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巻き込まれて女の子になったボク  作者: 来宮悠里
ひとつめの願い
33/166

32:本当のたたかいはこれから

「これでよかったのかにゃー?」


 目の前に現れた黒猫さんが嘲笑うかのような言い草で茶化してきた。

 うん、これでいい。

 今のあの人達にとって『榊燈佳』は小学校高学年くらいの背の高さで、亜麻色の髪の女の子なんだから。

 自分が榊燈佳と名乗るのは筋違いだ。


「そろそろ時間でしょ。ボクはどうしようか」

「さあ? 後処理までは面倒見きれないよ?」

「そっか。じゃあもう一個」

「なあに?」

「ボクの女の子の体はどこから来てるの?」


 疑問だった。

 こうやって瞬間的に男の体に戻れる。魔法的な何かなのは分かっているけれど、その理屈が知りたい。

 自分の体がどこに保管されているのか気になって仕方が無い。

 だって、等身や質量まで変わっているんだから、物理学的な法則の埒外にあるはずなんだ。


「全ての可能性を内包する世界、かにゃ?」

「なにそれ」

「まあ、運命の分岐路を遡ってきみが女の子として生まれた運命をトレースしてる感じかな。その中でも、とりわけ今のきみと状況が酷似した子を選んで呼び出しているけれどね」


 わけが分からない。

 多分、分からないように説明しているのかも知れないけれど。

 前も説明がいい加減だったし。そういう子なんだろう。


「にゃー、ボクは説明が苦手だから、難しい事はまおーさまにきいてほしいにゃー」


 頭を抱えて器用に首を振る黒猫さんが可愛らしい。よく分からないなら仕方が無い。

 まあボクだってよく分からないし、なるようになる感じかな。

 女の子のボクは要するにあったかもしれないという可能性の存在なんだね。


「さて、そろそろ時間にゃー。ボクは一足先に戻って、レンリ達に事の次第を説明してくるよー」


 ボクの体からも光が溢れてきてる。あっという間の三十分だ。

 でも、まだこれからやることがある。

 名前は確か、渡辺ゆかりだったかな。あのしてやったりという顔、忘れない。


 元の体に戻って、茂みからでる。

 幸い山頂までの道は人の足で踏みしめられた獣道。

 横道は木々と茂みになっていて、変なショートカットをしようと思ったら絶対に道に迷う場所だ。

 ボクが戻ってくるのが遅かったのも少し迷ったといえばいい。

 それと男のボクと出会った言い訳は、フィールドワークをしていた人だと言えばいいか。


「戻ろう」


 声が戻っている。視点も二十センチあまり下がっている。体も女の子の物になってしまっている。

 うん、元に戻った。


 うん、元に戻った……。その感想がしっくり来る。どうしてだろう……。


 山道を登ること数分、山頂の展望台に出た。

 騒ぎは大分沈静化している。各クラス毎に集められ、待機という感じかな。


 事が事だ。オリエンテーリングはここで中止だろう。


「榊、戻ってきたか」

「はい、少し迷ってしまって」

「いい、全部聞いた、何早まったことをしてくれたんだ」


 鈴音先生が怒っている。

 静かに、それでいて確かに分かるように怒っている。


「誰も動かないから……、ボクがやるしか無かったから」

「そうだな……。榊なら助け出せる手立てがあったから行動に移したんだな。それで助けたのは確かに上出来だ。だけど、次同じ事があったらどうする? 榊燈佳が飛び込んでくれるだろうって皆に思わせることになってしまったのは事実だ。お前は次見知らぬ誰かが同じ目に合って飛び込めるか? この光景の一部始終を見ていた奴等はお前に期待をするぞ。この意味が分かるか?」


 鈴音先生は何を言っているのだろう?

 ボクには分からない。ただ無我夢中で桜華ちゃんを助けたかっただけなのに。


「分からないか。そりゃあそうだな。まだたかだか十五の子供に、英雄視の意味を説いたところで分からないか。まあ、なんだ、危ない真似はやめとけ。特に榊は今は女子だ。身の丈に合った行動を心得ろ。後で時間を作る、渡辺とはしっかり話をしておけ。禍根は残すなよ」


 怒っているのか呆れているのか、分からなかった。それに、言いたいことはちっとも理解できなかった。

 ボクの腸は煮えくりかえったままだ。同じ目に合わせないと気が済まない。

 ボクは聖人君子でいられないのは自分がよく分かっている。大事な人を傷つけられて、怒るなと言う方が無理だ。


 ボクは待った。

 学年主任の話を聞き流し、時間を取ると言った鈴音先生を信じて待った。

 そして、その時は来た。


 解散前の束の間の時間。

 にやつく笑みを浮かべる渡辺ゆかりが率いる六班に向かっていった。

 にやついているのは渡辺ゆかりだけで、他の五人は罪悪感からか表情が暗い。


 渡辺ゆかりと言う人物は、どうしようも無くステレオタイプだった。

 高校デビューを目論んだのであろう、染め痛んだ茶髪にピアス。最近のファッション誌の流行を無理矢理取り入れた服装は、とても似合ってない。


「ねえ、渡辺さん」

「何、榊さん」

「ちょっとこっちに来てくれないかな、二人っきりで話がしたいんだ」

「いやよ、話があるならここですればいいじゃない」


 まあ、尤もだ。

 渦中の人間が話をしたいと言っても普通は動かないだろう。

 なら、強攻策だ。目には目を歯には歯を。


「だと思ったよ。無理矢理にでも連れ出すよ」


 渡辺ゆかりの手首を掴み、ボクは転落防止柵の方へと引っ張っていく。

 普段なら力負けしているだろうけれど、今は違う、腸が煮えくりかえっているんだ普段以上の力が出る。


「ちょ、離してよ! あたしをどこに連れて行くつもり?」

「ここだよ、ねえ、渡辺さん。落ちてよ」


 ボクは渡辺ゆかりの後ろに回り込んで、崖の方へと押しやった。


「ほら、早く、落ちてよ。人が一人落ちても笑っていられるんでしょ? なら同じ事やって見せてよ。出来るでしょ? ねえ、できるから笑っていられるんでしょ? ほら、早く。落ちてよ。何やってるの、ほら、早く自分から落ちてくれないと、ボクが落とすハメになるじゃん。」


 やめてと懇願する渡辺ゆかりの言葉を無視して、ボクは後ろから押し続ける。

 絶妙に耐えることの出来る力加減を忘れない。


「や、やめ、やめてよ……あ、あたしが何をしたって……」

「ボクの大事な友達を、親友を、生来からの付き合いの幼なじみを殺そうとした。それだけで十分じゃ無い?」

「い、いや……あたし、まだ、死にたく……ない……」


 笑みを浮かべてボクは言った。

 周囲の視線が集まってる。ボクのやっていることに畏怖している目だ。


「だ、だめ……燈佳くん」

「桜華ちゃん……、どうして止めるの?」


 ふわりと、後ろから抱き留められた。

 声の主は桜華ちゃんだ。


「ダメだよ……そんなことしたら中学の時と一緒になっちゃうよ……」


 中学の時と……一緒?

 フラッシュバックする。仲のいい友達が虐めに遭っていた。

 クラス全員から虐めに遭っていた。彼はボクにもう死にたいと漏らした。

 なら、と、ボクはクラス全員に死んだ方がマシだと思うことの仕返しをした。

 筆舌しがたい惨事を一日で巻き起こした。

 そして……その友達がボクに言った一言を思い出した。


 ――嫌だ、榊、殺さないでくれ……


「あ、ああ……ボク……また……」

「大丈夫……今なら大丈夫だから。やめよう? 渡辺さんも大丈夫だから、早く逃げて」


 気持ち悪い。中学の時の畏怖の視線が、腫れ物に触るような視線が怖い。

 それと同質の物が今向けられている。


「うん、気持ち悪かったら吐いていいから。私は生きてるから、ほらいい子いい子」


 押さえ込むように座らされて、抱き留められて、背中をぽんぽんと子供をあやすように叩かれて。

 昂ぶっていた気持ちが落ち着いてきて、やっと事の重大さに気付いた。


「ありがとう、私の為に怒ってくれて。でも大丈夫だから。私は燈佳くんを守るって言ったでしょ?」

「おう、かちゃん……ぼぐ……ごめん……うぐ……」


 二の轍は踏まないって決めていたのに。

 またやらかすところだった。気付いて、吐き気がこみ上げてきた。

 ボクの暴走で人を一人殺すところだった。


「燈佳くんが一人で行ったとき、みんな心配してたよ。今もみんな行こうとしてたんだけど私が止めてきたの。火に油を注いだらダメだって思ったから。燈佳くんをよく知ってる私が来たの」

「うぐ……うえっ……ごめ、ん……ひぅ……」

「うん、大丈夫。後でちゃんと謝ろう。ほら、私は燈佳くんのお陰で無事だったから、怒ってないよ」


 止めどなく溢れる涙を拭うことも出来ずに、ボクは小さな子供みたいに泣きわめいた。

 緊張の糸が切れて、桜華ちゃんが無事だったことにほっとして、人を傷つけなかった事に安堵して。


 こうして、泣いてばかりのボク達の集団宿泊教室は終わった。

 桜華ちゃんは念のため病院に連れて行かれて、ボクは白川先生のカウンセリングを受けることになった。

 カウンセラーの許可が出ない限り、学校に登校することも禁止された。

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