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今すぐお家に帰してください。

更新はゆっくりになると思います。


 世の中腹の立つことは沢山ある。

ご近所トラブル、仕事の圧力、遅れる婚期に老後の不安。

生きる人よって不安の種は様々だけど、私の不安はでか過ぎた。


「ようこそおいで下さいました。皆、あなた様を心より歓迎いたします」

ふっざけんな!

全員纏めて地獄に堕ちろ。地獄の釜に焼かれて苦しめ!

後の私なら確実にこう罵っただろう。

 だが、この時の私は自分の置かれた状況を何一つ理解出来てなかった。

いつの時代、何処の世界も情報弱者には厳しいのである。

かくして私の異世界珍道中がここから始まった。


初めから話そう。

私はしがないフリーター、世間一般から言えば負け組である。

 そんな良い歳をしたフリーター風情がどうしてこうなったか。

転機は母の一言だった。

「あんた定職に就く気はないの?」

私個人としては、働いているつもりだったのだが、親からしてみたらそうではなかったらしい。

仕方ない事かもしれない。

アルバイターでは福利厚生は愚かボーナスも無いのだ。

 母の言葉に従い、私は就職活動を始めた。

私自身そろそろ潮時だと思っていたのだ。これは良い機会だったのだろう。

バイトは続けたまま職を探し、只今十六連敗中。

 初めは不採用通知が来るたび落ち込んだものだが、友人曰く十六何て数字は負けた内に入らないそうだ。

その言葉に気を取り直し、また就活を続けた。

そんなある日のことだった。

 布団に包まり眺めるスマートフォンの求人には、願ってもない内容の仕事情報が載っていた。

絵本カフェ求人。

経験学歴不問。

雇用、労災、健康、厚生。

交通費支給上限なし

年間休日日数112日

給料もそこそこ良い!

 学無し職無し知識無しの私にはかなり良い求人だぞ。これは。

絵本も好きだから、志望希望にも困らない。

落ちて元々だ。とりあえず面接だけでも受けさせてもらおう。

 そう思い、翌日にはハラーワークに行き面接の日取りまで予約した。

お目当ての求人は人気らしく、掲載して間も無い中結構な人数が面接を受けているようだった。

想いの外人が集まった事で掲載者は明日で面接を打ち切るつもりらしく、面接は明日になった。

 もう人材決まったのかも。

そう思いつつも一応受けてみる事にした。掲載の日程より早く打ち切られる事はたまにある。

大抵は良い人材が見つかり、他はもう取る気が無い時などそうなるようだ。

溜息をつきつつ、帰宅して履歴書用紙へ向う。

元々大体の項目は埋めていたので、すぐに書き上がった。

後は、スーツなどの服装の準備をすればいい。

 出来れば面接前に下見もしたかったけれど、翌日じゃあ時間もない。

今日は準備を整えて明日早めに家を出よう。

そう決まれば、行動有るのみ。さっさと支度を済ませ日々に必要な事を終わらせたら寝るに限る。

 歯を磨き、布団にダイブしたら目覚ましを七時半に合わせる。

面接が十時だから。

用意に一時間。

移動に多めに時間を取って、余った時間はお茶でも飲んで時間を潰そう。

 面接先によっては会社のホームページを見たか聞いてくる所も有るし、待ち時間にシミュレーションしとこう。

無意味でもやらないより心が落ち着くもんね。

無意識に身体をさすって丸まった。

冬の布団は暖かく、荒んだ心をまどろみ癒す。

羊がぽこぽこ落ちてきて、知らず知らずに眠気を誘う。

羊が一匹。

羊が二匹。

羊が・・・・・・。


 

 広大な自然と豊かな水の都市、空には大きな生きものや見慣れない乗り物が我がもの顔で飛び回っている。

何処かの大きな都市。

城内一室。

「いつまで待たせる気だ」

苛立たしげに声を荒げ、ソファーに座る青年は相手を見た。

声をかけられた少年は男の不機嫌など我関せずと言った感じで外を眺めている。

「そうは仰いましても、星の巡りが合わない事には道は作れませんので」

「分かっている」

青年はそう言ったが尚も苛立たしげに書物を捲る。

「二十五年と十カ月だ。」

「ええ、存じております」

「お前にこの苦しみが分かるか」

「いえ、僕には兄弟はおりませんので」

苦虫を噛み潰したような顔をする青年に少年は諭すように声をかけた。

「陛下のご苦労も、残りわずかです。星が巡れば必ず会えるのですから」

陛下と呼ばれた青年は、深く空気を吸い込み、まだ会えぬ相手の事を思った。

「姉上」




 じりりりりりりりりりり。

騒々しい音に私の上にいた羊達は一斉に散っていった。

布団を被ったまま手で時計を探し、半ば殴るように黙らせる。

うるせえ。

朝の寝起きは最悪。

いつもの事だ。

私は朝に弱いのだ。何とか布団から抜け出し、朝の身支度を始める。

冷蔵庫を開けパックのヨーグルトを引っ張りだす。

引き出しから、スプーンを出して出来上がり。

今日の朝食だ。

パックのラベルを剥いで、ヨーグルトをスプーンで掬う。

口に運んだ乳酸菌はさっぱりとした味に少しの酸味を口の中に残していく。

あーこれだわ。

カレーは飲み物だと言った芸能人が居たが、私にとってのカレーはヨーグルトだなっとひとりごちる。

 そんなわたしをみた母が馬鹿なこと言ってないでこれも食べなさいと、トーストとウインナーを寄こしてくれた。

有りがたく全てを頂き歯磨きをして、さあ戦闘準備だ。

 スーツを着て化粧で武装。これで私は就活マンだ!!

嫌な気分を振り払うべくテンションをあげる。

誰かに評価されるってのはいつだって緊張するのだ。

母に別れの挨拶をして戦場に赴く。

 私の心は無事に帰って来れるだろうか・・・・・・。 

「いってらっしゃい」という母の声に押されパンプスを履いて外に出た。

 春が近い空は晴れ渡り、だけど風はまだ冷たかった。

急ぎ足で駅を目指し、歩く先には私と同じスーツ姿の人が沢山いた。

改札を通り周りを盗み見る。私の他に就活生ぽいっ子はいないかな。

 見渡すホームは人、人、人。

皆きちんと目的地を持ち向かう場所が有る。

目的地の定まらない私にはそれが羨ましく感じた。

 就活生は見当たらず、お目当ての電車が来たので乗り込む。

車内はぎゅうぎゅうで息苦しくって仕方ない。

私狭い所苦手。

ガタゴト電車は揺れ、私を目的地に送り届てくれる。

ぎゅうぎゅうの電車を降り、一息つく間もなくスマホを取り出した。

目的の住所を入れ現在地の情報が読み取られた。

すぐに目的地が表示され、経路が表示される。

方向を確かめ私は歩きだした。

 便利になったものだ。

私の小さい頃は分からない場所に行く時は地図片手に人に聞くしかなかった。

でも、私は人に話しかける勇気何て無かったから、自分の分かるテリトリー内から絶対出なかった。

しみじみと昔を振り返り、文明社会の素晴らしさに浸る。

 私の身体はもう骨の髄まで文明の利器に浸り侵されきっている。

道行く先の目印を確認し、迷わないよう気を付ける。

 面接に遅刻って心象悪いもんね。

辺りをきょろきょろ見回しながら、歩く私の目に見慣れない動物が映った。

「鳥?」

 カラスより少し大きいだろうか体毛は青く大きな尾っぽのような物が見える。

よく見ようと目を凝らすが、距離があってはっきりとは見えなかった。

ブッブー。

大きな音に驚いて手元のスマホを落としかける。

 この道は歩道のない上に幅が狭い。

車が通る通るとなると大分道を開けなければならなかった。

スマホを持ち直すしぎりぎりまで端に寄る。

通る車に気を取られていた私は頭上に近づく物体に気付かなかった。

 ぽとっ。

スーツの肩に何か落ちた。

暖かく湿り気の有るそれは、動物の糞だった。

「ひっは」

ショックのあまり意味の無い単語が口を出た。

 有り得ない。これから面接なのに。

じわじわと布に染み込む糞に急いで鞄からティッシュを取り出す。

多めに引き出し、慎重に取り払った。

汚れたティシュは即座に近くのゴミ箱にシュート。

 良かった自販機が近くに有って。でも、スーツに染みは残ってしまった。

どうしたものか。一度駅に戻って染み抜きしてしまおうか・・・・・・。

そうも考えたが、優先すべきは時間だと結論づけ取り合えず場所だけ確認してしまうことにした。

マップに従い、歩を進めると十分程で目的地を発見できた。

 木製の小さな店舗は白く塗られ、前にはプランターがいくつか置いて有った。

可愛い外観に大きな窓。外の看板に『くつろぎ、えほん堂』

と書かれていた。

 可愛いお店。通り過ぎるふりをして中を見ようとしたもののブラインドに邪魔されて見えなかった。

仕方ないので、残りの時間でうんこスーツをどうにかしてしまう事にした。

駅まで戻ると時間ぎりぎりになってしまう。ここは近くの自販機で水を買って凌ぐしかないか。

半ば諦めつつ水を買い、来る時に見かけた公園でハンカチを濡らす。

 ベンチに腰掛け、スーツがびしょびしょにならない様にハンカチで叩く。

トントントン。

これで落ちたら良いけど。

不幸中の幸いはこのうんこがほぼ無臭だということだ。

これに加え強烈な臭いでも放ってたら、体調が優れないとでも言って面接を断っていただろう。

 大体飲食業でうんこ臭いのはアウトだろう。

そんな事を考えていたら結構な時間がたっていた。

向こうに着く時間も考えたら、もうそろそろ動かなければ。

幸い染みは大方抜けてくれた。ぱっと見たくらいじゃあ分からないだろう。

そう思う事にしてジャケットを羽織った。

 運が付いたと思えば良い。大丈夫だ。自分に良い聞かせ、歩を踏み出す。

嫌な事は考えだしたらきりがない。気を取り直してカフェに向かう。

大丈夫。大丈夫。

歩幅と共に心臓が鳴る。

怖くない怖くない。

目的地が目に入った。

 大きく深呼吸、最終確認で自分を見直す。

荷物も、靴も大丈夫。

服は・・・・・・。

大丈夫じゃないけど、気にしない。考えない。

 大きな一歩で扉に近づく。

ノックはしなくても大丈夫だよね。多分。

ドアノブを握りしめ、自分側に引っ張った。

 カラン。

ドアベルの音と共に足もとに変な図形が浮かんだ。

スーツの一点が淡く光る。

「え?」

思う間もなく身体に浮遊感があった。

さっきまで踏みしめていた足もとが無くなり、遠い地面は海に変わっていた。

ヒュっと喉が鳴るが、悲鳴は出ない。

 あまりの事に脳がパニックを起こした。

私は高い所が大嫌い。

落ちる、高い、怖い。

ゆっくり重力は働きだし、私は真っ逆さまに落ちていく。

こわい!

こわい!!こわい!!!

こわい!!!!

怖い!!!!!

服は張り付き肝は冷え切る。

視界はぐるぐるまわり、吹き付ける風は見えない拳となって私を叩く。

広がる眼下は見慣れない森と海と古い街並みばかりだった。

真っ逆さまに落ちていく感覚に私の精神は悲鳴をあげ混乱した意識は頓挫した。

 最後に目に見えたのは青い鳥だった気がする。





 

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