余談『あなたの好きな食べ物は?』・1
その2 鳩の街の娼婦 あけみについて
* * *
美味しいと、思ったことはなかった。
◆
「おーし、もうちっと待ってろよー」
七輪の上であぶられている餅が少しずつ膨らんできた。
時折箸で餅の位置を調整し、焦げ付かぬよう細心の注意を払う。ぱちぱちと定期的に鳴る、炭の焼ける音。団扇で七輪に風を送り続ける元治は、いやに真剣な表情である。
「うんっ!」
「おう、いい返事だ」
大きく何度も頷く甚太は、わくわくという擬音が聞こえてきそうなくらいだ。
磯辺餅は彼の一番の好物である。
元々甚太と鈴音はそれなりに裕福な商家の生まれ。小さな頃は父親が時折、磯部餅を作ってくれた。
鬼を嫌う父は、妹の分を作ってはくれなかった。けれどいくつか焼きあがった餅を隠しておき、「父さんには内緒だぞ」なんて言いながら兄妹二人で隠れながら食べたのをよく覚えている。
家を出てからは、口にする機会は随分と減ってしまった。
葛野は日ノ本有数の鉄師の集落ではあるが、決して裕福な土地ではない。飢えるほどではないにしろ巫女守の家とて贅沢はできず、餅なんぞ年に一度食べられればいい方だ。
だからこそ偶に焼いてもらえる餅が特別楽しみで、元治が磯部餅にしてくれるというものだから、焼けるのを真ん前に陣取って今か今かと待ち侘びていた。
「もう、甚太ってば。はしゃぎすぎ」
「う。い、いいだろ。好きなんだから」
「別に悪いなんて言ってないよ? ふふ、でも、甚太もまだまだ子供だね」
「うるせー」
がっついた態度を微笑む白雪に窘められ、恥ずかしさから顔が赤くなる。
白雪は幼馴染で、甚太にとっては一番親しい女の子だ。子供っぽいところを指摘されるのはどうにも居た堪れない。
そんな子供たちの遣り取りがおかしくて、からからと元治は笑っている。
「はっはっ、甚太ぁ。尻に敷かれてんなぁ」
元治の目から見ると、二者の力関係は白雪の方が上らしい。らしいもなにも、甚太自身十分すぎるくらい自覚はあった。
大抵の場合で白雪が事を起こして、いつだって甚太は振り回される側。情けないが、そういう役回りなのである。
それは十分理解しているが、どうにも納得いかないものはある。むぅ、と甚太が唸っていると、急に腕を引っ張られた。
驚いてそちらを見ると、傍らにいる妹の鈴音が、兄に倣って餅の焼き上がりを待っていた。
「にいちゃん、にいちゃん! ぷくーって膨らんできたよ!」
「お前は、いい子だなぁ……」
「んー?」
無邪気な妹の髪をわしゃわしゃ乱暴に撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。
照れ隠しからの行動だったが、こうまで喜んでもらえると目尻が下がるというもの。兄妹の触れ合いを白雪も元治も穏やかな目で眺めている。
「すずちゃんも、お餅好き?」
「うんっ。昔よくにいちゃんと一緒に食べたんだ」
「そっか。二人ともほんとに仲いいよね、うらやましいなぁ」
「へへっ。でも、白雪ちゃんもだよ?」
そう言って鈴音は白雪の手を取る。今は家族なんだから、三人とも仲良し。言葉にしなくても妹が伝えたようとしていることは分かった。
だから白雪も甚太も自然笑顔になる。
「うむ。仲良きことは美しきかな……っと、できたぞ!」
焼きあがった餅に砂糖醤油を絡ませれば、香ばしい食欲をそそる香りが鼻を擽る。
待ってました、と三人は声を上げた。なんだかんだ白雪だって、楽しみにはしていたのだ。
それがなんだか面白くて甚太も鈴音も思わず視線を送り、恥ずかしそうに頬を染める白雪に、やっぱり笑みは我慢できなかった。
家族で食べる、ちょっとしたご馳走。みんながみんな笑顔になって、楽しくて嬉しくて、無邪気にはしゃいで。
遠く遠く、晴れ渡る空の下で。
あの時食べた磯部餅の味は、生涯忘れることはないだろう。
だから、あなたの好きな食べ物はと問われば。
彼は小さく笑みを落とし、「磯部餅だ」と答えるのだ。
鬼人幻燈抄 余談『あなたの好きな食べ物は?』
独特の臭いが漂う桜庭ミルクホール。
電灯に照らされたホールでは、男達が女給を値踏みしている。
今日はいつもより客が少ない。違う、僅かながらではあるが、日に日に減っているような気がした。
「ほたるちゃん、お客さんよぉ」
「はい、店長」
見慣れた遣り取り、苛立ちに眉が吊り上がる。
あけみは不機嫌な顔を隠そうともせず、ホールの壁にもたれかかったまま、ほたるが買われていく様を冷たく見据える。
「まぁたほたるさん? 馬鹿みたい、なんであんなおばさん買ってくんだろ。ねぇ?」
傍らにいる同い年の女給も刺々しい揶揄を吐く。
演技じみた女の色香に惑わされ、だらしなく目尻を垂れさせる男も、媚びた態度で自分を売る女も同じく滑稽。少なくとも、まだ年若い彼女達にはそう見えた。
ほたるは二十四、この店では一番の年上になる。
まだ二十歳にもならない娘達から見れば既に“おばさん”、だというのに彼女は店の一番人気。女給の言動は自分よりも売れている女に対する妬心だ。
あけみは、ほたるにこそ及ばないが指名の多い娼婦である。目の前の女給のように嫉妬は浮かばず、しかし窘めることはしない。
理由は違えど、ほたるが気に喰わないのはあけみも同じだった。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
「どうしたのよ、あけみ」
「今日は気分が悪くてね」
客がつかないのは自分の器量のせいだろうに。
それを嫉妬で誤魔化そうとする同僚は、ほたる以上に好きではない。一緒にされるのは不愉快だと溜息一つ、力なく手を振って店の外へ出る。
幸い今宵は男に声をかけられなかった。気分が乗らない夜は抱かれてもつまらない。
適当にぶらついて時間を潰そう、今夜はもう客を取るつもりもなかった。
あけみの家はごくごく普通の中流家庭。
大金持ちとは言えないが、飢える心配をするようなこともない。別段不自由な思いをした記憶はなく、にも拘らずあけみが娼婦へと身を落としたのは、ひとえに彼女の気質ゆえだろう。
彼女の考えは端的に言えばこうだ。
“あせくせ働くなんてみっともない”
貧しいよりは豊かな方がいい。
私は綺麗だから、男は放っておいても寄ってくる。
若い時間は短い、有効活用せねば勿体ないではないか。
特別な技能も誇れる学もないが、身一つで十分稼げるだろう。
その程度の考えで彼女は鳩の街へ流れ着いた。
つまり彼女は、娼婦ではなくアプレ派の素人娘。生活苦ではなく、流行りに乗っかって鳩の街へ移った、無軌道な若者そのものだった。
そういう彼女だから気分次第で客を取らない夜もあるし、そういう彼女だから古い夜の女であるほたるとはそりが合わない。
一夜の夢? 馬鹿らしい。どうせ男は若くてかわいらしい女が好きで、ヤリたいがために高い金を払うのだ。
泡沫の恋だの、娼婦としての振る舞いだの、お肌の曲がり角を越えたおばさんの下らない拘りではないか。
だから気に喰わない。
自分ではない誰かを演じて、上辺だけの笑みを浮かべて。
そうやって本心を隠し、頑なに別の誰かであろうとする姿が、大嫌いな女と重なる。
気に喰わないのはきっと似ているから。ほたるが嫌いな理由の殆どは八つ当たりだ。
最低の母親を思い起こさせるから、あけみは彼女が好きではなかった。
「あーあ、ヤなこと思い出しちゃった」
折角ぶらついているのに陰鬱な気分は晴れてくれない。それどころか、一番嫌いな女の顔が脳裏を過ってしまった。
何故だろう、近頃母の顔をよく思い出す。
本当に、嫌いだった。なのに、なんで今になってまで頭の奥、心の底にあんな女の表情がこびりついているのか。
ハート形のネオンが薄ぼんやりと夜道を照らしている。夜には合わないピンク色は、見詰めていると少しだけ不安になった。
不安になった。そう考えた自分に気付き、あけみは少しだけ眉を顰めた。
この街に来てから、奇妙なくらい感傷的になってしまう時がある。
母のこともそうだし、夜を不安に思うなど今までなかった。
疲れているのかもしれない。どうにもうまく考えが纏まらず、もやもやとしたものが胸に居座っていた。
ちょっとだけ、休もうか。あけみは夜の通りから離れ、薄暗い脇道、古びた写真館の壁にもたれかかって一息を入れる。
なんだか疲れた時は立ち止まるのがいい。五分だけ、五分だけ休もうと決めた。
俯いて、眠るように目を閉じて。
「どうした、こんなところで」
けれど鉄のような硬い声に起こされる。
顔を上げたあけみの表情があからさまに歪んだ。
多分、厄日というのは今日のような日のことを言うのだろう。
いやに目つきの鋭い長身の強面。目の前にいたのは、以前桜庭ミルクホールでこちらの誘いを無碍にした、生意気な青年だった。
◆
「新興とは言えやはり夜の街だな。こんな時間でも開いている店屋が多くて助かったよ」
娼館の多い通りを一本またいだ商店街。遅くまでやっている飲み屋の中には、一仕事終えた娼婦を目当てに開いている食事処もいくつかある。ほとんどの場合は酒も置いているので、定食や麺類もおいている居酒屋くらいの表現が適当だろう。
騒がしい店内、テーブル席で向かい合わせに座る男女。勿論、色っぽい関係などではない。あけみは現状を今一つ理解できず頭を悩ませる。
何の因果か甚夜とあけみは顔を突き合わせて、夜食なんぞをとっていた。
「……なんであんたと一緒にご飯食べてるのかしら」
「私が誘ったからだと思うが」
「分かってるわよ、そんなこと!」
こいつ、やっぱりむかつく。
あけみは苛立ちを隠そうともせず、自然と語調も強くなる
“文無し? ああ、それとも、もしかしてそっちの趣味?”
“よく分かったな、実はそうなんだ”
以前桜庭ミルクホールで躱した遣り取りを思い出す。
甚夜はあけみの誘いを袖にして、バカにしたような物言いで煽っても軽く躱されてしまった。ものの見事に女のプライドを傷つけてくれた相手だ、好意的に見られる筈もない。
それが「少し付き合わないか」などと雑な誘いを受け、連れてこられた居酒屋で何故か一緒に食事をしている。正直、なんでこんなことになったのか、あけみ自身よく分かっていなかった。
甚夜は話しながら適当に肴を頼み、緩やかに杯を傾ける。
あけみは十九。彼の年齢は知らないが、おそらくは年下だろうに、その呑み方は随分と堂に入っていた。
しかしどうにも言葉数は少ない。なんとなく居心地悪くなり、あけみはぶっきらぼうに言う。
「で、なんで誘ったのよ。私を買う気もないくせに」
「誘われて付いてくるようだったから、かな」
よく分からない返しだった。
煙に巻かれたような気がして、あけみは機嫌悪さに口を尖らせる。肝心の彼は大して気にした様子もない。小さな笑みを落とす彼は、まるで子供を窘めるような穏やかさだ。
「以前の君なら断っていただろう。断るほどの気力もなかったから付いてきた。誘った理由はそんなところだ」
なんのことはない。つまるところ彼は、見てられない程に元気がなかったから声をかけたと言っている。
ほとんど初対面の男にそう思われるほど自分は弱っていたらしい。
「……お節介」
「そいつは君のところの店長に言ってくれ」
ああ、ようやく納得がいった。
あんなちょうどいいタイミングで出てきたのは、桜庭ミルクホールの店長の差し金だったという訳だ。大方「ちょっと様子を見てきて」とでも頼まれていたのだろう。
追って来たのは店長の気遣い、声をかけたのは彼の気遣い。裏に在る感情を読み取れず身構えていたが、分かってみれば大した話でもなかった。
「これで義理は果たした。今後はつけまわすような真似はしないさ」
「そうしてほしいものだわ」
幾分か胸襟を緩めて、あけみも並べられた料理に手を付ける。
こちらの誘いを無碍にしたのは腹立たしいが、話してみればこの男もそんなに悪いやつではない。少なくとも、何の見返りもない店長の言葉を律儀に守る程度には義理堅く、見ず知らずの弱った女を放っておけないくらいには人が良いと分かった。
下心がないのも明白。第一印象は最悪だったし、今一つ図り切れない男ではあるが、すぐに席を立とうとまでは思わなかった。
折角の奢り、その上客でもないため最低限の気遣いもいらない。
店長の顔を立てるつもりで食事を共にし、酒の肴に雑談を交わす。年下に見える青年は、第一印象こそよくなかったが、腰を落ち着けて向かい合ってみれば武骨な印象に反し案外と穏やかで話しやすい。
お蔭で殆ど初対面でありながら、食事中の雰囲気は和やかなもの。いい感じに酔いも回ってきている。
意識が酩酊するほどではないが、多少以上に口は滑らか、あけみの警戒心も大分薄れていた。
「そういえばさ。あんたの姪っ子だっけ。この街にいるんでしょ?」
酒の勢いに任せれば、会話も軽くなる。
甚夜の眉が僅かに動いた。話していた時、君はいなかったはずだが。視線で問えば「店の女給が話してたから」、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「又聞きの話を洩らすのは御法度だろう」
「いいじゃないそれくらい。店で話してたんなら隠すようなことでもないんでしょ」
酔ったせいか、もともとの気質か、あけみは無遠慮に踏み込んでくる。良くも悪くも花街ではなかなか見ないタイプの女だ。
正確には、“かつての花街では”と表現するべきか。
鳩の街においては、こういう商売っ気のない娼婦が主流。ほたるのような古い夜の女はとんと見ない。
これも時代の流れ、なんとなしに寂しいものはあるが、やはり仕方がないのだろう。
「教えてよ。姪っ子のこと、どう思ってるの?」
「どう、とは」
「だから。家族が娼婦になって、あんたはどんな気持ちでいるのかって話」
気のないふりをして、けれどあけみの目は真剣そのもの。
雑談ではなかった。そう表現するには、彼女の纏う空気は少しばかり硬すぎる。縋るような色を滲ませた彼女は、どこか怯えているようにも見えた。
「特に何も」
誤魔化すことはできた。しかし甚夜は素直に答えた。
七緒が娼婦に収まったとて、特に何かを想うことはない。強いて言うならば、青葉の心境はどうかと考える程度だ。
姪とはいえ親しみなどなく、彼女の母を思い浮かべるためにどろりとした憎悪が胸を焦がす。
そんな男がどの面下げて七緒について語るのか。
彼女が娼婦であったとして何かを口にする資格などなく、そもそも大して興味がないというのが本音だった。
「なによそれ」
「生憎と、妹とはあまり仲が良くなくてな。姪ともこの街で初めて会った。なにかを想うには、少しばかり距離が開き過ぎている。……だから済まない、君の聞きたい答えは返せそうにない」
甚夜の言葉にあけみは眉を顰める。図星だったからだ。
彼女が聞きたかったのは、“娼婦になった家族をどう思うか”。
此処までの話を聞いていれば何となく分かる。あけみは、おそらく家を飛び出して娼婦になった身。
だから同じく家を出て娼婦になった家族を持つ甚夜に、どう思っているのか聞きたかった。
自分が家族からどう思われているかを知りたかった。
もっと言えば、「娼婦になっても家族だと思っている」という答えを、甚夜に言ってほしかったのだろう。
「見透かしてくれちゃって」
「家族とは上手くいっていなかったのか?」
「そりゃあ、上手くいってるようならこんな職に就かないわよ」
甚夜は意図を理解しながらも、望む答えを返さない。
それに気付いたのか気付いていないのか、あけみは不機嫌そうに鼻を鳴らし、並べられた料理に箸をつける。
鶏のから揚げ、ししゃも。コロッケ、揚げだし豆腐、出汁巻き卵に糠漬け。お銚子は既に五本ほど転がっていた。
料理は酒の肴ではあるが、それなりの味をしている。戦後の復興は目覚ましい。サツマイモの蔓やすいとんを食べていた時代から、僅か十数年でこうも変わった。
しかしまだ若いあけみには然したる感慨もなく、雑にから揚げを口へ放り込む。
「まぁ実入りはいいし、馬鹿な男に抱かれてやるだけ、仕事としては楽。毎日おいしいもの食べられるんだから、文句なんてないけどね」
それは間違いなく彼女の本心だ。
浮かんだ笑みは、若者らしいと言うべきなのか。朗らかで、愁いなど欠片もなかった。
嘘を吐かない夜の女。既に百を超える甚夜からすれば、彼女の在り方は今一つしっくりこない。
とは言え指摘する気もなかった。
つまるところ、時代が違うのだ。甚夜がなにを言っても「最近の若いもんは」という的外れな説教以上のものにはならず、そもそも人の在り方にケチをつけられるほど上等な男でもない。
そういうものかと納得し、酒と共に流してしまうくらいが丁度いい。
ただ一つだけ、どうでもいいことが気になった。
「口に、合わなかったか?」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からずあけみは固まった。
しかし怪訝な面持ちで彼の視線の先を辿り、ああ、と納得し小さく笑う。
「ああ、違う違う。そもそも好きじゃないだけ。昔っから嫌いなのよ、コロッケ」
話しながらも食事は進み、もうそろそろ店を出ようかという頃合い。お銚子も皿もほとんど空になったが、あけみの注文したコロッケだけが手つかずのまま残っていた。
なのに、なぜ注文した?
追及はしない、そこまで踏み込むには少しばかり距離が遠い。「そうか、ならそろそろ」と何事もなかったかのように話を切り上げる。
「今日は悪かったわね」
「なに、私としても旨い酒が呑めた」
「そりゃあ美女のお酌だもの。格別でしょうよ」
勝ち誇るように笑みを見せつけ、本気とも冗談ともつかないことを言う。妙な詮索をしなかったおかげか、それなりに気を許してくれたようだ。
会計を済ませているうちに、あけみは先に店を出る。甚夜は一度振り返り、テーブルの上に残されたコロッケの皿を見る。
もし此処が、未練で出来た街だと言うのなら。
多分、彼女が向き合わなければならないのは、あのコロッケなのだろう。
「どうしたの?」
「ああ、すまない。少し手間取った」
いつまで経っても出てこない甚夜を気にして、あけみは店を覗き込む。
何事もなかったように言葉を返せば、それ以上の追及はなく朗らかに笑う。
「それじゃ、今日はご馳走様。案外楽しかったわよ」
やはりその笑みに、嘘はなく。
まだ十八、九といった年若い娼婦。あけみもまた存在しない筈の鳩の街に、己が未練に囚われた一人だ。
義理はない。ただ店長には「あの娘のことお願いね」と頼まれた。
なにより、同病相憐れむ。自身も同じだという、奇妙な共感が自然と言葉を紡がせたのだろう。
「また、誘わせてもらっていいか?」
いきなりの誘いにあけみは目を見開く。
彼女にとっても、彼にとっても、その提案は意外なものだった。




