レアモンスタ
巨大な砂丘に囲まれた――オルセアは予想より遥かに大きな――湖だった。その辺には、多種の椰子が生い茂っていた。私はアルケノより飛び降り湖へ向かう。
オアシス――、
それはバカンス!
日差し避けのフードを脱ぎ去り、いつしか駆け足になっていた。
私は湖へ飛び込む。
「わ、冷たい!」
思ったより、ひんやりとしていた。装備は外していない。一応、ここはフィールド。いついかなる時も敵が襲ってくるかもしれない。それに、このゲームでは、装備品は濡れたりしない。ただ、濡れたという感覚が身に纏う。だから、慣れてくると、
あぁ、冷たくて気持ちイイ……。
淡水魚が泳いでいるのが見えるほど、水は澄んで透き通っていた。
釣り道具も持って来ればよかったなぁ。
美和はすでに湖上プカプカと流されている。
ぉ、おう、たくましいナ……。
あかねと一緒に水を掛け合ったり楽しんだが、戦闘装備でやるコレジャナイ感が半端ない。雰囲気って大切よね。私はあらかじめ買っておいた水着を用意する。もちろん、あかねちゃんの分もだ! フリフリのカワイイやつだ。あかねは少し恥ずかし気に廻りを見渡す。
大丈夫。辺りに人がいないのは確認済だ。洋平もふらふらと探索に出かけていた。
洋平は、「ちょっと、その辺で冒険してくる」と、子供みたいなことを言ってたな。その黒歴史を動画に流してやろうか。ケケケ。
着替えが終わり、キャッキャウフフ。あれやこれやの水辺イベントを一通りこなしていった。
暑さも吹っ飛び、「さぁ、もうひと狩りしますか!」とあかねと上がったら、洋平が良い時に戻ってきた。
「まいった。あのカメ、アクティブリンクするのかよ。さすがに3匹はきつかった」
3匹リンクに勝てるのか……。何気にタンクはソロでも強いな、持久戦だが。
私なら、確実に負けるな。なんてったって攻撃力も防御力も回復もない。PT不可避!
いいのか、コレで?
美和は飽きたのか、すでに陸地へ上がっていた。
あかね曰く、ここに生息するモンスターはリッパーという60cmほどの大きなカニで、かなりの鈍足らしい。と、美和が走っては振り返り、カニにファイア、走っては振り返り、カニにファイアと遊んでいる。
私とあかねは座視している。しばらく見ていると、あかねが「今のいい感じでした」と評論する。たしかに、ソロ狩りの精度が高くなっている。地形を上手く利用しているのが分かる。
美和はこのマラソンのことを――ドッグランと命名した。
そういえば前に犬派なの? と聞くと、猫派に決まっているでしょと素っ気なく言われたな。
なぜ、犬の単語を入れる……。
私の疑問を余所に、美和はカニを苛めている。ドッグイーターが入ると、ほぼ静止している状態だ。そこに浦島太郎――もとい洋平が近づき、
バッシュ!
3秒動きを封じる。
鬼か!
と、背後よりなにかが湧き出る音――湖から水泡が浮き上がっていた。
なにかいる!
私はあかねの腕を組み、その場から急いで立ち去る。
直径2mはある鋏が水面から覗かせる。砂漠都市ジゼルの証言では、大きなハサミをもつオルセアの守り神はリッパーの供物により度々姿を現せる、と言っていた。湖辺の雑魚カニを倒してたから、抽選POPに間違いない。
そう、シアーズエンペラーことRMが沸いたのだ。
美和がファイアで釣る。本体が陸地へ上がり、姿を現した。岩の甲羅を背負った蟹だった。もうカニなのかカメなのか明瞭させてほしい……。
シアーズエンペラーは雑魚カニと同じくノロノロと浜辺を登ってきた。洋平が最適解にヘイトアビを回す。
美和はそれを確認し、ファイア2を撃ち込む。いつも揺れないヘイトが、いとも簡単に美和へ移る。ダメージヘイトが優ったようだ。洋平もフルアビで一気にタゲを取り返そうとするも、見向きもされない。私も近寄り、攻撃するもダメージが通っている感覚がない。これは――、
物理耐性特化型のRMのようだ。こういう敵は物理に強くて、魔法に弱い。魔法耐性がないモンスターなのだ。魔法なら100%、いやそれ以上のダメージを与えているかもしれない。
再度のファイア2で、守り神シアーズエンペラーの敵視を一矢に受ける美和。
こりゃ無理だわと匙を投げて、傍観する洋平。私も攻撃が効かないので、どうしようかと所在なげにしていると、あかねが「こっちこっち」と手を振っている。洋平も暇なのか、一緒にあかねの所へ行く。
すると美和が、「そこから賢者のラ・フォリアお願い」と無碍に言う。よく見ると、ここはドッグラン周回コースのど真ん中であった。美和はすでにドッグラン戦法に移行していた。仕方なく、私とあかねは体育座りをして肩を並べて一緒に歌う。
お、あかねちゃんのハモリいい感じ!
オイ、洋平。オマエは歌うな。リズムが崩れる!
美和がリキャスト中なのか、「そこ、緊張感ないよ」と注意してくる。
えーっと、
私たちを中心にマラソンをしている美和。
シュールすぎる……。
美和のRM前に倒してた雑魚カニがPOP。リンクする前に洋平がヘイトを取った。私は詠いながら、あかねはヒールしながら、順次湧いてくる雑魚を倒していく。
30分ほど経ったであろうか。
「お、おわったわよ……」と美和が息を切らして声を掛ける。すでに粒子になったのか、RMの存在は消えていた。私たちも雑魚狩りが終わったところだった。美和がこちらに近づきながら、「アサヒ、途中で違う歌詠ってたでしょ」と指摘してくる。
だって、カニ堅いんだもん……。
雑魚が再POPする前に、ドロップ確認だ。この瞬間が一番ワクワクする!
まず、雑魚からはカニ肉10個、そして――
RMからは指輪が1つのみドロップ。ハズレか?
プロテクトリング:物理カットダメージー5%という高性能の装備だ。ただ、
一番の功労賞――美和は「なんか、釈然としないわね」とまだ息が整っていなかった。
物欲センサーでも働いたんじゃない?
欲のない洋平は「リング売って、山分けでもする?」と提案するも、却下。
さすがに装備できる仲間がいるのに、売ってしまうという発想はあり得ない。PTの戦力を強化するのは自明の理。そうすることで、更に強いモンスターを攻略して装備が整っていくのだ。美和も本気で言ってる訳でない。
ということで、洋平はありがたく指輪を貰い受けた。
「さすがにもうでないよな?」
オイオイ――。
バチバチと焚き火が爆ぜる音を聴きながら、私と洋平は談話している。
私たちはオアシスで野営をしている。砂漠都市ジゼルへの帰路には夜をまたぐ必要があったため、一夜をここ――オルセアで過ごすこととなった。
美和とあかねは二人、少し薄暗く暖をとれる場で寝入っている。
2対2の3時間交代。懐中時計を取り出し、そろそろ交代の時間だ。あと3時間休めれるなら、次の交代時には出発の頃合だ。あかねと美和はそのまま都市へ戻ることになるが、ジャンケンで決めたこと――文句はないはず。てか、パートナー選択権は、明らかに独善的であったが……。
―――
――
―
肩を揺さぶられた。「え、もう交た――」
美和は顔を近づけて、人差し指を口に当てるポーズ。
なにかあったのか、と周りを確認する。すでに洋平は起きており、あたりを伺っていた。
美和に説明を求めるが、遠くの椰子の木を指す。
見ると、樹樹が微かに蠢いていた。風はない。
奥に、なにか――いる?
注視していると段々と眼が慣れてきた。椰子の葉陰から、なにかがゆっくりと動いている。
雲から月夜が顔を出す。
葉陰から覗かせているのは――
私の驚きに、美和が手で私の口を塞ぐ。
――覗かせていたのは、アンデットだった!
こんな真っ暗闇にアンデットって、ホラーですか!
運営、なにがやりたいんだ?! お化け屋敷なの? なんなの? 死ぬの?
ハァハァ。クッ、心霊テレビ系で一旦スイッチ入っちゃうと、一人でトイレや、風呂でシャワーができないくらい怖がりになるんだよ……。
「やる?」と洋平。って、もう戦意喪失だよ。あかねはプルプル震えて、美和に縋っているは。美和は「わ、わたし全然、へ、平気」と、どうみても顔が青白いは――。
もうビビりまくりだよ。
私たちは、ただただアンデットが通り過ぎるのを女子3人抱き合い、通り過ぎてたあとでも、声もでず震えていた。
うっすら日が昇り、少し世界が青白く染まった。
焚き火はいつしか消えており、黒い煙を吐いてた。
私たちは無言のままアルケノに騎乗し、無事に砂漠都市ジゼルへ帰還したのであった。