冒険者
眩暈がする。
走っても走っても時間の流れは遅く、身体の動きが鈍い。
永遠の時に閉じ込められた錯覚に陥る。
動悸は収まらず、脈は早い。
思考が纏まらない。
それでも――私は何かを求めて走っている。
「ミワ!」
「わかっているわよ!」
フレアが命中。ボスがポリゴンに変わる。
「ギリギリだったね」とキラが息を吐く。
「アサヒ! だからこの依頼は無謀と云ったわよね!」
美和の語尾が粗い。
「いいじゃん、勝ったんだから!」
なんか最近、ケンカばっかしている。
そして――とうとう思っていたことが起こった。
夕食席でのこと、美和がPT脱退を切り出す。
私は了承した。仕方ないと思ったからだ。MMOではよくあること。最初っから最後まで同じギルドや仲間と一緒というほうが珍しいのだ。抜けた後の補充などいくらでもある。それでも、PTに誰か入るということはなかった。積極的に勧誘などしなかったとこともあるが、美和ほどの高火力志向もいなかったと言えばいいだろうか。いや、一番の理由は――抜けたことで課題だったヘイトが安定したことだ。これによりMSランクを落とさず、そしてRM討伐など高次の依頼も達成できるようになった。報酬も5分割というのも大きかった。
ただ皮肉なことにヘイト安定が勝率安定と同義ではないことだった。
長時間の戦闘はPTの集中力を剥ぎ、また突発的な事故に対応しきれないことが浮き彫りになる。一番の要因はあかねにあった。辻ヒールだ。ヒラ一人分のMPしかないのに余分なMPを使う。
もちろん、辻ヒール禁止でことは収まる――だったが、あかねはこっそり辻ヒールを行っていた。全滅を度々してたらイヤでも気付く。私の言うことなど聞いていなかったのだ。あかねは最初のキラとの出会いでも、私の掛け声より早く辻ヒールを行っていたではないか。今まで露呈しなかったのは偏に、美和の高火力短期決戦によりヒラMPが過分にあったということだろう。
PCが死にかけているのに、何もしないのは……。
あのね、これはゲーム。死なないのよ、教会に戻るだけ。
でも――。
私たちも全滅したら意味ないでしょ。てか、それを言うなら私たちも、あかねのせいで死んでいるのよ!
あかねは何も言い返さなかった。
今思えば、ただ非道く悲しい顔をしていたのが印象的だった。
そして次の日、あかねは待ち合わせに来なかった。ソウもいなくなったので、きっと彼が何か言い含めたのであろう。あかね一人で出した結果とは思えない。いや、思いたくもなかった。
キラは元からログイン率が低かったので自然と見えなくなった。
残ったのは洋平のみ。救いなのは盾職が残っていくれたということだ。盾職は今でも貴重な職。なかなかMTができるPCは少ないのだ。これなら再編成も容易くいけるだろうと思っていた。だが、
洋平もいなくなった。いつもの待ち合わせに姿を現すことはなかった。
オレだけは最後までついていくとカッコイイ台詞を吹かしていたが――。
裏切られた。
見返してやる。
その想いで一人躍起になり新しくPTを組んでいった。
ただ、いい結果には結び付かなかった。もちろん、他PTからの誘いがなかった訳ではない。吟遊詩人だってかなりの優遇職なのだ。でも、それは私の思い描くPTではなかった。あるのはステアップの道具としてしか見ない節があるPT、いやまだそのほうがよかったのかもしれない――アイドルとして崇めるだけのPTほど悲惨なことはない。
歌、歌、歌……。私がやりたいのは冒険だ。アイドルなんかじゃない。
冒険ってなんだろう。
このLO世界での私の役割って――、
目的って何だろう……。
PT枠が足りていないのは、あとまったりPTだけ。トップと呼ばれるPTはすでに自らの戦略が確立していた。
別にまったりでも良い――歌だって強制でされることもない。ただ、私には合わなかった。
戦闘に緊張感がない。もしミワなら、ここは高火力で押す。ようへいなら、なんだかんだ言いつつタゲを維持する。あかねちゃんだったら、ヒールヘイトを乱さない。
キラなら――。
ソウなら――。
仲間のことを思い出すのが――つらかった。
だから私はいつしかソロプレイヤーになっていた。
ある夕暮れ時の酒場で――。
私は一人エールを飲んでいた。見知らぬPCが席を一緒にどうかと誘ってきた。装備を見るにLv20程のPTだった。よくあることだ。いつもは断っていたのに、なぜか私は席を共にした。
きっとPT構成が昔の私と似ていたからかもしれない。
忘れようと思っているのに。私はまだ何かにしがみついているのだ。それがすごく卑屈だと思う。
恥ずかしいとも思う。
――そう。でコイツが遺跡の大事なものを壊しちゃって。
――ちょ、おま。それアサヒ様の前で云う?
――だって、あれ歴史あるものよ。バス遺跡にはたくさんの……。
女性PCが嬉しそうに遺跡について語る。
その姿が一瞬。あかねにタブる。
――ごめんなさい。
なぜか女性PCが謝る。
――あの、あたし何か地雷踏みました?
言葉の真意が分からない――と同時に目から泪があふれていたのが分かった。
私はおもむろに立ち上がり。急ぎの用があると別れを告げた。
変なPCだと思われたかもしれない。
けど、一刻も早くあの場から逃げ出したかった。
小走りに宿へと向かう。たしかこっちからのほうが近いと脇道へ入る。
――突如、女性の悲鳴が聴こえた。
夕暮れ。小道。悲鳴。
頭が痛い。なんだろう。私はなにか知っている。この出来事。
1人のPCがこの暗がりで声のする方へと走っていったのが分かる。
白いフルプレート。
あれは――ようへい?
さすがに分かれてから一か月、同じ装備とは限らない。
それにここはあまり人気のない都市――施設が少なく、依頼ランクも低い、使い勝手が悪い寂れた都市。
さすがにいないだろう。
盾は引く手あまただ。
――でも、
私は考えるより先に走り出していた。
頭痛が非道くなる。
眩暈がする。
お酒に酔ったか?
もちろん、そんなはずないのは分かっている。酒の味はするが――本物の味など分からないが――酔う効果などない。
足が縺れる。
それでも走る。
走っても走っても追いつけない。
きっと――これは前衛の方がスタミナ多いからだ。
いつもの感じじゃない。酸素が全身に行き渡っていない。
呼吸が継続的に保っていない。
息が続かない。
喘鳴がする。
私は……。
角を曲がると、数名の輩に囲まれ、少女を守るように立つ白いフルプレートの、
――洋平がいた。
よう、と洋平は一瞬私をみて驚くも応えた。
あたかも待ち合わせに遅れてきた私を迎える軽い挨拶のようだった。
まだ意識が混濁としている。
朦朧としている。
――やっと、やっと会えた。
洋平のその一言で、視界がブゥーンと揺れると同時にさっきまでの淡い景色が明瞭になった。
一気にこの世界に呼び戻された。
私は、
私は……。
――ねぇ、私もこのイベに参加してもいい?
とても気恥ずかしく他人行儀な言葉になってしまった。
――ああ、もちろん。ゲームは楽しく、だろ?
美和、あかね、キラ、あのソウでさえ楽しそうにやってたじゃないか。
ゲームだから目的があるのではない。
目的があるからゲームをしているのではない。
それさえも探し求めていく――、
それが、冒険者じゃないか。
ツヴァイを抜く。考える必要なんてない。
ブレインマッスルは発動している。
楽しいひと時は一瞬。イベントも終わる。
――ごめんな。
なぜ謝るの。 謝るのはこっちだ。
――急にログインできなくなかったのは――その、理由があるんだ。今は云えないけど、いずれ話せる時が来ると思う。それまで――。
ようへいはずっと私を探していてくれたようだ。
――ううん、いい……。またこの悲しいことまで思い出しそうだから。それに、もしよければ……。
私はそっと手を差し出し、
また私でよければ一緒に冒険しない?
と誘う。
洋平の顔が赤い。さきの戦闘はそんなに激しくはなかったはずだが。
慌てて両手を鎧に擦り、こちらこそと握り返す。その握り返された手はすごく力強く感じた。
そういえば最初もこんな感じだったなと笑みが、
そして泪が零れていた。
その光景を見て洋平がオロオロする。
変わってないな、ようへいは。
変わっていたのは自分……。
流れる泪がさっきより熱く感じられたのは気のせいではないだろう。




