22:悩みを相談してみた
「ええと、つまりなんだ……。榊が女子風呂に入ってもいいかって事か……?」
「はい」
翌日の放課後。ボクは鈴音先生に相談を持ちかけていた。
そんな鈴音先生はとても困ったように頭をがりがりとかいている。
「まあ、そうだなあ……ちょっと待ってくれ」
鈴音先生が困ったように携帯を取り出すと、
「すまん、睡瑠、急用だ生徒指導室まできてくれ」
相手の返事を待たずに電話を切った。
「俺からはなんとも言えない。教師としてはいいんじゃないかとしか言えないが、男として考えたときに、榊の悩みも分からなくもない。まあ、俺が榊みたいになったとしたら気にせず入るがな! 女の体には興味を持ってるんだろ?」
「……体育の着替えも実はあんまり」
「恥ずかしいのか?」
「はい」
「……なるほどなあ」
鈴音先生は訳知り顔で頷く。
ボクにはちっとも意味が分からない。
というか、先生が女になったら普通に入っちゃうんだ。
「蓮理、呼び出して何? あら、榊さん」
「悪いな。榊の事情は知ってるだろ。ちょっと相談に乗ってあげてくれないか」
「別にいいわよ。それで相談って?」
ボクは鈴音先生にした内容と同じ事を話した。
今度の集団宿泊教室で自分は女子と一緒にお風呂に入ってもいいのかどうか、寝床も一緒にしていいのかどうか。正直、今女子トイレに入るのも恥ずかしく思っていること。
「榊さん」
「はい」
「今を受け入れるしかないよ?」
「はい……」
つまり覚悟を決めて女子と共に過ごせと。
やっぱりみんなそう言うのか。
「先生は嫌じゃないんですか?」
「心が男の子の見た目女の子が一緒にお風呂に入ること?」
「はい」
「別に気にならないかなー。だって、たぶんまだ榊さんは心の二次性徴がきてないと思うから」
「心の?」
「うん、一応あなたが不登校になるまでのデータ。というよりも兄さんの所に一度カウンセリングに来たときのデータも貰ってるから、体の方は成長してるのは分かるけど、それに伴う心の成長がないのは分かってるつもり」
今聞き捨てならない台詞が聞こえた。
カウンセリングに行ったことがあるのは言っていないし、それに兄さんって。
「えと、すみません。ボク先生達にはカウンセリングの事は言ってないはずですけど」
「ああ、それはな、俺等の兄貴、白川聖也は元々カウンセラーだったからな。榊燈佳って名前を聞いてピンと来たらしくて、今年度から無理矢理この学校の養護教諭になったんだよ。全く結々里もやってくれたよなあ……家に名簿おきっぱなにするとか。兄貴に見てくれって言ってるようなもんだろ……」
「ええと……」
「まあ、俺たちがきみのことを知っているのは兄経由の側面もある。でも今の様子を見る限り少しは味方が増えたんだろ? 楽しそうだしな」
「はい。楽しいです。たまに気分悪くなるときもあるけど、みんなが助けてくれるから」
「ならいいことだ。とりあえず話を戻そうか。睡瑠頼んだ」
鈴音先生がバトンタッチ宣言をする。
「はいはい。えっと、榊さん、男の子の時にオナニーってした? それよりも女性の裸を見て興奮とかした? 恥ずかしいと思って目を背けて見ることすらしてないんじゃないかな」
どうして分かるんだろう。
というより、オナニーとか、興奮とか、どうしてそんなこと臆面もなく言えるんだろう。
恥ずかしくて死にそうだ。
「沈黙が答えね。二次性徴って簡単に言うと心も体も子供から大人に変わることなの。丁度中学二年生くらいからね。女の子はもっと早いけど男の子は大体それくらい。そうしたらセックスに興味を持つし、オナニーもするようになる。でもあなたは違ったんでしょ?」
「はい……」
ちゃんと恥ずかしくても、自分の口で言わないといけないことなのかな。
でも、そう言うのを口に出すことって躊躇われる。隠さないといけないことのような気がするから……。
「おいおい、睡流あんまり虐めるなよ……。顔真っ赤じゃないか」
「虐めてるつもりはないんだけど。先生として性教育はしっかりしないと。これから榊さんがどうするのか分からないけど、大人になれば結婚もするし子供も作る。何も知らないじゃ済まされないから」
「まあなあ。俺も三児の父だし。兄貴も子供いるしなあ。睡流は行き遅れだが」
「わたしはそうねー。別にいいかなって。一応セックスがどう言うのかも経験したし、子供は桃ちゃんと結々里ちゃんのがいるから楽しいしね」
「そんなもんかねえ。俺は自分の子が出来たときは相当嬉しかったけどなあ」
「人それぞれだよ」
ダメだ、大人の会話でついて行けない。
どこまで行ってもボクは子供だって思わされるだけだ。
「えっと、とりあえずわたしからは、榊さんが女の子に混じって行動をすることに制限はかけれないかな。その見た目で男の子達と一緒にすることも出来ないし、生理が来たとか、風邪を引いたとか意外で特別扱いは出来ないし。そうしないと趣旨から外れるからね。集団宿泊教室の目的って極端な話お互いのことを知りましょうって言う催しだからー」
協調性云々という小難しい話よりも言いたいことはよくわかる。
だから最初の席も班が作りやすいようにしてあるし、部屋割りとかも作為的に割り振られているみたいだ。
でもやっぱり、ボクは女の子として行動をしないといけないようで。
どうしよう……。
休んだらきっと、瀬野くんや桜華ちゃんは残念がるだろうし。三日も人の家でひとりぼっちで過ごせる程ボクのメンタルは強くない。
「まあ、当日本当にきついと思ったら言ってくれれば配慮はする。だけど、どうするかくらいはしっかり考えてもいいと思うぞ」
「はい……」
「そう、暗い顔するな。折角可愛い顔付きが残念だぞ」
「先生も、ボクの事可愛いって言うんですね」
「嫌か?」
「嫌、ではないです。けど……」
けど、なんだろう?
別に格好いいと思われたいわけでもないし、かといって可愛いと思われたいわけでもない。
嬉しい反面、どこか残念がっている自分が居る。
分からない。
「ふむ……睡瑠、どう思う?」
「わたしは、要経過観察。蓮理は?」
「俺も同意見だな。てか、俺等もあんなんだったよな、双子だし」
「そうね-。蓮理は女装が似合ってたのに、本気で嫌がってたし」
「懐かしい思い出だ。榊、今でこそ俺たちはこんなんだが、榊くらいの歳まで俺たち見分けは胸があるかないかでしか見分けが付かなかったんだぞ」
双子……? 鈴音先生と渡瀬先生が?
見えない。
だって、鈴音先生は身長はそこそこだけど、ちゃんとした大人の男性で、渡瀬先生は、女性にしては身長が高いけど、ちゃんと女性だし。
眼鏡の差とか、髪型とかじゃない。顔付きも体つきも違う。
「まあ、俺も昔は可愛い可愛いと馬鹿にされていたから、可愛いと言われて戸惑う気持ちは分からんでもないよ。でも、結局気持ちは自分にしかどうしようもないんだから、好きにやるしかない」
「えっと。それとボクが女子として行動する意味は……」
「それも自分で決めろ。代理被害で女になった、けど、それは事故か? もしかしたら神様の悪戯かも知れないし、試練かも知れない、榊にとってのチャンスかも知れない。それを決めるのは榊自身だ。後ろ向きで考えずに前向きで考える方がいいと俺は思うがな」
「前向きで……」
「ああ、その姿で何を学び、何を得、どう生きていくのか。それを決めるのは自分自身だ。流れに身を任せて見えてくるモノもあるだろうし。今は女子だから女子として生活するという流れに身を任せてもいいんじゃないか?」
やっぱり大人の人だ。
確かな回答ではないのは分かっているけれど、自分の中の指針というかそう言うのがはっきりしたかも。
流れに身を任せてもいいんだ。結局恥ずかしいとか思ってもいいみたいだし。
もし願い事を二つ叶えて、どちらとして生きていきたいか決めたとしても、その答えは高校卒業まで保留してもいいんだ。性急すぎなくてもいい。
ゆっくりとボクが納得できる形で答えを出せばいいんだ。
「えっと、相談に乗ってくれてありがとうございました。受動的ですけど、今は流れに身を任せて見ます」
「ああ、また悩みがあれば相談に乗るぞ、睡瑠がな。俺は聞くだけだ」
「まあ、わたしは別にいいけどー。もし、本当に苦しいときは大人を頼っていいんだからね」
鈴音先生も渡瀬先生もいい先生だ。
頼れる大人が近くに居るのは凄く楽だ。
そういう意味じゃ、父さんと母さんもボクにちゃんと逃げ場を用意してくれた。
最終的には追い出したけど。
「榊さん、もし心の悩み、恋とか性とかそういう悩み事は溜め込まずにちゃんと相談するのよ。特に榊さんの場合は誰にも相談できないだろうから、わたしが聞くから」
「はい! それじゃあ、ありがとうございました!」
「来たときよりもいい顔だな。じゃあ、気をつけて帰れよ」
失礼しましたと一礼して、ボクは生徒指導室から出た。
心の靄は晴れたかも。もしかしたらすぐに曇るかも知れないけれど。
うん、自分らしく、生きていこう。それが一番なんだ。