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鬼人幻燈抄  作者: モトオ
大正編

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119/216

余談『鬼人の暇・大正食事情』(了)


 2009年 9月


 兵庫県立戻川高校は、進学校でも部活動で有名という訳でもないが、県下の高校の中では設備が充実していた。

 校舎はAからCの三棟に特別棟の計四棟あり、A棟一階にある学生食堂もかなり規模となっている。白を基調とした壁面と日の差し込む大きな窓が特徴的な清潔感ある学食は、昼休みともなれば生徒がこぞって訪れ大層な賑わいだった。


「甚くんはなににしたの?」

「コロッケカレーだ」

「好きだねぇ、コロッケ」


 一応甚夜もこの高校の生徒、時折学食を利用している。

 今日はコロッケカレー。学食は盛りが多く値段も安いので助かっていた。

 昼食風景はその時々で違う。

 男子だけで騒がしく飯を食べたり、舞い込んだオカルトな事件の相談を受けながら、という場合もある。

 しかし普段はやはりみやかや薫と一緒に昼食をとることが多かった。


「そういえば甚くん、普通に洋食食べるよねー」


 カレーを注文したことが不思議なのか、薫はこてんと首を傾げる。

 入学当初から付き合いがあるし、それ以前にも多少の縁があった。ある程度こちらの事情を知っている彼女にしてみれば、百歳の爺がカレーを食べている姿は奇妙に映るのだろう。


「そういえば、意外とお菓子も普通に食べてるし」

「ねー。こういう新しい料理って、慣れてなかったり苦手だったりしないの?」


 無理していない? 薫は少し心配そうにしている。

 改めて考えたらなんだか変な感じ、とみやかの方も人差し指を唇に当て少し考えている様子だ。

 彼女らの中では昔の日本で食べるものといえば魚を中心とした和食や小豆メインの和菓子といったイメージなのかもしれない。

 甚夜が無理に合わせているのでは、と心配する辺り二人ともいい子である。

 ただ彼女らの心配は完全な勘違いだった。


「別に苦手ではないな。というより、カレーは明治の頃からあるぞ? 寧ろ年寄りの方が親しみ深い料理だと思うが」

「えっ?」


 少女の驚きの声が重なる。

 きょとんと顔を見合わせる二人がなんとなく面白くて、思わず笑みを落とす。

 だから興が乗って甚夜は口を開く。

 普段は、図書室の少女に昔語りをする機会が多いけれど。

 偶にはこの子達にも、お爺ちゃんの昔話をしよう。






 鬼人幻燈抄 余談『鬼人の暇・大正食事情』






 いつだって手を伸ばしていた。

 でも届いたことはなかった。

 ただ、それだけの話だ。


「……つまらねえなぁ」


 偽久いきゅうは心底気乗りしない調子でぼやいた。

 大正の世を覆す。

 明確な目的を抱き南雲叡善の陣門に下り、己が力を振るうつもりでいた

 しかしどんな大願であろうとも過程というのは大抵が地味なものである。

 準備の整っていない現状では叡善の為に餌を集めたり、古椿の護衛だのといった雑事が精々、満足のいく仕事はできていない。

 派手な活躍がしたいという訳でもなし。目的を果たす為には仕方ないとも分かっているが、どうしたって鬱憤は溜まる。

 溜まれば溜まった分だけ酒量は増える。今は取り敢えず叡善の指示もない。偽久は南雲の師弟の縁側で昼間から乱雑に酒を煽っていた。


「昼間から、お酒ですか?」


 ああ、鬱憤の元が来やがった。

 横目で訪れた女を見れば苦々しく顔は歪む。

 ただでさえ鬼らしい暴れ方が出来ておらず面白くない心地でいる。その上生まれたばかりの鬼の御守りまで任されたのだ。なんというか面倒ごとを全てこちらに回されているような気がしてしまう。

 もっとも井槌辺りからしてみれば偽久も十分面倒の種ではあるのだがそこは別問題。酒臭い息を吐けば、にたりと女は笑う。気分は更にささくれ立ち、酒は多少不味くなった。


「……んだよ」

「声をかけただけで随分な態度ですね」


 見た目は短く髪を整えた活発そうな少女。それに反して物言いは静かを通り越して冷たい。

 年の頃は十代の半ばくらい、背が低く小柄なこともあって余計に幼く見えるが、この女もまた南雲叡善に使える四匹の鬼に数えられている。

 名を古椿。

 大正にあって尚も暗躍するマガツメとやらの娘、らしい。

 実際にマガツメなる鬼を見たことはなく、その辺りの事情は叡善から聞いたのみでどこまで本当なのかは分からない。

 取り敢えずこの鬼女が、今まで偽久が護衛していた無貌の鬼の変化したものであるのは間違いなかった。


「叡善様の配下としての自覚が足りないのでは?」

「はっ、自覚ねぇ」


 そもそも自分さえ失くしているお前に言えたことか。

 過った言葉を飲み込みはしたが、正直に言えば偽久は今の古椿が苦手だった。

 マガツメの娘でありながら叡善に頭の中を弄られ、無理矢理に三枝小尋を取り込まされ、もはやこの鬼女は何者でもない。 

 母の想いも誰かに対する心も、大切なものは粗方奪われてしまった。


「お前にはある、とでも言いてぇのか?」

「当然です。私は、叡善様の為に生まれた存在ですから」


 それにさえ気付かず南雲叡善に従う古椿が哀れで、同時にひどく苛立たしい。

 強者を尊び、命の遣り取りを至上とする。そういう古臭い鬼である偽久には、己であれない彼女が受け入れられない。

 以前までと同じようにこの鬼女の御守りを命ぜられてはいるが、いくら叡善に従っているとはいえ個人の好悪まではどうしようもなかった。


「そら結構なこった」

「随分と含みがありますね。貴方とて叡善様に従う者でしょうに」

「ああ、そうだなぁ」

「不満を隠す努力くらいはしてほしいものです」

「おいおい、勘違いだ。別に不満はねぇよ」


 そう、不満はない。

 不自由な現状にも納得は十分している。

 強いて言うのなら、いつだって手を伸ばしていた。でも届いたことはなかった。

 ただ、それだけの話だろう。

 

「それなら、よいのですが。共に叡善様へ忠誠を誓うともがら、出来るならば良い関係を築きたいですから」


 造られた忠誠を語る女の笑みは、一点の曇りもないだけに不気味で、どうしようもなく痛々しいと感じられる。

 それを指摘する気もない。この鬼女の在り方がどうあれ、殺害に享楽を覚える男に言えることなど何もなかった。


「……まぁ、俺も。仲違いしたい訳じゃねぇさ。吉隠の奴は別だがなぁ」

「あらあら。けれどそれを聞いて安心しました」


 言うや否や古椿は黄色い小さな箱を投げ渡す。

 危なげなく受け取った偽久は怪訝そうに眉を顰めた。


「なんだぁ、これは」

「ミルクキヤラメルです。口寂しいのなら、昼間からお酒よりは外聞がいいでしょう」


 お近づきのしるしですよ。

 活発そうな少女は皮肉げに口元を歪め、これで用は済んだと去っていく。

 箱を開けてみれば、中には一口程度の四角い菓子が入っていた。


 明治三十二年(1899年)、東京は溜池の裏通りに一軒の菓子店があった。

 僅か二坪の小さな店では当時馴染みのなかった洋菓子、マシュマロにチョコレートクリーム、そして今なお販売されているミルクキャラメルを取り扱っていたという。 

 しかし米国式の作り方を忠実に再現したキャラメルは、当初全く売れなかった。

 そこで日本の風土、日本人の舌に合うよう改良が加えられ、大正二年に再発売。

 大正三年には黄色い小さな箱に入ったミルクキャラメルが発売され、このパッケージは平成まで変更されず、世代を超える大ヒット商品となる。

 チョコレートやビスケット、マシュマロなどの現代でも取り扱われる洋菓子は、明治大正期に定着したものが殆どである。


「……菓子、か?」


 とはいえ古い鬼である偽久には縁遠い代物。特に新しく発売された箱入りのミルクキヤラメルなど何ら興味がなかった。

 そこはつい先日まで自我を持たなかった古椿だって同じような者の筈。なのに、何故彼女はミルクキヤラメルとやらを知っていたのか。

 一瞬疑問にも思ったが、よくよく考えてみればあれは人間の小娘を取り込んだのだ。つまりこの菓子もそいつの知識だったのだろう。

 それが偽久には、少しだけ引っ掛かる。

 マガツメの娘でなく、三枝小尋でもなく。何者でもあれない女の後ろ姿が、望みを貫けない不自由な己に重なる。

 ならば嫌悪したところで結局は同じ穴の貉か。

 不快げに口元を歪め、手の中の小さな箱を見る。まあお近づきのしるしというのなら捨てるのも忍びない。とりあえず一つ、キヤラメルを口の中に放り込む。 


「甘ったりぃ……」


 折角貰ったが、やはり新時代というものには慣れない。

 どうやらミルクキヤラメルは酒の肴には向いていないようだった。




 ◆




 明治、大正期は諸外国からの技術が流入し、日本には大きな変革が齎された。

 工業技術の発展、交通機関の整備。活動写真や大衆向け雑誌など新しい娯楽の普及。

 また食文化においても、文明開化以降大きく変化した。

 代表的なものはやはり洋食だろう。


「赤だの黄色だの、最近のメシはハイカラだなぁおい」 

「井槌、おじさんくさいよ?」

「うるせぇ。お前俺より年上だろうが」


 井槌と吉隠は浅草のカフェーで少しばかり豪勢な昼食としゃれ込んでいた。

 オムレツライスといって、炒めたコメを薄い卵焼きで包んでトマトのソースをかけたもの。現代でいうオムライスだが、大正の頃はこれをオムレツライスと呼んでいた。

 赤や黄色の鮮やかな料理は日本の大衆食からすると非常に珍しい。井槌も奇妙に感じたのか、匙でつんつんと突いていた。


「食べてみなよ、おいしいよ?」

「おお」


 大正七年、東京には『簡易食堂』なるものが出現した。これは後の大衆食堂の原型で、神田を初め九段や本所に浅草など、都内の数ヶ所に設置された公設の食堂である。

 定食は朝で十銭、昼と夕は十五銭。素うどんが十銭、具が入っても十五銭が精々と公設だけに値段もお安い。

 華やかな大正時代ではあるが、米騒動が起こったり一部の成金だけが金を稼ぐ反面都市部には貧困層が広がったりと決して皆が皆豊かだった訳ではない。格差というのはいつの時代も存在する。

 そこで建てられたのが簡易食堂、貧乏な大衆相手の安価な食事処だ。

 そういった場所にさえパンとジャムバター、コーヒーやミルクがメニューに並ぶ辺り、西洋文化の浸透具合が見て取れる。


「……んぐ、まあ悪かねえ。だがよ、このオムレツライスだったか。値段の割に小せえな。こんなんじゃ腹に溜まんねぇよ」

「キミね、奢ってもらっといてその発言どうなの?」

「どっちにしろ叡善の爺様の金じゃねーか」


 簡易食堂の設置から数年、東京では三万件近い飲食店が営業するに至った。

 その多くが手軽に食べられるライスカレー、ポークカツレツ、コロッケなどの日本的洋食を提供する店である。

 ただこの手の洋食はあくまで中流階級を狙った店で、実のところ印象程大正時代は洋食文化が広く楽しまれていた訳ではない。

 大正の流行歌には「嫁が作る料理は今日もコロッケ、明日もコロッケでは嫌になる」と歌ったものもあったが、これは現代の「安いお惣菜コロッケばかりでは嫌になる」という意味ではない。

 そもそもジャガイモは当時高級野菜であり、洋食も外食産業として定着しつつある段階で一般家庭には出てこない。コロッケを作れる嫁というのは、淑女として諸外国の文化を学んだ良家の子女、華族の令嬢様くらいものだ。

 つまり先のコロッケの唄を現代の感覚で言えば「フランス料理を作れる嫁さん貰ったけど毎日毎日フォアグラで嫌になるよ」くらいの自虐風自慢でしかなかったりする。

 つまり彼らがいるのもそれなりに御高い店で、人の金でご馳走になっておきながら文句を垂れる井槌は相当面の皮が厚かった。


「しっかし、お前、普通に食うのな?」

「そりゃ結構通ってるからね」

「いや、そうじゃなくてよ。大正を覆そうってのに、服とかメシとか、意外と楽しんでんなーって話」


 一応彼らは大正の世に恨みを持ち、時代を覆そうとしている鬼だ。

 それが昼間からカフェーで洋食なんぞ、何か致命的に間違っているような気がしないでもない。

 ただ井槌の葛藤は今一つぴんとこないようで、吉隠は思い切りきょとんとしていた。


「昔ながらのお茶は好きだけど、コーヒーだって悪くないよ? あとアイスクリン。夏のあれだけは今の時代サマサマだね」

「そういう奴がなんで爺様に従ってんだか」

「前にも言ったでしょ、ボクのは八つ当たりだって」


 悪びれず笑いオムレツライスを食べる。

 なんというか、その所作はいかにも洋食に慣れていて、井槌には吉隠という鬼が更によく分からなくなった。 

 大正を敵とのたまいながら、それはそれとして今の時代を楽しむ。

 適当なヤツだと思わず呆れてしまう。


「その辺り、井槌や叡善さんとは違うところだね。確かにボクはさ、大正の世に捨てられた、踏み躙られた存在だ。でも、今を覆そうとまでは思ってないんだ」


 張り付けた笑顔のまま吉隠はテーブルに肘をついて、少しだけ視線をさ迷わせた。


「復讐なんて強い気持ちじゃない。そんな風に考えられるほど大切なものなんてなかったしね。だいたいネチネチしたのは嫌いだし、それなら愉しく生きた方がいいじゃないか」


 朗らかな声音なのに、適当な語調なのに、何故だか井槌は口を挟めない。

 言葉尻の軽さとは裏腹に、ひどく重苦しいと感じられる。


「でも、ボクがからっぽだって気付かせてくれた新時代には、ちょっと引っ掛かるところだってあるよ。だから、八つ当たり。嫌がらせができればそれでじゅーぶん」

「吉隠、お前……」

「あはは、変なこといっちゃったや。さぁ、冷めちゃう前に食べよ?」


 けれど重さは一瞬で掻き消えて、軽薄な態度の、性別不詳の鬼が戻ってきた。

 だから井槌は胸に過った違和感をすぐさま忘れた。

 オムレツライス、ビフテキ、ポークカツレツ、コロッケにライスカレー。

 ミルクだのコーヒーだの、メニューには今迄馴染みのなかった西洋風の料理が並んでいる。

 時代は流れここまで日ノ本の国が変わったのなら、垣間見えた微かな奇妙さもきっと些細なことだろう。


「そろそろ、しっかり“働く”機会が来るんだから。ちゃんと栄養は取っておかなきゃね」


 南雲叡善の準備は着々と進んでいる。

 ならば下らない感傷に囚われる必要なんてない筈だ。




 ◆




 カステラ、金平糖、カルメ焼き、たまごボーロ。

 和菓子に分類されるこれらであるが、その起源がヨーロッパにあるのは有名な話だ。

 キリスト教を布教するためにやってきた宣教師が齎した洋酒やカステーラ、カルメル、ボーロにコンペイ糖など南蛮の珍しい嗜好品を配ったとされている。

 もっともこの頃はあくまで一部の権力者の嗜好品に留まり、洋菓子が一気に広まるのは文明開化以降となる。

 ケーキなどの成立はかなり早く、明治四十年代には多種多様なスイーツが販売された。

 シュークリームやエクレアなどは普通ケーキと呼ばれ約四銭。アンパンが一銭で売られていた時代、多少背伸びすれば手が届く程度の値段だった。

 大正時代には有名企業がシュークリームやエクレア、チョコレートやココアなどを販売しもっと手軽になり、「カフェーでケーキとコーヒーを」という光景は都市部に限れば然程珍しいものでもなくなった。


「おー、土産持ってきたで」


 赤瀬の邸宅、通称“紫陽花屋敷”を訪ねた秋津染吾郎の手には土産の包みがある。

 華族である赤瀬では庶民と違い、少々お高い洋菓子類も普通に出てくる。ただそういう家の娘である希美子でも、微妙に憧れのお菓子があった。


「ああ、悪いな」

「ええてええて、偶にはな。それに、あんたに話ときたいこともあるし」


 案内されたのは家内使用人用の離れではなく屋敷の応接室。

 当然と言えば当然。今日の土産は甚夜にではなく、寧ろ希美子に重きを置いていた。


「秋津さん、御機嫌よう」

「おお、嬢ちゃん。約束の品買うてきた」

「わぁ、ありがとうございます!」


 染吾郎は土産の包みを広げる。

 出てきたのはカステラ生地に羊羹ようかんを挟んだ菓子で、シベリアケーキと呼ばれるものだ。

 和菓子のようにも見えるが、パン屋が焼き釜の余熱を利用して作っていたもので、ベーカリーで売られるのが一般的だった。大正から昭和にかけて人気の高かった菓子で、昭和期には子供の食べたいお菓子ナンバー1とまで言われた逸品である。

 抹茶ケーキなどの和洋折衷の菓子を作るという発想は、古い時代からあったものなのだ。


「どや、ご希望には添えたか?」

「はいっ、勿論です。ね、溜那さん?」

「ん……?」


 勝ち誇るような染吾郎に、希美子はこくこくと何度も頷く。

 大層な喜びようだが、溜那にはそこまで興奮する理由が分からなかった。

 実際シベリアケーキは確かに高いが、華族のお嬢様が有り難がるほどの高級品でもない。染吾郎にしても子爵令嬢が小躍りしそうなくらいになっているのは正直不思議だった。


「いやー、そこまで喜ばれるとはなぁ。こういう言い方は厭らしいかも知らんけど、嬢ちゃんなら普段もっといいもん食っとるやろ?」

「そういうことではありませんよ、秋津さん。だってシベリアケーキは“粋”なんですから」

「はぁ?」


 勿論希美子も高級だから嬉しいのではない。

 大正時代流行ったシベリアケーキは、卵をたっぷり使って高級感があった為、喫茶店やミルクホールにもよく置かれていた。

 有名な文人なども「ミルクホールでミルクコーヒーを飲みながら、シベリアケーキをつまみつつ時間を過ごすのは粋なものだ」と発言している。

 つまるところ希美子の憧れは「なんかオシャレそう」というイメージに起因している。キネマや大衆雑誌など流行の娯楽に興味津々な彼女が、ミルクホールには行けないが真似してみたいという理由で染吾郎に買ってきてほしいと願ったのだ。


「ふふ、ミルクコーヒーも入れてもらえるよう頼みました。どうぞ秋津さんも召し上がっていってください」


 準備万端、気分は既に街を颯爽と歩くモガ(モダンガール)だ。

 応接室のソファに座り隣の溜那とじゃれ合いつつ、今か今かとコーヒーを待っている。


「……あれやな。嬢ちゃん、おもろい性格しとるな? あんたに頼んだら連れ出してもらえるやろうに」

「それで私や両親に心配をかけるのも嫌だそうだ」

「なるほど、ええ子やな……って、おい。なんか余計なの増えとるぞ」


 甚夜から説明を受けた染吾郎は小さく笑い、応接室の少女が二人から三人へ増えているのに気づき頬の筋肉を引きつらせた。

 希美子、溜那。それに向日葵。なにか知らないがいつの間にやらマガツメの娘がソファに座っていやがる。


「余計なのって失礼ですね。私も希美子さんにちゃんと誘われたんです」

「ええ。そうなのです。折角だから皆さんで一緒の方が楽しいと思って」

「ん」


 ねー、と仲良く顔を見合わせる少女達。

 微笑ましい景色の筈なのに、頭が痛くなるのは何故だろう。

 染吾郎は頭を抱えながら重々しく呟く。


「なんや、えらい疲れる……」

「歳を取った証拠だな」

「うるさいわ」


 まあそれも平和な午後のこと。

 多少の疲労も日々の楽しみの内だろう。




 ◆




「……とまあ、洋食や洋菓子は案外古くからあったんだ」


 カレーにとんかつ、ステーキやすき焼き。

 ショートケーキ、チョコレート。ガムやキャンディ。

 現代のコンビニやスーパーに置いてあるものが明治時代からあるというのは、女子高生二人にはそこそこ驚きの事実だったらしい。


「へー、知らなかったや」

「だから和菓子を古臭いという若者もいるが、実はそいつの食べている洋菓子の方が歴史は古い、というオチはままある」

「あはは、なんかコントみたい」


 ちょっとこういうのは面白い、とみやかも思う。

 自分の知らない時代の日常の話は確かに興味深い。あれだ、雑学番組を見ているときの気分に近かった。


「逆に年寄りだって似たようなものだ。今の若いもんは、など言うがな。まずその年寄り達こそ国を挙げて新しいものに飛びついてきた世代だ。君達の親や祖父母と少し話してみるといい。ものの数分もあれば流行に踊らされた恥ずかしい過去が聞けるぞ」


 考えてみれば父や母にも若い頃にはあったのだ。

 であれば着飾ったり、流行歌を口ずさんだり、人気のお店に並んだり。

 大人ぶってはいるけれど、そういう頃があったっておかしくない。


「だから別段洋食も洋菓子も苦手ではない。とはいえ初めての時には、大抵驚いたように思うよ」

「たとえば?」

「かき氷だ」

「かきごおり?」

「ああ。江戸の頃は、夏の氷は一部の特権階級だけが口に出来る高級品だったからな。それが子供の小遣いで買える今は、よくよく考えると恐ろしくなる」


 かき氷なんてせいぜい二百円程度。それが高級品というのは今一つしっくりこない。

 けれど彼が「恐ろしい」なんて大真面目に言うものだから思わず笑ってしまう。

 薫も真剣に楽しそうに、彼の話に耳を傾けている。

 ただ今は九月。夏は過ぎたが残暑も厳しく、かき氷と聞いて興味はすぐさま逸れてしまったようだ。


「かき氷かー。ねね、みやかちゃん。今日も暑いし、帰り皆で食べに行かない?」


 まあそれもこの親友らしいというか、なんというか。

 でもその提案は悪くない。

 もうそろそろ昼休みも終わるけれど、この話題を切ってしまうのも勿体ない。


「甚くんも行こ?」


 薫に甘い彼のことだ、誘われたら頷くに決まっている。

 だからみやかもすぐに同意した。

 時季外れのかき氷を食べながら昔の話を、なんて放課後も偶にはいいかもしれない。

 





余談『鬼人の暇・大正食事情』・(了)




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