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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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31/57

31、愛しています




 さらに何度も銃声が響く。

 思わず両手で頭を抱えた亜佐は、突然背後から首根っこを掴まれ長椅子の隙間に引きずり込まれた。

「軍人か!?」

「どうしてこんなところに……!」

 盗賊たちはすっかり混乱しきっているようだ。四人撃たれ、きっと致命傷だ。残りは五人。

「来い!」

 腕を強く引かれ、亜佐は長椅子に身を隠したまま居住スペースへの扉の前へ引きずられるように連れて行かれた。

 ここからはロイリは見えない。どこにいるのか分からない。まだ頭上には銃弾が飛び交っていた。

 断末魔のうめき声が聞こえ振り返る。少し離れた場所で盗賊がひとり撃たれたようだ。致命傷かどうか亜佐からは確認できなかった。

 ふと銃撃の音が止んた。

 すぐ近くから「ぐっ」と詰まった声が聞こえ、喉の奥で悲鳴を上げて体を縮ませる。

 何が起きているのかわからない。

 目に見えるほど震えている手で、強くバンドラーのナイフを握り締めた。

 亜佐の腕を拘束していた男の手が緩む。見ると、男の喉から何かが生えていた。

 それがナイフだと気付いて、亜佐は声も出せずに尻餅をついた。

 形容しがたい音とともに刃渡りの長いナイフが引き抜かれる。そのナイフの持ち主は、ロイリだった。

 レインコートは脱いだらしい。彼の軍服に血が飛び散る。それも構わずに、ロイリは背後から自分に向けられた銃口をすばやい動きで押さえた。銃を持った腕が宙を舞う。

 恐らく痛みを感じる間もなく、銃の持ち主は胸に捩じ込まれたナイフで絶命した。

 抜けなくなったらしいナイフを早々に捨てて、ロイリは銃を抜く。

 最後の一人は戦意喪失していたが、至近距離で額にニ発撃ち込まれ、後ろへ吹き飛んで動かなくなった。

 耳がきぃんと鳴っている。

 ロイリが何か口を開いたが聞こえない。血まみれで佇むその姿が、まるで幻覚のように見える。

 彼の視線が横にそれる。その視線を追いかけて、苦渋に満ちた顔で這いつくばって亜佐に手を伸ばす盗賊の姿が見えた。その手には銃が握られている。

 ロイリが銃を構え引き金を引く。しかし跳ね上がるような反動はなく、銃弾は発射されない。ロイリの顔が歪み、イレギュラーが起こった事を知った。

 盗賊の銃口が亜佐とロイリを行ったり来たりする。

 亜佐は無意識に、持っていたナイフを振り上げた。

 ゆっくりと、スローモーションのように灰色の時間が過ぎていく。

 振りかぶった腕をロイリに掴まれる。亜佐のナイフを奪い取って、彼はそのまま流れるようにそのナイフを投げた。

 目の前をナイフが通り過ぎる。

 バンドラーの文字が一瞬見える。

 ナイフが銃を持つ盗賊の手に突き刺さり、盗賊は銃を取り落とした。

 何度か銃のスライドを引いたロイリが、地面で痛みに悶える盗賊に銃口を向けた。二度耳鳴りを消し去るような轟音が聞こえ、盗賊は今度こそ、ぴくりとも動かなくなった。

 耳鳴りがやんで、聞こえるのは自分の荒い息だけだ。

 ロイリを見上げる。持ち上げていた銃を下ろして、彼は口を開いた。

「アサ」

 本物だ。幻聴なんかじゃない。幻覚でもない。

 手を伸ばす。

 同じように伸ばされた手を掴んで引き寄せて、彼の首にしがみつく。

「アサ」

 ロイリは亜佐を抱き上げ、強く強く抱き締め顔を上げた。

「対象を保護した! 周囲警戒にあたれ!」

 ロイリの声にあちこちから返事があがる。いつの間にか教会内部に数人の軍人が入り込んでいた。

 慌ただしく動き始めたロイリの部下を見てから、首筋に強くしがみつく。

 助かった。

 助かったのだろうか。

 もう安心してもいいのだろうか。

「もう大丈夫だ、アサ」

 耳元でロイリが言う。その赤い目を間近で見て、ようやく亜佐は氷のように強張らせていた体から力を抜き切った。

「クラウゼ大尉、馬車が着きました!」

「分かった」

 返事をしたロイリが大股で歩き出す。

 誰かが頭からレインコートを被せてくれた。

 久しぶりに教会の外に出る。思っていたよりも雨が強い。

 レインコートを持ち上げてロイリの頭に被せようとしたが、彼は首を振った。

「俺はいい。ちゃんと包まってろ」

 その言葉を聞いて、そこで少し意識が途切れたらしい。気付くと馬車らしい小さな部屋の座席の上に寝転んでいた。

 顔を覗き込んでいたロイリがホッと息を吐く。

 ロイリの後ろには見慣れた彼の部下がいる。白衣を着た医者らしい男も見えた。

「アサ、どこか痛むところはないか?」

 ぼんやりした頭が彼の言葉を理解する前に、ずっと心配していた事が口をついた。

「ベルタさんは……?」

 ロイリは口を開いて、しかし言葉を呑み込んで息をついたようだった。

「お前は人のことばかりだな……」

「無事ですか?」

「無事だ。命に別状はない。今はアドルフがついている」

 その言葉に、一気に視界が滲んだ。嗚咽を上げる体力すら残っておらず、ただ涙をぼろぼろと落とす。

「よかった……よかった、よかった……」

 無事だった。生きていた。

 体から力が抜け切って、もう少しでまた意識を失うところだった。

 安心しきったせいか、眠たくて仕方がない。それなのにロイリはまだ何か言っている。

「痛むところはないか?」

 頭がぼんやりとしていて、彼の言葉が半分も理解できない。

「なに……?」

「どこか、痛いところはないか?」

 言葉を咀嚼して、首を横に振る。

「すごく、お腹が空いてるだけです」

「どれくらい食べていない?」

「今日を入れて四日……」

「水は?」

「水はいっぱい飲んでました」

 「分かった」と頷いて、ロイリは後ろを振り返った。

 医者と何か話をしている彼を見つめる。

「固形食はやめたほうが……」

「先に点滴を……」

 頭は起きているはずなのに、やはり彼らの会話を理解することができない。

 今なら眠ってしまっても大丈夫だろう。もう疲れ切っている。

 その前にどうしてもロイリに伝えたいことがあり、亜佐は彼のジャケットを手で摘んで引っ張った。

「どうした?」

 ロイリが亜佐を見て頬を撫でる。

「何か食べたいか? それとも水をもう少し」

「あなたの事を愛しています」

 彼の目が大きく見開かれる。

 今度こそ邪魔されずに言う事ができた。

 真ん丸の赤い目を見つめながら、言葉を続ける。

「やっぱりあの時言っておけばよかったって……ずっと後悔してたから」

 後悔はできるだけ少なく生きよう。二回も死にかけて、ようやく学習した。

 ロイリは何度も言葉を呑み込んで、それからくしゃりと顔を歪ませた。

「うん。俺もだよ。アサ、俺もお前を愛してる」

 亜佐は小さく頷いた。

 その言葉を反芻したかったが、もう限界だ。弱々しい声で「眠たい」と呟く。

「ああ、寝てろ」

 雨で少し冷えてしまった大きな手が頭を撫でて、気持ちがよくて目をつむる。

「アサ」

 名を呼ぶ声が聞こえたが、もうまぶたを上げることはできなかった。

「無事でよかった」

 泣いているような声だ。もしかしたら泣いていたのかもしれない。

 それを確認することはできず、亜佐の意識はそこで途切れた。




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