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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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33/57

33、ベルタ




 使用人通路に入ってすぐ、ロイリは脇道へ入った。

 小さな倉庫が並ぶ一角だ。今は不用品ばかり置かれていて、人が来ることはほとんどない。

 ロイリは迷わず通路の一番奥の扉を開いた。

 山積みになった木箱に被せられた布には埃が積もっている。

 部屋の中央だけ不自然にぽっかり空間が空いていて、床には四角く切り抜かれた跡があった。それを持ち上げると、現れたのは階段だ。

 アサの部屋に侵入したフットマンを事情聴取する時にも使った、地下牢だった。

 屋敷の者の大半はこの存在を知っている。ただ、最近使用されたと知っているものはいないだろう。

 エレオノーラもこの地下牢の存在を知っているはずだ。何かを隠すのなら、ここがうってつけだ。

 人の気配がして、階段を駆け下りて一室だけある牢の格子に飛びつく。

 中にいたのは、ベルタだった。

「ベルタ!」

 木でできた椅子に座り深く頭を垂らしていた彼女は、ロイリの声にゆっくりと顔を上げた。

「大尉……」

 生きている。ほっと息をついて辺りを見渡す。牢の中にはベルタしかいない。

 彼女は立ち上がる事ができないようだ。強い血の匂いがした。

 ふたつある牢の鍵のひとつは、屋敷や自室の鍵と一緒にロイリが持ち歩いていた。もうひとつは執事長の部屋で管理されているはずだが、こそ泥の真似事をすれば持ち出せないこともない。

 扉を開け、ベルタに駆け寄って足元に膝をつく。

 その顔を覗き込んで、頬にこびりついた血の跡を撫でた。

「どこを怪我している? 肩と、頭のどこだ」

 彼女の紺の洋服は、肩周りが血でドス黒くなっていた。その血は完全に乾いている。明らかに朝の出血ではない。

 肩の傷は銃創だ。掠っただけのようで、これはそれほど心配ない。

 頭部の傷を見ようと立ち上がったロイリの腕に、ベルタはしがみついた。

 引き寄せて、彼女は唇を震わせながら尋ねる。

「アサ様は……?」

「……まだ見つかっていない」

 ベルタは息を呑んで止める。

 首を横に振って、それからゆっくりと顔を歪ませた。

 溢れ出た涙がいくつもいくつも落ちていく。

「も、申し訳ございませ……、……私が、ついていながら」

 がたがたと体を震わせながら、それでも彼女は立ち上がろうとする。ロイリはその腕を掴んで引き戻した。

「待て、傷を確認させろ」

「私が、私があの時そばを離れなければ……!」

 悲鳴を上げるように言って、ベルタは頭を抱えるように俯いて声を上げて泣いた。

 もう何年も、それこそ兄妹のようにずっと一緒にいるのに、こんな風に取り乱して泣くベルタを見るのは初めてだった。

「ベルタ」

 びくんと体を震わせて、彼女は縋るようにロイリを見る。

 落ち着かせるように彼女の手を強く握り締めた。

「ベルタ、今はお前だけが頼りだ。まず傷を見せてくれ。その後、アサを探しに行こう」

 ゆっくりと、子供にするように言い聞かせる。

 彼女は二、三度しゃっくりを上げ、袖で乱暴に涙を拭った。

 胸に手を当て何回か深呼吸をし、両手のひらで頬を叩いて顔を上げた彼女は、目は真っ赤に腫れていたがもういつもの顔だった。

「肩の傷は、酷くありません。後頭部を何かで殴られて数時間脳震盪を起こしていました。出血はありましたが血は完全に止まっています。緊急の治療は必要ありません」

「後頭部……」

「だいぶ時間が経っています。脳内に異常があればもう死んでいます。体に異常もありません」

「……怪我をしたのはいつだ」

「七日前、大尉が出発されてすぐです」

 めまいがした気がした。それではアサはもう七日間も行方不明なのか。

「流行病と言うのは嘘だな?」

「……流行病?」

「エレオノーラの狂言だ」

 人死にが出ている。もう一刻も猶予はない。

「証言できます。連れて行ってください。エレオノーラの元へ」

 エレオノーラ、やはりあの女。

 ぎりりと歯を鳴らして、ベルタを抱き上げた。随分軽く感じるのはきっと気のせいではない。

「……七日間何か口にしたか?」

「はい、死なない程度には」

 階段を駆け上って、部屋を出る。細い通路を出ると、タイミングよく女中長と出くわした。

 彼女は血まみれのベルタを見て悲鳴を上げる。

「ベルタ……! すぐに医者を……」

「頼む。……アドルフの主治医を呼んでくれ。あと、救急箱と飲み水を」

「か……かしこまりました」

 彼女は慌てた様子で奥へ駆けて行った。

 エレオノーラの主治医は金を積まれたのか脅されたのか。逃げられないよう、口封じをされないよう保護しなければならない。

 もう軍には連絡済みだろう。アサに関わることならフレデリカも来るはずだ。

 出張に出ると知らせに行った時、フレデリカは書類の山に埋もれながら不安げに、一度は行けるように頑張ってみると言った。どうやら無理だったようだ。

 腕の中のベルタを見下ろす。伏せられたまぶたは青い。

 気ばかりが焦る。あの怖がりで泣き虫のアサが、今ひとりでどんなに恐ろしい目にあっているのか。――生きているのか。

 考えれば考えるほど頭が狂いそうで、耐えるためにロイリは血が出るほど唇を噛み締めた。




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