24:いざ出発の時!
校門にバスが六台止まっている。
一年生は全員校門前に集められていて、これから集団宿泊教室に出発するところだ。
みんなの私服。結構個性が出てる。いい加減な人、気合いの入っている人。
初日は昼過ぎに宿泊施設に到着して、それから夕食までは自由時間。施設の近くを散策する事が許されている。夕食は各班でカレーを作るみたい。定番だね。
二日目は丸一日使って周辺を歩くオリエンテーリング。
三日目は学校に戻ってきてレポートを書いたら解散みたい。
「健ちゃん知ってるか、泊まるところの風呂、覗けるらしいぞ」
「……瀬野、流石にそれは良くない」
「だけどよー、女子の裸気になるだろ?」
「覗きをして、停学処分になった先輩が何人か居るみたいだぞ」
「うっそだー。ふかしてんだろ?」
「事実みたいだ。五厘頭にされて、反省文百枚書かされた挙句三年になったら推薦貰えなかったと」
「まじかー……」
ボクが横にいるのに覗きの相談をしてる人達が居る。
瀬野くんと立川くんなんだけど。
「瑞貴、あなたも懲りないわね……。中学の時も寮で覗きしようとしてたでしょ……」
「あれは孝多先輩が歓迎とか行って連れて行くから仕方なくだな!」
「へえ、それで瑞貴は覗きに荷担するんだあ、へえ?」
後ろから責めるような緋翠ちゃんの声。怖いです。
「……別に覗きをされても減るものじゃないしいいけど。燈佳くんを見るのだけはダメ」
「なんでボク!?」
「だって、一番身の危険が大きいから? 無防備だし」
「ボクほど警戒心剥き出しな人は居ないよ!」
「仔猫が何か言ってる。瀬野くんも立川くんも覗くのは良いけどバレないようにやってね」
桜華ちゃんが釘を刺す。
いやでもまって、なんでボク警戒心が足りない見たいな扱いなの。
剥き出しだよ? ガルルルだよ……?
「あー、うん……。健ちゃん、覗きはやめようか。うちの女子共が怖い」
「えー、ミズキ、覗きやめちゃうのー? 折角いい覗きスポット教えてあげようと思ったのにー」
「にゃんにゃんは黙ってなさい……。いや、ちょっとくるみさん? 後でコッソリと教えていただけませんかね……?」
「いいよいいよ-。うへへ、おぬしも悪よのう。悪魔と取引をすると仰いますかー」
「おう、するする。代価は今日の昼のデザートでいいか? 何出るのか知らんけど」
「おおう! 話がわかるねえそれじゃあ、着いたら教えてあげるよう!」
コソコソ喋ってるつもりなんだろうけど、ボクに筒抜けなんだよなあ。
どうしてくれよう。
別に裸見られるのはどうでもいいんだけど、悪い事を考えているのが楽しそうで羨ましい。
ボクも本来ならあっち側だったのかなって思うと、ちょっと切なく感じる。
「はあ……俺はどうなっても知らないからな。一応止めるが、見られたらすまん」
「あ、うん。ボクは別に。男の子ってそう言うモノだろうから」
「瀬野が特別酷いだけだと思う」
「でも立川くんもなんだかんだで女子の裸みたいんでしょ?」
「いや……それは……答えは差し控える!」
どこかの政治家みたいな話の切り方だ。
やっぱり男の子ってそういうのに興味があるんだなあ。
でも、ボクはどうなんだろう?
やっぱり、覚悟は決めたし、練習という名の強制で三回くらい桜華ちゃんとお風呂に入ったけれど、恥ずかしいという思いはあんまりしなかった。
見ちゃいけない見ちゃいけないって思うから、恥ずかしいわけで、頭の中で切り替えが出来ると不思議とその恥ずかしい思いも薄れてしまった。
「そろそろバスに乗り込めー。出発の時間だぞ」
鈴音先生がクラスのみんなに聞こえる声で言った。
気がつけば前の三組までは既に乗り込んでいて、ボク達のクラスの番になっていた。
バスの席順は、クラスの席順をそのまま順番に割り振る形だ。
ボクは窓際の席で通路側が瀬野くん。乗り込むときに姫ちゃんずるーいとかって声が女子から聞こえてたけど無視無視。
今更班員以外の人と隣同士になっても会話が上手く続く自信がないし。
「よろしくね」
「ん、ああ。つってもなあ、バスで二時間だろ? 長くね……」
「途中お昼休憩挟むから着くのは二時くらいみたいだよ」
「姫さまは真面目だなあ」
「いや、登山道具の一部を持ってきた瀬野くんほどではない。ボクはしおりを読み込んで武装を持ち込んだだけ!」
「武装って。何、気合い入れの道具でも持ってきたの」
「エプロン。いつもいつも馬鹿にされてるから、たまにはボクの本気を見せるつもり!」
「あー……。馬鹿にっていうか可愛がられてるだけだと思うけどなあ。姫さまの料理美味いし」
「ん、ありがと。伊達に小さい時から仕込まれてないからね」
ボクの料理スキルは、小さい時に色々やらされた副産物だ。
なんでもやったけど、その中で一番性に合っていたのが料理で、じゃあってことで土日や長期の休みの時は家族で料理の特訓をしていたのだ。
だから、今では得意分野。それをからかわれるとやっぱりむっとする。
「でも今日はちょっとあんまり眠れなかったから眠い」
「姫さまでも楽しみで眠れない時ってあるんだな」
楽しみというか、まあ覚悟を決める的なあれやそれで眠れなかっただけなんだけど。
これを言った所で理解はして貰えないし、知ってるのは桜華ちゃんだけでいい。
「私も今日は燈佳くんに付き合って寝不足だから、ひーちゃんの膝枕で寝るー」
「ちょっと桜華! 肘掛けあげてこっち寝転ぶな!!」
「ひーちゃんの膝はすべすべだねー」
「撫でるな! 頬ずりするな!! 寝るのはいいけどあたしに迷惑を掛けないで!」
「後で、燈佳くん特製のおやつあげるから許して」
「むぅ……。それなら……っていいわけないでしょ?」
緋翠ちゃんは桜華ちゃんの餌食になってしまった。
しょうがないショートパンツにニーハイなんて格好、絶対領域に頬ずりしてくれと言っているようなものだしね。
桜華ちゃんは割とそう言うところをからかうというか、他人の視線から守るのが上手い。きっと緋翠ちゃんも浮かれて警戒心が薄れていたのかも。
「さあ、姫さまカモン!」
「……やらないよ?」
流石に人目があるところで出来るわけない。
瀬野くんがとてつもなく残念がっている。そんなにボクに乗っかって欲しいのか……。
でも人の膝で眠るのって意外と悪くないんだよね。童心に帰れるというか、人の温もりで安心感を覚えられるし。
「なぜだ。モールじゃしてくれたのに!」
「ちょ、あの時のこと持ち出す? ならボクだって考えがあるよ?」
「はい、すいませんでした。わたしが悪かったです」
「分かればよろしい」
どうもあの時ボクが寝転けている間に少し悪戯したことを負い目に感じているらしい。
そのことを持ち出すとこうやってすぐさま謝ってくれる。
「よし、それじゃあ全員乗り込んだな。途中道の駅で昼休憩を挟んで到着は二時前の予定だ。気分が悪くなったりしたらすぐ言うんだぞ。体調悪い奴はいないかー?」
鈴音先生が点呼をとり、みんながそれに答えている。
眠いくらいで、気分は特に悪くはない。いざとなったら瀬野くんに助けて貰おう。
「やっぱり、眠い。肩だけ貸して。窓は冷たいから」
「まじか……。膝枕よりハードルたけえ……」
「何か言った?」
「いえ、何も」
「お腹空いたらボクのリュックの中にクッキー入ってるから、それ食べていいよ」
「それはいいんだけど、見られたらいけないモノとか入ってないよね」
「大丈夫。着替えとかは大きい方のバッグに入ってるから、そっちは特に入ってないよ。タオルとティッシュと、絆創膏くらい」
「なら大丈夫だな。というか、先に出しててくれ!」
「えー……もう、しょうがないなあ」
ボクは足下に置いたリュックを開けて、中からタッパーに入ったクッキーを取り出す。
寝不足の原因はこれもある。
しっとり目のクッキーを焼いていた。チョコとプレーンとマーブルとドライフルーツ入りとか、色々。多分クラスみんなで食べられるくらいには焼いてきたかも。
桜華ちゃんとボクとくるにゃんと三人で分けて持ってる。
焼いている間に女子と一緒に行動する覚悟を決めていたわけだけど。
まあ、多少恥じらいが合った方が女の子らしいよねって事で、半端な覚悟だ。
「はい、どうぞ。みんなで食べていいよ」
「これが姫さまのちっちゃな手から作り上げられたお菓子だというのか……」
「小さいは余計。あげないよ?」
「頂きます。頂きますとも! 野郎共! 女神から下賜された食物座して頂こうではないか!」
ああ、下賜と菓子を掛けてるのね。なんでこんなにテンション上がってるの。
意外と男子が色めきだってるし。
「瀬野煩いぞ」
「あ、はいすいません」
鈴音先生に窘められている瀬野くんを尻目にボクは大きな欠伸をした。
本格的に眠くなってきた。
バスも出発したようで車の揺れが余計眠気を誘う。
「んぅ。おやすみ瀬野くん」
「あ、ああ。何かあったら起こすよ」
「お願いねー」
目を閉じて、頭を瀬野くんの肩に乗せる。
んー、頬に当たる瀬野くんの服の感触がぴよすけみたいで気持ちいい。
やっぱり眠気には抗えない。
みんなの話し声がどんどん遠く聞こえる。
「くそう、瀬野羨ましすぎる……」
「駒田うっさい、姫さま起きるだろ」
「ねえ、瀬野くん、姫ちゃん特製クッキーちょうだい」
「ああ、ほら」
「あんがと……何これ美味しい。いいなあ姫ちゃん料理出来るって。瀬野くんはそうそうにいいお嫁さん見つけたね!」
「嫁じゃ、ないけどな……まだ……」
「えー、じゃあ私が貰っちゃう」
「ダメ、燈佳くんは私のだから」
「うわっ、桜華起きてたの!?」
「また寝るけど、聞き捨てならない台詞が聞こえたから」
みんな楽しそうだ。
これから三日間楽しくなればいいなあ。