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巻き込まれて女の子になったボク  作者: 来宮悠里
ひとつめの願い
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02:外に怯える昼下がり

 日中、人の往来に怯えながら、ボクは何とか駅まで辿り着いた。

 帽子を目深に被って背中を丸め、努めて影を薄くして行動する。

 そうしないとボクはダメになってしまうから。

 人に見られたら動けなくなることが分かっているから。ボクなりに考えて暗いけれども前向きに、なってしまった事への向き合い方としてやっていることだ。


 何とか切符を買って、電車に乗ることができた。

 スマホを見ると、母さんからどうしてこんなことになったのかというメッセージが届いている。


 曰く、桜華ちゃんのご両親が海外に出張になって、娘一人を家に残すのが忍びないからボクに一緒に住んでくれと。

 曰く、父さんも母さんもボクの事を嫌いになったわけでは無いと。

 曰く、元々から決めていて、ボクと桜華ちゃんが十五になったときに、一人立ちをさせようと思っていたと。


 どれもこれも信じることができなかった。

 常識的に考えて男女二人を一つ屋根の下で生活させるなんてあり得ない。例えそれが笹川家からの要望だったとしても、榊家は飲んじゃいけない条件のはずだ。

 意味が分からない。

 貰ったメッセージには何も返事を出さないでおく。ボクの中での小さな反抗だ。

 その間にも、ボクのスマホにはメッセージが届く。

 ボクがやっているゲームのギルドマスターからだ。


 いつもログインしてる時間なのにいないけれどどうしたのかと。続けて体調不良なのかと心配のメッセージが入っていた。

 それにボクは、家を追い出されたと答えておいた。嘘じゃ無いし。


『嘘乙。そういやさあ、このサイトって知ってるか? どー思う?』


 相変わらずの気楽さにボクは少しだけ元気になった。不安が少しだけ紛れる。

 送られてきたURLを開く。

 あなたの願いが叶うおまじない。

 そんな胡散臭さ全開の文言が書かれている。


『胡散臭い、なにこれ』

『最近はやってるらしいぞ。やり方も簡単だし』

『マスターはやったの?』

『いいや? そんなんやるのはよっぽど切羽詰まってる奴だけだろ。俺は別に』


 そんな何でも無いやりとりをして気持ちを紛らわせた。

 電車の乗り継ぎを経て、何とかこれから過ごす天乃丘に辿り着いた。途中電車の中で気分が悪くなって何度も降りては休憩をして、乗り込んでを繰り返した。そのたびマスターとメッセージのやりとりをして、それを心の支えにして目的の駅まで向かった。

 そしてここから、歩いて三十分近く。

 地図はある。

 駅通りなのもあって、人は多いけれど、見渡してみると市街地に行くほど人が少ない。

 ただし車通りが多い辺り、ここら辺では移動手段に用いるのは主に車なだけで、人が居ないわけではなさそうだ。


「行かなきゃ……」


 この時間のボクはダメダメ人間だ。お店でジュース一本すら買えない。タクシーにも乗れなければ、バスも難しい。電車はもっての外だったけれど、耐えきれた。これだけは凄いって自分の事を褒めてあげたい。

 だから、早めに避難先に到着しないと。その避難先が本当に居場所なのかどうかも怪しいけれど。唐突な出来事で後ろ暗い思いの方が強くなる。

 本当はこの一年半で治したかった。けれども無理だった。でも少しだけでも前向きに物事を考えられるようにはなった。


 もうお昼も回ろうかという時間帯になって、漸く着いた。

 表札には笹川。うん、目的地のはずだ。

 下宿先の現在の家主は笹川桜華ささがわおうかちゃん。ボクとは幼馴染みの関係にある子だ。


 目の前の家を見上げる。大豪邸とは言えないけれど、大きな家だ。

 庭付きの一戸建て。これを桜華ちゃんが生まれたときにご両親が自分で建てたらしい。そう父さんが自慢気に話をしていたのを思い出す。なんで父さんが自慢げなのかはいまいち意味が分からなかったけれど。


 インターホンを押し、家主が出てくるのを待つ。

 暫くして、玄関が開き中から一人の女の子が出てきた。

 艶やかな黒髪を背中にかかるくらいまで伸ばした、綺麗な子だ。


「いらっしゃい。久しぶり、燈佳くん」


 少し無愛想だけど、落ち着いた声音は疑いようも無くボクの中の桜華ちゃん像と結びついた。


「お話聞いてるから、早く入って?」

「う、うん」

「自分の家だと思ってくれていいから」


 招き入れられて、荷物を玄関に置いて、


「お邪魔します……」

「違う」


 上がろうとして、間違いを指摘された。


「えっと……」

「私、自分の家だと思っていいって言ったよ?」

「あっ。でも、今日だけは……えっとじゃあ、これからお世話になります」

「ん、許してあげる。付いて来て」


 桜華ちゃんがボクを、これからボクの自室になる部屋に案内してくれる。

 二階の三部屋あるうちの一番奥。日当たりのいい部屋だ。

 いいのかな、ボクなんかがこんないい部屋で……。


「荷物全部運んであるから、この部屋は自由に使っていいよ。私下に居るから、分からない事があったら聞いて?」

「うん」


 そう言って、ボクを部屋に残して、桜華ちゃんはいなくなってしまった。

 部屋は八畳程度の広さの部屋だ。最低限の家具が置いてあって、目立つのは大きな本棚。次に立派な机がある。ベッドには新品らしき布団一式が置いてあって、ベッドの前には一人用の敷物が敷いてありその上には足の短い机がある。

 ボクの荷物は入ってすぐの所に大きな段ボールで六箱。うち二つはPCとメモ書きされている。

 まず、ボクは本と書かれた段ボールを開く。別にそこまで量があるわけでは無いけれど、お気に入りの漫画や小説ばかりが詰められている。それをシリーズ毎に丁寧に並べてしまって。


「燈佳くん」


 ノックも無しに部屋の扉を開けられた。

 内心びっくりしたけれど、口には出さない。だって、家主は桜華ちゃんだから。


「えっと、何?」

「お昼届いたら呼ぶから、携帯のアドレス教えて?」

「あ、うん」


 スマホを取り出して、桜華ちゃんとアドレス交換。

 親同士が友人だから、会うときは親を含めてということもあって、ボク達は互いの電話番号すら知らなかった。不思議な関係だ。


「じゃあ、それだけだから」


 そう言って、また部屋から居なくなってしまった。

 ボクの事気に掛けてくれてるのかな……。そうだと少し嬉しい。

 改めて、荷解きを再開する。


 ぼんやりととりとめの無いことを考える。

 天乃丘はこれからボクが通う学校の最寄り駅だ。

 電車で通うこともできるが、毎日通学に一時間以上かける事になる。

 だから、父さんも母さんもこの家に預けることを選んだのだろうと、善意的に取ればそう取る事もできる。

 だけど、今のボクにはそれすらも難しい。

 思考が思惑を悪意的に取ってしまう。

 変えたかった。昔のように額面通り受け取ることができるようになりたかった。

 今は裏の悪意を探ってしまう。

 ただ、でも、今はこの状況を受け入れるしかない。


 なってしまった物はしょうが無いのだから、適応して生きていかなきゃ。

 差し迫っては桜華ちゃんに迷惑をかけないようにしないと。

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