09:抜擢にとまどう
翌日のLHRに、やっと出し物が決まった。
結局紆余曲折の末、劇だ。脚本は瑞貴がやって、ある程度のメインの登場人物が決まり次第配役決めを行うそうだ。
「えっと、何か手伝うことある?」
「いや、大丈夫。やりたい話はもうなんとなく出来上がってるからな。CLOの姫さまとアリアをベースに……」
「待って、ボクとアリアさんをベースにって、一体全体どういう話を書くつもりなの?」
不安が残るなあ……。えーと予想じゃ多分、サーバー対抗戦をドラマチックに書くんだろうけれど。
「なに、あれだ、姫と騎士の良くある恋物語だ」
「なにそれ」
えー……。瑞貴って恋愛物書くんだ。でも、この前の話を聞いた限りはそうなのかな。読んでみたいような見たくないような。
でも、ファンタジーが好きなのかなあ。
「瑞貴って、ファンタジーが好きなの?」
「そうだなあ……。現代物より夢があっていいなとは思うぞ。親父が現代物良く書いてるせいもあるけどな」
「ああ、そういえば瀬野先生は現代物ばっかりだね」
瑞貴なりの反骨精神なのかな。ちょっと可愛い。
「なんだよ、その笑い」
「んーん、別に」
他意はないんだけど、やっぱり親の影響って少しはあるんだなあって思うと、途端に身近に感じられていいなって思っただけ。
「そういや、他の奴らは?」
「わかんない。ボクハブられたからね!」
あ、これ自分で言って地味にクるやつだ。
ハブじゃないと信じたいけど、気付いたらみんな居なかったんだもん。
「自分で悲しいこと言うなよ」
「いやまあ、ノートに書き綴ってる瑞貴みてたら、置いてかれたんだと思うけど」
「俺、そんなに集中してたか?」
「うん。一応もう放課後だし」
放課後になって結構な時間が経っている。
教室はがらんとしてて、居るのは談笑してる女子グループが一つとボク達だけだ。まあ、明らかにボク達の事を話題にしてる感じだけど、とりあえず無視しよう。
「まじか……。帰るか」
「一度桜華たちに連絡取るね、鞄まだ置いてあるし」
「ホントだ。トイレかジュースでも買いに行ったかな」
「かも?」
適当に雑談をして桜華達が戻ってくるのを待った。
瑞貴と他愛のない話をするのは本当に久しぶりな気がする。
内容は、CLOの新規実装されたフィールドの効率だとかそういうのだけれど、それでもなんだかいつも通りな気がして楽しい。
ただ、ボクが意識しすぎて、時折言葉に詰まったりしたけど……。
だって、好きな人となんてことのない話ができるって、それだけで幸せなことだし、この時間が永遠と続けば良いなあって思ったくらいだ。
「あれ、まだ居た」
手に本を数冊持った桜華達が戻ってきた。
「え、あ、おかえり!」
ボクは何も疚しいことをしていないのに、なんか慌ててしまった。
所在なさげになって、髪を触ってしまう。ふわふわとした感触を弄り倒しながら、何とか早まった心臓の鼓動が元に戻るのをまった。
「お邪魔だった?」
「ち、ちがう!!」
耳元で桜華が囁いたのに慌てて声を荒げる。
そして、その声に瑞貴と緋翠が訝しんだ視線を投げてきた。
「もう、桜華!」
「ごめんごめん」
自分でも分かる位、顔が真っ赤になっていることだろう。
はあ……からかわれる気はしてたけど、もー……。
「その本なんだ?」
「折角だから、演劇の勉強をしようと思って?」
「あー……。まあ、多分、脚本権限でメインに据えるのは燈佳と相月だぞ」
いや聞いてないし。はっ? ボクがメイン。え、瑞貴ふざけてるの?
人の目が多いところで、ボクがメインって。なにそれ失敗フラグなんだけど。絶対逃げる。いやまって。ホントに勘弁して。
「瑞貴って、実はボクの事嫌い……?」
あ、やばい。思ったより想像してきつい。
「……安心しろ。ちゃんと対処法は考えてる」
「うそだ……」
「まあ、それはちゃんと明日話すから」
「今話してよ!! ボクにとって死活問題なんだよ!?」
「落ち着けって、大丈夫だから、なっ?」
焦っているボクに瑞貴はすました笑いのままだ。
なんで、どうして、ボクを舞台に上げようと……。
「燈佳、落ち着こう? あと、瀬野くんもちゃんと説明して」
「む……。まだやっぱりダメなのか?」
「流石に酷だと思う」
わからない。だけど、大勢の人の前に出るのはやっぱり怖い、かも……。
でも瑞貴が望むなら、できるだけ頑張って見たいけど……。
「台詞は最小限にするつもりだし、動きもそんなにない役だから大丈夫だと思うけど、無理なら無理と役決めの時にきっぱり断ってくれ。メインの配役はイメージ作りながら台詞回し考えてるから、変わるならそこも変わってくる」
すごい。本当に脚本を作っている人みたいだ。格好いい……。
でも、ボクだって変わりたい。やってみなくちゃ分からないし。やりたいかどうかって聞かれたら尻込みしちゃうけど……。
「ごめん、回答は保留で」
「ああ、無理を言ってるのは分かってるからな。無理なら無理ではっきり断ってくれ」
「うん……」
ボクは小さく頷くしかなかった。できるか分からない事に対して簡単に首を縦に振れるほどまだ強くなれたわけじゃないから。
少しだけ、考える時間が欲しい。
「じゃあ、帰ろうぜ」
その一言で、今日はお開きになった。
ボクに主役級の役どころ、務まるんだろうか……?