救援要請
救援要請。
フィールド上にいるPCまたはPTが行った際には、モンスターからのドロップ全ロット不可――そのPCまたはPTのドロップ判定のみが消える――という、なんとも極悪なシステムだ。このシステムの使い道など、ごくわずかしかない。近隣のPTに迷惑をかける、つまりは全滅した後にモンスターだけ取り残される状況は、他PTにしては迷惑極まりない。あとは、遠征で死に戻りしたくない時くらいだろう。まあ、余程のことがない限り、救援要請を受けることなどないが。
あの少年ならさっきのような、同じ轍を――あそこまでの危険ゾーンで戦う――踏まないはずだ。時間はかかるだろうが安全マージンを取りつつ倒せたかもしれない。たしかに、たった一つのミスで負けていたかもしれない。それでも他PTに勝ち、いやロットを譲渡するのだ。なかなかできる行為ではない。
私は救援要請を
――拒否した。
なにやってんだ? って顔で洋平がこっちを見る。いや、だって。MM0で損得なしで、そんな行為できる人ってすごくない? 私だったら辻ヒールラッキーとか、あとちょいで勝てそうとか、もう煩悩で頭がいっぱいだよ! 尊敬できる! だから――、
私は代わりに、
PT要請を少年に出した。
少年は頭を掻きむしりながら、要請を受け取った。
「これより、アンデットプリズンの討伐を開始する!」
私はレイピアを抜刀し、天に翳した。
「動画を流したときの反応が楽しみだわ」フフフと嗤う美和。
エ? チョットヤメテクダサイ……。
洋平が前に出る。だが、ヘイトは大丈夫か? 少年の攻撃ヘイトはかなり高く上がっているはずだ。
私の疑問は杞憂に終わる。
オラオラと洋平が盾を殴り音を出す。いともあっさりとタゲを取り替えるのだった。
「揮発ヘイト。初期に覚える《挑発》アビリティですね。メリットは無条件でヘイト1位、デメリットは時間と共に減少していきます」
なら、すぐにタゲが戻る?
「タゲはたぶん戻らないわ。見て。彼、攻撃をしていないでしょ。攻撃したらヘイトが移動することを知っているのね。ヘイト管理が上手いわ」
ミワがヘイト管理を語るな。アンタ、魔法ぶっぱでタゲけっこう奪っていたよね?
洋平は累積攻撃・ヘイトアビを回し、タゲ固定化を図る。少年は様子見から攻撃を2、3し、タゲが動かないのを認識してから攻撃に移った。
私はあかねのヒール頻度を見合い、洋平の防御は十分だと判断した。だから――
もちろん歌うのは、
STR系の歌だ!
美和に怒られる? いや、これに関しては怒られない自信があった。美和のスレ報告を聞くに、今後、RMなどの強敵にはヘイト管理が最重要視される。現状では高火力の魔術師が、タゲを簡単に取ってしまうことが問題視されているそうだ。
なので、美和はこのさきPT構成安定のために、一人追加していく方向を示唆していた。つまりは遊撃士という役目だ。これは釣り役と妨害アビを兼ね備えたPCのことを言う。
だから、タンク自体の攻撃ダメージソースを上げることは累積ヘイトを増やすことになる。
タゲ維持と適度な魔法攻撃の貢献できるだから、一石二鳥だ。
いや――大手を振って両手剣を振れるんだから一石三鳥だよ、ムフフ。
「え? うた?」少年は驚いている。「吟遊詩人か・・・・って両手剣?!」
一瞬動きが止まり、アンデットの前方範囲に巻き込まれそうになる少年。危なっとスルリと躱し、「ぷっ、まじでおもしろいPTだ」と笑ったのだ。
私は少年を睨む。
コミックバンドじゃないからね!
「美人が睨むと怖いね」
え? 美人って言った? 面と言われると恥ずかしいですケド……。
私は両手剣を砂に刺し、両手で頬を触る。
「おい、歌、歌!」
と洋平が声を荒げる。
なに怒っているのよ! 10秒以内に歌い直せば、効果は継続されるんだからね!
少年は私の歌にあわせて、攻撃をしていく。少年のリズムは正確だった。だから、私も少年のリズムにのって、そして声が大きくなっていく。
さっきより攻撃の通りが良くなった?と少年は呟き、「ギフトもちか。これはあたりのPTかな」
私の両手剣がアンデットの脚に当たり、片膝をつき崩れる。少年はその膝を踏み台にし頭上まで華麗に飛んだ。頭頂部をククリ刀で刺し、遠心力そのまま後方へ一回転。脊髄から真っ逆さま落下。だが、落ちる際にも攻撃を止めない少年。まじかよと洋平がその連続攻撃に目を剥く。
少年の曲芸のような多彩な攻撃。まあ、だからといって攻撃力が上がる訳ではない。まして、DPSが落ちている可能性だってある。地面に腰を据えて、単調な攻撃をしたほうがDPSは上がるだろう。でも――
いちいちテンションを上げてくれるわね! あんなの見せつけられて、魅せられない訳ないじゃない?
アンデットは悲鳴と共にうつ伏せに倒れ込んだ。
少年はなにかに勘付いたのかその場を離れる。そして、黒煙が立ち上る。美和のファイアが着弾したのだ。
美和は等間隔に肩を揺らしながら、「もう、アナタたちだけで楽しまないでよね!」とファイア2ファイアとリズムに乗って連発した。美和も少年の技に魅せられて熱くなったのだろう。その熱に浮かされるように魔法を撃ちまくる。
膜のように張り巡らせた煙が拡散していく。その中、アンデットの眼が赤く光り、美和をロックオンした。
ターゲットが美和に変わったのは容易に想像できた。
「嘘だろ? あんなにタゲ必死に取っていたのに、こうも――クソっ」
洋平は盾でバッシュした。
「ミワ! 3秒だけだ! 3秒で遠くまで離――」
「いいんじゃないですか、先輩。その攻撃」
洋平が叫ぶのを遮断するように、少年は済んだ声で、
「でも――離れるんじゃなく、できるだけ近づけの間違いじゃないですか?」
と、こう結んだのだ。
美和はその言葉の意味を読み取ったのか、こっちに走り寄っていた。少年は少年で美和に向かっている。
少年と美和が交差する際に、少年が指を左右にさし、お互いの逃げる路を示唆する。
重なった瞬間、
「そのヘイト貰い受ける」
「このヘイトあげるわ」
少年は手を何かを奪う格好をして、走り抜ける。3秒経ったアンデットは憤然と美和ではなく、少年にむかって攻撃を開始した。美和は少年とは逆方向に逃げいたため、前方範囲攻撃は当たらない。少年は攻撃をくぐり抜け、前線に戻っていく。
そうだ、ミワは遊撃士を誘う理由にヘイトを《奪う》アビリティがあるからと言っていた。
そして――
アンデットは振り返り、少年を追う。少年は洋平の背後へ回り、
「このヘイト譲渡する」
と洋平にタッチした。
遊撃士にはヘイトを《与える》アビリティもあるとも――。
「タゲが戻ッ――グゥッ」
洋平は驚く暇なく、アンデットの振り払いを受ける。盾でガードしたが、後退りした。明らかにアンデットの攻撃力が上がっている。
フェーズが移行してたか!
攻撃速度も速い。洋平は左右の打ち下ろしを盾で防御。ガード越とはいえ、洋平の顔が歪む。
あかねのケアルが飛び交うが、このスピードで回復を続ければ、ケアルヘイトより――
あかねちゃんのMPが枯れる!
美和はファイアの詠唱をしていた。
「ミワ! どうせタゲ取っちゃうんだから、MP温存!」
と指示する。
あの二人の知らないアビリティによる連携。更に胸が熱くなってきた。
あかねが心配そうにこちらを見ている。MP残量が少なくなったのだ。
なにか、なにかないのか……、この状況を一変させれる方法は――。
私の脳裏に浮かんだのは、
挑発――
これだ! これがこの状況を打破できるアビリティだ。
私はVIT系の歌を詠う。
もちろん、防御力を高め、タンク維持の時間稼ぎも兼ねているが、
――でも本当の目的はそうではない。
本当の狙いは――。
「なるほど」と少年は嗤う。
私が説明するまでもなく直感で解ったようだ。だから、「リキャストまでもう少し」と私の意図した内容の答えが返ってきた。
「な、なにをするのか知らねぇけど、早くしてくれ! もう持たねぇぜ……」
少年がアイコンタクトを送る。
ミワ! っと私はもう一度叫ぶ。
「MPは満タンよ!」と美和も声を張り上げる。
条件は揃った。
私は『伝説の魔法少女』を詠う。洋平が、おいおいゴリ押しかと呟く。
たしかにゴリ押し戦法だが、これはイチかバチかのゴリ押しではない。たしかに今のままでは、フレア一発でタゲが飛ぶだろう。
今のままでは――ね。
ガンガン、武器を叩き挑発を行う。
もちろん、挑発をしたのは――
洋平ではない。
――少年だ。
挑発は初期アビリティだとあかねは言った。
少年はソロプレイヤだ。あれだけ避けるんだ、VIT振りはしてない。ソロだと死にアビリティだからだ。
だったら、VITを一時でもいいから上げれば……。
少年の挑発で一気にヘイト量を稼ぐ、そして――リキャスト中のアビリティは、
「先輩、返すよ!」
そう、ヘイトを《与える》アビリティだ。
これで洋平は2倍のヘイト保有量を確保することとなる。
いつ見ても、カッコイイエフェクト。
「アサヒ、ほんっとーに良い展開――」
無数の炎龍が杖に集まりだす。
「フレア!」
一斉に打ち込まれた僕音を轟かせながら、爆発の中へアンデットを飲み込んでいく。
かなりのダメージを与えたのだろう、両膝が着いている状態だ。だが、それでもヘイトが揺れることない。
ただ、美和はすでにヘイト変動の確認もせず、ファイア2ファイアのコンボを放つ。
まるでこのあとの展開を確信しているように。
「フレア!」
再度、大爆発とアンデットの断末魔が響く。そしてキラキラとポリゴンと化して消えていった。
騒々しい爆発音のあとに残るのは、私たちの勝利の歓声に包まれる光景であった。
私たちは今、城壁都市バリテウスに居る。死に戻りで一瞬だ。あの旅は忘れないだろう。あの広大な砂漠、乾燥地帯に広がる水のオアシス。RM戦による死闘に次ぐ死闘。
え? なに感慨に浸ってるんだって……。
ああ、RMのドロップ品ね。ドロップしたのは一つだけ。
武器、防具、装飾品?
はぁ……、ボーリング玉ほどのピンクの結晶だけよ!
あれだけ苦戦して勝ったのに、価値の解らぬアイテムのみって。だれか呪われてるんじゃない?
それに、あの少年も律儀にドロップ品はいらないと拒否るし……。だからリーダーの私がこんな重いモノ持っているし……。
あぁ、少年ね。
少年なら――
「あ、姉御ー」
「だ、だれが、姉御よ!」
「いや、パーティリーダーだからね。敬意を持って」
少年は美和の説得によってPTメンバーに入りましたとさ。洋平はなぜか不服そうにしていたが。まぁ、先のRM戦で遊撃士の有用性が証明されたので、強くは反対できないのだろう。タゲ維持すらできなかったしね。てか、なぜそんなに反対するの? 先輩と呼ばれるのが、そんなに嫌なのだろうか?
少年の名は鈴木煌人。……キラキラネームって。なんでも両親が鈴木という姓が平凡だからと、その反動らしい。なので、私たちはキラと呼んでいる。背丈は洋平とあまり変わらないから、175cmくらい? 痩せ型、顔は幼いようにみえるが、眼が吊眼でそれを台無しにしている印象だ。
美和はキラのことを大変お気に入りだ。異性としてではない、魔法をぶっぱできるということ。そしてなにより、高校生だと看破したことが一番かもしれない。きっと、彼はギフト:鑑定もちなのだろう。
そういうと、持っているのは持っているけど『正確』というギフトだよと教えてもらった。
って、正確……。随分、アバウトね。
というわけで、PTが増えて嬉しい限りだ。最大PTは6人までだから、あと一人だな。歓迎を祝して、キラの好きな歌をリサーチする。だが、彼はそういうアニメや音楽にあまり興味がないらしく、うーんとすごく考え込んでいた。私が昔観ていたアニメでもいいのよと言うと、「あ、あのアニメのOPなら聴いたことある」と言う。それって、最近のアニメじゃんか……。
私がOP曲を口ずさんでみると、キラは指で太ももを叩いてリズムを刻んでいた。
たしかこの曲のタイトルは『――
と思い出していると、
――緊急クエスト! 緊急クエスト!――
え? システムメッセ?
突然、脳内に響き渡ったのであった。