04:お仕事のおさそい
夕飯も食べ終わって、諸々の用事を済ませて、ゲームにログイン。
ううむ、我ながら完全にルーチンが確定して来てるなあ。
今日は部屋に桜華ちゃんがいるんだけど。
「準備できた?」
「あとちょっとかな?」
お店でセットアップから何からやってきて貰ったみたいで、起動自体はスムーズだ。
後はクライアントをインストールして、修正パッチを当ててしまえばゲームがプレイできる状態だ。
お金、よく使用許可が下りたなあって思ったけど、どうやら説き伏せたらしい。
桜華ちゃんって結構強気だよね。
「終わった!」
「ん、じゃあボクの方はBGM消すね。ヘッドホンしてたら声聞こえないし」
オンラインゲームのいい所は聞き疲れしないBGMだ。暫くすれば飽きちゃうけど、たまに聞きたくなる。
そんなゲームミュージックはとても良い物だと思う。
シェルシェリスはその点とってもいいBGMが流れる。
桜華ちゃんには混ざった音じゃ無くて自分のPCから流れてくるBGMを聞いて貰いたい。
「うん。あ、私そこまでチャットとか早くないけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないかな。もし話がしたいならボクが止めるよ」
昨日は結局キャラメイキングだけして終わったんだ。
スペックが足らなくて動くこともままならなかったから。
ボクのキャラはたまり場に座らせて、もう既にいつでも動ける準備は整っている。
桜華ちゃんはまずはチュートリアルから。可愛いNPCばっかりだから大丈夫だと思うんだよね。メインストーリーに関わってくる子達には全員ボイスがついてたりする豪華仕様だし。
「移動はマウスで。クリックしたら適当に動き回るよ。NPCに話しかけるのもそのキャラにクリックで。プレイヤーとNPCを見分けるのは名前の色かな。PCは白、味方NPCは青で、敵対NPCは暗い赤。中立NPCは緑だから分かりやすいかも」
どのNPCに話しかけて良いのか分からない時の目安に丁度いい。
赤文字NPCに話しかける大抵戦闘系のクエストが発生するし、緑文字はお使い。青は戦闘クエのお助け程度でしかお目にかかれない珍しいNPCだ。
「えっと……とりあえず、この説明聞いてればいいのかな」
「うん。とりあえずボクは、マスタ達に桜華ちゃんが始めたこと伝えるね。最初は顔見知りだけの方がいいでしょ」
「気を遣ってくれてありがとう。暫く一人でやってみて良い?」
「うん、わかった。分からないことがあったら聞いてね」
それだけ言って、ボクはギルドチャットのログを読み返す。
ログインしてから特に目立った話は無いみたいだ。
『そういえば、結姫ちゃん』
一番新しいログに戻ると、沙雪さんが何か言いたいことがあるみたいだ、慌てて返事を打つ。
『なんですかー?』
『GW暇ですかい?』
『暇と言えば暇ですが……』
『おkー、ちょっとwisするね』
個別チャットで話か。もしかしたら冗談で話をしたお仕事の話かなあ?
『GW中天乃丘の支店にお邪魔するんだけど、結姫ちゃんが良ければモデルのお仕事本格的にやってみる?』
『あれ、本気だったんだ。音沙汰無いから冗談だとばっかり』
『冗談なわけないでしょー! 折角結姫ちゃんに似合う服作ってたんだから!』
『まさか、ふりふり……』
『こてこてのロリータも悪くはないけど、結姫ちゃんは身長低いから、コテコテのよりワンポイントで使った服の方が映えるのよ。普段着に出来そうなのを何着か作ったから着てみない?』
まさに瓢箪から駒。冗談だとばかり思っていたけれど、沙雪さんからしたら冗談でも何でも無かったらしい。
僕自身の自由に使えるお金は結構あるけれど、それでも色々買い足していたら現状足りない事は確かだ。
少しでも足しになるならありがたいけれど。
でも金額を聞いてからやるやらないの判断は沙雪さんに失礼だし、それにまだ着てないけれど服を貰ったお礼もあるし一回だけやってみようかな?
『えっと、やるのはいいんですけれど、その時は友達も一緒に行っていいですか? ボク一人で出歩くのはまだ出来なくて……』
服屋さんに一人ではいるのはまだ勇気が要る。
そこら辺の商店街とかならなんとか、顔を合わせないように顔を覚えられないように買い物をすることは出来るようになったけれど、人通りの多いところとかは誰かしらいないとやっぱりまだ無理だ。
『いいわよー。お友達にも似合う服見繕っちゃう! 流石にお金取るけど、値引きはするわよー』
『ありがとうございます。それじゃあいつにしましょうか? 五日は予定があるので無理ですが……』
『何々、彼氏とデート? そりゃああんなに可愛ければ男の子の一人や二人ほっとかないわよねー!』
デートという単語に胸がどきりとした。
違うんだけど、違うんだけど! 蓋を開けてみれば確かにハーレムデートなんだよねえ……。
瑞貴の馬鹿。
『二日は学校よね? もしそれなら三日とかにする?』
『四日の方がいいかも』
『ごめん、四日はこっちが駄目だー。デザインコンペがあるから、そっちにいかなくちゃ』
『じゃあ、前倒しして一日』
『オッケー。そうしましょ。連れてくるお友達は一人?』
『うん。たぶん?』
『はいよー。それじゃあ、おもてなしの準備しておく。到着する前にメッセ頂戴ね!』
『はーい』
個別チャットはそれで終わった。
後はギルドチャットの方に、沙雪さんの雄叫びが流れ続けてるだけだ。
アリアさんが、誰か可哀想な生け贄が現れたのねなんていってるけど、ボク生け贄じゃ無いよね……? よね?
『マスター、新人一人いれるけどいい?』
後ろから聞こえるBGMがチュートリアルの佳境に入った時に流れる切羽詰まった様な物変わってて、もうすぐ桜華ちゃんも歴とした一人の冒険者になるときだ。
種族はローズ、ビルドはこれから決めるとして、多分難しくない純アタッカーに育てた方がいいかな。
『あいよ。ジェイドー、ちょいとたまり場まで来てくれ』
『はいはい。行きますよっと』
『何々、新人さんはみんなの知り合いなのー?』
『そうだよ。学校の友達。はあこれでまたギルドの身内化が進む……』
『マスターが頑張れば問題無いよ、ファイト(はあと』
『そういうの姫さまから欲しいぜ……』
『あー……』
『あー……』
沙雪さんと緋翠ちゃんのキャラが同時に呆れた感じの文字を打つ。
流石にボクはチャットでは言わない。
言ったら今まで積み上げてきたイメージというモノが崩れるからね!
「燈佳ちゃん、チュートリアル終わったけど、これ次のクエスト進めちゃって大丈夫?」
「あ、まって。その前にうちのギルドに入ってよ。瑞貴くんと緋翠ちゃんいるし」
「……瑞貴、くん? いつの間にか仲が進展してる。あの朴念仁、鈍感タイプのくせにナチュラルに距離を縮める泥棒猫なのね……。瀬野くん死すべし」
「いや、なんで瑞貴くんに殺意覚えてるの……。ボクは男だよ。瑞貴くんとはお友達。決しておホモ達にはならないから、ね?」
「今はそうだけどこれからはわからないから」
桜華ちゃんは何を危惧してるんだろう……。
ボクと瑞貴くんがそういう関係になるなんて、無いと思うんだけどなあ。
「まあ、いいや。えっと、とりあえず何処に行けばいいの?」
「あ、まって。そこから動かないで、迎えに行くから」
チュートリアルが終わって放り投げられるのは始まりの街だ。そこからたまり場の首都までは少し距離がある。
観光がてらボクが先導して歩かないと。
転送屋やポータルを使えばあっという間だけど、最初は空気を感じて貰わないとね。
グラフィックとBGMと、プレイヤーが歩き回っているっていう不思議な感覚。
MMOで遊ぶならやっぱりそう言うところを見て欲しいかな。
「うん、すぐ来れるの?」
「大丈夫だよ」
ボクはインベントリから転送アイテムを使って、始まりの街に向かう。
「あれ、名前なんだっけ?」
「アイビー」
「オッケー。じゃあすぐ行くから待ってて」
といっても、チュートリアルが終わってすぐ放り出される位置は決まっている。BOTがスタックしてる中からアイビーという名前を見つけ出せば良いだけなのだ!
「あ、いた。なんか格好すごいね……」
「一応サーバートップ層だから、装備だけは充実してるんだ」
「一年半の引きこもりの結果ですか」
「うん、まあ。それより、これ、ボクからプレゼント。シェルシェリスやるならやっぱり最初は見た目から入らないとね。トレード受けて」
「う、うん」
ちょっとお高めの見た目変更アイテムのセットを渡す。
髪型と髪色、それと顔の形を変えたり、等身の上げ下げが出来るセットだ。
本来は課金アイテムなんだけど、これだけはユーザー間取引が出来るから、間接的なリアルマネートレードみたいな感じになってて余所からの風当たりは強い。
でも、リアルマネーは無いけど、ゲーム内マネーが潤沢にある人のことを考えると悪くは無いと思うんだよね。学生とかホントお金ないし。
「それで、ギルド招待だすから加入してね」
「うん」
桜華ちゃんが加入してくれたのを確認して、
『アイビーさんが加入しました、よろしくお願いします。えっとリアル初心者です』
『一応補足だけど、姫さまの友達だから過度な下ネタ振るんじゃねーぞ』
すかさずマスタが補足をいれてくれる。
助かるなあ。
桜華ちゃんが慣れない手付きでよろしくと打ってるのを微笑ましく眺めて、ボクは桜華ちゃんをどこに連れて行こうか考える。
今のボクには外に連れ出せる勇気はないけれど、ゲームの中じゃ昔みたいに前を歩いてあげられるから。
桜華ちゃんに前みたいだねって言われて、桜華ちゃんが帰ってくるまで考えてたんだ。
いつかきっと、前みたいになれるように頑張るから、今はゲームの中だけで我慢して欲しいかも。
「そういえば、桜華ちゃん」
「なに?」
「一日にゴシックラテまで一緒にいかない?」
「いいけど、どうして」
「沙雪さんがボクにモデルお願いって。この前の写真みて何着か作ったんだって」
「凄いね。そういう事ならついていく。沙雪さんに会ってみたい」
「ボクも。きちんとお礼言いたいし。なんで沙雪さんは沙雪さんって名乗ってるのかの理由も聞きたいし」
「それは分かる。このゲーム内にいる沙雪さんも、あの沙雪さんなんでしょ?」
「そうだよ。どっちかというと繋がりはこっちからだし」
「いいなあ、燈佳ちゃんだけずるいなあ」
「それもあったから、シェルシェリス誘ったんだけど」
「うん、ありがとね。私もちょっと仲間外れは寂しかったから」
それは早い内から気付いていた。
割とボク達は廃プレイヤーな方だし、色々と時間ずらしたりしてレベル上げとかレア掘りとかしているから、学校でもそう言う話が多いのだ。
そのたびに桜華ちゃんは少しだけ寂しそうな感じになって、相槌マシーンになっていた。
だから、やってみようかなって言ってくれたときはボクはとっても嬉しかったんだ。
「よし、今日は夜更かしするぞー!」
「お、おー」
ボクのかけ声に桜華ちゃんが戸惑いながら答えてくれた。
その日は日が昇るまで久しぶりにがっつりと遊んだ。
うん、とっても楽しかった。
桜華ちゃんも楽しんでくれたのなら嬉しいな。




