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鬼人幻燈抄  作者: モトオ
平成編
179/216

『 My Dear? My darlin' ! 』・3



 彼を、ずっと前から知っていた。

 喋ったことも、顔を見たこともない。

 でも、彼がどんな人かは、ちゃんと知っている。

 優しくて、不器用で。

 とても弱くて、けれど誰よりも強い。

 泣き虫な彼を、あたしは知っていて。

 だから会いたいと思った。






 会って、いつか、伝えたい言葉が───。






 ◆






「え、と。こちら、桃恵萌さんです」

「流石にクラスメイトの顔くらい知っているが」

「それはそうだろうけど……」


 甚夜から真顔でツッコまれ、みやかは困ってしまう。実際、彼女も同じことを思っていたのだから、うまい反論も出てこなかった。

 放課後、生徒達は帰宅するか部活に行くかで、中庭には殆ど人がいない。

 けれど念には念を、一応人目を避けて、みやか達は立ち並ぶ葉桜の陰に甚夜を呼び出した。


“紹介してよ、葛野のこと”


 その申し出に難色を示したものの、散々「付き合っていない」だの「恋愛感情はない」だのと言った後だ。

「別に問題ないでしょ?」と言われてしまえばそこまで。結局萌に押し切られ、こうして甚夜を紹介する羽目になってしまった。  

 といっても同じクラス。当然ながら彼も萌とは面識があり、顔も名前も知っているのに改めて紹介し挨拶をするという、ひどく間抜けな構図である。

 それでも十分満足なのか、萌はにこにこと嬉しそうに笑っていた。

 曇りのない心からの笑顔がなんとなく引っ掛かったのは何故だろうか。考えても、みやかにはよく分からなかった。


「あの、だからね? 桃恵さんが甚夜のこと紹介してほしいって」

「桃恵が……?」


 クラスメイトなのだから教室で会えば挨拶くらいはする。

 しかし個人的に話す機会はなく、そもそも彼女はクラスでも派手な女子グループに属しているため、甚夜とはあまり接点がなかった。

 なのに、いきなり紹介してほしいとの申し出。相変わらずの無表情で内心を察することはできないが、彼からしてみたら不思議に思えるかもしれない。

 しかしある程度話を聞いているみやかには、彼女の願いが遊び半分の軽い気持ちではなく、とても真摯な想いだと理解できた。


“実はさ、高校に入学する前から彼のこと知ってたんだよね”

“だから追っかけてここを受けたの。んにゃ、ストーカーじゃないよ? ほら、あたしって一途なタイプだからさ”

“え? 喋ったこと? ないない! ていうか、向こうはあたしのこと知らないし“

“でも、ずっと昔から。彼に会いたいって思ってた”


 そう言った萌は、懐かしむように遠くを見つめていた。

 前々から彼女はみやかに対し甚夜との関係を尋ねたり、夏樹からも話を聞いているようだった。

 あれは興味本位やからかうつもりではなく、単純に意中の彼の交友を探っていたのだろう。

 今まで本人に直接声をかけられなかった辺り、外見とは裏腹に萌は随分と少女らしくて。

 だからなんとなく引っ掛かりを覚えつつも、みやかは彼女のお願いを断り切れなかった。


「あはは、ごめんごめん。なんか姫川って葛野と仲いいみたいだかさー、あたしのこと紹介してって頼んだの。折角同じクラスになったんだから、仲良くしたいじゃん?」

「ふむ、確かに」

「でっしょ? そーゆー訳で、よろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく。桃恵」


 ずっと会いたかった、伝えたい言葉があった。

 みやかに吐露した感情からは考えられないくらい軽い態度だ。知られたくないのは、恥ずかしいから? それとも他に理由があるのだろうか。

 萌が差し出した手を取って、二人はしっかりと握手を交わす。

 クラスメイトを紹介するというちょっと奇妙なシチュエーションだったが、どうにか上手くまとまったらしい。

 よかった、と思う。

 萌の願いを叶えてあげられたのだから、間違いなく、よかったで終わらせていい話だ。


「……じゃあ、後は二人で」


 役目を果たしたのなら居残る意味もないだろう。

 邪魔をするのも悪い。みやかは表情も変えず、なんの気負いもなくそう言った。


「行くのか?」

「うん。邪魔しても悪いしね」


 萌は真剣だ、多分みやかが思っている以上に。

 ギャル風の外見だが、彼に対する感情は決して遊び半分ではない。ならばこちらから何かを言うこともなく、後は二人に任せればいい話だ。

 それじゃ、と小さく笑顔を見せて、みやかはその場を後にする。

 足取りに迷いはなく、躊躇いも感じさせない。去っていく少女の背中は、颯爽という表現がよく似合った。


「姫川マジでクール……」

「そうか? 優しい子だと思うが」


 それを萌は冷静で落ち着いていると評し、しかし甚夜の受けた印象は違う。

 多少の引っ掛かりはあれど、萌の為に余計な我儘は言わない。

 本当に優しい子だと、小さな背を穏やかな心地で見つめる。姫川の娘というだけではない。みやかという一個人の気質も、彼にとっては非常に好ましいものだった。


「あれ、もしかして葛野。姫川のこと好きだったり?」

「勿論好きだよ。惚れた腫れたではないにしろ」

「ふうん……」


 照れもせず好きといい、きっぱりと恋愛感情は否定する。

 その言葉の真意を探ろうとしているのか、萌はほんの少しだけ訝しげに、微動だにしない甚夜をじっと観察していた。

 しかし結局分からなかったらしく、肩の力を抜いてにっかりと朗らかに微笑む。


「ま、いっか。ねえ、折角こうやってよろしくーってやったんだしさ、帰りにどっか寄らない? ほら、仲良くなる為にも」

「ああ、構わない。私も君に聞きたいことがあるしな」

「お、なになに? 3サイズ? えーと、上から87」

「ああ、いや。興味がない訳ではないが、今はそれよりも。……同じクラスになったその日から、遠巻きに私を見ていた理由の方が知りたいな」


 茶化した調子は穏やかな言葉に止められた。

 指摘は間違っていない。同じクラスになってから、ずっと彼を気にしていた。みやかや夏樹から話を聞いたり、色々と探ったりも。

 なるべく自然にと注意を払っていたつもりだが、しっかりバレていたらしい。

 別にいけないことをしたつもりはないが、裏でこそこそ動いていたのは事実。どうにもバツが悪くて、萌は苦笑いをしながら頬を掻く。


「あちゃー、気付いてた?」

「一応は。君とは、初対面だったと思うが」

「うん、そうだよー。たださ、あたし、前から知ってたんだ、あなたのこと」


 ぴくりとほんの僅かだけ甚夜の眉が動いた。

 以前から知っている。そう言った萌は、どこか不敵に笑っている。やはりその顔に見覚えはなく、けれど企みや悪意といった、こちらを害そうとする含みは感じられない。


「そう、か。では、どうする? 寄り道するにもこの辺りはあまり詳しくないんだ」

「それじゃ色々遊ぶとこ教えてあげる……って、そんだけ? そこはもうちょっとツッコんで聞いてくるとこじゃない、ふつー?」

「聞いたら答えてくれるのか?」 

「いや、答えないけど」

「だろう?」


 確かに答える気はない。少なくとも今は、教えるつもりはなかった。

 だとしても、もうちょっと反応というものがあるのではなかろうか。

 萌は若干戸惑った様子。遊んでいるような外見だが、ころころと表情が変わるところは案外子供っぽい。

 目的は見えないが悪い子ではなさそうだと、甚夜は小さく笑みを落とした。


「企みを持って近づいてきたならともかく、そう悪い子にも見えないしな。気にならないと言えば嘘になるが、君が話してもいいと思えるまでは待つさ」


 隠し事は重々承知。ただ無理に聞き出すつもりもない。

 そのスタイルは正直有難い。萌は少し照れたようにはにかみ、彼の対応に素直な感謝を述べる。


「ありがと。もうちょっと仲良くなれたら、ちゃんと教えてあげる」

「そうしてくれると嬉しい。こちらも嫌われないよう気を付けるよ」

「そこは大丈夫。今日だけで結構好感度上がったし。そんじゃ、早速遊びにいこっか?」


 彼女の意図は今一つ読めない。

 紹介して、という流れから単純な男女のそれかと想像していたが、どうも他にも含みがありそうだった。

 しかし決して悪い子ではないと思う。

 少女は通学路をスキップでもするような軽やかさで歩いていく。それがあまりにも楽しそうで、甚夜は先導する萌の後を苦笑しながらも付いていった。




 ◆




「あたしも一緒させてもらうから、よろしくー」


 お昼休みになると、教室は途端に騒がしくなる。各々食堂や中庭に向かったり、教室で弁当を広げる生徒達も多い。

 甚夜とみやか、薫。富島柳に吉岡麻衣。いつものメンバーは教室で机を寄せ合い、そこに今日は参加者がもう一人。

 昨日は早速二人で寄り道しつつ話をして、多少なりとも打ち解けたらしい。桃恵萌はお昼時も女子グループの方ではなく、こちらへ顔を出していた。


「あれ? アキちゃん、珍しいね」

「まね、今日はそういう気分でさー」


 別の中学、違うグループ、どう見ても趣味が合わないであろう外見。にも拘らず既に交友を築いている辺り、薫のコミュニケーション能力は流石である。

 どうぞ、と紳士的な笑顔を浮かべ、柳が歓迎するように椅子を準備する。何かを察したのか、当然のように席は甚夜の隣だ。

 萌への気遣い……と見せかけて、ギャル風の外見に麻衣が僅かな怯えを見せた瞬間、まかり間違っても隣にならないよう席の並びを調節し、両者を離しただけである。彼の過保護っぷりもまた流石だった。


「やほ、葛野もお邪魔すんね」

「ああ、いらっしゃい」


 甚夜と挨拶を交わす彼女は、昨日よりも随分肩の力が抜けている。

 みやか以外の三人は、遊んでそうな容姿の少女と真面目な強面の、意外にも親しげな遣り取りに疑問符を浮かべていた。


「あれ、コンビニ弁当?」

「手軽でそこそこ味もいいからな。案外世話になっている」

「あはは、ジャンクなのってなんか妙な美味しさあるからなぁ。ダメってわかってるんだけど、ファーストフード食べちゃうんだよね、あたしも」


 今までこの二人が喋っていたところなど見たことはなく、しかし何故か距離が近い。特に萌は、あからさまなくらい好意を示していた。

 甚夜の方も煩わしそうな雰囲気はなく、穏やかに応じている。昨日までは確かに会話さえなかった。だというのにこの打ち解けようはいったい何事か。


「……ねえねえ、みやかちゃん。なんか二人ともすごく仲良しじゃない?」

「え、と。うん、そうだね」


 勿論、みやかはある程度知っているが、本人に断りなく「彼を追ってこの高校入学したんだって」なんて言える訳もない。

 そもそも二人の仲を取り持ったのは彼女のようなもので、それを告げるのも何となく躊躇われた。


「ちなみに、あたしはちゃんとしたお弁当ー」


 言いながら少し大きめの黒いお弁当箱の蓋を開ける。

 梅としそを混ぜた桜色のおむすびに、高野豆腐は人参を花形に切っている。

 きんぴらごぼう、出汁巻き。メインには夏野菜のてんぷら各種と、スズキの西京焼き。

 白だしで素材の色味を生かした純和風の弁当は、笹の葉をあしらって涼やかな風情に纏められている。


「随分手が込んでいるな」

「へへ、すごいっしょ。全部あたしの手作り」

「ほう、若いのに立派だ。生まれは京都か?」

「あたしは生まれも育ちも葛野市。でもお爺ちゃんが京都の生まれで、結婚と同時にここに引っ越してきたらしいよ。そのせいか、こういう料理の方が慣れてんのよね」


 今風の遊んでいそうな女子高生だが料理は得意らしい。萌の意外な特技を見せつけられて、男連中は随分と驚いている様子だった。

 それ以上に衝撃を受けたのが女性陣。麻衣と薫は殆ど料理が出来ず、みやかもそこそこ程度。三人集まっても萌には太刀打ちできそうもない。


「お、姫川。食べてみる?」


 敗北感に苛まれじっと見ていると、どうやら彼女は視線の意味を勘違いしたらしく、お弁当箱を差し出してくれた。

 満面の笑顔、純度100パーセントの善意である。

 断るのも失礼だし、「ありがと」と礼を言いながら高野豆腐を一つ。しっかりと出汁をきかせた、お弁当用の煮物。店売りとは違い甘味は若干抑え目。しかし丁寧で棘のない味付けは、非常に食べやすく美味しかった。


「美味しい……」

「へへー、中々の腕っしょ?」

「うん、すごく美味しかった。これ、朝から?」

「冬だったら煮物は前日に作ってもいいんだけど、こう暑いとねぇ。食中毒も気になるし、大半は朝に準備しちゃうかな? あ、でもスズキは一晩味噌に漬けとく。朝から西京焼きは流石にムリ」


 手間じゃないけど時間かかるんだってこれ、とえらく実感の籠った訴えである。

 彼女の口ぶりからすると、意中の彼の前で気合を入れたのではなく、日常的に料理をしているのだろう。

 自分が然程得意ではないだけに、みやかは素直に感心してしまう。


「でもアキちゃん、本当にすごいねー。お店で売ってるやつみたい」

「ま、こういうのは慣れだから。毎日やってれば結構できるようになるもんだよ?」

「まず毎日やるのが私には無理!」

「梓屋、そこは自信満々に言うところじゃないって」


 案外と相性がいいのか、薫と萌はぽんぽんとリズムよく言葉を投げ合っている。

 柳も感心したようで、弁当の出来栄えを称賛している。大分緊張もほぐれたのか、ぎこちないながら麻衣も少しずつ会話に参加していた。


「そういや葛野も料理するんでしょ?」

「できない訳ではないが、今は殆どしないな。一人分というのはどうにも張り合いがない」

「あー、そういうタイプかぁ。あたしは微妙に違うかな。自分のお弁当でも作るの楽しいって思うし」


 元々甚夜の料理は野茉莉に下手なものを食べさせぬよう覚えたもの。

 しかし萌の場合はどちらかというと料理自体が楽しみの一つで、自分の分だけを用意するのも然程苦にはならないらしい。

 じゃあ料理が趣味? と薫が聞けば、萌は首を横に振り、ポケットから携帯を取り出して全員に見せた。


「料理が、じゃなくて基本手作りすんのが好きなの。たとえばこれ。かわいいっしょ?」


 彼女の携帯電話は所謂デコ電で、ライトストーンで飾り付けられ、多種多様なストラップも十個以上ついている。

 折角の薄型なのに小物が多すぎてかなり重そうだった。


「こっちの犬はフェルトを組み合わせて、ネコは編みぐるみ。ドールは天然石に蝋引き紐を通すの。ビーズとかでも作れるんだけど、簡単すぎてあたし的にはあんま趣味じゃないかなー」


 これらのストラップも手ずから作ったもの。つまり料理や小物など種類に拘らず、「自分で作る」ことに萌は満足を覚えるらしい。

 成程、と納得したように薫は胸の前でポンと両手を叩く。


「そっか、子供のものをなんでも手作りするのが趣味なママさんみたいな感じ?」

「なんかすっげーヤな例えなんだけど……何が嫌って微妙に外してないところが」


 しかもそれに皆が納得している辺り、非常に面白くない。

 不満げに頬を膨らませれば、周りからは笑いが漏れてくる。みやかも思わず口元を緩めた。外見で損をしているけれど、萌はやっぱりいい子で。

 なんだかんだ彼女がいつものメンバーと馴染んでくれたのは、純粋に喜ばしくあった。


「まあ表現はあれだが、しっかりしていて家庭的、と言いたかったのだろう」

「なにその物凄い好意的解釈。葛野、梓屋に甘くない?」

「大体意味はあっていると思うが。……と、しまった。いいお嫁さんになる、というのは今の時代褒め言葉ではないのだったか」


 そう、桃恵萌はいい子なのだと、みやかは思う。

 容姿は人並み以上、スタイルだっていい。

 ギャル風の外見に反して中身は真面目で、結構乙女で純情。

 家庭的で料理も上手。

 それに、一途で。

 服装のせいで色々言われているけれど、接してみれば彼女は愛嬌があって接しやすい、可愛らしい女の子だ。


「んーん、そんなことないよー。いいお嫁さん……うん、それいい感じ。しゃーない、騙されてあげちゃう」

「そいつは助かる」


 だからお昼休みは和やかに過ぎる。

 みやかも笑顔がこぼれ、ご飯だっておいしい。

 なのに、ちょっとだけ喉の奥に引っ掛かるものがある。

 今日のお昼はお母さんの弁当。メインは鮭だった。だから多分、小骨が刺さったのだ。

 何となくすっきりしない気分は、結局お昼休みいっぱい続いた。




 ◆




 ある日のことである。


「……例えば、通り魔かなんかに、あたしと姫川が殺されそうになって。どちらかしか助けられないってなったら、葛野はどうする?」


 昼休み、図書室で本を読んでいる甚夜に、萌はにししと明るく笑いながらそんなことを聞いてきた。


「みやかを助ける」

「即答っ!? ひっど、もうちょっと迷ってよー」

「迷って手遅れになっては困る。決断はなるべく早い方がいい」


 以前も、似たような問いを突き付けられた覚えがある。 

 惚れた女と大切な娘。どちらかしか救えず、この手で惚れた女を斬り捨てた。

 結果全てを失ってしまったが、同じような状況が来た時。

 多分彼はどちらかを選び、いつかと同じように己が手で大切なものを斬り捨てる。

 選んでしまうだろう、その自覚があった。

 数多の歳月を重ねて少しずつ変わって。

 けれど結局、生き方だけは曲げられなかったのだ。


「ちなみにさ、中学の頃似たような質問、告ってきた男子達にしたんだけどね。大抵の奴はあたしか、どっちも助けるって言ってた。俺はどっちかを見捨てることなんてしない、通り魔なんて楽勝だってさ。……そういう選択肢はないの? 葛野なら二人とも助けることくらい簡単にできそうなもんだけど」

「可否は別にして、君の問いから逃げるのは失礼だろう」

「あ、なーる」


 実際、通り魔くらいならどうとでもなる。

 しかし彼女が聞きたがっているのは「通り魔に勝てるか」ではなく「どちらを優先するか」。どちらも助けたいと願っていたとしても、そこを誤魔化すのは誠実さに欠ける。

 甚夜の答えに不満はあれど、納得はしたらしい。萌は微かながら表情を和らげ小さく頷いた。


「あたしの馬鹿話にちゃんと向き合ってくれたのは嬉しいけどさ、それって結局姫川の方が大事ってことじゃん。うう、あたしのことなんてどうでもいいんだー」


 茶化すように泣き真似をする。

 勿論、萌は本気ではない。ただ単にからかおうとしているだけだ。


「望む望まざるに関わらず、生涯には選択の時というものがある」


 けれど返ってきた言葉はやけに固く、ひどく重く、どうしようもないくらい寂しげに聞こえた。


「え?」

「本当に大切で、心から守りたいと願うものの中から、たった一つを選ばなければならない。例え選ぶこと自体が間違いだったとしても。……それでも、選ばなければならない場面は必ず訪れるものだ」


 選んで、失って。それでもこの手には、小さな何かが残って。

 そんなことを繰り返して、無様でも歯を食いしばって、ここまでやってきた。


「選んだものだけが大切だなんて考えたことはないよ。失くしたものも斬り捨てたものも、本当に大切で。だから泣かれると、少し困る」


 甚夜は普段見せることのない、頼りない小さな笑みを落とした。


“みんなとずっといっしょにいたかった”


 子供のような、馬鹿な妄想。

 心から望み、尚も叶うことのなかった願い。

 守り切れたものなんていくつもなくて。けれど本当に大切で、こうやって過ごす今を間違いなく愛おしいと思えるから。

 冗談でも彼女には、「どうでもいい」だなんて言ってほしくなかった。


「……とまあ、そんな風に弁明をさせてもらえれば嬉しい」

「ぷっ、なにそれ。しまんないなー」

「実際みやかを選んだ以上、言い訳以外の何物でもないしな」

「まあ、そりゃそうだよね。でも、ちょっと嬉しかったから許したげる。いつかあたしの方を選んでもらえるよう頑張ればいいだけの話だし?」

「あー、お手柔らかに頼む」


 ある日のこと。

 休み時間、図書室での、ちょっとした遣り取りである。

 大したものではない。友人同士の「もしも」の話。

 もし一億円拾ったら、もしあのアイドルと付き合えたら。その程度の雑談でしかなかった。


「うん、悪くない……結構イイじゃん」


 けれど萌は楽しげに笑う。

 ただそれだけの、小さな話。




 ◆




 桃恵萌に甚夜を紹介してから三日経ち、攻勢は依然続いていた。

 最初は何事かとクラスメイトは奇異の視線を送っていたが、今ではすっかり見慣れたらしく、「ああ、またか」と軽く流す程度になった。

 クラスでもトップ級のスタイルの持ち主ということもあり、一部の男子生徒には多少嫉妬めいた感情を向けられているものの、肝心の彼は至って平然といった様子。

 萌の方も「なんであいつに?」と一部の女子に不思議がられているのだが、こちらもどこ吹く風。今日も今日とて周囲の反応など気にせず甚夜へ声をかける。


「葛野さぁ、この雑誌見て。どっちの服が好み?」

「桃恵にはこちらの活発そうな方が似合うと思う」

「おっけ。じゃあ次は下着を」

「これ、年頃の娘がはしたない」

「えー、興味ない?」

「男は馬鹿だからな。興味はあってもひた隠すんだ。それはそれとして、あまり無防備だと心配にもなる」

「あはは、そこは安心して。これでも相手は見てるからさぁ」


 萌のあからさまなアピールをさらりと躱し、甚夜は小さく笑みを落とす。

 ギャル風で派手な少女と強面で堅物そうな少年。二人の組み合わせは奇妙に映るのだが、そこそこ相性はいいらしい。

 というよりも、どう見ても遊んでいる風の萌を、甚夜が上手く扱っている。

 経験豊富そうなのはあきらかに少女の方。なのに手綱を握っているのは彼のようで、どうにも不思議な関係の二人だった。


「だってじいちゃんだしなぁ」

「それって理由になるの?」

「俺からしたらこの上ない理由です」


 もっとも甚夜をよく知る夏樹にとっては寧ろ当然の光景だ。

 昔は夜鷹(街娼)の知人がいたり、赤線があった頃は娼婦と艶っぽい関係だったり、昭和の前半には『未来の見える少女』とあれこれあったり、結構手馴れている人だ。

 女子高生のアピールなんて、彼にとっては懐いてくる子供と変わらないだろう。

 それでいて女性のプライドを傷つけぬよう「興味ない」とは言わない辺り、なんともじいちゃんらしい対応だった。


「そう言えばなっきって、昔じんじんと一緒に暮らしてたんだっけ?」


 萌と甚夜の遣り取りを眺めながら、思い出したように久美子は話を振れば、夏樹も視線はそらさないままに頷く。


「おー、まあな。俺、七歳までは東京に住んでただろ? 実家の映画館に住み込みで働いてたのがじいちゃん。元々はひいばあちゃんの家の庭師だったんだってさ」

「言ってる事おかしいってツッコんだ方がいい?」

「どっちでも」

「んー、じゃあツッコまない。なっきが嘘付く理由ないもんね。それで、内緒にしとけばいいの?」

「……あんがとな、みこ」


 掛値のない信頼が恥ずかしく、お礼はそっぽを向いたまま。

 そんな彼の内心なんて分かっているから、久美子はそっと優しく微笑んだ。

 和やかに少女と老翁の戯れを楽しむ二人。

 しかし彼らのように穏やかな生徒達ばかりではなく。


「はぁ……」


 例えばみやかなどは、既に見慣れてしまった筈なのに、何となくすっきりとしない気分で小さく溜息を吐いていた。


「アキちゃんすごいねー」

「うん、ホントに」


 クラスでも派手な女子グループは、相手が甚夜であることには微妙に納得し切れていないようではあるものの、基本的には萌を応援する姿勢らしい。二人の遣り取りを面白そうに見守っている。

 一部の男子達も多少の嫉妬はあれど邪魔する気はなく、押せ押せと言わんばかりに行動する萌を止める者は誰もいない。

 とはいえ、甚夜の方に変な下心がない為、結局二人は仲良くじゃれあっているだけ。

 だからみやか達にとっては、別段気にするようなことでもなかった。

 零れた溜息は多分、単に疲れていたのだと思う。 


「あの子は元気だな」

「あ、葛野君お帰りー」


 一頻り相手をすると、萌は女子グループに戻っていった。

 アピールは続いているとはいえ、いつも一緒にいるということもない。彼には彼の、彼女には彼女の付き合いがある。

 甚夜の場合は、やはり普段はみやか達と一緒にいる機会の方が多く、話が終わるとこうして彼女らの下へ行くのが殆どだった。


「モテモテだねー」

「どうだろうな。あちらにも色々あるようだが」


 囃し立てる薫を軽くいなし、近くの席に座る。

 すると柳と麻衣も寄ってきて、いつもの五人がすぐに揃った。

「色々って?」と柳が問えば、甚夜はちらりと横目で女子グループとはしゃいでいる萌を見る。


「彼女の行動にも多少の裏はあるという話だ」

「なんだそれ? 葛野のことを騙そうとか、そういう?」

「騙すというよりは隠し事。明かすには今の私では足らないのだろう」

「好意はあるけど、秘密を教えてあげる程にはまだ信頼できていない、くらいか」

「ああ、多分な」


 以前、桃恵萌は“高校入学前からあなたのことを知っている”と言っていた。

 しかし甚夜は彼女の顔に覚えがなく、隠し事はその辺りの事情なのだろう。

 気になるのは事実だが、悪辣な企みを抱えているでもなし。あの子が話してもいいと思えるまでは、のんびり待つつもりでいた。


「まあ、今はそれよりも赤ん坊の声の方が気掛かりだ」


 此処にいる全員が都市伝説の被害に遭った者達だ。

 甚夜がそう口にすれば、弛緩した空気が一気に引き締まった。


「確か、みやかちゃんと買物に行った時の話、だよね?」

「うん。中学時代の友達が言ってた。駅前で、赤ん坊の声が聞こえてくるって。結局、どうなったの?」


 駅前で聞こえてくるという赤ん坊の声。みやかと携帯電話を買いに行った日から、調査自体は続けている。

 しかし結果は如何ともし難いものであった。


「手がかりはなしだ。何度も駅前に行ってみたが赤ん坊の声など聞こえない。話を集めてみれば、確かにそういった噂はあった。しかし失踪した者、死んだ者。明確な被害者は出ていない。柳の力も借りたんだが」

「こっちも特に何にもなかったよ。やっぱり、声なんて聞こえなかったしな」


 甚夜も柳も大した成果は得られず、ゆっくりと溜息を吐いた。

 それはそれとして、今の物言いに違和感を覚えたのか、麻衣は不思議そうにこてんと首をかしげている。


「あの、やなぎくんの力って、どういうこと?」

「俺は“ひきこさん”だからな。いじめっこの位置は大体分かるんだ」

「あ、そっか。アーバンレジェンド・ホルダーの能力……」

「そういうこと。保有都市伝説名<ひきこさん>。視界の悪い雨の中でも、いじめっこの居場所は把握できる。敵意に反応するレーダーみたいなものかな?」


 富島柳の能力は<ひきこさん>。

 彼には都市伝説の怪人としての身体能力、そして『カミソリに代表される脆く鋭い刃物の生成』と『敵意に対する感知』の二種の特殊能力がある。

 効果範囲が狭く、敵以外を探せないので汎用性には欠けるが、レーダーの精度はかなりのもの。

 柳が「危険はない」と判断したなら、八割方間違いないだろう。

 ……みやかからしてみれば、当然の如く都市伝説保有者アーバンレジェンド・ホルダーという呼称が使われていることに違和感を覚えないではない。薫の方はむふーと実に満足げだった。


「それじゃあ、単なるデマだったってこと?」


 甚夜には見つけられず、柳の感知にも引っ掛からなかった。

 ここまで何もないと、薫の言う通り、デマでしかなかったのではないかと思ってしまう。

 実際被害が出ていない以上、その方がしっくりとくる。

 けれどまだ引っ掛かるものがあるのも事実だ。


「でも、何もないにしては“赤ん坊の声を聞いたことがある”って人が多すぎない?」


 みやかも納得し切れていないらしく、薫の発言に異を唱える。

「友達から聞いた」という噂が多い分には問題ない。しかし今回は「実際に赤ん坊の声を聞いた」という人が多い。

 例えば萌もその一人であり、デマと切り捨てるには、少しばかり疑問が残る。


「みやかの言う通りだな。現状を考えれば、与太話で終わらせるのはちと怖い」

「だとしたら、フラグが立ってない、ってところか」


 しばらく考え込んだ後、ぽつりと柳はそう零した。

 男子高校生には分かりやすい例えだったが、年寄りには若干辛かったようだ。今一つ意味が理解できず、甚夜は微妙に眉を顰めていた。


「すまん、富島。ふらぐ……旗がどうした?」

「ん? あー、葛野、ゲームやらないんだっけか。フラグっていうのはRPGとかでいう、なんらかのイベントが起きるための条件のこと。今回の件でいえば、赤ん坊の声が聞こえるから何かイベントがあるのは確か。でも条件を満たしていないから、その場所に行っても何も起こらない、って感じかな」

「一定の条件下でのみ顕現する怪異……確かに、その辺りが妥当か」


 そう考えれば筋は通る。

 反面その条件とやらが分からなければ打つ手はなく、仮説は解決策には繋がらない。

 つまりお手上げ。

 今迄通り後手に回らざるを得ない、ということだ。


「あ、あの」

「どした、麻衣」

「私、放課後に。図書室で調べてみるね? 赤ん坊の声が引き起こす怪異……。類似する話を調べていけば、条件の傾向くらいは、分かるかもしれないし」


 ふむ、と甚夜はしばし考え込む。

 今のところなんの都市伝説かさえ分かっていない。

 打つ手がないのだ、遠回りのように見えるが、そういう地道な方策が一番かもしれない。


「今のところはそれが良策か。済まない、吉岡。力を貸してもらえるか?」

「う、うん。頑張る、ね?」


 自信なさげに、けれど彼女はぐっと両の手を握り、かなりのやる気を見せている。

 有難いと思う。しかしこうも儚げな少女ではどうにも心配が勝ってしまう。

 甚夜はちらりと柳に視線を送る。言わんとすることは分かったらしく、彼は「任せろ」としっかり頷いてくれた。


「見通しは立たないままだが、今はこんなところか」

「甚夜、私達にも何かできることある?」

「いや、特には。寄り道せずに帰宅してくれるのが一番だな。後は、妙な噂が流れているようならまた教えてくれ」

「う、ん。分かった」


 分かりやすく助けになれないのは歯がゆいが、しゃしゃり出て邪魔をしては本末転倒もいいところ。

 ちょっと不満そうにしている薫を窘めつつ、みやかは彼の言葉に従う。


「そっちは、駅前?」

「そう、だな。明日からまた足で探そうと思っている」

「明日?」


 意外な返答だった。

 今まで甚夜はこの手の話に関しては、すぐさま行動に移してきた。情報は出そろっておらず、今日であっても明日であっても然程の違いもないのは事実だが、先延ばしにするような真似は彼の嫌うところだと思っていたのだが。


「あれ、いつもなら今すぐ動くっ! てところじゃない?」


 同じような疑問を薫も持ったらしく不思議そうにしている。

 質問に対し「ああ」と甚夜は普段通り平静なままに答えた。


「今日の放課後は、少しお誘いがあってな」


 お誘い。

 それをしそうな女子なんて、一人しかいなくて。

 だから、ちょっとだけ。

 本当にちょっとだけ、みやかは表情を曇らせた。




 ◆




 放課後は早めに帰宅する。

 普段ならば遅くなっても甚夜が家まで送ってくれる。しかし今日は期待できそうもない。

 みやかは手早く帰り支度を済ませ、薫に声をかけた。「うん、帰ろー」と明るく無邪気な返事に、妙に和んでしまったのは内緒である。


「麻衣ちゃんは?」

「富島君と一緒に図書室。私も本とか、ネットの怖い話のまとめでも見て似た話探してみるつもり」


 鞄の中にはこの前買った『都市伝説大辞典』が入っている

 それに最近の都市伝説なら、図書室の本よりはネットの方が見つかるだろう。


「あー、私じゃそういうの、できそうにないなぁ」

「役に立つかはまだ分からないけどね」

「でも、やっぱりみやかちゃんはすごいよ」


 薫は笑顔で言い、けれどいつもとは若干雰囲気が違う。

 ちょっとだけ気落ちしているように見えて、けれどほんの僅かな憂いはすぐに消え、いつものような無邪気さが戻ってきた。

 

「どうしたの?」


 きょとんとした表情は、やっぱり慣れ親しんだ親友のもの。

 さっきのは、見間違え、だったのかな。

 今一つ腑に落ちないが、薫は楽しそうに笑っているから、それ以上追及はできなかった。


「そういえば、みやかちゃんと二人ってなんか久しぶり。折角だから遊びに……は、流石に駄目、かな?」

「うん。そういうのは、落ち着いてから」


 話しているうちに違和感はきれいさっぱりなくなった。

 中学の頃はいつも薫とお喋りをしながら帰った。確かに、こういうのは久しぶりかもしれない。

 

「んーでも、みやかちゃん。駅前にちょっと寄ってもいい?」

「薫、それは……」


 少しばかり懐かしんでいると、一歩二歩前に進み、振り返りながら薫はそう言った

 そのまま後ろ歩きしながら、両手を合わせて駅前へ行きたいとお願いしてくる。


「反対。明日じゃ駄目なの?」

「うーん、できれば今日の方が」

「明日なら、甚夜が付き添ってくれると思うけど」

「でもそれじゃ意味ないし」


 なに言ってるの? と薫は本気で不思議そうにしている。

 みやかの方もこの子が何を言っているのかよく理解できない。けれど問うより早く、優しい微笑みが返ってくる。


「だって、みやかちゃんの気晴らしなんだから、今日じゃないと」


 そして、当然のことのように薫はそう言った。


「え……」

「なんか疲れてるみたいだったしね。だから、駅前で甘いものを食べてすぐに帰ろう? ちょっとのことでも、きっと気分はすっきりするよ」


 感情表現は苦手で、あまり顔には出ない方だと思っていた。

 けれど薫はちゃんと内心を察して、方法はともかく気遣おうとしてくれている。

 ああ、心配をかけていたんだ。

 そんなことに今更気付くくらい、最近のみやかには余裕がなかったのだろう。それを思い知らされて、なんだか途端に恥ずかしくなった。


「え、と」

「いいでしょ? ちょっとだけだから。クレープ買って、食べながら帰るの。それなら遅くならないし、ね?」


 本当は、断固として拒否するべきだ。

 まだ状況が明らかになっていない以上、迂闊な行動はとらない方がいいに決まっている。

 みやかは、それを充分に理解していた。


「まあ、それくらい、なら」

「やった。じゃあ、急ご?」

「ちょ、薫? 走ると危ないよ」


 けれど否定の言葉は出てこないし、走り出す彼女に手を掴まれても、振り払おうとは思えなかった。

 薫はよく「みやかちゃんはすごい」と言ってくれる。

 でも本当は逆だと思う。

 いつだって大切なことを間違えず、自分の正しさに躊躇わず身を任せられる、そういう彼女の方こそ凄いのだ。

 この子がいてくれてよかった。

 手を繋いで走りながら、みやかは親友の背中に小さくありがとうを投げかけた。








「お、姫川に梓屋。二人も買い食い?」


 とまあ、そこで終わっていれば綺麗に話も落ちたのだろうが、早々上手くはいかないもので。

 薫のお気に入りのクレープ屋では、スーパー袋片手に、桃恵萌が美味しそうにクレープを頬張っていた。


「あー、アキちゃんもクレープ?」

「そ。ストロベリーチョコクリーム。やっぱ基本こそ最強だよね」

「私はねー、アップルクリーム! あ、でもキャラメルソースも捨てがたいなぁ……」


 しかも薫は当たり前のように話しかけているし。

 いや、別に萌が何か悪いことした訳でもなく、話しかけるのになんの問題もない。

 けれど甚夜は先程「放課後に誘われている」と言っていた。

 明言はしなかったが、お誘いというのは、どう考えても彼女からで。そこに割り込んでいくのは、いかにも空気が読めていない感じだ。

 それは流石に申し訳ない。思いながら視線をさ迷わせるが、どうにもおかしい。

 萌と行動を共にしていると思っていた甚夜の姿がどこにも見当たらなかった。


「あれ、甚夜は?」

「へ? あたし一人だけど……なんで?」

「え? でも」


 誘われているって、言っていたのに。

 最近の様子を考えれば、誘うのなんて彼女くらいで。けれど思い返してみれば、彼は別に「萌に誘われた」とは言っていなかった。

 そして萌は一人でクレープを食べており。

 それは、つまり。


「……っ!」


 萌のお誘いを受けて、甚夜は都市伝説の調査よりもそちらを優先した。

 その想像が全くの勘違いだったと、みやかはようやく気付いたのだった。


「ちょ、姫川? どしたの、頭痛い?」

「うん、頭痛い……あ、いや、そうじゃなくて。ごめん、ちょっと勘違いしてたことに気付いていだけ。心配しないで」

「よく分かんないけど、ホントに大丈夫?」

「うん、ありがと。それと、ごめん」


 いきなり謝られて萌はなにが? と怪訝そうな顔をしている。

 しかし謝りたかった。何なら土下座したかった。

 勘違いでちょっと憂鬱気取っていたなんて、正直恥ずかし過ぎてこの場から逃げ出したいほどである。


「ねえ梓屋。どしたのこれ?」

「さあ……よく分かんないけど、元気になったみたいだからいいんじゃないかな?」

「あんたも大概よく分かんない思考回路してんね」


 隣にいる薫へ話を振っても、真面な答えは返ってこない。

 結局意味が分からないまま、悶えるみやかとにこにこ笑顔の薫を見ているくらいしか萌にはできなかった




 ◆




「実は姫川ってさ、そんなクールでもなかったりする?」

「そうだよ? みやかちゃんはね、照れ屋さんなだけなの」

「ごめん、さっきのは忘れて……」


 少女達はようやく落ち着き、各々クレープを購入。

 みやかはチョコバナナ、薫はアップルクリーム。萌も二つ目のストロベリーチョコクリームを食べつつ、これ以上遅くなってはいけないと、三人並んで帰路へ着くことにした。


「でも元気になってよかった!」

「元気になったというか、毒気を抜かれた、かな」


 全部自分の勘違いだったと知り、胸にあったもやもやがすっかりなくなった。

 萌とも普通に喋れている。今では何が引っ掛かっていたのかも思い出せない。思い出せないのだから、多分大したことではなかったのだろう。


「ていうか、アキちゃん二つ目食べて大丈夫?」

「平気平気。あたしダイエットは食事制限よりトレーニング派だから。カロリーは抑えるより消費がモットーなの」

「太る太らないの話なら、頻繁に買い食いしてる薫の方が心配かも」

「それは、えーと。うん、クレープ美味しいねっ」


 現実から逃避するようにぱくぱくとクレープを食べる薫。

 とは言えみやかも他人事ではない。夕飯は軽めにしておこうと心の中で固く誓った。


「そういえば、桃恵さん。それって」

「んあ? ああ、これ? お弁当の食材だよ。駅前のスーパー、けっこー品揃えいいんだわ。地場野菜なんかも扱ってるし」


 やっぱ夏は野菜だよね、なんて言いながら手にしたスーパー袋を見せてくれる。

 ナスにトマト、オクラに枝豆。それだけ見ても、料理に慣れていないみやかでは、なにを作ろうとしているのかは分からなかった。


「すごいなぁ。ねね、アキちゃんは葛野君に手作り弁当作ったりとかしたりしないの? 少女漫画とかだと定番だけど」

「二人きりならともかくさ、皆でいるのに一人だけ特別扱いとか、周りはいい気しないっしょ? 手作り弁当プレゼントで女子力アピるより、ごはんは皆で楽しく、って方があたしはいいかな」


 そういう言葉が自然に出る辺り、いい子なのだ、本当に。

 みやかも、萌のことは嫌いではない。外見とは裏腹に真面目で一途、周りへの気遣いも忘れない彼女には、寧ろ好意を抱いていた。

 それに葛野甚夜という男に関しても、よく分からないところはあっても、悪い人ではないと知っている。

 だから萌が甚夜にアピールして、そういう結果に落ち着いてもなんの問題もない。それどころか嬉しいはずなのに、ちょっとだけ。本当にちょっとだけ、胸がもやもやする。

 その理由がよく分からない。

 もっとあからさまな。例えば彼に恋をしているとか、萌のことが嫌いとか。その手の単純な感情があれば、もやもやの理由もはっきりするのかもしれない。

 けれど恋愛感情も嫌悪感もなく。だからやっぱり、何が引っ掛かっているのか、みやかには分からないままで。





 …マ…マ……ママ………





 すっきりとしない気分で歩く少女の耳に、どこからともなく赤ん坊の声が届いた。


「っ、姫川、梓屋」

「桃恵さん、も?」

「てことは、あんたも聞こえたんだよね?」


 顔をひきつらせた萌に、しっかりと頷いて答える。

 薫も反応はほとんど同じ。どうやら彼女達にも赤ん坊の声が聞こえたようだ。


「みやかちゃん……」

「取り敢えず、駅前から離れよう」

「だね。こんな五月蠅いのに赤ん坊の声だけはっきり聞こえるなんて、どう考えてもまともじゃないって」


 薫は勿論だが、萌も随分話が早い。

 それもその筈、会話している最中でさえ赤ん坊は泣いている。それも、だんだんと近づいているような。

 みやか達は嫌なものを感じて、互いに顔を見合わせ、小走りに駅前の通りを進む。

 幸いにも今回の怪異は、声が聞こえた時点で逃げれば被害が出ないと分かっている。だから急いでこの場を離れれば問題はない。


「っと」

「……っ、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ。って、姫川さん?」


 しかし急ぎ過ぎたせいだろう。すれ違いざまに肩をぶつけてしまった。

 慌てて謝り、顔を上げれば少しの驚き。ぶつかった相手は同じクラスの友人、富島柳だった。

 傍らには麻衣の姿もある。そう言えば彼らは、放課後図書室で今回の件について調べてみると言っていた。

 それが終わって帰る途中だったか、調査がてらに駅前を訪れた、といったところだろうか。

 ああ、いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「富島君、本当にごめん。でも」

「ああ、大丈夫。さっさと逃げよう」


 そういう状況をちゃんと理解してくれているようだ。

 鋭い目付きで彼は雑踏を睨み付けていた。


「や、やなぎくん?」

「麻衣も聞こえただろ? それに、やばい。一つ、二つ。いや、四つ五つ。あきらかに姫川さん達を追ってきてる」


 柳の顔は実に真剣、周囲に意識を飛ばし、麻衣をそっと引き寄せる。

 三人に「さあ、早く」と声をかけ、麻衣と手をつないだまま早足で歩き出す。その態度で分かった。彼にも、聞こえたのだ。


「それって」

「俺、“ひきこさん”だからさ。いじめっこの居場所は大体分かる」


 みやかは息を飲んだ。

 返ってきた言葉は想像通り、そして最悪だった。

 富島柳はひきこさん。敵意には人一倍敏感だ。彼は迫りくる怪異の存在を感知したのだろう。努めて冷静であろうとはしているが、その表情には焦りが滲んでいた。

 三人から五人になった。

 みやか達は柳の先導で再度進み出す。蛇行するように、人混みから離れるように移動するのは、追手の位置を把握しているから。彼は逃げやすい道を選んでいるようだった。

 駅前から離れ、立ち並ぶ商店を抜け、薄暗い裏道へ入り込む。

 ふぅ、と柳が肩の力を抜いたのが分かった。

 多分逃げ切れた、ということ。赤ん坊の声も聞こえなくなった。どうやら窮地は脱したらしい。


「これで、一安心、だな。麻衣、大丈夫か。足、痛くない?」

「う、うん。ありがと、やなぎくん」


 途端過保護全開になるのは流石と言わざるを得ない。

 しかし気が緩んだのはみやか達も同じ。ゆっくりと深呼吸をして、荒れた息を整える。

 とりあえずは、よかった。


「おー、あずちんに姫ちゃん!」

「なんだ? 皆して集まって?」


 そんな時、いきなり響く声。

 人通りのない裏道だ。驚きに全員が振り返るが、声の主を見て一気に脱力。

 藤堂夏樹に根来音久美子。

 クラスメイトで、しかも甚夜と親しい二人だ。警戒した分だけ安堵は強い。

 ほっと息を吐き、皆して微妙な表情をしていた。


「もー、驚かせないでよ」


 薫は私怒ってますと頬を膨らませている。

 勿論夏樹には意味が分からず、いきなりクラスメイトの女子に文句を言われ大いに戸惑っていた。


「声かけただけでそんなこと言われても」

「いやー、今のはなっきが悪いよ」

「みこ、掌返すの早くない? もうちょっと俺の味方してくれよ」


 事情を知らない夏樹からすれば理不尽な物言い、しかし逃げていた五人は同じ気持ち。全員薫の意見に同調し、うんうんと頷いていた。

 先程までの緊張は消え去り緩い空気が漂っている。 

 何も起こらなかったのだから当然といえば当然だろう。

 しかし、三人は五人になり。

 今、五人は七人に。


「あ、やばい。囲まれてるっ……!」


 ここに条件は満たされた。

 柳が声を上げるも、もう遅い。

 周囲には彼ら以外に人影はない。赤ん坊の声どころか、駅前近くの裏道だというのに、不自然なほどに音もない。

 そして七人を取り囲むように、沸き上がるなにか。


「そっか、だから赤ん坊の声……」


 一変する状況の中、みやかはその怪異の正体に気付いた。

 甚夜は今回の都市伝説を見つけられなかった。当然だ、少女達を気遣い、連れて歩かなかった彼が見つけられる筈はなかったのだ。


『おお、おぉ……』


 おどろおどろしい呻きを零す、セーラー服姿の女子達。

 けれどそれが普通の高校生でないのは明白だ。

 異常なほど青白い肌。苦悶に歪んだ顔。

 漏れる怨嗟の声。目には有り余る憎悪。

 どう見ても人ではない、七人の女子高生の怪異。


「渋谷七人ミサキ……!」


 あやかし達は、生きる者が憎いと、濁った瞳でみやか達を睨みつけていた。




 * * *




《渋谷七人ミサキ》


 七人一対の強力な集団亡霊。

 七人ミサキは海で溺死した人間の霊の集合体で、名前の通り常に七人で行動し、主に海や川などの水辺に現れるとされる

 この死霊に出会った者はそれだけで呪詛を受け、高熱に見舞われ命を落とす。

 そして一人を取り殺せば一人が成仏し、取り殺された者が新たな七人ミサキに加わる。

 だから七人ミサキはずっと七人。増えることも減ることもない。

 自分が成仏できる番をじっと待ちながら、人を呪い殺し続ける。

 呪殺に秀でた、四国・中国地方に伝わる古い怪異……ではなく、一時期東京渋谷で噂になった都市伝説。



 渋谷七人ミサキは前述の怪談『七人ミサキ』を下敷きにした怪異である。 

 援助交際という言葉が生まれた1990年代、渋谷で女子高生が次々に命を落とす謎の事件が発生した。

 外傷は見られず、持病の類もない。健康状態はいたって普通。にも拘らず、少女達の死体がいくつも発見される。

 いくら調べても死因は不明。ただ彼女達の顔は恐怖に歪み、胸元がはだけられていたという。

 衣服の乱れから性的暴行によるショック死なども考えらたが、やはり形跡は見られない。

 七人の女子高生が死亡したところでこの怪死事件は収まったものの、結局原因は分からずじまい。真相は謎に包まれたまま一端の終息を迎えた。


 並行して、当時女子高生達の間では「渋谷スペイン坂に行くと赤ちゃんの声が聞こえる」という噂が流れていた。

 火がついたように泣き叫ぶ赤ん坊の声を、「マンマ…」と言うか細い声を聞いた。

少女達は口々に噂する。

 この噂を耳にした者が、まさかと思いつつ、怪死した女子高生達をもう一度調べ直した。

 すると七人の女性にある共通点が浮かび上がってきた。

 それは『援助交際を頻繁にしており、堕胎手術を受けたことがある』というものであった。


 援助交際が流行した時代、避妊の知識ない女子高生が、結果として行きずりの男の子を妊娠してしまうケースが多かった。

 遊ぶ金欲しさの行為だ、誰とも知れぬ子どもを育てるつもりなど毛頭ない。

 1990年代、産婦人科に堕胎手術を依頼する女子高生はかなりの数に上ったそうだ。


 それは同時に、その数だけ罪のない小さな命が失われてことを示している。

 生まれることを許されなかった子供達は、自分を殺した無責任な母親を怨み死霊となり、堕胎手術を受けた女子高生を呪い殺した。

 これが怪死事件の真相。

 呪いは七人目の女子高生が死んだところでぴたりと止まり、誰もが事件は終わったと安堵していた。


 しかしその翌年、またしても七人の女子高生が原因不明の死を遂げた。

 今度は、呪い殺された少女達が七人一対の怨霊となり、同じ数の犠牲を求めたのである。

 以来、渋谷スペイン坂以外の場所でも、毎年のように七人の女子高生が命を落とす。

 七人で殺し、七人が死に、七人の怨霊が生まれ、七人で殺す。

 終わらない呪いの連鎖。

 援助交際の流行と、堕胎率の上昇。安易なブームの陰で育まれた亡霊の都市伝説。

 女子高生、しかも援助交際をしそうな夜遊びする派手な少女だけを狙う、ひどく限定的な怪異である。




 * * *




「でも、渋谷七人ミサキは女子高生しか殺さない筈じゃ……」


 麻衣の疑問は当然だ。

 けれどそれに対する答えもみやかは持ち合わせている。


「原典では、そう。でも多分、別のものが混じっているんだと思う」


 一定の条件下でのみ現れる、という仮説は正しかった。

 渋谷七人ミサキは本来夜遊びするような、もっといえば援助交際をしていそうな女子高生のみを狙う。

 同時に、原典である『七人ミサキ』とは違い、七人を殺す怪異。

 つまり「女子高生七人が集まった時にのみ姿を現す亡霊」である。

 非常に限定的な状況でしか現れない。甚夜が見つけられなかったことも、今迄被害が出なかったのも、ある意味当然ではあった。


 しかし今回に関しては、柳や夏樹が混じっていても、こうして出てきた。

 多分それは、別の要因が混じっていたからだろう。

 古典妖怪『七人ミサキ』は、渋谷七人ミサキとは違い、出会ったものを無差別に呪い殺す怪異である。

 だから、例えば。

 口裂け女に悪狐、赤マントに野衾の特性が与えられたように。

 渋谷七人ミサキにも、古典妖怪『七人ミサキ』の特性が与えられていたとしたら。

「女子高生がいて七人揃う」という最低限の条件さえ満たせばすべて呪い殺すような、節操のない怪異となっても不思議ではない。

 つまり。


「捏造された都市伝説……誰かが悪意を持って造り上げた、人造の怪人」


 絞り出すようなみやかの声に、空気がぴんと張りつめる。

 にじり寄る集団亡霊。柳は麻衣をかばうように一歩前へ出た。

 甚夜がいない以上、この場で戦えるのは彼のみ。

 構えた左手には、既にカミソリが握られている。

動揺はない。

 戦える、無様に負けることはない。その確信があった。


「なっき、頑張って。大丈夫、相手は女の子! なっきなら七人くらい問題なく口説けるから!」

「なあ、みこ? お前、俺のことなんだと思ってんの?」


 このような状況にあって、緊張感の欠片もない幼馴染コンビ。

 都市伝説を口説くとか、そんなことできる筈がないだろうに、案外彼らも混乱しているのかもしれない。


「……ごめんねー、皆。どう考えてもこれ、あたしのせいだよね」


 そして何故かいじけている桃恵萌。

 夏樹に久美子、萌にしても、命の危機なのに、なんで皆こんなに余裕なんだろう。

 彼ら彼女らの胆力というか、空気の読まなさ加減に、みやかは若干頭痛を感じていた。


「あの、桃恵さん?」

「だってさー、姫川の説明通りなら、絶対あたしのせいじゃん。姫川に梓屋、吉岡にあたし。この中で“援助交際してそうな派手な女子”ってどう考えてもあたししかいないし……ふふ、クラスの男子どころか都市伝説にもウリやってる認定って。ちくしょー、あたしは処女だっつーの。純情なの、一途なの」


 なんか萌は妙なところでダメージを受けていた。

 何度も繰り返すが、命の危機である。そんなことでいじけている場合ではないのである。


「いや、あのさ。もうちょっと緊張感持ってほしいんだけど……っ!」


 ゆらり。

 動きを見せた亡霊の一体に向けて、雨あられとカミソリが降り注ぐ。

 実体のない幽霊であっても何の問題もなく斬り裂けるらしく、苦悶に満ちた顔は切り刻まれ、痛苦に歪んでいた。

 あれは、自分達を害する存在。

 その程度の判断はできるようだ。渋谷七人ミサキは憎悪の籠った眼で富島柳を睨み付ける。


「悪い、姫川さん。葛野に連絡してくれる?」

「もうメールしてある」


 正体に気付いた時点で、状況も場所も既にメール済み。同時に電話もかけているが、甚夜はまだ出ない。

 有難い、と軽く笑みを浮かべ、柳は再び怪異と対峙する。

 一対七。しかも六人を守りながら戦わなければならない。

 百年を生きる鬼ならばともかく、つい最近能力に目覚めたばかりの彼にとっては中々の窮地だ。

 だが引く気はない。

 全て打ち倒す、とは言えないまでも、甚夜が来るまでの時間稼ぎくらいはできる。

 柳はぐっと一歩前に進み、


「あーもう、ホントむかつくなー!」


 しかし気勢を削ぐように響く少女の声。

 先程までいじけていた桃恵萌は怒りに肩を震わせながら、柳よりも早く渋谷七人ミサキの前へ躍り出た。

 桃恵さん、なにを。

 叫び呼び止めようとするが、間に合わない。

 呼応するように、亡霊たちは襲い来る。

 けれど萌はいたって冷静。懐から携帯電話を取り出し、沢山のストラップを揺らしながら、優しく呟く。


「おいで、“犬神”」


 フェルト地の犬のストラップが一瞬光ったかと思えば、突如として現れたのは、影を切り取ったかのように深い黒色をした三匹の犬。

 彼らは萌の命じるままに亡霊へと突進、爪で裂き、噛み付き、いとも容易く迎撃してしまう。

 ただのクラスメイト。ギャルっぽい容姿の萌は、怪異を前にして、不敵なまでに堂々と立ち塞がる。

 それがひどく奇妙に感じられて、目を大きく見開いたみやかは、戸惑いながらも彼女の背中へ声をかけた。


「も、桃恵、さん……?」

「アキだっての」


 桃恵萌は本名。

 けれどアキという呼び名は、彼女にとって魂。

 十五歳の誕生日に、家宝の短剣と共に父から継いだ、大切な名前だった。




 ───彼に、会いたかった。




 彼をずっと前から知っていた。

 喋ったことも、顔を見たこともない。

 でも、彼がどんな人かは、ちゃんと知っている。

 優しくて、不器用で。

 とても弱くて、けれど誰よりも強い。

 泣き虫な彼を、知っていて。

 だから会いたいと思った。


 会って、いつか、伝えたい言葉があった。

 彼の親友だった一人の男から、想いを託された。


「十代目“秋津染吾郎”。だから、アキね。間違えないよーに」


 桃恵萌。

 十代目秋津染吾郎は、悪戯を成功させた子供のように、にっかりと無邪気に笑っていた。





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