16:準備が始まった!
文化祭の準備が本格的に始まった。
メインで役を演じるのは数人程度だけれど、モブも含めるとクラスの大半が引っ張り出されることになっている。
台本のたたき台はすぐに出来上がってみんなに配られていて、その中で配役も決まっていた。
メインである姫と騎士は、姫がボクで、騎士は緋翠だ。正体がバレるときは瑞貴が入れ替わることとなっている。
特に異論が出ない辺り、主役級の役どころをやりたくないと言う思いが現れてて面白い。まあ、できればボクもひっそりとしていたかったけれど、流石に手伝うと言った手前、そう言う逃げは許されない。それに覚悟も決まったしね。
ちなみにボクの姿は御簾のようなもので隠して、基本的には表に出ないようだ。
瑞貴の配慮が嬉しい。
「姫ちゃん、元気になって良かったよー」
「うん、心配掛けてごめんね」
「……? 気のせいかな……?」
江口さんが何を思ったのかよく分からないけれど、多分その気のせいは気のせいじゃ無いと思う。
ボクは女の子としてこれから過ごしたい。そう決めたから。
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配役が決まった人達は脚本が仕上がるまではする事がない。
だから、ボク達は結構暇だ。瑞貴がめちゃめちゃ忙しい位で、意外と時間的余裕はある。
採寸なんかはされるけれど、予算も決まっている。できる事なら、あり合わせの物を活用して予算を抑えないといけない。
被服に掛かる予算って結構比重が大きいらしいし。なら、減らせるところは減らしていこうという話になった。
気合いを入れるところ、手を抜くところ、方々を当たって調達できる所から色々と揃える。
西洋的なあれやそれは、鈴音先生がどこからか、上等な物を持ってきてくれた。私物らしいけれど、まあ、十中八九理事長の物だろう。光沢とか本物っぽい……。鉄の重さもしっかりと感じるし。それでも十分軽いけれど。
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「姫ちゃん、ちょっとー!」
「んー、なにー?」
暇だと思った時期がボクにもありました。
ボクに暇はありませんでした……。
なんでかって?
基本的なできる事の幅が多すぎたのが問題だった。
裁縫からDIYまで、基礎的なことは何でもできるから、引っ張りだこですよ。
てんてこ舞いで、もう自分の事で一杯一杯。
流石にボクの用のドレスは仕上がるまでの秘密だってことで、採寸だけされて放置されてるけれど、正直沙雪さんの服を間近でみているから、手製であれを越えるのは難しいと思ってる。正直なところ出来合いの品物でもいいと思うんだ。
「これは、こうして……」
やり方というか、ボク的な発想で指示をして、お礼を言われて解放される。
そんなことを繰り返している内に、ボク主導の下、小道具関係のディテールが細かくなっていって、見栄えだけがドンドン先鋭化していった。
正直これは悪い兆候だ! 作業が遅れている!
「燈佳、流石にそろそろ抑えてくれよー」
「わ、わかってるよ!」
苦笑しながら瑞貴が窘めてくる。
ボクだってこんなに拘るはずなんて無かったのに、気付いたら……ってやつだ。
しょうが無いよね、気付いたら拘ってたなんてこと、今までいくらでもあったことだし。CLOでもそれは良くあることだし!
瑞貴もそれをしってるから苦笑してるんだもん。
「そろそろ、台本が仕上がるから、出演者集まってくれー」
呼ばれて、メインの台詞持ち予定の人達がぞろぞろと別室に向かう。
ボクもその内の一人だけど、台詞は少なめらしいし、気楽だ。
まあ嘘の可能性が高いけれど!
「とりあえず、二幕目まで、三幕は明日明後日中には渡せると思う」
簡素に製本された藁半紙の台本が渡される。
あらすじの時に聞いた大仰さはなく、大体の演技指導要綱と簡素な台詞が羅列してあるのみだった。
えっと……これでやれって素人には無理臭くないですか?
ぱらぱらと内容を見ていくと、二幕目の途中で心臓が一際大きく跳ねた。
そこには、姿を隠した騎士の素顔を姫が知るシーンが入っていた。
あらすじの段階で省かれたってのは分かるんだけど、それがどうしても、今の自分とダブって見えて……。
もしかして、瑞貴ってボクの事知ってたりするのかなとかそういう野暮な考えが思い浮かんでしまった。知ってるはず無いのにね。
「そんじゃ、今日は読み込みだけして解散な」
固有名詞があるのは、姫と騎士くらいだ。
後は役職名がそのまま名前になっている。考えるのがめんどくさいって訳じゃなないみたい。殆ど名前を呼ぶことは少ないし。
姫がリリシア、騎士はローゼス。メイドは括弧書きで嫉妬の魔女と書いてある。
というか、これボクの台詞大分少ないけど、一つ一つが凄く重い……。
ええー……。
「あー、燈佳だけ残ってくれ。後でちょっと話したい事が」
「あ、うん。いいよ」
それで今日は解散となった。
正直なところ、他のクラスもわいわいとやってる中で、空き教室にボクと瑞貴の二人きりって凄くドキドキする。押し倒されちゃうのかな。
いやそれは無い。うん、セルフ突っ込みで来てよかった。
「あのさ、燈佳」
「何?」
「最後なんだけど、二つパターンをやりたい」
「えっと?」
要は、ちゃんとしたハッピーエンドとオレ達の戦いはこれからだエンドの二つを用意してまおうという物だ。
両国間の仲が取り持たれて終わりの一日目と二日目。
大筋に追加で、嫉妬の魔女と和解する三日目。
「うん、いいと思うよ。後ボク、別に顔出ししても大丈夫」
「本当か?」
「うん。だから、瑞貴のやりたい話を作ろうよ」
「ありがてえ! これで色々楽になる。無理させて済まんな」
「ううん。だって、ボクの顔がずっと見えないって、それだけで制約大きいでしょ?」
あんなの素人のボクでも分かる。無理だ。制限が大きすぎてやってられない。
もう多分、大丈夫。色々と考えることが減って、心の負担も軽くなったから。
「ああ、どうするか考えてた所だったんだ、燈佳がそれでいいなら凄く助かる」
安堵したような表情を見せる瑞貴の姿にぼーっと見惚れそうになってしまった。
ついつい手を握りそうになってしまうけど、我慢。
「うん、ボク頑張るよ」
「頑張ろうな」
ぐっとサムズアップしてくれる瑞貴に、ボクもサムズアップで返して、拳を打ち付けた。
それくらいはやっても良いんじゃないかな。だっても女の子として生きたいとは言ったけど、元々は男の子だもん。こういうのに憧れはあったし。
驚いた瑞貴の顔がとてもおかしかった。