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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
三章

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27/57

27、必要なくなる




 彼が好きだ。

 そう自覚して、その思いが強くなるのに反比例するように、ロイリが亜佐を求める時間は短くなっていった。

 フレデリカは慎重に進めていたようだが、それでも体液の摂取が一日一回になるまでに時間はかからなかった。

 朝は行ってくるという挨拶をするだけで、キスはしない。夜はキスをする時間よりも、ベッドに寝転んでのんびりと過ごす時間が増えた。

 亜佐を早めに保護施設へ入れるという話は、どうやらあまり上手く進んでいないらしい。

 保護施設の中には、吸血人に対する不信感が強い人間も少なくないとロイリは言っていた。亜佐が外部の吸血人と繋がりがあると知られたら、施設での亜佐の立場が悪くなるのではないか、と上は心配してくれている、らしい。

 実際は、今現在平穏な施設にゴタゴタを持ち込まれるよりは、人間たったひとりの命を危険に晒すほうがマシだと言うことだろうか。

 まだ話し合いがまとまっていないとロイリから聞くたびに、亜佐はまだ彼のそばにいられると胸を撫で下ろした。そして、仕事から帰ってきた彼が毎日亜佐を見て安心したように息をつく様子を思い出して、罪悪感に駆られるのだ。



 ふと目が覚めたのは寒さのせいだ。

 ベッドの下に蹴り飛ばしていたブランケットを引き上げようと起き上がる。

 空は白んですらいない。

 まだそんな時間だというのに、扉の向こうから何か声が聞こえる事に亜佐は気付いた。

 不思議に思って扉に近付く。そしてようやくそれがロイリとベルタの声だと気付いた。

 迷ってから、そっと扉を開く。

 ロイリはもう軍服を着込んでいて、顔を覗かせた亜佐を見て目を丸くした。

「すまない、うるさかったか?」

「いいえ。寒くて起きたら、声が聞こえたから……もうお仕事に行くんですか?」

「ああ」

 ロイリは亜佐の肩を掴んで部屋に押し戻す。

「緊急で呼び出された。帰りは遅くなると思うから、先に寝ていてくれ」

「分かりました、お気をつけて」

「うん」

 額を撫でて、ロイリは部屋を出ていった。閉まった扉をじっと見つめる。何か大変な事があったんだろう。彼の眉間にはずっと深いしわが刻まれていた。

 時計を見る。まだ午前四時にもなっていなかった。

 結局眠ることはできず、朝食の時間になった。

「何か大変なことがあったんですか?」

 テーブルに朝食を並べているベルタにそう尋ねる。答えられない事なら、彼女は遠慮なく答えないだろう。

 ベルタは少し眉間にしわを寄せて、しかし口を開いた。

「宮廷で何かあったようです。詳しい情報はまだ入っていません」

「そう、ですか」

 宮廷。本当なら今頃ロイリが働いている場所だ。王様や王子様お姫様が住んでいる場所だろう。

 そんな場所で何かあったのなら一大事だ。

 心配しながらも一日を過ごし、いつもならもうベッドに入る頃だった。

 部屋をノックしたのはベルタだった。

「先程ロイリ様からお電話があり、今日は帰れそうにない、と」

 何となく予想はしていたが、当たってしまったようだ。

「ストックの血液を持っているから心配しないようにとおっしゃられていました」

「分かりました」

 頭を下げたベルタに「おやすみなさい」と挨拶をしてベッドに潜り込む。

 なかなか寝付けなかったが、日付が変わって少したった頃には意識はなくなっていた。

 そして次の日、ロイリが帰ってきたのは昼を過ぎた頃だった。

「寝てないんですか……?」

 部屋を訪れたロイリを見上げてそう呟く。

「……そんなに酷い顔してるか?」

「とても」

 顔も目元も青い。疲れ切った下まぶたに手を伸ばすと、彼は少し屈んでその手に頬を擦り付けた。

「一晩中走り回っていたから。マレク大佐は本当に人使いが荒いよ。さすがに疲れた」

 彼が仕事の愚痴を吐くなんて珍しかった。よっぽど疲れているのだろう。

 微かに煙草の匂いもする。そういえば最近彼から煙草の匂いがすることはほとんどなかった。

「血は飲みましたか?」

「飲んでない」

 最後に飲んだのは一昨日の夜九時前だ。という事は、一日半以上摂取していない。

「衝動は?」

「……少し」

 呟いて、ロイリは亜佐の手を引いた。反対の手が後頭部を引き寄せる。

「ロイリ、ベッドで……」

 そう言いながらも目を閉じる。きっと煙草の味がするであろう舌を受け入れようと唇を少し開いたが、彼の温かい唇が触れることはなかった。

 不思議に思って目を開く。ロイリは亜佐から顔を離すと、顎を撫で頷いた。

「あとどれくらい我慢できるか、試してみようか?」

「えっ」

 驚いて声を上げる。何もこんな疲れている時にと思ったが、ロイリは亜佐を離してベッドへ歩み寄った。

「ずっとお前の近くにいるから大丈夫。悪いが少し部屋にいてくれないか。一時間寝かせてくれ」

「……はい」

 不安そうな返事を聞いて、ロイリは「絶対に無理はしないよ」笑ってベッドに寝転ぶと、あっという間に寝息を立て始めた。

 そっとベッドの脇に膝をついて、その顔を眺める。

 彼の寝顔はもう何度も見た。夜のキスのあと、よく寝落ちてしまうからだ。

 美人は三日で飽きると言うのはきっと嘘だ。何度見ても飽きることはない。毎回ため息が出るほどきれいだった。

 こそこそとベッドに上がって布団に潜り込み、彼の顔を眺めているといつの間にか一緒に寝てしまい、結局起きたのは三時間後だった。

 一緒にサロンへ行ってピアノを弾き、夕飯は亜佐の部屋で一緒に食べた。

 心配だったがロイリが平気だというので、少しの間離れてお互いの部屋でシャワーを浴びて、午後九時前にロイリはまた亜佐の部屋を訪れた。

「衝動はどうですか?」

 扉の前に立つロイリのそばに駆け寄って聞いてみるが、彼は眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

「ロイリ?」

「……その寝間着」

 ああ、とスカートを広げてみせる。

「ベルタさんが新しいのを用意してくれたんです。前にインクをこぼしちゃって、真っ黒になってしまって」

 その時の事を思い出して笑う。

「思わず悲鳴を上げたんですけど、五秒もしないでベルタさんが血相変えて飛び込んできたから申し訳なくて。何度も謝りました」

「……そう」

 笑ってくれると思ったのに、ロイリの顔はまだ難しいままだ。眉を垂らす。

「……あんまり、似合ってないですか?」

 いつもよりフリルやリボンが多い。少し可愛らしすぎたかと落ち込んだが、ロイリはようやく眉間のしわを取って、首を横に振った。

「いいや、違う。……少し胸元が開き過ぎてないか?」

 思わず胸元を見下ろす。確かに今まで着ていた寝間着よりも少し開いているが、胸は見えていない。

 エレオノーラなんて、豊満な胸を強調するドレスばかり着ている。それに比べれば幼稚なものだ。

「まあ、誰も見ないからいいか……」

「ベルタさんや他の女中さんは見ますよ」

「女はいい。男は駄目だ」

「……なんか、お父さんみたいですね」

 ついつい思った事を口に出してしまった。ロイリは盛大に顔をしかめる。

 彼は親指で鎖骨をなぞって、体を大きく屈めた。腰を引き寄せられ、その唇が胸元に押し付けられる。

 ぢゅっという音と小さな痛みがあって、彼の唇が触れていた場所に小さくて赤い痣ができていた。

「父親はこんな事しないだろ」

 父親どころか、むしろ恋人と夫婦以外はこんな事はしない。

 真っ赤であろう顔を隠そうとそっぽを向いたが、ロイリの手が顎を掴み無理矢理正面を向かせた。

「その格好で俺以外の男の前に出るな」

「……はい」

 露骨な独占欲に全身が疼いた。こんな事で喜ぶなんて少しおかしいのかもしれない。

 彼が離れて、亜佐は一歩後ろへよろけた。

「ああ、言いそびれたが似合ってるよ。お前はそういう可愛らしい服も似合う」

「あ……ありがとうございます……」

 また彼の視線が体に下りたのを見て、亜佐は何となく気恥ずかしくて胸元で手を握りしめる。

 彼は頭の中を引っ掻き回す天才だ。

 自分から離れて他の男と恋をしろ結婚しろと言うくせに、こんな風に掻き乱す。なんて憎たらしい。

 じっと見下ろす視線から逃れようと、亜佐はもう一歩後ろへ下がった。

「もう少しいけると思っていたが……駄目だな」

 返事をする前に体が浮き上がり、ベッドに連れて行かれた。優しく下ろす手つきにぎくりとする。彼と出会ってすぐの事。体液が足りずに暴走したあの時の事を思い出してしまった。

 ロイリも同じように思い出したらしい。少し困ったような顔で「大丈夫だ」と笑って、ゆっくり亜佐の肩を押した。

 彼の舌を受け入れながら、目を開いて壁の時計を見る。もう午後九時をとっくに過ぎていた。

 これで丸二日間、耐えられることが分かってしまった。

 目をつむってぼんやりと思い出す。

 今日は彼と出会って、ちょうど四ヶ月の日だった。




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