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吟遊詩人はアイドルではありません!(仮)  作者: ナガイヒデキ
1章「クレイジークレイジーは止まらない!」
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異世界プロローグ2

 風音に混じった獰猛な動物特有の喉を鳴らす音が聴こえた。


 近くになにかいる!


 私は周囲を確認する。私たちの居る場所は、樹木と生い茂る草木に囲まれていてちょうどポッカリと開けている。この立地――地形的にかなり危険じゃないか。

 私以外はまだ会話を続けている。この世界の在りようについて。ゲームの延長線なのか、それとも――。


 気づいてない?


 キラが腰に下げたスリングショットに手をかけ周りを見渡す。視線の先に私との眼が合った。

 頷く。キラも遅れて異変を感知したようだ。


「みんな、ゆっくりでいいので持ち場に戻ってほしいの」

 私はできるだけ何気ない口調で陣形を取るように伝えようと努めた。急激な変化を与えてはいけない。それはコップ一杯に水を張った膜がつき破り溢れででてきそうで。

 緊迫した私の面持ちが伝わったのか――会話は中断し、そして静寂が訪れる。草木のざわめきだけが辺りを包む込む。さきほど僅かに感じとった息遣いは見事に消え去っていた。自分の聞き間違いかと思ったほどだ。だが、胸騒ぎと言うのか、なにか肌にヒリヒリとした感覚だけが依然残っている。

 皆ちりぢり慎重に動き出す。私も漏れずにそーっとジリジリ摺り足で移動する。


 草木は未だざわついている。


 再度、風が吹き荒む。


  しまった!


 私たちがとった行動こそ雰囲気を変えるに値する顕著な現れだったことに気付いた。コップの水はちょっとした振動でいともたやすく表面張力を破り、その溢れ出す様はダムが決壊したように一気に――


 流れ出す。


 風にのって四足歩行の野獣が姿を現した。

 白い毛並みが特徴の狼。あれは――


 シルバーウルフ!


 1匹が空いた地に躍り出る。


 この時、私の耳は草むらの中にいる微かな音をまた拾っていた。地を慣らすように踏む音の数は20はくだらない。


 囲まれている?


 だけど、どうして一匹だけ?


 私の思惑を余所に白き狼はそのまま駆け出す。――突進。一言で言うとこの言葉に尽きる。ただ闇雲に突っ込んできた。力比べと自分の速さに任せての攻撃。出現した場所に一番近かったのPC(プレイヤ)――紳士PTのSTこと拓也にたいして……。


「シ、シールドブロックッ!」


 拓也はその素早い攻撃にも咄嗟に判断してスキルで応酬した。4足歩行動物特有の突進系WSの多くはノックバックを有している。タンク職専用シールドブロックは対ノックバック用のWSだ。ノックバックを打ち返して逆にのけ反らせる。これで反撃の糸口になるはずだった。そう、なるはずだった……。だが、

 そのまま押し込まれたのは拓也のほうだった。


「なッ!?」


 そしてその流れのまま、凶悪な牙に腕をかまれる拓也。

 ガキっと金属の接触音。狼の鋭い牙は頑丈な手甲により防がれる。

「は、離せよッ」

 拓也は必死に剣で斬りつける。だが、マウント状態では思うようにダメージは入っていないようだ。狼の噛みつきは止まなかった。ダメージがまるで入っていない。VR世界での通常攻撃はどんなにへっぴり腰でも一律同じダメージを与えられるのにだ。それはあまりにも現実的な闘いに思えた。


 でもどうしてチャンバラ攻撃だけなの?

 それともWSが――発動しない?


 キラはククリに構え直す。が、なにするわけもなく顔をしかめただけだった。

 ミワはさっと辺りを見渡し、誰もいない場所へ杖を翳した。

「ファイア!」

 だが、その魔法が発動しないことはまさに火を見るより明らかだった。なぜなら、詠唱中に炎が杖に集まらなかったからだ。

 二人は咄嗟にスキルの有無を確認した。


 状況判断が早い。


 分かったことはスキルは発動しない。そして魔法もだ。

 この現状を理解しているプレイヤがこの場に何人いるだろうか。

 特定の場所にのみギミックがある――顕著に表れているのは、ボス戦とかに多いだろう。一定のWSや魔法を交互に禁止したりする特定のエリアの存在だ。これはエリアギミックとして分類されている。

 だとしたら最悪だ。

 通常攻撃だけであの素早い狼系との戦いになるのだから……。


「た、拓也。大丈夫ッ?」

 真摯PTの魔術師が心配の声を上げる。名は朋子。拓也と親しそうに楽しくおしゃべりしていた女の子だ。よく拓也をからかっていた印象がある。戦闘中でもそうでない時でも……。すごく会話を楽しんでいた。笑顔がよく似合う女の子。


 呼ばれた当の拓也はクソクソクソッと未だもがいていた。狼はその咬合力にものを言わせ噛み砕かんとするが、高難易度報酬のホーバーグは変容はおろか傷さえ付くことはなかった。逆に狼の牙に対する自信を砕く形となったのだろう。狼の顔がなんだかイラついているように見える。なぜ攻撃が通じないのかと。その行為は遠目、じゃれつく犬のようだった。あまりに緊張感に乏しい現場に皆胸をなで下ろす。ひと先ずは大丈夫だと。

 だが運が悪いことに手甲を留める結び目から牙が入り込んだ。

 拓也はその激痛に耐えきれず悲痛な叫び声を上げた。そしてその後につづくは声にならない嗚咽。


 痛みが……ある?


 鈍化されたシステムで守られた痛覚は――たしかに「イタっ」とは口に出すが、それは条件反射的なものだ――ほとんど痛くない。


 狼はそのまま胴や頭部に強撃を加えようとするも、やはり手甲と同じ堅い装備に包まれた拓也に思うように攻撃は妨げられる。だが狼は末端にのみ、つまりは腕や脚に対してのみそれは及ばないと気付くと、執拗にその箇所を攻め続けた。

 時折なにかの神経に牙が刺さったか拓也はビクンと大きく跳ねる痙攣を起こしたのだ。狼は拓也の腕を噛みついたままブンブンと振り回す。

 やがて拓也はハタリと嗚咽も途絶え動かなくなったのだ。


 え――。

 死んだ?


 もちろんこの死という概念は私が知っている死に全く異なる現象だった。

 死んだ者はポリゴン化され教会に戻る。

 だが粒子になる、魂が帰還する、そんな演出はない。ただあるのは動かなくなった人形。元は動いていただろう人間の抜け殻だ。

 拓也が横たわるの周りに赤い液だけが広がっていく。その死という演出そのものが私たちにとって異様であった。


 それまで一部始終を見ていた朋子(もちろん私たちもだが)が声を荒げる。

「なにやってるのよ! 瀕死状態でもすこしは動けるでしょ。はやくいつもみたいに、ユキ(同PTのヒーラー)回復遅い、って顔をコッチに向けなさいよッ。いつも笑顔で言って……たじゃない……」最後の語尾は少し声が小さくなっていた。


 それでも拓也は動かない。


「ふ、ふざけるのもいい加減にしてよ、拓也ッ! ねぇ……拓也、ねぇったら拓也ッ! 拓也ッ!」

 朋子は悲痛な顔で名前を呼び一喝する。

 その叫びに狼が注意を向けた。ターゲットを朋子に変えたのだ。

 朋子はヒッっと短い悲鳴を上げる。

 今度は直線的な突進ではなく、蛇行しながら走り込んできた狼。

 魔法は直線上の攻撃しかない。

 この狼はそれを分かっているのか。それとも単なる偶然か。

 狼は朋子の目の前で再度ステップを踏み、横から飛びつき首筋に噛み付いた。鎧をつけていない魔術士は格好の得物だ。首から血が噴き出す。糸の切れた人形のように頭はだらりと垂れた。

 狼は首を噛んだままこちらを睨めつける。


 あまりの恐怖に足が、いや身体からだが思うように動けない。動けないようにするギミックはVRにもあった。だが、これは麻痺効果と違った感覚だ。でも私はVRで似たような経験をしている。なんだったんだろう……。思い出せない。

 全員、戦意喪失――までとはいかないまでも、混乱を期してた。これは仮想なのか、本当に起こっている現実なのかと。いや、皆は薄々は勘付いていたはずだ。仮想ではないと。だが、こんなものが現実にあるはずないもない、という否定も強くあった。

 それが混乱の元だ。


 一言で言うなら、ちゅうぶらりん。どっちつかず。


 ただ一人どっちかに選択したものがいた。神楽だ。

 神楽は現実と受け止めたのだろう、うぁああと情けない声を上げ逃げした。

 不意に狼は歪んだ顔を見せる。それは少し笑っているかのようだった。


 神楽の逃げ出した先――茂みの中。


 ヤバイ!


 狼は短くクンクンと2回首を縦に振った。その合図を皮切りに茂みに隠れていた狼達が雪崩込む。


 急に出現した狼に吃驚した神楽はその場で腰を抜かした。慌てふためている神楽に狼が飛びつく。神楽の咄嗟に出たシールドがその攻撃を防げたのは幸運だった。波状攻撃を恐れた神楽は剣を振り続けて牽制する。だが神楽の攻撃は子供がオモチャの刀を振り回してるよう稚拙だった。何度か狼の噛み付きが当たっているが神楽の顔色から察するにダメージは入ってないようだ。堅い装備に身を守られている。

 狼はそれでも攻撃の手を止めない。


 なにか狙っている。


 私の予測は正しかったようで、剣を構えていた腕に狼は嚙みついた。脚でもなく盾を持っている腕でもなくだ。これでは神楽は攻撃ができない。


 残りの狼は私たちが加勢しないように戦闘態勢のまま威嚇する。


 先の戦闘で狩猟のやり方を教わった?

 一匹で出てきたのはそのため?

 私たちの力量を図るため?

 いや、そもそも狼にそんな高度な知能があるのか?


 あとは牙が留め金にハマるのを待つだけ……。だが神楽の装備は拓也と違った。いや、ほかのPCとは違っていた。だいたいのゲームではそうだろうと思うが、LVが頭打ちになれば他PCとの装備は似通っている。ほぼ丸被りということの方が多いだろう。

 もちろん、そうならないためにも模りシステムとかいうものがある。これは性能はそのままでグラフィックだけ変えるシステムだ。ただ現段階のLO世界ではまだこのシステムは未実装だった。ドラゴンシリーズ以外での鎧装備は拓也のホーバーグが次いでVITが高い。タンク職はこぞってこの装備をしていた。

 だが、神楽はVIT依存型より防御依存型の装備にしていた。ヘイトの維持が神楽は他PCより抜群に上手かったからだ。それは自らの身体を張り敵の移動を制御する独自の闘い方によるものが大きい。

 何が言いたいかというと――神楽と拓也の装備は違う。手甲の種類がまるで違ったのだ。

 拓也の留め金による嵌め込み式に対して神楽の手甲は筒形で腕を通すタイプ。牙の通る隙間などない。

 これが功を奏した。

 神楽が腕に噛みついた狼を思い切り振り払う。狼は懸命にすがっていたが、やがて牙が引っかかる凹凸のない滑らかなその手甲ガントレットにより吹っ飛ばされた。2、3m飛ばされたが狼はくるりと見事に着地した。

 それは私を大いに驚かした。

 狼の身体能力の高さからではない。その逆だ。

 神楽に、だ。

 たかが高校生が狼に(しかも大型の)噛みつかれて力づくで放り返せるものなのか?

 これがソウみたく屈強な大男なら分かる。だが、私の持つ神楽の印象イメージは優男でイケメン。

 この何とも言えない違和感。


「ステータスは反映されている?」

 キラが小さく呟く。それは私の思惑を代弁していた。


 なにがどうなっているのか分からない。

 ゲームでのシステムと現実のルール。混ざっていはいけない二つがゴッチャにした、この危うさ。

 いったい何なんだ、この世界は。


 神楽はそこまで頭が回っていないようで、腕を噛まれた事実から拓也の最後を想起させたのだろう。神楽は手足を引っ込め身を屈める。そんな単調な防御だが、かなり効果的だった。狼は攻撃する箇所を削がれたのだった。亀の甲羅の如くその形は神楽を守った。攻め喘ぐ狼。

 それを見た前衛たちはこぞって身を丸め出した。だが――。

 それは後衛を護るという前衛の役割を放棄したのも同然。狼達はすぐさま標的を堅い得物から柔い美味しそうな獲物へと切り替えた。


 もし仮にだが、これを狼達がこうなるように仕向けていたとしたら……。


 知能が高すぎるッ!


 2匹の狼は縮こまった前衛を障害物のように走り去る。その恐怖に迫りゆく先は――。


 あかねちゃん!


 私は朋子に起こった惨状を思い出し両目を塞いだ。

 聞こえてきたのは、あかねの悲鳴には程遠いなにかを思いっきり叩く野太い音。連続で地割れのように音が響く。


「ふー、チョロチョロ動きやがってよぉ。まあよぉ、おかげで、こいつのいる処まで時間が空いたからよぉ。助かったぜぇ」

 目を開けるとソウがあかねの前に膝を立てていた。まるで姫に使える騎士ナイトのように。2匹の狼は――クラクラと頭を揺らせ、だらしなく涎を垂らし少し距離が離れたところ、もう一匹はソウの特有の武器――拳を覆う丸い形状のバックラーにより狼の頭を捉えられ地面に突き刺すように叩きつけられていた。一回目の音はパリーで飛びかかる狼を、2回目の音は力ずくでねじ伏せたようだ。

 それを期に狼達は怯んだ。先まで獲物としての対象だったのが、あからさまに敵としての認識に変わったのだろうか。狼達は襲うことは止め、静かに一定の距離を私たちから離れ出した。私たちはまだ動けないでいる。風の止んだ無音では微かな音も聞こえてくる。皆の息遣い。荒い、そして早い呼吸。


 そこにあるのは緊迫ではなく恐怖。


 一拍の間。


「ねぇ、姉御――

「このままなにもしないの? これは好機。もしここで逆転クリティカルを起こさなければ――


「僕たちは全滅するよ」


 キラは呟くように言った。




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