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吟遊詩人はアイドルではありません!(仮)  作者: ナガイヒデキ
1章「クレイジークレイジーは止まらない!」
38/50

鎮魂曲

 ヴオォオーン。


 ここは『龍の咆哮』と呼ばれる峡谷。

 下から吹き荒れる風音が旅人を恐れさせることからそう呼び名がついたそうだ。

 私たちは今その『龍の咆哮』を、たった一本のロープで降っている最中。

 すでに辺りは陽も当たらぬ所まで来ている。時刻は今だ午前だというのに薄暗い。さっきの咆哮で少々頼りない腰にぶら下げたランタンが大きく揺れた。

 この暗闇の中、距離と時間が失われている。いったい、いつしたに着けるのだろうか、どのあたりまで来たのであろうか。


「おい、だいじょう――ぶぉ」


 見上げる洋平の顔を踏みつけた。


「あぶなっ。落ちたらシャレになら――」


「だから、ノ・ゾ・ク・ナ!」

 思いっきり顔面を蹴った。


 あっ。


 ――ぬあぁあああぁ。


 洋平の間抜けな声がこの渓谷に木霊する。

 彼の無情にも落下していく様に、私は不謹慎だが中学時に習った『ドップラー効果』を思い出していた。


 南無。


 私の祈りと同時にドンと地面に落ちる音が聴こえ、洋平のランタンが衝撃で消えたのを目視した。

 けっこう底面まで降りてきてたらしい。この深さなら落下しても死に戻りにはならいだろうと踏んだ私は、「えい」と麻縄を離し飛び降り――着地。


 げふ、というカエルの鳴き袋を搾ったような音が下から聴こえた。


 ――ようへいも踏んだようだ。


 ひでーと愚痴りながらランタンを拾うと洋平は火を灯した。


 なんにもない……。

 うーん、ここには無限の光が集まると記載されてたんだけどなー。

 ここが龍の胃袋だよね。

 金銀財宝が眠っていると踏んだのに、実際は――、


「踏めたのは、ようへいだけか」


「オイ! なにか一言あってもいいと思うぞ」


 あ、ごめん、ごめん。


 洋平が「オマエな」と呟き、ため息をついた。


 なんにせよ、今回はハズレだったか。



 私たちはこの2か月間、冒険をしている。

 クエストに限らず、いやすでにクエストはほとんど受けていない状態だ。


 きっかけはなんだったのだろう。

 あー、思い出した。『盗賊討伐クエスト』だ。なんの変哲もないクエストだった。それが派生クエストに、いや違うな。まったく別物のクエストに成り代わったのだ。クエスト名が『悪に紛れる化身』に様変わりしたのだった。つまりは、盗賊を隠れ蓑に化け物が村人に成りすまし冒険者を騙すというクエスト。たしかに盗賊に襲われた遺体の確認をするイベントもあった。死体を見ると、人の仕業ではないのが解かる。生き血を啜った跡があるのだから。まあ、普通は遺体安置所までイベを見るPCなどいない。指定された村へ直行が普通だ。私たちもそんなイベントは一切見ていない。そして何事もなく盗賊を倒し依頼終了だ。では、なぜイベントが変わったのかは、かなりの運が重なったから。このクエの条件を述べる。まず、


 1、PTのHP一定以下(クエスト自体が簡単なのでHPがまず瀕死状態にはならない)。村人が化身し、PCに襲い掛かる。

 2、秘密を暴き、依頼主(NPC)にヘイトをのっける。


 要は、ようへいが間違って乗るはずもないNPCに挑発を暴発してしまい、イベントが変わったのだが。

 ようへいのリアルラック恐るべし。

 私たちはこの経験を基に隠れクエストなるものを探すようになった。

 都市の伝承から村の迷信まで聞き及んだものは片っ端から探索しまくった。NPCからの些末な会話、文献などを手掛かりに冒険を勤しんだ。

 私たちは今までの遅れを取り戻さんばかりにLO世界を楽しんだ。


 このLO世界を描くように。


 ただ、まだ描かれていないエリアがあるが……。



 今回の隠れクエスト、てか隠れクエストかどうかも窺わしい。報酬を受け取った時にそれがクエストだったと判明すのだから。いつものように洋平がランダムクエストに合い、ある報酬を受け取ったのが始まりだ。その報酬がアイテムだった。まあ、ランダムイベ報酬にはアイテムあるのが分かっていた。売値が500Gと均一なのでハズレ報酬と揶揄されていたが。その報酬アイテムってのが童話だった。私が何気に手に取り興味を抱いた。題名タイトルが『バード王物語』だったからだ。パラパラとページを捲る。


 ――――


 とあるバードがいました。彼は行く先々の伝記や書物を読み、歌にして日がな小銭を稼ぎ世界を周っていました。旅の途中、彼と一緒に旅をしたいものが一人、二人、三人と増え……、とうとう百人超えました。彼には何故か人を惹きつけるカリスマがありました。国境を超えたとき、国に使える者が来て言いました。「おまえたちはどこの軍だ?」と。さすがに大所帯になり国と国との移動が大事になるとバードは思い、森へ移住することを決めました。国はその集団を放っておきました。だって、その森は『魔の森』と呼ばれる化け物の住処だったからです。きっと魔物に喰われるだろうと。

 彼には知がありました。世界中の偉人、書物から授かった英知。そして、その知を具現できる頼もしい仲間たち。彼の者は、森の狩人と云われるエルフ。彼の者は、小柄であるが力自慢のドワーフ。最後に、彼と同様の人間族。

 森の生態に詳しいエルフは化け物を根絶やしに、手先が器用なドワーフが化け物の素材から細工し、好奇心の強い人間族が不思議な鉱石を発見し、バードがそれらを使い道を編み出していく。単なる森が、村に。村が町に、街が都市。都市が国へと変わりました。

 ただ、変わったのは体制や形態だけではありませんでした。彼、バードも変わりました。その権力がゆえに。そして、とうとう仲間は去っていきました。

 だけど、バードのカリスマが無くなったわけではありませんでした。

 彼の敷く絶対支配による政権により繁栄の一途をたどりました。ただ、絶対は永遠ではありませんでした。

 彼の死後、国はみるみるうちに寂れ、そして――無くなりました。死んで残ったのは財産とその権力を賭けた血の争いだけだったのだから。

 彼の死を聞き及んだ仲間たちは集まり、彼の遺品を静寂の闇に隠しました。その闇に彼の死を疎んだという。のちにそこはバードの聖域なったとさ。


 ――――


 私はパタンと童話を閉じた。


 きっと、ここでレイクエムでも詠ったんだろうな。


 以来、吟遊詩人はここを聖域と定め、詩を詠う儀式的なもになったのだ。本来あるべき背景や思想など色褪せ形骸化され、残ったのが形式のみ。すでに意味もない。



 ヴォオオオオン。


 両側より強い風が吹いた。合流した風は物理的な脅威を与え、私たちのランタンを龍の喉まで吸い上げた。

 光を失い、真っ暗な――底。風もなくなり、音もなくなった。無――。

 どんな堅牢な構造でも永遠はない。形あるものも、そうでないもの。彼もまた仲間を失ったように。


 怖い――。


 何もないことが、ではない。

 何もないことに慣れていくのが、である。


 そこで仲間たちは何を想い詠ったのであろうか。


 自然と歌が、声が出る。語りかけるように。


 私の声が、音が、堅い岩に跳ね返り、次第に共鳴していく。


 一体になっていく。音も歌も私も――。


 無数の点が――光が満ちてくる。この崖自体が不思議な鉱石の塊だったのだろう。


 すげーと言いつつ、洋平が蹌踉よろめいた。


 地に足が着かない感覚。あたりは眩しく、まるで――銀河にでもいるかようだ。


 壮観だった。


 私の歌に呼応している。歌の強弱に合わせて光も呼吸を繰り返す。ただそこで点滅してるのに生き物のように蠢いている。


 洋平は鉱石の光源を頼りにランタンを見つけ灯した。

 私の分も拾い――、


「なぁ――」と手渡し重く語りだした。


「バード王の仲間たちは去ったことを後悔してたんじゃないかな。一緒にいるべきだったんじゃないかと。あんな寂しい結末じゃなかったじゃないかと。だから死んだ後も集い、盛大に祝ったんじゃないかな。きっと別れを告げた仲間の方が辛かったと思う」


 バード王もきっと――別れた後の人生なんて知らないが、順風満帆だったにしろ――後悔していたと思う。

 だって、私と同じ境遇なんだから……。


「流砂洞へ行かないか?」


 そこは私の唯一の空白のエリア。そしてもっとも近寄りたくない地域。そこからPTの亀裂が入った地点だから。だから、行きたくない。怖い。


「ミワが古代文明流砂洞攻略に名乗りを上げた。あと2名募集している」


 え? ミワが――。けど、ダメ。やっぱり――。


 手が震えている。


「だいじょうぶ! 後悔しているのはアサヒだけじゃない。皆だ」とギュっと握り返され、「もどろう」と優しく微笑まれた。手の震えが止まったような気がした。


 歌の効果が終わり、辺りにまた闇が飲み込んでいく。

 ランタンの灯がボワッと風に揺れ、そして――、


 やっぱり手が震えて……。まだ私は怖がって……。


 ゴゴゴゴ――。

 地面が揺れていた。


 ――じ、地震?


 突如として起きた出来事に私はパニクり洋平にしがみついた。洋平も慌てたのか「わっ」と暴れだしたので、強く抱きついた。

 揺れがだんだん収まっていく。地震は10秒程だったろうか。


「や、止んだ?」


 余震とかないよね……。


「おい、もう離れろよ」


 洋平の腰をしっかり抱きつき、まさに及び腰の状態だった。自分の恰好を客観的に想像して恥じ、パッと手を放した。


「ったく、だから……」


 周りを見渡せるほどの落ち着きを取り戻したが、「おい、あれって――」と洋平が指さした先に。


「あれは――」


 先の揺れにより地割れから出てきたのであろう。


 それは私の新たな旅路を祝福するかのように出現したのだった。



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