ギミック
「あ、暑い……」
誰ともなく一人愚痴る。
今、私たちがいるのは≪ミュウゼット砂漠≫だ。そして、オアシスである≪オルセア≫に向かっている。
砂漠の高低差の激しい砂丘の上に辿りつき、「どーどー」と洋平は宥めた。別に、私が興奮しているからではい。私たちが騎乗している馬鳥という動物に対しての行為だ。アルケノは四肢動物である。某有名、騎乗動物の二足歩行、つまり鳥型ではなく、完璧な馬型の動物だ。様相は、馬を無理やり鳥の羽根で覆った感じだ。なぜ、こんな暑いのに毛むくじゃらなのか、とまた愚痴ていたら、並走している美和に、「逆よ、逆。日差しが強いから皮膚を守るために厚くしてるのよ」と言われた。
さすが、見た目は小学生、頭脳は――。
ギロっと横眼で睨まれた。
ま、まぁ、なんにせよ。最初、砂漠に入った≪砂漠都市ジゼル≫で、RMの情報が聞けたのは幸運だった。名前はシアーズエンペラーで二、三日前にオルセア付近で目撃されたとの噂。オアシスまではかなり遠距離で徒歩では体力が持たないと言われ、アルケノを買い移動することとなった。ただ、1頭四万ギルの効果なアルケノ。ムリムリ、お金ない、と反対したが、美和に一喝され、仕方なく購入した。ただ、二人乗りだったのが幸いした。
そう、今――洋平と一緒に騎乗している。私が前で、洋平が後ろ。私が振り向くと、明らか凝視してたはずが、さっと顔を逸らした。
「なに?」と少し怒気を帯びる。
「いや、お金ないなら、いくらか出そうかなと」
はあ? 今なんて言った? 今なんて言った!
私がそんな女に見えたのか、コイツは?!
「私、姫プレイはしてませんので!」と今度は強めに言い返した。
洋平は、なぜ怒っているのか分からないのか、困惑している。まあ、MMO初心者なんだから仕方ないか。悪気はなかったのだろう。彼はやさしい人間だ。数日だが旅を共にして、彼の人となりを知っているつもりだ。私も大人気ないと思ったが、例え知らなかったとしても譲れない気持ちがあった。そこへ、美和の後ろから手綱を握るあかねが、「姫プレイというのはですね、男に依存してプレイを行おうとすることです」
「え? あ、依存とかじゃなく……」と、洋平は言い淀んでいるが、私はそんなことより、
あかねちゃんの増え続ける用語知識量に恐れを抱いてた……。
「ねぇ、そんな痴話ケンカより――」と美和は指を示す。
だれが、痴話ケンカよ! と、今いる砂丘より前方西側を見下ろす。なんか棒みたいのが砂に刺さっている。ウニョウニョしているが、ミミズか何かか?
「あれは――ロックワームですね」とあかねは手で日差しを遮るポーズ。美和は顎を使って、先の説明を促す。「ロックワームは、鉄鉱石を落とすモンスターです。たしか、二個で三万ギルの依頼報酬がありました」
暑いし早くオルセアに行きたいが、あのミミズがお金に見えてきた。
「せっかくだし、倒しましょう。RMが見つかる保証もないから」
私たちはリーダーの指示をもらい、ロックワームへと標的を移す。って、リーダー私だよね?
ロックワームの攻撃範囲が不確定なので、アルケノを二十mほど離して戦闘に入る。ワームは視覚タイプではなく聴覚タイプで間違いなさそうだ。ワームに向かう最中、
あ、あれ――。
なんだろう……。思ってたより遠いぞ!
これって、
私はワームの戦闘領域に入った時、
「デ、デカッ!」と叫んでいた。
幅は三m、高さは十mという、ちょっとした電信柱。あれか、フィールド上に対象物がないから、遠近感が狂ったのか。予想以上の大きさに驚いていると、敵が襲ってきた。
洋平が盾を構えて前に出る。美和とあかねは後方へ。私はみんなの配置を確認し、レイピアを抜刀した。
戦闘開始だ!
洋平のFAで先陣を切る。揮発ヘイトからの累積ヘイトへ移行していく。これで洋平のタゲ固定は完璧だ。ただ、ワームの一撃が重いのか、すこし後ずさりしている。すぐに、あかねの回復が飛ぶ。ヒールヘイトではまずタゲが飛ばない。私はそのまま敵の背後に回り、レイピアで詠いながらチクチク攻撃する。ただ、INT系の歌ではない。詠っても美和の範囲には入らないからだ。仮に、美和の場所へ詠いに行っても、私の攻撃が当たらない。INTを上げるより、私が攻撃にまわったほうが、PT全体のダメージソースは上がるのだ。では、美和がこちらに近づくか。それもまた悪手になり得る。ワームの通常攻撃は前方範囲だ。うかつには近づけない。私みたいに背後からならと思うかもしれないが、遠出による初めての敵は慎重にならざるを得ない。全範囲攻撃があるかもしれないということを念頭に置かないといけない。なので、私は騎士のミンネザングを詠って、ヒラの負担を軽減している。
美和のファイア2で敵の体力を削っていく。
戦闘開始から15分――。
突如、ワームの動きが変わった。やはりあったか。HP残り何割で攻撃パターンが変わるなどよくある話だ。
でも、こいつ雑魚だよね?
ワームは小刻みに揺れると、地面に潜った。
私の足下、砂がボコッと空気を吐いた。そして、砂煙が風に流れた。
まさかッ――
と思った瞬間、洋平が走り込み、私を庇う。
腹から響き渡る低音で、下からワームが勢いそのまま体当たりをした。私は洋平の《庇う》というアビリティのおかげで、ノーダメージだった。だがそれは、私の防御力そのままで攻撃を身代わりにするアビリティ。洋平は大きく喘ぎ、地面に倒れた。ポリゴン化してないので死んではない。ただ、瀕死状態なのは理解できた。そして、その苦しみも……。
やばい、
このままでは死んでしまう。
だが、ワームは次の攻撃をせずに地面に再度潜った。あかねの回復が飛んできて、洋平もなんとか動けるようになった。私は洋平に肩を貸し、大丈夫かと訊く。洋平は、あぁ、と立ち上がった。
助かったか? だが安心している場合ではない。
潜ったということは、
「みんな動いて」と美和は叫ぶ。
さすが美和 ギミックを一瞬で理解したようだ。
砂が舞った位置がワームの出現ポイントだ。私は洋平に、「もし足元に煙が舞ったら、防御系アビのリキャスト全部突っ込んで」と助言する。タンクなら、全然耐えれる攻撃のはずだ。そして、
次に現れたら――アレを頼んだ。
私は美和のもとへ走り寄る。「ちょっ、なんでアサヒもこっちきてるの!」と美和は焦っている。
「次出てきたら、賢者のラ・フォリアいくよ!」と美和に告げる。
美和は、サムズアップした。
ロックワームはこれよりランダムターゲットに移行したと思われる。つまりは、ヘイトに関係なく手当たり次第に攻撃してくることだ。
だったら――もうヘイトを気にすることはない。
攻撃だ。最大攻撃でこの状態を打破する。
私と美和は二人並んで走っている。
「アレ詠ってくれるんでしょ?」
私は笑顔で頷く。
呼吸が粗くなる。そりゃ、そうだ。走っているのだから。スタミナが減ってきている証拠だ。このスタミナシステムは運営サイドも予期してなかった、偶然の賜物だ。このスタミナで更に戦闘が現実味を帯び、そして躍動感、戦闘での幅を増やしていく。運営の仕様となっていた。
私の鼓動が、心臓が動いてる。もちろん、錯覚だ。
そんなものはない。ここは現実ではない。
けど、
仮想現実なのに――生きてる感じがする。
たぶん、私はこのゲームの中で生きてる!
た――たのしいッ!
息を吸っているのだろうか、前方ちょうど真ん中より流砂が出来た。私たちはそれぞれ左右に分かれて、走り抜ける。
ワームが音を立てて浮上する。そのまま反動を利用して、周囲にぐるんとワームは頭を振り回した。だが、私たちは突っ切っていたので、その範囲攻撃は空振りに終わる。
美和と別れ別れになったため、少し距離が離れる形になったが、
これなら、大声で詠えば――届く!
立ち止まり詠う。選曲は以前、美和との会話で盛り上がった曲。TVアニメのOP曲だ。
つまりは、アニソンだ。子供の頃に流行った私のお気に入りのアニメ。内容はテンプレ魔法少女モノだ。いつも放映前にはテレビの前に正座して待ってた記憶がある。勝手に振り付きで踊っていたなぁ。懐かしい……。
――テンション上げるわよッ!
美和を見ると、肩を揺らしながらリズムに乗っている。
美和の口元が動いている。
4、3、
詠唱ではない。かなり短い。
――カウントしているんだ。歌の効果がでる瞬間に、一気に決めるつもりだ!
2、1、
0
――だが、
発動しない。美和は何かに戸惑っている様子。
何かあったのか?
ただ、ワームはそんな私たちの戸惑いなど関係なく、ただただ本能のまま次の行動に移す。巨体を揺すり地下へ潜ろうとしているのだ。美和は慌てて詠唱を開始する。その眼が強い輝きに変わっていた。
何かをやろうとしている?
丁度、歌に一拍空いた、
「洋平ッ!」と叫ぶ。
洋平はすでにワームの下に走り込んでいた。
「オラッ」と洋平はワームを盾で薙ぎ払う。
バッシュを放つ。これはスタン効果があり、一時的に敵の動きを封じる攻撃だ。ただ、リキャストがかなり長いのため、そうそう乱発できない。
ここぞの時のバッシュ。
なら、今しかないッ――!
だが、スタンしている時間は三秒。三秒しか動きを止められない。
美和はキッとワームを見据えて、杖をたかだかと振り上げた。
美和の身体に炎が纏わりつく。吹き上がる炎が、やがて龍に変化し――掲げた杖に集中する。
なに? そのエフェクト、カッコいいんですけど――。
「フレア!」
美和の詠唱が終わると、ワームの周囲に無数の赤い点が浮き出てきた。やがて一点に収縮され、連続して弾けて大爆発が起きる。
歌がもうすぐ、サビに突入する。アニメでは、サビ前に可愛いコスチュームへの変身シーン。一拍置いて、サビ。このタメが絶妙に心を躍らせてくれた。盛り上がりと共に、ヒロインが悪に魔法は連発するシーン。
美和も魔法を乱発。ファイア2、ファイア、ファイア2。ワームの周囲を煙幕と爆音で包み込む。そして、
リキャ復活――。
「フレア!」
けたたましい爆裂音とワームの断末魔が重なった。
美和のMPが切れたのか、詠唱が止まる。私は固唾を飲んで見守った。
黒煙が徐々に薄れて、ワームの姿が顕になる。
ピキッと、ワームが固まるとエリアシング、シャギの粗いポリゴンとなり、そして消えていった。
「ミワ! いつのまにフレアなんて覚えたのよ。水臭いなぁ、そんなとっておきあるなら言っておいてよ」と駆けつける。
美和はギルドカードを見ていた。そして、暗に私にも見るように示唆している。
私はカードを取り出すと、
ステータス画面にINT+28となっていた。
スーっとプラス表示が消える。つまり歌の効果だったという証明だ。
「それはこっちの台詞よ。アサヒ、なにしたの?」
いや、思い当たるフシなんて……、
……、
――あった。
ギフト:アニメ声だ。
美和にはギフト名を隠してなんとか誤魔化し説明した。
「まったく、アサヒって、そういう大事なことは言っておいてよね」
メ、メンボクナイ。体を小さくして反省の意を表した。
あかねと洋平が合流する。
「見てください」あかねは、鈍く光輝く物体を手渡してきた。
「コ、コレは――金鉱?」手渡された物は十キロほどの重さがあった。
「やはりね、あのロックワーム。レアモンスターだったのよ。大きすぎると思ったわ」
「ロックワームの大きさは1、5mと言われています」とあかねが補足する。
洋平は時々私を見ながら、返事をしている。なんだかぎこちない。戦闘前のあの雰囲気を引きずっている。すでにヒメ発言にそんな嫌厭はないのだが。むしろ、守ってもらったことに、その――なんか上手く言葉にはできない……なので、
「ねえ、コレ重いから持ってくれるんでしょ」とツンと差し出した。
「ああ」と洋平は喜んでリュックに仕舞う。
ほほう――と美和が「あれが天然ヒメですな」と。
私は少し顔を逸らした。顔が赤かったからではない。
「なんか、どっと疲れた。さすがにレアモンスターにはもう会わないだろう」
フラグが立ったような気がしてならないんだが……。
この時――まあ、RMに遭遇するなら別にいいか――と安易に考えていたのが、そもそもの間違いだったかもしれない。




