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砂糖菓子でできている  作者: 未礼
二章

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23/57

23、過去と将来の夢




 三時間休まず弾き続けて、ロイリに止められてようやくピアノから離れた。

 ベルタが包んでくれた昼食を持って中庭に出る。いつものガゼボでミートパイをかじる頃には、全身を押さえ付けるような気だるさの正体を頭から追い出すことができていた。

 ロイリは亜佐の世界の話は簡単にしか聞いていなかったようだ。両親の話、叔母の話、ピアノ教室の先生や大学の話、バイトの話。聞きたがる彼に詳しく説明する。この世界に来てこんなに喋ったのは初めてかもしれない。

「将来はピアニストになりたいのか?」

「いいえ、ピアノの先生になりたいと思っていました。さっき言ったピアノ教室の先生みたいに教室を開いて、通ってくる子供たちにピアノを教える仕事です」

 お茶を入れてくれたベルタに礼を言ってからひとくち飲む。

「子供は好き?」

「はい、とても。先生の手伝いをしたくて、通ってくる子たちの面倒をよく見ていました」

 素直な子もいれば生意気な子もいた。それでもみんな可愛かった。

「子供をいっぱい産んで、家族でオーケストラをするのが夢なんです」

 この夢を言うと大体笑われる。ロイリも笑ってくれると思ったのに、彼はほんの一瞬眉を垂らして、それから取り繕うように笑った。

「何人必要なんだ?」

「二十人以上は欲しいですね」

 一瞬見えた表情の意味を探ろうとじっと見つめたが、彼の笑顔はもう本物とすり替えられていた。亜佐の本気のような冗談に、声を出して笑う。

「いいね。でもそんなに子供を産むのなら、体力と肉をつけないとな」

 ロイリは亜佐の前にパイをもう一切れ差し出した。黙って受け取る。

 この世界に来てから太った。確実に。

 体重計はあるそうだが、重さの単位が亜佐の世界とは違っている。なのでどれくらい増えたかは分からないが、でも確実に太ったはずだ。

 パイを頬張りながら呟く。

「太るのは嫌だなぁ……」

「全然太ってないだろ」

「この世界に来てからかなり太りました」

「ここに来た時が細すぎたんだ。ようやくいいくらいになってきた。もう少し丸くてもいい。その方が俺は好きだ」

 ロイリが机に肘をつく。

「抱き心地がいい」

 抱き締める前提の話のようだ。確かに体液摂取中は彼はこの体を撫でるように抱き締める。

 思い出してしまって少し赤くなった亜佐をロイリは笑って見ていたが、ふとその表情が曇った。

 その視線を追いかける前に、彼の手が亜佐の腕に触れる。

「痛むのか?」

 無意識に傷に触れていたらしい。慌てて離す。

「今日は冷えるから、少し疼くだけです」

 強がっている事がばれたのだろうか、ロイリの顔は晴れない。服の上から少し盛り上がっている傷口に触れる。

「もう完治だってフレデリカさんにも言われてます」

「ああ」

 腕を引いて、ロイリは傷口に唇を押し当てた。

 感覚はないはずなのに、布越しだというのに、その部分だけ熱くなったような気がする。

 彼は責任を感じているのだろうか。

 亜佐は少し彼に近付いて、左手を取った。ジャケットの上からでは場所は分からなかったが、ここにも同じような傷があるはずだ。亜佐を守るために彼が自らつけた傷だ。

「お揃いですね」

 ロイリがふっと吹き出す。

「こんなお揃いがあるか」

「左右は違いますけど、場所は一緒でしょう? あなたは痛みませんか?」

「全く」

 ようやく表情を崩したロイリは、亜佐の手を離してジャケットを脱いだ。

「着てろ」

「あなたが冷えてしまいます」

「俺は鍛えてるから大丈夫」

 無理やり肩にジャケットをまかれて、亜佐は諦めて礼を言った。

「ありがとうございます……」

「うん」

 机に肘をついて、ロイリは亜佐を見つめる。少しの間見つめ合って、耐えられなくなりお茶を飲むために視線を外し。また顔を上げたが、彼の視線はそのままだ。

 何を考えているのか分からない。嬉しいのか悲しいのかも読めない。

 人の顔色を伺うのは得意なはずだったのに、今ロイリが考えていることは何一つ理解できなかった。

 何か話題を探すか、それともそろそろそろ室内へ戻るか。

 ロイリの赤い目を見つめながら考えていた亜佐の背中に、「こんにちは」と少し遠くから明るい声がかけられた。

 振り返る。そこにいたのは日焼けした顔に満面の笑みを浮かべるバンドラーだった。

「こんにちは」

 立ち上がって笑顔で挨拶を返す。

 そこでようやくバンドラーは亜佐と草木の陰に隠れていたロイリに気付いたようで、驚いたように立ち止まった。

「これは、ロイリ坊っちゃん。庭に出られるなんて珍しい」

「坊っちゃんはやめてくれ。何歳だと思ってるんだ」

「今年で二十九歳でしたか?」

「よく覚えているな」

 思わずロイリを見上げる。すっかり聞きそびれていたロイリの年齢がようやく判明した。三十歳前後だと思っていたので、ほぼ予想通りだ。

「私と十歳違うんですね」

「おや、お嬢様。愛に年齢など関係ございませんよ」

 驚いてバンドラーを見た。

「あっ、あ、愛とか、では」

 激しく首を横に振る。亜佐の様子にバンドラーも驚いたような顔をしている。

「違うのですか?」

「違う。軍からの要請で、一時的に保護しているだけだ」

 ロイリが横から口をはさむ。冷静なロイリに、バンドラーは少し残念そうな顔をした。

「そうなんですか。ロイリ様の話をしますとお嬢様が嬉しそうにされるので、てっきり」

 何を言っているんだと、バンドラーに首を横に振ってみせた。彼は楽しそうに笑っていて、どうやらからかわれているようだ。ロイリもそれは分かっていて、焦って赤くなっているのは自分ひとりだと気付いて、亜佐は唇を尖らせて背もたれに背中を預けた。

「お嬢様はいつまでここにいらっしゃるんです?」

「まだ決まってないが、当分いると思うよ」

「さようですか。いや、お嬢様が来られてから、屋敷の中が明るくなりました。ずっといてくださったらよろしいのにと、下働きの者たちで話をしていたのです」

 持ち上げるのが上手なことだ。

 お世辞かも知れないが、それでもそんな風に言ってもらえるのは嬉しい。迷惑をかけないように、しかし頑張って礼儀正しく明るく接するように心がけてきた甲斐があったというものだ。

「おっと、お若いおふたりの邪魔をしてはいけませんね」

 バンドラーは一歩下がって、帽子を取って小さく頭を下げた。

「ごゆるりと」

 そして止める間もなく行ってしまった。

「相変わらず慌ただしい方ですね」

 ふっ、とロイリが笑う。

「働いていないと息ができないんじゃないかってくらい、よく働く人だよ」

 確かにその通りだ。見るたびに庭にいて、休憩しているところなんて見たことがない。

 唯一亜佐と話をしている時だけは、手を止めてゆっくりと話をしてくれる。

「よく話し相手になってくださるんです。娘さんが私と同い年らしいですね」

 デザートの苺のような果物を頬張りながら、ロイリを見上げて笑う。

 彼は少し目を大きくして、それから「そうか」と呟いて目を細めた。

「もうそんな歳になっていたのか」

「会ったことがあるんですか?」

「小さい頃に何度かここに遊びに来たことがあった。恥ずかしがり屋であまり話はできなかったけど。……お前に少し似ている」

 恥ずかしがり屋なところがだろうか。少し親近感を覚える。バンドラーが親しくしてくれるのは、きっと娘と亜佐を重ねているのだろう。

「……曇ってきたな」

 空を見上げるロイリに釣られて顔を上げる。いつの間にか青空を灰色に近い雲が覆い始めていて、亜佐は身震いをひとつした。

「戻ろう」

 頷いて立ち上がる。先にガゼボの階段を降りたロイリが手を差し出し、それに手を重ねて階段を降りた。

 彼はそのまま手を引いて歩き出す。

 恥ずかしかったが、握り締める手はとても強く、少し引いたくらいでは離れそうになかった。




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