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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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34/57

34、多すぎる証拠




 玄関ホールへ続く扉を蹴り開ける。

 アドルフと話をしているのは執事とアドルフの秘書だ。頷いて走り出した秘書から視線をこちらへ移して、アドルフはくしゃりと顔を歪ませた。

「ベルタ……!」

 駆け寄ってきたアドルフにベルタを託す。

「ああ……無事でよかった……」

 アドルフも端からベルタを疑ってなどいなかったようだ。

 彼はベルタを抱き上げたまま、彼女の額に顔を擦り付けて涙をいくつか落とした。

 ベルタは珍しく何も言わず、ただ目を伏せてされるがままになっていた。

 エレオノーラを振り返る。彼女は真っ青な顔でアドルフとベルタを見ていた。

 ベルタを殺すつもりでいたのだろうか。ベルタの証言はエレオノーラにとって不利になるはずだ。

 執事のそばに寄って耳打ちする。

「エレオノーラの主治医を連れてきてくれ。それと、口座の確認も」

「どちらもアドルフ様から仰せつかって、すでに」

 ロイリと同じように声を潜めて、祖父の代から仕えている老齢の執事は頭を下げた。

「軍へ連絡は済んでいるな?」

「はい。アドルフ様が」

「分かった。そのまま頼む」

 とにかく時間がない。早くアサを助け、ベルタを安静にしてやり、そしてこの女に罰を。

 近付いたロイリを、エレオノーラは青い顔のまま見上げる。

「……ベルタはどこに?」

「地下牢に」

「地下牢……そんなところに隠れていたのですね……。彼女を捕らえないのですか?」

「まず話を聞いてみましょう。……それからだ」

 エレオノーラの腕を掴む。彼女は大袈裟なほど体を震わせた。

「同席を。サロンへ」

 怯えた目がロイリを見上げる。この演技力には感服だ。

 それとも、もしかすると本当に怯えているのかもしれない。じきにベルタから真実が伝えられる。

「わ、わたくしは、そのような事件の話を聞くだなんて恐ろしくて恐ろしくて……」

 今までその手で何人も殺してきた女が、よくもまあ抜かすものだ。

 逃がすつもりはないと腕を握る手に力を込めた。

「この屋敷の住人として参加していただきたい」

 腕を引き寄せると、観念したのかエレオノーラは大人しくついてきた。

 アドルフと執事に目配せをし、サロンへ入る。

 アサのピアノには楽譜が置きっぱなしだ。きっと一週間、あのままなのだろう。

 エレオノーラをソファに座らせる。ベルタは扉の近くの椅子に下ろされ、その横にぴたりとアドルフがついた。執事も入った。ドアは開きっぱなしにしておく。

 ソファのすぐ隣に立ち、ロイリは口を開いた。

「ベルタ、話せるか?」

 アドルフにぐったりと預けていた体を起き上がらせ、ベルタはロイリを見据えた。

「……はい。七日前の出来事から。ロイリ様を見送ってすぐ、アサ様の部屋にいた私をリズベットが呼びに来ました。警護の配置で混乱していると聞いて行ったのですが、どうやらリズベットが警護の軍人達に色目を使って引っ掻き回したようで」

 それを聞いて、ようやくリズベットの顔を思い出した。エヴァンスの言っていたピンクブロンドの女だ。確かに彼女ほどの美貌なら、馬鹿な男はあっという間に骨抜きだろう。

「とにかく警護につくようにと指示を出していると、部屋からアサ様の悲鳴が聞こえました。駆け付けると、バンドラーがアサ様に注射器を突き付けていて」

 突然出てきた予想外の名前に、ロイリは「まさか」と口の中で呟いた。

 額を押さえる。まさか、だって彼はあんなにもアサを可愛がっていた。

 あれほど実直で、そして愚直な男はそうそういない。そんな彼が、どうして。

「……バンドラーを拘束しろ」

「ロイリ様。バンドラーは七日前、出勤してすぐに体調不良を訴えて早引きし、次の日自宅で心臓発作を起こして亡くなっているのが見つかりました……病死と診断されましたが……」

 そう答えたのは執事だった。

 口封じかと、額を押さえていた手を下ろした。これで死亡はふたり。

 バンドラーの死を悲しむべきかどうか知るため、顔を上げてベルタを見る。

「バンドラーを拘束している最中に、顔を布で隠した女が侵入してきました。その女はアサ様を拘束し、それに気を取られ後ろからバンドラーに頭を殴られ、そのまま気を失い……申し訳ございません」

 深く頭を下げたベルタを、アドルフが支える。

 ギッと歯を擦る音がして、視線だけエレオノーラに向ける。ほんの一瞬だ。彼女はベルタに憎悪の視線を向けてから俯いた。

 今日初めてあのふたりの関係を知ったのだろう。

 元軍人ということでロイリがベルタを贔屓していたことは知っていただろうが、アドルフとベルタは必要最低限の会話しかなかった。まさに青天の霹靂だろう。

 普通はそうだ。アサのように見抜けるほうが特殊だ。

 逸る気持ちを抑え、女中が持ってきた水をベルタが飲み干すのを待ってから先を催促した。

「その女の特徴は?」

「赤いドレスを着ていました。今、奥様が着られているものと同じです」

 エレオノーラが引きつった顔を上げる。

「奥様の香水の匂いもしました。羽交い締めにされていたアサ様は奥様の名前を」

「ふざけないでベルタ! わたくしじゃないわ!」

 甲高い声で叫んでエレオノーラが立ち上がる。

 ベルタはそれに一瞥だけくれて、またロイリを見た。

「意識を取り戻した時にはもう地下牢に閉じ込められていました。今日、ロイリ様が見つけてくださる直前に奥様が地下牢に来られて、私の傷を今日つけられたものに偽装しようとしたようです。私が抵抗したせいで諦めて、おそらく銃でも取りに行ったのかと」

 エレオノーラを見下ろす。首を振りながらじりりと後ずさった彼女の手首を掴んだ。

「ロイリ様……! ベルタは、わたくしを陥れようと……!」

 涙を流しながら訴える彼女に頷いてみせる。

「では、あなたの潔白を示す手助けをしましょう」

 手首を引いて、捻った。痛みに顔を歪ませたエレオノーラを、彼女がさっきまで座っていたソファに押し倒す。

 伸し掛かってドレスの裾に手をやると、ようやくエレオノーラはロイリが何をしようとしているのか気付いたようだ。

「何をなさるの! お止めなさい!」

 強い抵抗を腕で封じ込め、裾を捲り上げる。

 見えたのは、真っ白の足に艶めかしい黒のガーターと、そのベルトの部分に抜き身で挟んである拳銃だった。抜き取ると、マッチの箱が落ちる。一緒に挟んでいたようだ。

 それらを持って立ち上がると、彼女はわなわなと唇を震わせならロイリを睨み付けた。

「それはっ、誘拐犯が屋敷に忍び込んだなんて恐ろしくて、自衛のために……!」

「わざわざサイレンサーをつけて?」

「サ……サイレンサー……? 銃のことはよく分からなくて」

 もし帰ってくるのが数秒でも遅ければ、ベルタは撃ち殺されて、傷が今日つけられたものではないことを隠蔽するため火をつけられていたかもしれない。

 地下牢に逃げ込み自ら命を絶ったと、それがエレオノーラのシナリオだったのだろう。

「ベルタの傷を見たが、明らかに今日つけられたものではない。数日経過している。地下牢も外から鍵がかけてあった。七日前、流行病と医者が診断した時、エレオノーラ、あなたは立ち会っていましたか?」

「……いいえ。全て、リズベットに」

「では医者に聞いてみましょう。今迎えに行っています。その時の事を細かく聞いてみれば分かる」

 脅されたのならエレオノーラが不利のこの状況を見て助けを求めるだろうし、金を積まれたのなら今調べている口座の動きで何かしら分かるはずだ。

 聞き慣れた軍靴の音がして扉を見る。 

 開いていた扉をノックして、入り口で軽く頭を下げたエヴァンスが部屋に踏み入った。その後から青かった顔をさらに青くした中尉がよたよたと付いてきている。

 口を開いたのもエヴァンスだった。

「報告します。警護対象の部屋の上下左右を調べてみましたが、どちらにも最近窓を開けた形跡はありませんでした。対象の部屋も調べてみましたが、窓から侵入したしたように見せかけただけで、実際は窓から侵入していません」

 顎を擦る。見張りが機能していなかったのなら堂々と扉から入ったのだろう。そのためにリズベットを使って警護を遠ざけた。

 それなら、窓から侵入したと偽装した理由は何だ。

 外部の者が犯人だと思い込ませたかったのだとしたら。

 振り返って、エレオノーラを見下ろす。裾を乱したまま、彼女は呆然と座り込んだままだった。




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