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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
四章

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41/57

41、捩じ切れそうな




 二十二時前に亜佐の部屋を訪れたロイリの顔には、珍しく笑顔はなかった。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 彼が来るまで起きているつもりで読んでいた本を閉じて、亜佐は立ち上がる。

 その手を取り、ロイリはベッドに座った。目の前に立つ亜佐の腰に手を回し、彼は黙ったまま引き寄せる。

 キノスやマレクとどんな話をしたのだろうか。

 そして、今どんな事を考えているのだろうか。

 見下ろしているロイリの前髪に触れる。少し伸びた髪が目元を隠している。

 彼が赤い目を少し丸くしたのは、こうやって亜佐から触れる事があまりないからかもしれない。

「赤い目……血の色が透けているんですか?」

「……いいや、こういう色素だ。ウサギやネズミや、血の色が透けている赤目の動物もいるけど」

「じゃあ、もし私達に子供ができたら、何色の目になるんでしょうね」

 今度はロイリは目を真ん丸にした。亜佐をじっと見上げ、言葉の真意を読み取ろうとしている。

 特に他意はない。純粋な疑問と、希望だ。

「……確か、人間の目は濃い色の方が遺伝しやすいんじゃなかったか?」

「ええと……そうだったと思います。髪も目も、黒の方が優性遺伝子です」

「だったら俺達の子は黒に近い髪と目だな」

 想像してみる。焦げ茶か黒の髪と瞳、肌は亜佐に近いだろう。顔はロイリに似てくれたら、男の子でも女の子でもそれはもう可愛い子になるはずだ。

 思わずヘラっと笑って、その顔を見たロイリも噴き出すように笑う。ようやく笑ってくれた。

「欲しいな」

 亜佐は呟いて、ロイリの唇に触れる。子供ができたら、保護施設に入ってもその子を拠り所に生きていけるだろうか。

 もちろん、人間と吸血人の間に子供ができないと教えてもらった事はちゃんと覚えている。

「あなたの子供が欲しい」

「……こんなに刺激的な誘い文句は初めて聞いたな」

 腰を強く引き寄せられ、気が付くとベッドに転がされていた。

「作ろうか」

 天蓋とロイリの顔を見上げながら、どうしてこの時間が永遠に続かないのか恨めしく思う。

「……冗談だよ」

 ロイリは笑ってそう言ったが、伸し掛かるのはやめない。

 近付いてきた唇を指で止める。その指を掴んで、彼はベッドに押し付ける。

「もう耐性がついているか確認しなくてもいいだろ?」

「先に少しだけお話をしませんか?」

「嫌だ」

 彼らしくない拒否を吐いて、亜佐の言葉を全て呑み込むように口を塞がれる。

 二ヶ月ぶりのキスだ。ずっと触れ合える距離にいたのに、二ヶ月もできなかった事。

 息継ぎも忘れて貪り合って、咽せて咳き込んでまた顎を引かれて唇がぶつかる。

 合間に唇の端から漏れる「愛してる」の言葉に返事をしたいのに、すぐに絡みつく舌がそれを許してくれない。

「ロ……イ、リ」

 息も絶え絶え彼の名前を呟く。ようやくロイリが離れたのは、こすれた唇が痺れて感覚が薄くなり始めた時だった。

 頭がクラクラする。少し酸欠のようだ。

 大きく深呼吸する亜佐を、ロイリは呼吸を整えながら見下ろしていた。

「お前をどこか……遠くへ連れ去ってしまおうか」

 少し上の空な声に、彼を見上げる。

「どこか平和な国で、ふたりで暮らそう」

「……あなたにそれができますか?」

 ロイリは口を開いて、震える息だけ吐き出して首を横に振った。

 そうだろうと笑う。人間に関する法律はとても厳しいものが多い。人間の誘拐なんてどれほどの罪なのか。

 ロイリが重罪人になれば、アドルフはどうなるのか。ロイリを信じて付き従うベルタは、エヴァンスは、彼の部下たちは。そしてロイリを守り続けたマレクは。

 ロイリは彼らを裏切る事はできない。絶対に。

 起き上がったロイリに続いて亜佐も上半身を起こした。

「キノス先生と面談はできましたか?」

「……ああ」

 前髪をかき上げて、しかし俯いたままロイリは言う。

「耐性は完全についたと証明書を出してもらった。これで明日には監視対象から外れる」

 そういえば、人間の血を飲んだ罪がなくなる代わりに管理下に置かれると言っていた。

 ようやく、少しずつ彼の日常が戻ってきている。

「今日、マレク大佐があなたを褒めていましたよ。部下の人たちに仕事を振り分けられるようになったって」

「大佐が?」

 ロイリが驚いた声を上げた。その驚きの原因は、マレクが彼を褒めたことではないようだ。

「大佐が来られたのか?」

「ええ」

 彼は顔をしかめて顎に手をやる。

「十三時に視察に出ると外出したが……俺にはそんな事一言も……」

「もうひとり、スーツを着た男の人も来られました」

「……名前は?」

「それが、教えてもらえなくて……」

 ピアノと雑談を聞いてすぐに出ていき、マレクに聞いても教えてもらえなかった事を話す。

 ロイリはますます難しい顔をして黙り込んだ。

「保護施設の関係者の人かなと思ったんですけど、それならお名前くらい教えてくれるかなって……」

「いや、保護施設を管理しているのは軍だ。関係者なら基本軍服のはずだが……」

 顔や体の特徴を細かく伝えたが、ロイリには覚えはないらしい。

「……マレク大佐、何か隠しているな」

「私もそう感じました。帰る時も、何か言いたそうに私をじっと見下ろして……」

 ロイリに釣られて顎に手を当てながらその様子を思い出す。

「わざと保護施設の話題を出さないようにしてるみたいで」

「……そうか」

 低い声が聞こえて顔を上げる。ロイリは視線を絡ませた後、顔を背けた。

「お前は、早く保護施設へ入りたいか?」

「はい」

 彼の体が強張ったのが分かった。

「私が保護施設へ入ればあなたは安心できるし、私と出会う前の出世の道へ戻れるかもしれない」

 わがままを言って行きたくないと泣き喚いて、ロイリが亜佐を保護施設に入れる事に罪悪感を覚えてはいけない。

 そう思って言ったが、ロイリの横顔を見てそれは独り善がりな思いだと知った。

「と……言うのが建前です」

「……本音は?」

 口を開いて、また閉じる。ぶち撒けてもいいのだろうか。

 彼にこんなものを受け止めさせてもいいのだろうか。

 込み上げる激情を必死に呑み込む。こんな時くらい泣くなと唇を噛んで、ロイリを見ることができないまま叫んだ。

「離れたくない……!」

 声は震えたが涙は耐えた。

 彼の手が伸びてきて、ゆっくりと頭を撫でてくれた。

「本音が聞けて嬉しいよ」

 すんと鼻をすすって、彼を見上げる。

「あなたの本音は?」

 彼は負の感情をあまり亜佐に見せない。じっと黙ってやり過ごしてしまう。

 そのきれいな顔の下の欲にまみれたどろどろした部分を見てみたい。受け止めたい。

「さっきも言っただろう。お前をどこかへ連れ去って、ふたりで暮らしたい。一緒にいたい。離れたくないんだ」

 頬を包み込んで額を合わせて、ロイリは「でもな」と続ける。

「安全な保護施設へ一刻も早く入って欲しいと思っていることも事実だ。人間であるお前には危険の多い外の世界に引き止めて、もし何かあったら……俺は悔やんでも悔やみきれない」

 悲しげに歪む顔に手を伸ばす。矛盾を起こす本音たちが彼を苦しめている。

「……アサ。今から俺が言う事は、お前の人生を縛り付けるものじゃない。ただの俺の願望で、お前には言う通りにする義務はない。ただ、聞いて欲しい」

 絞り出すようなその声にうんと頷く。

 一言一句聞き逃すものかと彼の顔をじっと見つめた。

「保護施設へ入った後も、俺を忘れないで欲しい。俺の事を愛し続けて欲しい。他の男のものにならないでくれ」

 ロイリらしい独占欲に、思わず笑った。これが心地良いと感じてしまうくらい、彼に毒されている。

 青白くなるほど握り締められている手にそっと手を重ねる。

 どう言ったらこの気持ちが伝わるのか、必死に言葉を紡いだ。

「……あなたは私の命の恩人で、今まで出会った男の人の中で一番カッコよくて強くて、初めてのキスの相手で」

 こんなにも、体が捩じ切れてしまうんじゃないかと言うくらい切ない愛を教えてくれたたったひとりの人だ。

 何の見返りも求めずに、ただここに存在するだけなのにそれを尊んで愛してくれる。そんな人、きっとこれからの人生で出会うことはない。

「あなた以上の男なんて、この世界にも他の世界にもどこにもいません」

 きっと一生彼を想い続けて生きていくのだろう。

「私はあなた以外のものにはなりません」

 両手でロイリの頬を包み込んで、唇に押し当てるだけのキスをした。

「私はあなただけのものです。これからも、ずっと。……それを、証明させてください」

 後悔だけはしたくない。ロイリと離れた後も、一生を耐えられる程の愛されていたという証が欲しい。

 そのまま彼の胸に頭を預けて、身を任せた。

 長い間黙っていたロイリがぽつりと言った。

「……ずっと大事にしてきた。一年だ」

「はい」

「ずっと我慢してきた……危ない時もあったが」

「はい」

「お前が保護施設へ入った後に他の男を愛して、その男に全てを捧げたくなるかもしれないと思っていたから」

「その心配はないって、もう分かったでしょう?」

 うんと小さく頷いて、ようやくロイリは亜佐の背中に腕を回した。強く引き寄せられて、抱き締め合う。

 ふたりの体温が混じり合って同じくらいになった頃、ロイリはゆっくりと亜佐をベッドに横たえた。

「愛しているよ、アサ」

「私もです、ロイリ……私も……、……愛してるの……」

 やっぱりこの泣き虫は、きっと一生治らない。


 その晩、ロイリは自分の部屋には帰らなかった。




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