遊撃士
「ねね、ジャイアントイーターPOPしているか、見に行かない?」
「アサヒ、まだPOP条件分かってないのに行ってもムダよ」
――うぅ。
「今度の報酬で防具そろえるから。ねぇ、お願い!」と粘る。
ジト目の美和。
「そろえるからッ!」
美和は二人を見やる。
「オレは別にいいけど」
「わ、わたしもとくに……」
美和はため息ついて、「いたらラッキーと思ってよね」と騎乗しているアルビノの腹を蹴り、一路オルセアに向かう。
さすが、ツンデ――デレてないな……。ツンロリ? あれ?
「たしか、このへん」
私は手のひらをオデコに水平にあてて、あたりを眺める。
お! 遠くを指差す。
美和は少し――いや、大分背伸びをして、「何かいるわね」と言った。
私たちが見やる一帯は、少し吹雪いており視界が悪い。
やがて、砂が舞っている場所までたどり着いた。まだまだ視界は良好ではないが、
あ、あれは――
「アンデットプリズンね」
一昨日の明朝ちかくにいたRMだ。あの時は、ちょっと怯えたけど、今なら戦える!
私は一同を見渡す。
「まだ倒された報告もないわ。DPSメーターの解析では、強力なリカバリーが掛かっているみたいよ」
「火力なら――」私は美和を見る。
「アサヒの歌次第よ」と美和はこちらを一瞥、「ノっている時とノってない時のステアップの差がヒドイ」
え? そうなの?
「ふつう、ステアップは一定よ」
ギ、ギフトのせいかな……。
ま、まあ。どうせ、死に戻りする予定だったし、
「やりますか!」
「あの――」あかねが恐る恐る、「先客がいるみたいですが……」と、RMより手前を指差す。
注視すると、たしかにPCが一人突っ立っていた。
「あのPCが死んだら、順番的に、わたしたちね」と美和は冷静。
まぁ、ソロで勝てるわけないもんね。
お――っと洋平が「うごいたゾッ」と。
少年がアンデットプリズンに一直線に駆け走る。
アンデットは右拳での攻撃。それを躱しながら、その腕をなんなく斬り返す。
少年は、自分の得物を睨めつけた。
VRMMO中にはログは一切表示されない。もしログ関係があったとしても、まして戦闘中なら確認しているヒマなどない。確認作業などは一旦ログアウトして、自室にあるパソコンからアプリで検索可能らしい。なので、VRMMO中の確認は――自分の攻撃が通じる、通じないかは感触によって判断される。
例えで言えば、
豆腐を斬った感触――攻撃100%以上通っている。
粘土を斬った感触――攻撃50%以下カット。
と言った感じだ。あくまで私的意見だが。
少年は躱し続けながらも攻撃を挟んでいく。ただそれでも、少年の顔は晴れることはない。
――攻撃が効いてない?
「人ってあんなに躱せるものなんですね」とあかねは妙に感心している。アンデットの動作が遅いといっても、ああも攻撃しながら避けつづけるのは、スゴイの一言だ。
たしかに、感心せざるを得ないね。
「あのPC、どっかで見たことあると思えば、動画で見たんだわ。たしかスレで――絶対回避と呼ばれていたわ」
「な、なに? その中二病感満載の――あぶそ、あぶそる……ぼいど?」
「絶対回避ですね」とあかねは無いメガネをクイッと上げる仕草。
「彼に関しての動画は結構あがっているわ。これよりも速い攻撃を躱せていたのよ。まあ、攻撃が通らなくて最終的には逃げてたけどね」と美和は両手を広げてた。
いつしか砂嵐も止んでいた。
と、
キィイイーン
協和音が聞こえた。
少年は武器を見つめる。その顔は不敵な笑みを浮かべていた。
攻撃が――効いた?
アンデットの攻撃を空中で躱した瞬間に、連続した攻撃を発する。
共鳴音が続く。
「すげーなアイツ。避けながら攻撃ならなんとかできそうだが、一つの場所を狙うってのは――オレにはムリだわ」
みぞおちの丁度上にあるピンク色した結晶。攻撃する側は、接近すればするほど危険なエリアのはずだ。洋平の避けれるっていうのは、ある程度の距離をとった時の状況でいっている。あんな懐にいる危険な状況が続いていることではないはずだ。
なおも少年の攻撃は正確にコアを攻撃し続ける。時には腰を軸に脚を反動させて、空中で体勢を変えつつ攻撃したり、まるでまとわり付く油のように攻撃を潤滑していく。攻撃を加速していくにつれ、結晶にヒビ入り始めた。
そして――。
コアが割れた。
――クリティカルが発生しました――
システムメッセ?
「ク、クリティカル? あったのね……。ログ解析にはクリティカルは存在しなかったし、FPSのヘッドショットみたいなテクニカルな行為だとPCスキルに差ができるから、運営の仕様――クリティカル自体がないものとばかり思っていたわ……」
「でも、クリティカルはあった――わたしたちの思っていたのとは違う仕様、ギミックを破る行為の総称として――クリティカルシステムと言っていのかしら」と、美和は興奮したようすで一気に捲し上げた。
少年の攻撃は止まらない
「各地に生息しているレアモンスターにはギミックがある? もし――」
アンデットの悲鳴。
「クリティカルを起こせば、倒せない敵は――いない?」
脚を斬り払い、アンデットはいとも簡単に崩れ落ちた。それでも少年は攻撃の芽を止まない。
うわ、メッタ打ちだわ。
アンデットは片膝を付き起き上がると、上体を逸らし――重低音の腹から響く咆哮を上げた。アンデットに巻かれた包帯と囚人服は、自らの血で赤黒く変様している。
「第2フェーズへ移行した?」
アンデットは大きく振りかぶり、
横払い。
はやい!
急にリズムが狂ったのか、さっきまで余裕で避けていた少年に焦りの色が出ていた。だがそれでも、少年は前転で攻撃を避け、そのまま攻撃に転じようとした。が、アンデットはそれを予測してたのか、懐に潜った少年に振り上げる動作をすでにしている。
少年は躱せないとみると、そのアッパーに足蹴りを合わせて、
後ろへ大きく距離を取った。
それは一旦仕切り直しのように見えたが――
少年は悶絶する形で地に落ちたのだった。
「浅はかね。あんな躱しかって、漫画かアニメくらいなもんじゃない。よく分からないけど、リアルでもできるとしてもよ、ここはゲームの世界なのよ! 触れたと云うことは攻撃判定ができるってこと。頭にあたろうが、心臓を打ち抜かれようが、小指が擦ろうが、攻撃力は一緒なの」
でも、まだ少年はポリゴン化していない。
「幸か不幸か、蹴りのD値とアンデットのD値がすこし相殺されたみたいね」
けど、もうほとんどHPはゼロに近い――
アンデットは打ち下ろし攻撃の動作に入っている。私は――
「あかねッ!」と叫んでいた。が、すでにあかねは少年にヒールをかけていた。辻ヒールという行為だ。
フィールド上にいるPCに対して、他PCによるヒール支援のことだ。こう聞くと良いことだと思えるかも知れないが状況次第なのだ。辻ヒールは他PCに嫌がれることもある。その最たるものがPL行為だ。そして、死に戻りをするPCに対してなどは、迷惑甚だしいことこの上ない。だから、辻ケアルとするとき躊躇することだってあるはずだ。
私のあかねに対する評価は高い。まず視野が広いこと。見た情報から素早く察してヒールを行う。これは、HPが見えない弊害からきている。ヒールがすぐに飛んでくる。まあ、だから美和にはオーバーヒールだと言われているが……。ただ、慎重派に越したことはない。まして、このゲームは死ねば復活の薬や蘇生魔法すらないのだから――。
そしてあかねが、少年にしたヒールは絶妙だった。
少年は振り下ろしを転がるように避け、今度こそ敵との距離を十分に取った。動けるようになったのが不思議に思ったのか、周りを伺う少年。
少年はこちらに気づき、合図を送る。
あっさりとしたものだった。
それは――救援要請だったのだから。