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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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37/57

37、真実




 薄く目を開くと見覚えのある天井が見えた。

 懐かしいなと亜佐はぼんやり思う。半年ぶりの軍の医務室だった。

 点滴がふたつぶら下がっているのが見える。それはきっと、この腕に繋がっているのだろう。

 水の中にいるようにたゆたう頭だったが、遠くから聞こえたロイリの声だけは聞き取ったようだ。

 目を開いて、水面に上がったように息を大きく吸う。腕を動かすと点滴の袋が揺れ、ぶら下げている金具がキィッと音を立てた。

 その音でロイリは亜佐が目覚めた事に気付いたのだろう。

「アサ」

 名を呼ぶ声がして、すぐに視界にロイリの顔が映った。

「ああ、アサ……よかった」

 彼の手が頭を撫でて、額と額をくっつける。ふわりとロイリの匂いがして、まるで何ヶ月も会っていなかったような、そんな懐かしい気持ちに襲われた。

 顔を離した彼が目を細めて笑う。

「気分はどうだ」

「お風呂に入りたい……」

 ロイリが笑い声を漏らした。

「点滴が外れたらな」

 こくりと頷いて、部屋を見渡す。彼の他には誰もいないようだ。甘い匂いがする。

「いいタイミングで起きたな。もうすぐ起きるだろうと、今さっきお前の食事が届いたところだ。食べるか?」

 一度離れたロイリが盆を運んできてくれる。パン粥のようだ。

「はい」

「起き上がれるか?」

 頷いて、ロイリに支えてもらいながら体を起こす。

 胃が潰れてしまいそうなくらい空腹だったが、半分ほど食べてもう食べられなくなってしまった。

「胃が縮んでいるんだ。少しずつ食べる量を増やしていけばいい。すぐに元通りになる」

 うんと頷く。

 水分はしっかり取っていた。大きな怪我もしていない。食べられるようになれば、すぐに体調は戻るだろう。

 頭を撫でられ、ロイリを見上げる。聞かなければいけないことがたくさんあるはずなのに、重たい口は開かない。彼も伝えなければならない事があるだろうに、話し出す素振りはない。

 ロイリが用意してくれた蒸しタオルで顔と体を拭いて、歯を磨いて病衣を着替える。

 体がすっきりして、ようやく目が完全に開いた。

 部屋の外で待っているロイリに「着替え終わりました」と声をかけたが、入ってくる気配はない。

 すりガラスの向こうでロイリの金髪が揺れている。隣にもう一つ茶色い髪の頭も見えた。どうやら誰かと話をしているようだ。

 少しして、ロイリは扉を開いて俯いたまま部屋に入ってきた。

 その彼の後ろから、茶髪の男が続いて入ってくる。どこかで見たことのある男だ。

 そうだ、廃教会でロイリが助けに来てくれた時、馬車に乗っていた白衣の男だ。亜佐と目が合って、彼は目を細めて微笑んだ。

 亜佐のそばに寄ったロイリが、なぜか固い声で言う。

「アサ、彼はキノス軍医中尉だ」

 ロイリも、紹介されたキノスも、ほんの少し顔を強張らせている。黙った彼らを交互に見て、ロイリを見上げる。その不安を孕んだ視線を受けて、ロイリはやっと口を開いた。

「……彼は、フレデリカの後任だ。これからお前の担当は、キノス先生になる」

 その言葉に息を呑む。

 後任。どういう事だ。

「フレデリカさんは、どうしたんですか?」

 ロイリが一瞬、唇を強く噛んだのが分かった。

 背中が冷たくなった。言いようのない不安に、ロイリの袖を掴む。

「まさか、今回のことで……怪我か何か……」

 亜佐が連れ出され、ベルタもひどい怪我をして、そしてロイリもアドルフもいない。そんな屋敷を、もしかしたらフレデリカはひとりで訪れたかもしれない。

 もしかしたら、何か、酷い目に。

「違う。フレデリカは今……軍に拘束されている」

 全く想像もしていなかった言葉に、一瞬頭が真っ白になった。どうにか疑問を絞り出す。

「……拘束?」

 どうしてフレデリカが拘束されなければならないんだ。

 袖を掴む亜佐の手に、ロイリが触れた。

「……アサ」

 聞いた事のないような弱々しい声だ。

「何が起きたのか、本当の事を知りたいか?」

 ビクリと体を震わせる。

 どうしてフレデリカがいないのか。

 どうして後任が来たのか。

 どうして拘束されているのか。

 どうして、ロイリはそんな顔をしているのか。

 震えながらロイリを見つめる。

「……教えてください」

「もう少し体調が戻ってからでも」

「今、教えてください」

 表情をよく確認するように、ロイリは亜佐の前髪を指で払って、それから離れた。

 ジャケットの内ポケットを探って、折りたたまれた手紙を亜佐に差し出す。

「バンドラーが俺宛に書いた手紙の写しだ」

 受け取ったが、震える手がその手紙を開くのに随分時間がかかった。

 ひとりでいる間に聖書を読み漁ったおかげか、するすると頭に入ってくる文字を読み進める。

 こんなもの嘘に決まっていると、破り捨てたい衝動を我慢しながらロイリを見上げた。

「バンドラーさんは」

「病死に見せかけて殺された」

「……そん、な……」

犯人について書かれた言葉から一行空けて、手紙はもう少し続く。

 ――お嬢様は、死んだ私の娘にそっくりです。仕事にかまけ、抱きしめた事も少なかった娘に。娘を守る事ができなかった罪を、これで軽くできるだなどと考えてはいませんが、どうしても彼女を守りたかった。

 手紙を握り締める。

 彼は最初から最後まで、亜佐を守ってそして殺された。

「フレデリカさんは……」

「罪を認めた」

 腰を浮かせて彼の腕にしがみつく。

「何で……!」

「……俺をお前に、取られたくなかったらしい」

 取る? フレデリカから、ロイリを?

 頭の中が四方八方に回転しているようだ。ぐらりと揺れて、地面が消えたような錯覚を起こす。

 彼女はまだ、ロイリの事を。

 優しかったフレデリカがどうしてこんな事をしたのか。なぜバンドラーが死ななければならなかったのか。なぜベルタがあんな酷い目にあわなければならなかったのか。

 ロイリが好きだとフレデリカに笑いかけた時の事を思い出す。

 驚いた顔をして、その後彼女は笑った。そう、とてもきれいに。

 あれは作り笑いで、あの時からフレデリカは亜佐の事を。

 殺したいほど憎んでいたのだろうか?

 彼の腕を離して、ベッドに尻餅をついた。がちゃんと点滴が大きく揺れたが、この耳には届かない。

 頭を押さえて、亜佐は出しうる限りの悲鳴を上げた。そうしないと頭が狂いそうだったからだ。

 ロイリが抱き締めようと伸ばした手を振り払う。

 全部全部、自分がロイリを愛してしまったせいだ。

「私のせいだ……! 私の!!」

「違う!! アサ!!」

 泣き喚くこの体を、ロイリは力ずくで抱き締める。

「悪いのはフレデリカと、それを利用しようとしたエレオノーラだ! お前は何も悪くないんだ!」

「わっ、わたしは……! わたしは」

「落ち着け、大丈夫だ……!」

 ヒュ、ヒュと息が短く途切れる。

 苦しい。息ができない。

「アサ? アサ!」

 胸元を押さえる。グラグラと頭が揺れて、ベッドに倒れ込んだ。指先が痺れて感覚がなくなってくる。

 キノスが駆け寄ってきて、背中に手を当てた。

「アサ、落ち着いて。ゆっくり呼吸して」

 首を横に振る。

「大丈夫、ただの過呼吸だよ。落ち着いて、息を長く吐いて」

 嫌だ。もう。

 もう何も考えたくない。

 手を強く握り締められ、無意識に握り返す。恐らくロイリだろうが、もう目を開くことすらできなかった。

 亜佐はそのまま、あっけなく意識を手放した。




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