05:逃げ出した人ひとり
文化祭実行委員が決まって、翌日に、顔合わせと割り振りの会議が行われたらしい。
これから暫くの間、その日の最後の授業はLHRに割り当てられちまちまと準備をしていくことになるらしい。
「えーっと。ボク達のクラスはステージ発表が割り当てられました」
壇上に立って仕切る初雪さん。
正直眠そうと言うかじとーっとした目付きにやる気が感じられない。
生来の物で仕方が無いと本人は言っていたけれど、口調も相まって本当にやる気がなさそうに見える。
板書役の手島くんも大変そうだ。字が綺麗というだけの理由で男子から推薦されてたし。
この学校の割り当ては、基本的にくじ引きらしい。六クラス三学年、それに運動部。合わせると結構な数に上る。出店系は文化部が殆ど持って行くことになっていて、くじ枠には三枠しか入っていない。熾烈な争いとなっている。
出店、展示、ステージ。その中でボク達のクラスが引いたのはステージ発表だ。
ステージは基本的には有志に解放……バンドとか組んでたりする人達が占有する事になっているけれど、それだけじゃあって事で割り当てられた見たいだ。一日一公演決まった時間、定められた時間出し物をする感じである。
まあ、案の定ステージ発表と聞いてクラスからブーイングが飛ぶ。
何をしろという話だ。
ボクもよく分からない。
ちなみにボクはステージはやりたくない派だ。本気は出すけど、やっぱり目立ちたくはないし……。
「あーうん、分かる。出店か展示がいいのは分かる。だけどごめんね。手島のくじ運が悪かったから」
「ちょ!? 初雪さん、それ酷くない!! だるいから引いてきてって言ったのそっちでしょ!?」
「ほいほい引く方が悪い。ボクにはそのプレッシャーが強かったから無理だったなー」
ちょっとした茶番だ。野次が笑いに変わった。
二人ともほっと胸を撫で下ろしている感じがする。
「で、ステージだけどなにやる? バンド? 漫才? 劇? 後何か他にある……?」
しんと静まりかえる。自分の意見は出したくないよね。それに決まったら責任重大だ。
「あ、あたし、劇やりたい!」
緋翠が手を上げていった。
えっと、なんで劇なんだろう?
「ああ、そうか演劇経験者いるんだっけ。演劇部ってこのクラスで何人居る?」
二人ほど手を上げた。部活動のことはよく分からないけど、いる事にはいるんだ。それにそもそもこの学校帰宅部が結構多い。
ふと、隣を見ると、瑞貴が難しそうな顔をしている。
こういう取り決めの時って率先して動くのに、珍しい。どうしたんだろう……。
「相月も含めれば三人……?」
「ううん、瑞貴もだから、四人」
「相月ッ!!」
突然の大声に、ボクはびくりと身を竦ませる。
怖い……。
「あ、燈佳、悪い……」
声の主は瑞貴だった。
勢いで立ち上がったみたいで、ボクの方を向いてすまなさそうにしている。
それにボクは首を振るだけで応えた。この姿になって男の人の怒鳴り声を不意打ちで聞いたから声が出なかった。
「俺はもう、演劇はやらないって言っただろ」
「どうして!? あんなに頑張って脚本を書いてたのに! あたし、また瑞貴の書いた脚本で劇がやりたかったのに!」
「俺にまた、惨めな役回りをさせたいのか」
「ちが……違う!! あたしは瑞貴と一緒にまた演劇がやりたいだけ!」
「そうか、だからお前はここまで付いて来たんだな」
確かにおかしい話だ。
明確な入学者選定基準が分からないとは言え、天乃丘に通常入学するにはそれなりの学力が必要だ。
瑞貴は五十点をギリギリ取るスリルを味わってるから実力はもっと上なのだろうけど、緋翠はムラがありすぎる。
じゃあ、なんで入学できたのか。多分、二人ともボク達側の人間なんだ。
「ふざけるなよ……。気分わりいから保健室行くわ」
そう言って、瑞貴は荒っぽく教室から出て行った。
瑞貴に取って、劇が地雷……?
何かあったのかな。
「あー……えっと、どうするかな」
初雪さんも困ってるし。
緋翠は呆然としてる。まさか拒否されるとは思っていなかったのだろう。
事情はよく分からない。
だけど、同情は緋翠に集まっている。
最初に声を荒げた瑞貴は、悪者だ。
やりたい意思を挫く、それだけで簡単に悪者になってしまう。
「あの……ボクもさっきの声で気分悪くなったから……」
じゃあ、ボクくらいは彼の味方になってあげないと。
そうじゃないと、あんまりだ。最悪、昔のボクみたいになってしまいそう。
こんな雰囲気のいいクラスを壊したくはない。
「いってらっしゃい。ここは私が何とかしておく」
桜華がそう言って、ボクを送り出してくれた。
それが嬉しくて、小さくありがとうって言って教室を出る。
居場所の検討は突かないけれど、探せば絶対に見つかるはずだ。
一番最初に保健室に向かってみた。
渡瀬先生がいたけれど、瑞貴は来ていないそうだ。
途中廊下で鈴音先生とすれ違って、引き留められたけれど、事情を話して理解して貰った。
やるのは生徒たちだからってLHR始まってすぐに教室を出て行った鈴音先生は大概酷いと思うけど、口には出さないでおいた。
色々な場所を探した。だけど、校舎内のどこにもいなくて。
下駄箱を覗いたけれど、靴はあったし。
「あっ……」
心当たりが一カ所だけ合った。
夏の暑い時期で、照り返しがきついから自然と足が遠のいていた場所。
職員棟の屋上。
時折昼休みに、ボクと瑞貴が二人で涼んでいた場所。瑞貴が最初に見つけた穴場。
扉を開けると、けたたましく鳴り響く蝉の声と、不快な熱気がむわりと襲ってくる。残暑が厳しい、溶けてしまいそうだ。
でも、いた。
目の覚めるような鮮やかな金髪がしょんぼりと項垂れている。
罪悪感に押しつぶされそうな感じで、今にも消えてしまいそうなそんな感じ。
「瑞貴」
ボクはそっとその背中に声を掛けた。
屋上のど真ん中、まるで修行僧のように胡座を掻いて座り込んでいる瑞貴。
「そこは暑いから、中に戻ろうよ」
そういいつつボクは瑞貴に背中を合わせるように体育座りで座り込んだ。
お尻が焼けるように熱くて、いやだったけど、口を開かない瑞貴が背中の感覚にびくりとしたのだけは分かった。
「……燈佳か」
「うん、ボクだよ」
「さっきは悪かった」
「別に気にしてないよ。ちょっと怖くて声が出なくなっちゃったけど」
「すまん。嫌なこと思い出させたかもな」
あー……。別にあの日の事は思い出さなかったんだけど。
「えっと、演劇嫌いなの?」
もったいぶっても仕方ない。こういう時はずばりと聞くに限る。
「いや……嫌いじゃねえ」
「じゃあ、あれ? 親と比べられるのが嫌とか」
「そう言うんでも無いよ」
じゃあ一体何なんだろう……?
「燈佳なら、笑わずに話を聞いてくれるかもな。聞いてくれるか?」
「うん、ボクで良いなら。吐き出しちゃえばいいよ」
瑞貴のことが知る事ができるなんて、これほど嬉しいことはない。
それが嫌な思い出かもしれないけれど、それでも、思い出を聞けるというのは嬉しかった。
そして、瑞貴が口を開いた。




