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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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35/57

35、違和感

拷問描写があります。苦手な方はご注意ください。




「失礼します!」

 その声にロイリはエレオノーラから顔を上げた。

 深く頭を下げて部屋に入ってきたのはアドルフの秘書だった。

 彼は手に持った紙の束を几帳面そうに捲り上げる。

「二十日前、エレオノーラ様の名義で即効性の麻酔注射を買った記録が出ました」

 エレオノーラは喉が詰まったように息を呑んで、それから悲鳴のような声を上げた。

「何よそれ! 違うっ! わたくしじゃ……!」

「銀行口座ですが、社長名義の口座にはここ最近大きな動きはありません。しかし、エレオノーラ様名義の、いつも使われていない方の口座から、五日前に七百万引き出した形跡がありました」

 立ち上がり秘書に詰め寄ろうとしたエレオノーラが、よろけてソファに座り込む。

「わ……わたくしの銀行口座の管理は、執事に任せて……」

「もうひとつあるだろう? エレオノーラ」

 静かにそう尋ねたのはアドルフだった。

「男爵家と繋がりのある口座が。君は隠しているつもりだったみたいだけど、知っているんだよ」

「どう、して……アドルフ様……」

 裏切られたと、エレオノーラはそんな顔をしていた。悪役はそっちだというのに、まるで悲劇のヒロインだ。

 エレオノーラのすすり泣く声に負けそうなほど弱々しいノックの音が聞こえて、ロイリは扉を見やる。

「あの……」

 そう呟いて扉から顔を出したのは、アサの世話をするベルタの補助をさせていた女中だった。彼女を見て、エレオノーラは顔面を忌々しげに歪ませた。その顔には、もう美しさの欠片も残っていない。

「旦那様とロイリ様が帰っていらしたと聞いて……」

 女中はエレオノーラを見ないように震える声で続ける。

「お、お話したいことが、ございます……」

 彼女の手には分厚い封筒が握られていた。

「どうした?」

「い……一週間前、ロイリ様がお出かけになってすぐです。ベルタがなかなかアサお嬢様の朝食を取りに来ないので、私がお嬢様の部屋へ様子を見に行ったんです。そこでベルタが倒れているのを見つけて……お嬢様はいらっしゃらないし、ど、どうすればいいのか分からなくて……そうしたら奥様がリズベットと一緒に部屋に入ってこられて……ベルタが倒れていたことは秘密にと、これを……」

 女中は封筒をアドルフに差し出す。チラリと見えたのは数百万はある大金だ。

「申し訳ございません……口外すれば家族を殺すと奥様に脅されて……私、こ、怖くて、言い出せなくて……」

 いくつも涙を落としながら、女中は何度も謝った。

 ベルタが手を伸ばして、庇うように彼女の腕に触れる。

「彼女が私を探してくれて、こっそりと食事と水を差し入れてくれていました。鍵も探してくれたのですが、見つからず」

 さすがのベルタも、七日間飲まず食わずなら今頃無事ではなかっただろう。

 ベルタが生きていた事は、幸運がいくつも重なった結果のようだ。

「よく言いに来てくれたね。ありがとう」

 アドルフが女中の肩を抱き、そばの女中長に安全な場所へ連れて行くよう指示する。

 女中の泣き声が遠ざかり、部屋に沈黙が落ちた。

 全員の視線が、ガタガタと震えるエレオノーラに向けられていた。

「さあ、エレオノーラ。もう言い逃れはできない」

「違うわ! これは、これはわたくしを陥れるための……」

 まだ喚くエレオノーラに、もう容赦する気はなかった。

 ロイリは彼女の首根っこを掴み、ソファの前のテーブルにその体を叩きつける。エレオノーラは顔面をテーブルに押さえつけられ右手を背後に捻り上げられ、呻き声を上げることしかできないようだった。

 かなり前から準備をしていて、出張を知って慌てて決行を決めたのだろう。リズベットとバンドラーに金を渡し、アサを誘拐し、ベルタとリズベットに全ての罪を被せようとした。

 しかしあまりにもお粗末だ。

 ベルタとクラウゼ家の結びつきがこれほど強いと知らなかったとはいえ、だ。

 ロイリはウエストベルトから小さなナイフを抜き、エレオノーラの頬に押し当てた。

「アサの居場所を聞き出すまで殺しはせんが、死ぬほど辛い目にあわせることはできる」

 「ひっ」と彼女から恐怖に染まった悲鳴が漏れた。

「さあ、アサの居場所を言え。生きているのか?」

「知らないわ……! わたくしじゃないの! 本当に……!」

 ロイリはナイフを頬から離し、今度は唇の隙間に差し込んだ。

「吐きたくなるような目にあわせてやろうか? そういうのは得意だぞ、俺は」

 震える歯がナイフに当たりかちかちと音を鳴らしている。

「言うか?」

 エレオノーラは涙を流しながら、首を小刻みに横に振った。

「……いっそ殺してくれと懇願させてやる」

 アドルフが顔を背けたのが、視界の端に見えた。

 ナイフで彼女の噛み締められた歯をこじ開ける。

 前歯の隙間にナイフを差し込み、そしてそれを力いっぱい捻った。

 断末魔のような悲鳴が上がり、抜けた歯が二本地面に落ちる。どくどくと血が溢れ出す。上唇も一緒に切れたらしい。

「いやっ、いやあああ!!」

「さて、次は下の歯に行くか。それとも鼻を削ぎ落としてしまおうか」

「お願い、やめて……! 死にたくない……死にたくない!!」

「アサの居場所を言え」

「本当なの……本当にわたくしじゃないの……! 誰かがあの人間を連れて行ってベルタが倒れていて、それを利用しようとしただけなの……! リズベットが、そうすればいいって!!」

 様々な液体で汚れた顔で、エレオノーラは必死にロイリを見上げる。

 眉をひそめて顔を上げ、ベルタとエヴァンスと視線を合わせた。

 訓練されているならまだしも、普通の女がここまでされて吐かないのはおかしい。

 またしても違和感だ。エレオノーラが関わっていることは確実だ。なのに、何かがおかしい。

 ロイリは額を押さえる。

 その違和感の原因が、分からなかった。




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