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34:かわいいって思われたいのは悪いこと?

 待ち合わせの時間は十一時半に駅前だ。

 朝一から開いている美容院に飛び込みで入って、色々とセットして貰っていた。桜華が。

 ボクは手持ち無沙汰だったから、買った本をぼんやりと読んでいたのだけれども。


 そして、待ち合わせの二十分前に付いたら、既に緋翠ちゃんがそこにいた。

 十分おめかししている。肩口が大きく開いたTシャツにノースリーブシャツを組み合わせて、ショートパンツにニーハイとか狙いすぎだと思います。ボクとは別ベクトルで攻めにかかってる……。まあ、ボクも気合いの入り方は違うんだけどね……!!


「桜華、どうしたの!?」

「ん、ちょっとね」


 髪をばっさりと切ったら桜華に、緋翠ちゃんが凄く驚いていた。

 それもそうだと思う。腰まで伸びた綺麗な黒髪が肩口でばっさりと行っているのだから。


「えっと……後で聞かせてね?」

「うん」


 緋翠ちゃんは多分、髪を切った理由に心当たりがあるのかな。詳しい追求は後にするらしい。


「それにしても……、姫ちゃんの気合いの入り方が……」

「ボクだって、頑張るときは頑張るんだよ」

「ずるい」


 そんなこと言われても、ボクだってよく見られたいし。

 この前選んだとおり、白ワンピに同色のつば広帽、それに同じように白のストラップサンダルを履いている。家を出てくる前に写メを取って沙雪さんに送りつけたら、鼻血だしてサムズアップしてるスタンプが送られてきた。どうやら色々と当たりだったらしい!


「ずるいで結構です! 今日はボク凄く楽しみだったんだから!」

「うう……あたしももっと頑張ってくれば良かった……!」

「緋翠ちゃんも、大分気合い入ってると思うけど……。ブラチラで気を引こうとしてる辺り」

「生足晒せる姫ちゃんがにくい……」

「ぐぬぬ……」

「むむむ……」


 お互いが睨み合いをする。

 どうしてこうなった……。

 喧嘩するつもりは一切無かったのに!


「はいはい、やめやめ。くーにゃんが到着だよ」

「うむ。我が輩のとうちゃくであーる!」

「あーうん……というか、その服何?」

「変?」

「いや、意外だったの」


 つられてボクと緋翠ちゃんはくるにゃんを見る。

 確かに意外だ。もっと子供っぽい格好で来るのか思ったら、エスニック風? なゆったりとしたひらひらな感じの服を着てきてる。


「いいじゃーん、ボクだって着たい服着るんだからー!」

「いいんだけどね、私服見るのはじめてだったから凄く意外なんだよ」

「そおだっけ? ま、いっか! トーカは今日随分気合い入ってるねー!」

「うん、たまにはね」

「そっかー、今を楽しんでるね!!」


 くるにゃんの含みのある笑みに、ボクははっと気付かされた。

 楽しんでいる……。そうか、ボクは楽しんでいたのか……。

 こんな状況下におかれて、今を楽しんでいたのか……。決断を先延ばしにして、女の子である事を、そして男の子を好きになったことを正当化しようとしていたのか……。

 でも……この気持ちはどうしようもなく止められなくて。


「いいじゃない、燈佳が楽しければ、私も嬉しい」

「桜華……、姫ちゃんと何かあった?」


 呼び方の違いにめざとく気付いた緋翠ちゃんがそんなことを言う。

 うん、あった。とても卑怯な決着をつけた事があった。

 やっぱり、ボクはずるい人間だと思う。嘘つきだ。事情を知らない人みんなに嘘をついている。

 気付かされて、それが重くのしかかってきた。

 もう、ボクには昔の男であったときの感覚が随分と薄くなっていて、時折ふと思い出すくらいだ。

 そういえば、GWの時に緋翠ちゃんが泊まりに来るからといって片付けた天乃丘の男子制服も段ボールから出していない。


「ん、後でちゃんと話す。それより燈佳、顔真っ青だけど大丈夫?」


 ふるふると首を振った。

 分からない。なんでこんなに嘘をついていると自覚しただけで辛いのかが分からない。

 人を傷つけるのが怖くて、傷つけた人が普段通りにしているように見えるのが怖くて。ぐるぐるとして来た。


「ホント、大丈夫?」

「わかんない。今日ちょっと寝不足だから……」

「楽しみにしてて眠れなかったんでしょ!! ダメよ、ちゃんと寝なきゃ!」

「あ、はは。うん。そうだね……。ねえ、三人に聞きたいんだけど……」


 あれ、ボクは何を言おうとしているんだ。

 口が自然と動いている。想いが溢れる。


「今日のボク、可愛い、かな……?」


 なんでこの言葉を口に出してしまったんだ……。

 ボクは可愛くなんてないのに……強いて言えば気持ち悪い方の人間なのに。


「かわいーよ? トーカ、ちょっとボクとお話ししようよー。オーカ、ヒスイ、ちょっと連れて行くね。もしかしたら遅れるかも、時間になっても来なかったら先行っててー」


 物凄い力でぐいぐいとボクはくるにゃんに引っ張られていく。二人の返事を待つ暇も無い。性急でそれでいて緊急な感じだ。

 そして、ビルの隙間の路地に連れ込まれると、ぽふんとくるにゃんは黒猫の姿になった。


「トーカ何かあった?」


 くるにゃんはいつも唐突だ。

 前起きなんて何もなく、直接的だ。そして説明が下手である。

 ボクは、今自分の悩みを吐露できるのがこの目の前の黒猫さんだけであると言うことに今更ながら気付かされた。


「昨日……桜華に告白された、それで振った」

「ふむふむ、それで?」


 黒猫さんは、肯定も否定もせずただ、続きを促してくれる。

 話を止めることもできた。だけど、どうしても聞いて欲しいとも思った。

 ボクが何者なのか。どうすればいいのか。

 分からなかった。ボクは男の子を好きになってもいい存在なのか。

 自覚した恋心の行き場が分からなくなってしまった……。


「ボクどうすればいいのかな……。男だったはずなのに……どうしようもなく女なんだ……」

「うんうん、それで?」

「桜華に告白されたとき、嬉しかったんだ……だけど、ボクはどうしても、瑞貴が好きで……桜華は友達とか家族に近い何かで……断って……でも、ボクは男で、瑞貴が好きだって本人しったら気持ち悪がられるんじゃないかって思ったら……怖くなって」

「ほおほお、それで?」

「それで、くるにゃんが今を楽しんでるねなんていうから……どうしたらいいのか分からなく……。ねえ、ボクどうしたらいいの……」


 ボクの悩みに黒猫さんはあっけらかんとして、


「願い事を使う? 男に戻してって」


 そう言った。

 なんで考えが及ばなかったんだろう。それくらいボクは自分の気持ちが女に傾いていたのか……。

 でも、今戻ったとしても、違和感でとても辛い思いをするかも知れない……。

 わからない、その願いを使ってもいいのか分からない。


「今は……使わない……だって……男のボクより、女のボクを好きになって欲しい、から……。病んでダメになったボクじゃなくて、乗り越えて可愛くなろうとしてるボクを……」

「答え出てるじゃん」

「え……?」


 黒猫さんの言葉に意表を突かれた。

 答えが出てる……? どういうことだろう。


「別にみゃーは、トーカがどうなりたいのかまでは関与しないんだけど、トーカは女の子で居たいんだよね、ミズキが好きだから」


 こくりと頷く。それ以外にも、この姿になってできた友達が、繋がりが、かけがえないから失いたくなくて……。


「なら、そのまま生きていけばいいと思うよ。ボク、今日のトーカ食べちゃいたいくらい可愛いって思うもん」


 宙に浮く黒猫さんの前足がそっとボクの頬に触れる。

 唐突に、鈴音先生が言っていた、くるみは男でも女でも関係無く食べてしまうという言葉を思い出す。


「みゃーは、自分をよくみせようとしている子が好きだよ。それが男だとか女だとか関係無いし。頑張ってる子が好き、頑張ろうと思ってる子が好き」


 分からない。自分にそんな魅力があるのか分からない。

 でも、よく見られたいと思っていたのは事実だ。

 今日の服を選んだのも、瑞貴が白ワンピを着て欲しいって言ったから着てあげたいと思ったから着たからだし、それに合わせた帽子や靴、バッグやちょっとした小物は全部自分で選んだ物だ。髪型は……自分じゃできなかったから桜華に頼んでやって貰った編み込みだけど。


「ボクね、今日のトーカを見てからドキドキしてるんだ。可愛いなあって。頑張ってるなあって。好きな人ができてきらきらしてるトーカを見るのが好きだよ。魂置換(ソウルチェンジ)をオーカじゃなくて君にかけた甲斐があったって、そう思ったんだよ?」


 ボクは……このままでいていいのかな。

 黒猫さんは、凄く褒めてくれる。それに願い事を使わないということに文句も言わない。

 嘘は吐いていないと思いたい……だけど、それを信じるにはボクの心はまだ立ち直りきっていないみたいだ……。


「もし辛いなら、うちに居候する? レンリもスイルもセイヤも居るし、まおーさまもいるし、ちっちゃい子供もいるから、賑やかだよ」


 ボクはとの誘いに首を振って答えた。

 今、ここで居なくなれば桜華がとても悲しむ。居て欲しいと言われたんだから、居てあげるのがボクの責務だ。


「そっか、悩みは解決したかな?」

「してない……けど、少しスッキリした……。ごめんねくるにゃん」


 話を聞いて、優しく諭されて、可愛いと言われて、少しだけ気分が上を向いた。


「ううん、ちょっと危ないなって思ったからフォロー入れたの。あのね、ボク、君たちを監視してるけど、相談に乗らないわけじゃないんだよ。ただ君たちの関係性がとてもいいから、ボクは一歩退いて見守ってるだけ。悩み事なんて誰に相談してもいいんだよ。解決は結局自分にしかできないんだから、相談を受けた人は導を示すしかできないわけだし」


 そして、ぽふんと、元の女の子の姿に戻った。

 ボクと指して変わらない身長なのに、いつも朗らかな笑顔を浮かべているこの不思議な子。明らかにボク達よりも長く生きているのだろうと言うことだけは分かる。

 言葉に、不思議な説得力があるのだ。


「もどろ? 今ならまだ、みんな待ってると思うよ。ミズキに可愛いって言ってもらおうよー」


 腕時計の時間を見ると、まだ半を少し回ったくらいだ。

 くるにゃんに無理矢理引っ張られていったって言えば、許してくれそう。

 悩みを少しでも話せて楽になった。


「うん、ありがとね、くるにゃん」

「いいえー。どういたしましてにゃー」


 ボクはくるにゃんに手を引かれてみんなの所に戻った。

 桜華と緋翠ちゃんはボクの顔色が戻ってることに胸を撫で下ろしてくれたみたいだ。

 後は……瑞貴の反応が気になる……。

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