35:見られて興奮した
「おはよう、瑞貴」
「お、おう……」
あれ……思ってた反応と違う。
どうしてこっち見てくれないんだろう。
いつもみたいに、冗談めかして姫さま似合ってるぜって言ってくれると思ってたのに。
「燈佳……?」
「ん、大丈夫……」
ボクは、一体何を期待していたんだろう。
可愛いって、似合ってるって言って欲しかったのに。
瑞貴なら言ってくれると思ったのに……。
「みーずーきー!」
目を釣り上がらせた緋翠ちゃんが、瑞貴に突っかかって行ってる。
「……なんか怖いんだけど!?」
「瀬野が悪いな」
「健ちゃんまで!?」
あれ……?
何か雰囲気がおかしい。
よくよく瑞貴を見ると、少し顔が赤い……?
「ね、ねえ……瑞貴」
「なんだ?」
「ほら……前言ってた、男のロマンだよ?」
ボクはスカートの裾をつまんで、笑って見せた。
さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、気付いたら心が晴れやかになっていた。
だって、瑞貴が思い切り照れてるんだもん、それに気付いたら嬉しくて嬉しくて仕方が無くなってしまった。どうしようも無く浮かれて、頬が緩んで熱くなる。
「あ、ああ……」
「瀬野、気の利いた言葉の一つでも掛けてやれ」
「お、おう……ちょっと健ちゃんこっち来てくれ、相談に乗ってくれ!!」
「断る」
「ひでえ!?」
にべもなく断られた瑞貴が落胆の様を見せる。それがとてもおかしくて。
「くすっ……その反応で感想分かっちゃった。瑞貴も照れることあるんだね」
「う、うむ……」
「なんか言葉遣いが変だよ」
「しょうがないだろ……。くっそ、今日は驚かされっぱなしだ」
頭をがりがりと掻いて、瑞貴は溜息を吐いた。
「ああもう! 姫さますげえ似合ってるよ! 正直驚いて言葉を失った! これでいいだろ!!」
照れて、こっちの顔を見ること無くそう言い切る瑞貴が可愛らしい。
ボクは胸のあたりがぽかぽかして来た。それと同時にじくじくとした痛みも感じるけれど……それ以上に照れてぶっきらぼうにボクの格好を似合ってると言ってくれたのが嬉しくて。
「ありがと。瑞貴も格好いいよ?」
「お、おう……」
自然とそんな台詞が漏れていた。
「ま、まあ、見た目だけなら瑞貴は格好いいからね!」
「見た目だけは余計だ! もうなんなんだよ、揃いも揃って今日は俺を驚かしやがって、心臓いくつあっても足らんぞ!!」
「だって、折角遊びに行くんだし、気合い入れないと」
緋翠ちゃんの言葉に女性陣が大きく頷いている。桜華の格好はいつも通りな感じがするけどなあ……。
というか、この首肯はボクの為かな……。そんなにショックな顔してたのか、もしかして。
「良かったね」
こそっと、桜華が耳打ちをしてくる。
ボクはそれに笑って小さく頷いた。
「そ、それじゃあ、飯食ってからプールだ!!」
「逃げたわね」
「逃げた……」
「瑞貴のヘタレ」
三者三様の責め苦を味わう瑞貴。桜華はやっかみだろうけれど、モテる男は大変だね。
「ごはーん! なにたべるの? フレンチ? イタリアン? 中華? 懐石料理?」
「……鈴音。普通の学生の小遣いじゃそんな高い物食えないぞ。良くてファミレスだ」
「そんなあ!!」
「俺もちょっと高い料理は食べてみたいが、今日はみんなに合わせよう」
「むむむ……仕方ないなあ! ファミレスでもファーストフードでもどんとこーい!!」
先頭を切るくるにゃんにボク達が続いて、一番後ろを男の子二人が付いてくる。
あ、見られてる……。
頭の先から踵まで。舐め回すように一つ視線がボクに刺さってる。
やばい……嬉しくてぞくぞくする。
この視線の主が誰か分かってしまって、背筋がぴりぴり電流が走ってる感じで変な気分になりそう。
ただ、ちょっとずっと見られてる事に対して呼吸が乱れる。だけど、見られることが嬉しくて……。ボクどうしたらいいんだろう……。
「あう……視線が熱い……」
「……大丈夫?」
「イヤじゃ無いんだけど……ガン見だから……」
「あー……。あの反応からしたらしょうが無いんじゃ……」
「ん……ちょっとぞくぞくして変な気持ちになりそう……」
前だったらここまで見られていたらダメになっていたはずなのに。今は特定の一人に見られていることがとてもそれが嬉しくて喜ばしくて、誇らしい。
「瀬野、お前流石に見過ぎだ」
「へっ! いやいや、みてねーし!? 全然見てねーし!?」
「……榊の事知ってるなら、遠慮してやるのが筋だろ、震えてるぞ」
ごめん、立川くん、これ、視線が怖くて震えてるんじゃなくて……瑞貴に見られるのが嬉しくてちょっと変な気持ちになってるだけなんだ。息苦しいのは少しあるけれども。
ボク達の会話は聞かれてなかったみたいで一安心だけど、こんな調子だったらボクって本当に変態みたい……。見られて悦ぶなんて……。
「あの……瑞貴……」
「お、おう、なんだ?」
「沙雪さんに送った写真あるから……いる? ちょっと流石に視線が辛いよ?」
これ以上はボクが感じすぎてダメになりそう。見られるのは好きじゃなかったのに……。本当にどうしたんだろう。
「………………………………………………………………もらってもいいですか」
長い、とても長い沈黙の後瑞貴が懇願するように言った。
そこまで葛藤するものだったか……。
でもそっか……ボクの写真欲しいのかー。
「ニヤニヤして気持ち悪いぞ!」
「し、してないよ!?」
嬉しくて頬は緩んだかも知れないけどニヤニヤはしてない!
瑞貴に写真を添付して送る。もうなんというか……なんで撮って貰ったちょっと恥ずかしがってる写真を送らないと行けないんだろう。
まあ、じろじろ見られて変な気持ちになって、いつかのぴんくいスイッチが入りそうだから怖かっただけなんだけどね……。
「おお……これは……なんというか、あれだ……二次元から飛び出てきた感じだな。理想の白ワンピ少女……」
「なんかそれ……可愛い子ならボクじゃなくてもいいみたいに聞こえる」
まあ、多分実際そうなんだろうけれど。それはちょっと悔しいなあ。
でも、これで少しは収まるならいいかなあ。
「瀬野、声出さずに喜ぶのは凄いが、流石に気持ち悪い」
……うん、ボクはもう後ろを振り返らない。
前だけを見て歩こう!! ちょっと怖いよ!?