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巻き込まれて女の子になったボク  作者: 来宮悠里
ふたつめの願い

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07:失せものをした男の子・後

「台本の復元をするって、安請け合いしてさ。まあ、地獄を見たよね」


 それから、公演の直前までずっとあやふやなままに覚えていた台本を書き起こす作業を続けていたみたい。

 夜も眠れず、胃痛に苛まれ、授業はろくすっぽ受けることなくな感じが、今の瑞貴からは本当に想像できない。


「大変だったんだね」

「ああ……。陽芽は我関せずだったし、先輩たちも催促はしなかったものの暗に早くしてくれって言うのがね。相月くらいだよ純粋に心配してくれたのは」


 ボクはご苦労といって、瑞貴の頭を撫でてあげた。

 子供扱いするなと苦笑していたけれど、手を払いのけられなかったのがちょっと嬉しい。


「まあ、結局仕上がらなかった」

「そっかあ……」

「でもな、陽芽が言うんだよ。なんで元々あった物を再現せねばならぬのだって。それなら康文に話を聞けばはやかろうってさ。ホントあの時はそんな事に気が回らなくてさ」


 分かる。一杯一杯になってる時は他の所まで気が回らなくなる。

 中学生の瑞貴もそうだったのだろう。

 ボクも……たぶん、一杯一杯になってたせいであんなことになってしまったんじゃないかなって……。


「あれだ、仕上がらなかったけど、何も模倣する必要がないって呆れて言われてから、そのラストはオリジナルでちゃんと完結したんだぜ。あらすじだけなら今でも諳んじれる」


 瑞貴の話す脚本は、背中がむず痒くなるような話だった。

 魔王と勇者の恋物語。

 何度も繰り返す、魔王と勇者の最終決戦。魔王は実は討伐に出かけていた歴代の勇者であり、その世界がただ無為に、争いを繰り返す世界である。

 そのことに気付いてしまった魔王と、気付かされた勇者はお互い手を取り、国を説得し、神を下す。

 小さな争いはついぞ絶える事はなかったが、大きな視点で見ると平和になったという筋だ。

 そして、魔王と勇者は結ばれてどこか遠くでひっそりと暮らしたという話。


 よくできた話ではないと本人は言うし、ボクもありきたりな話だなって思う。

 だから、素直な感想を述べると、手厳しいという苦笑と共に返ってきた。


「いいんだ。拙いのは仕方が無い。初脚本だったしな。でも俺、主役だったんだぜ。魔王役。相月が勇者役でなあ。本番当日に俺は直前まで声が出なくなるわ、相月は台詞を忘れるわで危なかったんだぜ」


 大変というか、ぐだぐだというか。

 練習時間が足らなかったんだろうなあ。


「でもな……。アイツ、カーテンコールの時、客席に居て笑ってたんだぜ……」


 瑞貴の声が震えている。

 ああ、その時の事を思い出しているんだって。


「瑞貴……」


 ボクはそっと瑞貴を抱き寄せた。

 悲しい気持ちとか、そういうのは誰かに吐き出してしまうに限る。

 ボクの胸くらいだったらいくらでも貸してあげるから。


「悲しいと思ったら泣いていいんだよ?」

「あ……ああ……」


 ボクの肩をつかみ、静かに涙する瑞貴。その頭を今まで我慢したねと言う思いも込めて優しく、愛おしく撫でてあげる。


「もう……自分はいらないなって言って、消えてしまったんだ……どうして……どうして消えてしまったんだよ……陽芽……ずっと一緒に居ると思ってたのに……」


 堰を切ったように溢れる想いを紡ぐ瑞貴の言葉に小さな嫉妬を覚えながらも、ボクはずっとそれを聞いていた。

 陽芽って子、どれだけ瑞貴に思われてたんだよ……。幽霊なのにずるいよ。


「それから、あと一回……先輩たちの最終公演の脚本を書いた」


 瑞貴は、分かってはいたけれど、先輩たちと別れる事になる脚本を書いたらしい。

 そして、案の定卒業と共に別れた。そして演劇部もなくなってしまった。

 CLOで瑞貴が荒れていたのはこの時期だそうだ。

 自分が脚本を書けば何かが失われてしまうと思って、荒れていた。

 ボクの胸の中で静かに泣き、思いを吐露する瑞貴がどうしようもなく、お馬鹿に見えて。

 ボクは、


「なあんだ……、そんなことで悩んでたの」


 そう言って、笑い飛ばしてあげた。

 だってボクは居なくならないし、他のみんなも居なくなる予定なんてないし。

 だから、存分にやればいいんだ。


「そんなことって! 俺には重大な事なんだぞ!?」


 うわっ、顔近い!

 涙で濡れた碧い瞳は綺麗だし、睫は長いし……。髭とかも生えてなくて顔立ちも整ってる。控えめに言っても格好いい……。

 そんなに顔が近かったら衝動的にキスしたくなっちゃうじゃん……。我慢する……だって、まだボク達告白して、されて、付き合ってるわけでもないんだし。


「か、顔近い……っ!」

「そんなことどうでもいい! 陽芽も、先輩たちも居なくなったんだぞ、この気持ち分かるか!?」

「ぼ、ボクには分からないよ! でも、これだけは言えるよ! ボクは居なくならない」

「え……あ……」


 言葉を失う瑞貴を優しく抱きしめて、いつもボクがされているみたいに、子供をあやすように背中をゆっくりと叩く。

 うん、最低でもボクは居なくなるつもりは今のところない。

 だから、安心してくれていいんだ。


「ね、安心してよ。三度目の正直って言うじゃん。三回目頑張って見ようよ。ボクも手伝うから」

「できるかわからない」

「しんどくなったら、ボクがまたこうしてあげるから。泣き言ならいつでも聞くよ」


 ボクだって一杯助けて貰ったんだもん。

 ちょっとくらい助けになってあげても良いでしょ。


「俺が、書いてもいいの、か?」

「それは分からない。みんな次第だもん。でもボクは頑張ってる瑞貴が見てみたいな」

「そっか……」

「それに、ボクこっちの自然体な瑞貴の方が好きだな。いつものはやっぱり無理してるよね?」

「あ、ああ……」


 明るく振る舞うのは嫌われないため、好かれるため、つかんで離さないため。多分そう言うことなのだろう。

 だけどボクは、落ち着いてて、少しだけ影を感じる瑞貴も良いなって思った。


「あ、後さ……ボク、女の子の格好してる瑞貴の小さい頃の写真見てみたい」

「……それは断る」


 小さく笑って瑞貴が言った。

 断られたけれど、その自然な笑みを見ることができたからいいかな。


「ね、教室戻ろう? まだもう少しだけ時間があるからさ」

「そうだな……」


 あ、でも、もうちょっとだけ抱きしめていたいな……。


「えっと、その……離してくれると助かる……」

「あ、うん」


 残念……。

 離れるときに、瑞貴の顔が真っ赤だった。多分ボクも赤かったと思う。


「情けないところ見せてすまんかった」

「ううん、瑞貴の一面が見れて嬉しかったよ」


 それは本当の事だ。

 いつも笑ってる所ばかりだったから、こういう弱いところが見れるのは新鮮だ。

 だから、嬉しい。


「流石に恥ずかしいな……」

「ボクなんてその恥ずかしいをどれだけ見せたと思ってるんだ!!」


 もう、たまには見る側に回りたいよ!

 と、そんなことを言い合いつつ、ボク達は購買を後にした。


 出て行こうとしたときにカウンターの上に、飲み物が二つ置かれていることに気付いた。


『よい青春の一幕を見せて貰ったお礼です』


 伝言にはそう書いてあった。

 うむ、ボク達のあれ、どうやら全部見られていたようです……。


 は、恥ずかしい!!

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