29:二日目がはじまる!
朝、体を起こして、辺りを見回すと、知らない部屋だった。
どこだっけ、ここ……。
ああ、えーと、そうだ思い出した。集団宿泊教室だった。
昨日はお風呂から上がって、部屋に戻って、適当に雑談中に寝てしまったんだっけ。
布団に潜り込んだ所までは覚えているけれど、そこから先の記憶が曖昧だ。
辺りを見回してふと苦笑が漏れた。
行儀良く眠っている江川さんと大橋さんに、布団は蹴飛ばしてるけどすやすやと眠っているくるにゃん。
緋翠ちゃんは、桜華ちゃんの毒牙に掛かって寝苦しそうにしている。
「今何時だろ」
朝日が差し込んでいないからまだ、早い時間なのは確かだけれど。
部屋の時計を探して視線が右往左往。スマホは電源切ったままバッグの中だし。
まだ五時を少し回った所だった。
習慣になった癖は多少のトラブルがあったところで変わる物でも無いらしい。
朝食やお弁当の準備をする必要がないから、暇を持て余す……。どうしよう?
たしか朝食の時間は七時だし。
流石にみんなを起こすのも忍びないから、ロビーで本でも読もうかな。
ちょっとは明るいだろうし。
そうと決まれば、バッグの中からスマホと文庫を一冊取りだして、部屋を抜け出した。
まだまだみんな寝入ってて、しんと静かな廊下はちょっと不気味だ。
だからといってそれくらいで怖がるような玉じゃないけどね。
「あれ、先客だ」
ロビーには先客がいた。
目の冴えるような金髪は見紛うことなく瀬野くんだけど、ロビーの椅子に座って、近くの柱に頭を置いてぐったりしてる。
「瀬野くんどうしたの?」
ボクは瀬野くんの横に腰掛けて声を掛けた。
ちょっと疲れ気味の目元を隠そうともせず、
「ん、ああ姫さまかー……ちょっと眠れなくてなー……」
「何かあったの?」
「何かというか、まあ、罪悪感と幸福感と、興奮と、色々まざって……って、姫さま!?」
「うん、ボクです。今気付いたの……?」
「半分寝てたから、寝ぼけてたみたいだ。というか姫さまおはよう、早いね」
「いつもの癖で目が覚めちゃった。瀬野くんは眠れてないって言ってたけど、大丈夫?」
「あー、部屋の連中にもぞもぞ煩いって言われて部屋追い出されたからな。ここでうとうとしてたんだ」
重傷な気がする。
うーん、ボクが出来る事って何があるかな。
「今日のオリエンテーリング大丈夫……?」
「朝食まで眠れれば大丈夫だよ、そういや、姫さまパジャマも可愛いね。髪も三つ編みとか新鮮だ」
「あはは、ありがと……。ボクはジャージとかスウェットが良かったんだけどね……」
「となると、そのチョイスは笹川さんか。いいチョイスだ。ふあぁ……」
ああ、一個ボクに出来そうなことがあった。
いつかのお返しだね。
「瀬野くん、よければ膝を貸しますよ。目覚まし掛けておいてあげるから」
「お、おう……嬉しい申し出だが……ハードルたけぇって……」
「何か言った?」
最後何か言っていたけど聞こえなかった。
「いつかのお返し。遠慮しないで、柱にもたれるよりいいと思うけど、ボクだって安心して眠っちゃったし」
「あれは、確かにいい寝顔でした。むぅ、柱よりマシか……いや、しかし……!」
何か葛藤してるみたいだけど、流石にボク達の班の班長が絶不調じゃ困るし。
ここは強制的に、えいやっと。
「何をする!」
「優柔不断な人には容赦しません。時間は短いけどゆっくりおやすみなさい」
無理矢理膝枕の形に持って行く。
あ、ちょっとまって、これ意外と恥ずかしい。
目覚ましは起床時間より少し早めに設定しよ。
誰かに見られたく無い。
「うおお……あんなに細かったのにしっかりふにふに……」
「一体何の感想……」
「姫さまの太股の柔らかさ……。いや、これ、眠れるの俺……」
「ボクが大丈夫だったから、大丈夫だよ」
「いやえっと、俺と姫さまは性別が違うだろ。すげえドキドキしてんだけど」
「大丈夫ボクもちょっと恥ずかしい」
「ええー……裸見た時は全然恥ずかしがって無かったのに、どういう理屈なの……」
あれ、結構ボクもドキドキしてたんだけど、流石に言わないでおこう。
耳まで真っ赤になってる瀬野くんの頭を撫でてあげる。
さらさらの金髪は、指を通せば解けて滑り落ちていって、女の子の髪を触っているのとあまり感じが変わらない。
「ボクの事はいいから。おやすみ、マスター。目を瞑ってるだけでも違うんじゃないかな」
「お、おう……それじゃあ、離してくれなさそうだし、おやすみ」
「ん、おやすみー」
寝顔がちょっとしか見られないけど、なんか今は無理矢理目を瞑ってる感じだ。
もう暫くすれば普通の寝顔って見られるかな?
ボクだって見られたんだから、見る権利くらいあるはず!!
でも、こうやって膝枕とか出来るのは女の子になった特権だよね。
男の子同士なら、やっぱり気持ち悪いって思われるだろうし。
「ボクも本読もうっと」
あんまりまじまじと瀬野くんの寝顔を見るのもダメだろうし、ボクは側に持ってきて置いてあった本を読むことにした。
何の因果か、瀬野康明先生の本なわけだけど。
太股にちょっとした重さを感じながら読む本は新鮮だ。
気恥ずかしさと、充足感と、それとなんかよくわからないふわふわした気持ちが沸いてくる。
暫くすると、
「榊……と、瀬野か。早いな。で、瀬野は優雅に膝枕で一眠りか」
「夜眠れなかったみたいで、部屋追い出されたみたいですよ」
「ああ、そうか、そうか、やっぱり眠れなかったか!! まあ、そろそろ他の人も起きてくるから、早めに起こしてやれよ」
鈴音先生がやってきて、瀬野くんの事をゲラゲラと笑いながら食堂の方へ向かっていった。
まあ、理事長の方針が交友に関する全てを受け入れるみたいな感じだったし、注意とか何もないんだろうねえ。
人の往来がちょっとでてきたし、なんか本を読む様な静かさもなくなってしまったから、そろそろ瀬野くんを起こそうかな。
でも、寝顔はちょっとみたい。
いつの間にか寝てたのか気付かなかったけど、穏やかな寝顔だ。
そんな寝顔を見てると、ふと頬が緩んでしまった。
さらさらの金髪はやっぱり触りたくなるし、本当に眠ってるのか調べるために頬もつついてみた。
あれ、これって、あの時瀬野くんがやったことそのまま返してる?
そう思い至ると途端に恥ずかしくなってしまった。
顔が熱い。
恥ずかしいとは、ちょっと違うふわふわする気持ち。よく分からないけど、嫌じゃないのは確かだ。
「瀬野くん、起きて」
考えても仕方の無い気持ちはとりあえず、一度脇に置いておいて、ボクは瀬野くんを起こすことにした。
そろそろ微笑ましそうにこっちを見ながら通りすぎて行く従業員さん達の視線が痛い。
「ん、ああ……おはよう」
「ぐっすりだったね」
「まあ、流石に昨日から緊張して寝不足だったからなー……二日連続はキツイ」
「そうだったんだ、全然気付かなかったよ」
「まあ、気付かせないのも技術だしなあ、ううむしかし、この寝心地は癖になりそうだ」
「ひゃあ! ちょ、ちょっと何してるの!?」
「うむ、最後だろうから堪能しておこうと思って」
「ねえ、まだねぼけてる……?」
「いや、ばっちり起きてる。目覚めはいい方だからな」
たち悪い。
いきなり顔をすりつけられたら、誰だってびっくりする。
そんなに良い物なのかなあ? 今度桜華ちゃんにお願いしてみるかな。喜んでやってくれそうだ……。
「気が向いたらいつでもやってあげるよ。だから今は起きる」
「分かった分かった。だから頬を膨らませない」
「ぶう」
思いきり頬を挟まれた。
痛くはないけど、不思議な気持ちだ。
「よし、眠気も飛んだし、部屋に戻るわ。姫さまありがとね」
「ん、気にしないでいいよ。困ったときはお互い様だし」
「そうだな。それじゃ、戻るよ」
「うん、また朝ご飯の時にね、ボクも部屋に戻るよ、そろそろみんな起きてるだろうし」
「だなー、俺は寝てる奴を蹴り起こしてやる。昨夜の恨みだ!」
「ほどほどにね」
小さく笑って、手を振って瀬野くんを見送った。
流石にちょっと足がしびれた。人を長時間乗せるって結構疲れるんだね。
瀬野くんも足痺れたのかなあ。
さて、部屋に戻ろう。そろそろ着替えておかないと起き出して来たみんなに弄られる!