴァンスを促して、どっと疲れた体で歩き出す。

 次に白佐木に会う時、一体どんな顔をすればいいのか。もし彼が、ロイリが亜佐の部屋を訪ねていることを誰かに言いふらしたらどうしよう。これで白佐木は諦めてくれたのだろうか。

 人生で初めて男を振り、罪悪感が尋常ではない。

 エヴァンスが亜佐を見下ろし、ふぅと息を付いた。

「別に君が悪く思う必要はないよ。好意を寄せてくる男全員に好意を返すわけにはいかないだろ? 仕方がないことだってある」

 それは分かっている。分かっているからといって、この気まずさが消えるわけではない。

「それにズルいよ、シラサキは。自分ははっきり君に気持ちを伝えないくせに、君にははっきり言えって言う」

 亜佐の前に回り込んで立ち止まって、エヴァンスは亜佐の鼻先に人差し指を突き付けた。

「君のその博愛は魅力のひとつだと思うけど、度が過ぎればただのお人好しだ。もっとクラウゼ中佐みたいに、周りなんか気にせず好き勝手したらいい」

「……ロイリには好き勝手を挽回できる実力があります」

「君には人望がある。おっそろしい後ろ盾がついてるくせに」

 何も言えない亜佐の代わりに、亜佐の腹がきゅるると返事をした。

「……お腹空いたの?」

「……すごく空いてます」

「歩きながら話そう」

 恥ずかしかったが、説教モードに入っていたエヴァンスの怒りをそらすことができたようだ。

「私とロイリの事ってそんなに噂になってますか?」

 エヴァンスは肩を竦めて「そりゃあね」と答えた。

「人間と噂になって、そのせいでロイリの評価が落ちたりなんかは……」

「軍上層部の評価は、まあ今の地位にいる事が答えでしょ。宮廷内での評価もいいと思うよ。特に貴族のご令嬢ご婦人方に」

 それはきっと、主に顔のおかげではないのだろうか。

「君と中佐はキスすらできないのに、中佐は君の事を一途にずっと大切にしてる。性欲に囚われず愛を貫く、精神的純愛? プラトニックっていうの? 女の人はそういうの大好きだろ。特に中佐は顔がいい」

 やっぱり顔だ。

 エヴァンスは声を潜め、ありったけの意地悪を込めたような顔で言った。

「全然プラトニックじゃないのにね」

 見上げるように睨み付けたが、すぐに視線をそらされ彼は唇を尖らせる。

「世の女性方はあの顔に騙され過ぎだ。おキレイな面一枚剥がしたら、腹黒だし気性が荒いしサディスティックだし頑固だし……」

 呻くようにさらに続けるエヴァンスに、亜佐は一転、同情の視線を向けた。

「また振られたんですか……?」

 エヴァンスは言葉を切って、ちらりと亜佐を見下ろしてから絞り出すように言った。

「……すごく優しくしてくれて、これはいけると思ったその日に、私をロイリさんに紹介して、ってお願いされた……」

 またこのパターンらしい。女運がないのか、女を見る目がないのか。多分後者だ。

 いい加減そろそろ何を目的に近付いてきているのか見極められるようになった方がいいと言ったら、彼は泣き崩れるかもしれない。

「俺の失恋の九割に中佐が関わってるんだ……! 俺がモテないのは中佐のせいだ!」

 そんな事を言いながらも、彼は行く行くはまたロイリのそばで働く事を熱望している。エヴァンスに春が訪れるのは、まだまだ先かもしれない。

「お昼のデザートあげるから、元気だしてください……」

「ありがと……」

エヴァンスの背中をポンポンと叩いて、食堂に向かって歩き出した。




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