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巻き込まれて女の子になったボク  作者: 来宮悠里
ひとつめの願い
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26:たたかいのだいしょう、かっこわらい

 みんなでご飯を作って、それを食べて。とても美味しかった。最初の一口二口は。

 クラスの女子達から向けられる羨望と畏怖の視線にぞくぞくした。悪い意味で。

 いや、ほんと、調子に乗ってすみませんでした。謝るので許してください。

 そんなにボクを見ないでほしい。そんなに目立った動きはしていなかったはずなのに、どうしてこんなに注目されているの?


「おーい、姫さま大丈夫かー……?」

「ごめん、無理……」

「まあ、あれだけ派手に目立てばなあ……」

「ボクが馬鹿だったよ……」


 ええ、料理姿が鬼気迫るものだったのもあり、出来上がってから注目を浴びた。

 いや、もうなんていうの。クラスだけならまだ耐えられたけど、全クラスからくるとは思わなかったよね……。

 とっても辛い。


「燈佳くん格好良かったけど、今は可愛い」


 机に突っ伏して、洗い物は班員に任せている。ご飯も少ししか食べられなかった。視線に気付いてからすぐに気持ち悪くなってしまったし。

 事情を知っているから、みんな苦笑して進んでやってくれている。

 桜華ちゃんはボクの介抱役らしい。

 背中を撫でてくれていて、とても助かる。


「いやあ、姫さま百面相は入学式以来かな」

「煩いです」


 瀬野くん曰く、凜々しく指示を出しながら料理をするボクから、ニコニコ楽しそうに食事をするボクがいて、視線に気付いて真っ青になるボクになるまでのシームレス感が凄まじかったようです。

 そして、今はグロッキー。


「よしよし、怖かったねー」

「桜華ちゃんも煩いです」


 思ったよりもテンション上がっててびっくりだよ。


「桜華ちゃんそろそろやめて欲しいかも。ボクそろそろ限界。リバース寸前。そっとしておいて」

「えー……」

「ちょっと部屋で横になるからお風呂の時間になったら起こしてください」


 ふらふらとボクはなんとか施設まで戻って、あてがわれた部屋の扉を開いて倒れ込んだ。

 フローリングのひんやりした感触がとっても気持ちいい。

 これから一番精神力を摩耗するイベントがあるんだ、少しくらい回復させないと。


「きゃっ、姫ちゃん大丈夫!?」

「ん……? ああ……」


 悲鳴とボクを心配する声で気がついた。

 そういや、部屋に入った所で力尽きたんだっけ。

 口元、大丈夫。吐いてない。ニオイも無し。

 無意識に戻してたら大惨事だったよね。せーふせーふ。


「はあ……、力尽きてました。驚かせてごめんね、江川さん」

「ううん、大丈夫だけど、姫ちゃんこそ大丈夫? 顔真っ青だよ」

「流石にちょっとね」

「注目されるの嫌いなのはなんとなく分かってたけど、そこまでだったんだ」


 ボク、今そんなに酷い顔してるのかな。

 さして仲のいいわけではないクラスメイトにも見破られるほどなんて。


「一応、クラス内で姫ちゃんの事は必要以上に見ないようにって触れ回ってたんだけどね。一応私委員長だから」

「気にしないで。少しすれば良くなるから。今日はちょっとはしゃぎすぎただけだから」

「そう? それならいいけど。もし気分悪かったら言ってね、保健の先生呼んでくるから」

「うん、ありがとう」

「もうすぐ入浴の時間だから、姫ちゃんも早くね。時間決まってるから」

「うん。なるべく早く行くよ。後ね、お願いがあるんだけどいい?」

「遠慮無くどうぞ。姫ちゃんに頼み事されるなんて自慢できちゃうから」

「あはは……。ありがと。その桜華ちゃん呼んできて欲しいんだ」


 江川さんに悪気は無いんだろうけれど、今のこの弱っている状態をまじまじと見られていて気力がドンドン減っていく。

 気分も悪くなってきて、今じゃもうちょっと立ち上がれない。

 というか、ね? 早く出て行ってくれないと、醜態を晒してしまう。


「う、うん。すぐ呼んでくるね。瀬野くんも呼ぶ?」

「なんで、瀬野くん? でもできればお願い」


 最悪恥を忍んで、トイレまで運んで貰わないといけない事案が発生するし。というよりもうほ確定でトイレ直行コースだ。

 まだ大丈夫だけど。このまま行けばお風呂でやらかす羽目になるから、ダメかも知れない。


「分かったよ」


 江川さんが頼もしい笑みを浮かべて部屋から出て行ってくれた。

 うん、人が居なくなってしんと静まりかえった部屋がとても心を落ち着かせてくれる。

 壁に背中を預けて、浅く息を吐く。気がつけば呼吸が荒れていた。


「燈佳くん、大丈夫!?」


 目を瞑って、息を整えることにだけ意識を割いていたから、どれだけ時間が経ったのか分からないけれど、部屋の扉が大きく開け放たれて血相を変えた桜華ちゃんが飛び込んできた。

 その後ろには、息を切らせた瀬野くんの姿もある。

 どうしてだろう、そんな二人の姿をみると、急に心細くなってきて、ぼろぼろと涙が溢れてきた。


「トイレ、連れて行って……」

「気持ち悪いのか?」


 瀬野くんの短い問いに、ボクは小さく頷いた。

 そして、ひょいと抱え上げられた。

 所謂お姫様抱っこ。

 軽々しくボクを抱え上げる瀬野くんが凄く頼もしく見えた。


「笹川さん、緊急事態だから許してくれるよな」

「うん、私じゃ無理だからお願い」

「姫さま、我慢出来なくなったら戻していいから、口に手当てときなー」


 言われるがままに手を口元にあてる。

 瀬野くんに抱き上げられたせいで、緊張が幾分か緩んでしまった。

 幸い周りには人はいなくて、ボクの部屋からトイレまでの距離は短い。

 だと言うのに持たなかった。瀬野くんの服を汚してしまった。

 胃がぐるぐるして、当てた手の指の隙間から胃の中身が溢れてくる。


「ごめん……」

「しょうがねえって」


 自分でも驚くほど小さくか細い声。

 瀬野くんの服に吐いてしまったというのに、嫌な顔一つせず、笑って許してくれた。

 それがどうしようも無く悲しくて。ボクはごめんとしか言えない。

 女子トイレの個室まで運ばれて、


「瀬野くん、服洗っとくから、渡瀬先生呼んできて?」

「ん、ああ。いつまでも居るのもあらぬ誤解を受けるしな」

「後、上のシャツも持ってきて貰えると助かる」

「はいよ。俺はまあ、半裸でもいいか」


 幸いというかなんというか、視線に気付いてからご飯は殆ど食べられなかったら、大惨事にはならなかったけれど。悔しい。

 良くなっていたと思っていたのに。その実全く変わりが無くて。


「ひぐっ……ご、ごめん……ボク、ボク……」

「ん、大丈夫。どうしたの? 何が嫌だった?」

「見られるの。大丈夫だって。クラスの中なら大丈夫だったから……大丈夫だと思ってたのに……」

「うん。怖かったね」

「マスターにも、迷惑かけて……。ボク……」

「うん。言いたいこと全部聞くから、言ってみて」


 桜華ちゃんはボクの口元を拭ってくれている。

 今、ボクは自分で何も出来ない。その無力さにうちひしがれて、余計惨めで情けなくて。

 ボクは大泣きしながら、心の内を吐き出した。

 入学式のこと。

 今日のこと。

 どうしてみんなボクを見るのか。

 女の子になったこと。

 それに付随する不安。

 男の子と一緒に話が出来ないこと。

 女の子と話が合わないこと。

 どうして、瀬野くんとボクをくっつけようとするのか。

 仲のいい友達のままじゃいけないのか。

 そして……


「どうして……、二人とも、ボクに優しいの……」


 一度ダメになった人に、どうしてここまで優しくできるのか。

 ボクの状態なんて普通見捨てられてもおかしくないはずだ。


「どうしてって……私は燈佳くんにしてもらった事を返してるだけだから」

「それは義理を果たして終わったらもうしなくなるの?」


 ボクの不安をしっかりと理解したのかわからないけど、桜華ちゃんは自分が汚れるのを厭わずボクを抱きしめてくれた。

 柔らかくて暖かくて……。


「弱気にならないで。私はずっと燈佳くんと一緒にいるって決めてるから。離れたりなんかしないから。それくらい燈佳くんの事好きだから。言葉にして欲しいならいくらでも言葉にしてあげる。だから、だから……そんな悲しいこと、言わないで……」


 ボクはまた涙が溢れてきた。

 どれだけ自分勝手な事を言ってしまったんだろう。

 桜華ちゃんだって、ボクを巻き込んだ負い目があるのに。

 それを表に出さずに今日まで過ごしてきたんだ。


「ごめん、燈佳くん、巻き込んでごめん。嫌だよね、急に女の子になって過ごせなんて怖いよね。分かってあげられなくてごめんね、気付いてあげられなくてごめん……巻き込んでごめん、ね……」


 桜華ちゃんの肩が震えてる。声も震えて、泣いているんだって、それがわかった。

 辛いんだ。やっぱり桜華ちゃんだって辛かったんだ。

 ボクだけじゃないって分かったら、余計心から来る物があった。

 そして、二人で声をあげて泣いた。


 どれくらい時間が経ったのか分からないけど、お互い目を真っ赤にして泣き止んだ頃渡瀬先生が現れた。

 絶妙なタイミング、空気を読んでくれたのかも知れない。

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