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鬼人幻燈抄  作者: モトオ
大正編

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105/216

『コドクノカゴ』・2




 希

[音]キ(漢) ケ(呉)

[訓]まれ ねがう こいねがう


《意味》

1 めったにない。

2 ねがう。

3 濃度が薄い。




 美

[音]ビ、ミ

[訓]うつくしい


《意味》

1.うつくしい

2.ほめる

3.よい


《由来》

 美は羊の全形を現す。

 成熟した羊の美しさが「美」であり、他の全ての「うつくしい」という意味に用いる。

 羊と我(鋸の形)とを組み合わせた形の「義」は、犠牲いけにえとして備える羊に欠陥がなく、完全で正しいものであることを示す。

 犠牲として神に供える羊は、美しく完全であることが求められたが、その羊が美しいことを示すのが「美」。

「美」は、そもそも完璧な生贄を意味する文字である。




 即ち、希と美の組み合わせは、“滅多に見つからない望みを叶える為の生贄”を表す。




 ◆




「そう言えば希美子さんって、学校行ってないのになんで女学校の制服みたいなの着ているんですか?」


 秋津染吾郎が暦座に訪れたその翌日、今日も今日とて家を抜け出し活動写真を見に来た希美子に、芳彦は前々からの疑問をぶつけた。

 この年頃、しかも華族ならば女学校に通うのが普通だと思っていたが彼女は違った。学校には通っておらず、父親が選んだ家庭教師に勉学を教えて貰っているそうだ。

 にも拘らず着ているものは制服風。大したことではないがなんとなく気になっていた。


「学校に通ってないからです。気分だけでも学生を味わおうと思いまして」


 おどけたように言ってのけた彼女はほんの少し寂しげに見えた。

 赤瀬は大きい家だ。金銭的な問題で行かせて貰えない訳ではないだろうから、何か他の理由があるのだろう。芳彦には知る由もないが、貴い身分故の苦労があるのかもしれない。 

 だからこれ以上言葉を続けるのが躊躇われて、あからさまに話題を変える。


「あー、そういえば。明日南雲っていう華族様が開くパーティに行くんでしたよね?」


 下手くそすぎたせいで、簡単に意図に付いたのだろう。希美子は口の端を緩ませた。

 ありがとうと口にしないのは、芳彦の気遣いを無駄にしない為。だから礼は言わないで、代わりにありったけの笑顔で謝意を示す。

 それがとても綺麗で芳彦は照れて俯いた。その笑顔を引き出したのが自分であるという事実が嬉しかった。


「ええ。パーティと言っても内々の小さな夜会だそうですが」

「あ、夜なんですか。えーっと、実はですね。僕の、っていうか館長の知り合いもそれに参加するみたいで」

「あら、そうなんですか?」


 意外そうに目を見開く。

 どこか楽しそうなのは、それだけパーティを嫌がっていた証拠だろう。


「はい。秋津染吾郎さんって言うんですけど」

「なら、当日顔を合わせたら挨拶させて頂きますね。ふふ、これでつまらない夜会も少しは楽しめそうです。それでも、嫌なことには変わりないですけど」


 隠そうともせず、はっきりと嫌悪を示す。

 これでもそこそこ長い付き合いになるが、希美子がこんな態度をとるのは珍しかった。


「本当に嫌なんですね」

「ええ。なんといいましょうか。あの家の人達のべったりと張り付くような視線が苦手で。以前もお邪魔させて貰ったのですが。気付くとこちらを見ているのです。あまり、いい気分はしませんね。叡善えいぜん様……現在のご当主のおじい様にはお世話になっているのですが」

「えいぜんさん、ですか?」

「はい、時々赤瀬の屋敷の方にも来られます。“希美子”という名前も叡善様が付けてくださったそうです。くそ性格悪い現当主とは比べ物にならない人格者なんですよ」


 成程、名付け親か。

 分家と本家、言葉から想像すると何かいがみ合ってそうではあるけど、そんなこともないんだな。いや、でも彼女の言い方するとその叡善さんだけが例外なんだろうか。

 つらつらと考えながら、先程の希美子の発言に子爵令嬢として不穏当なものがあったことに気付き思わず突っ込む。


「あの、希美子さん。くそ性格悪いって。くそ、って。女の子が、令嬢様が」

「仕方ないではありませんか。事実なんですから。本当、あのニヤケ面は……!」


 どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 芳彦は激昂し捲し立てる希美子にしばらくの間付き合わされることとなるのだった。






 ◆






 南雲は、その歴史を紐解けば平安の頃にまで遡る退魔の名跡である。

 徳川氏が歴史に名を上げる遥か以前、平安時代後期。武蔵国の秩父から訪れた秩父党の一族により江戸の開発は始められた。

 当時の江戸は見回せど湿地帯や雑木林しかない、まさしく未開の地。万が一の事態に備え秩父党の一族は、腕の立つ若者を多く引き連れていった。

 そのうちの一人こそが南雲の祖だという。

 誰もが剣の腕に自信のある者達。その中で、彼だけが後世にまで続いていく家名を得るに至った理由は実に単純だ。

 

 彼は、その土地に住まう鬼を討ったのだ。


 鬼の顔、虎の胴体に長い蜘蛛の手足。

 異様な形状をした蜘蛛を彼はその手で斬り伏せる。

 鬼に逢うたのが偶然ならば、勝ちを拾ったのも偶然。

 それでも彼は確かに鬼を討った。

 彼に在ったのは剣技のみ。陰陽道に通じている訳ではいないし、魔を滅する法術などとは縁がない。退魔と名乗るには些か普通過ぎたが、そんなものは問題にもならない。

 退魔に資格が求められるとすれば、それはあやかしを払い除けること。

 退魔の者としての力が在ったから鬼を討ったのではなく、鬼を討ち払うことで彼は退魔の資格を得た。

 彼にはこの功績により姓が与えられる。

 刀一つであやかしを払う彼に相応しい家名。


“蜘蛛を薙ぐ”。


 故に、南雲なぐも

 以後彼は、彼の子孫はその名に見合う己たろうと剣を持ってあらゆる妖異と相対し、そして討ち果たしてきた。

 世代を重ねていくうちに更なる退魔の術を求め、伝承に語られる妖刀の類を用いるようになった。

 その為、退魔の家系として語る時、彼等は“妖刀使いの南雲”と称される。

 剣の技のみで退魔となった彼等は、剣をもって日の本有数の退魔にまでのし上がったのだ。





 そして、だからこそ。

 武士の世が、剣の世が終わった時点で彼等の凋落は約束されていたのかもしれない。




 ***




 少女がいた。

 土蔵の地下牢。鉄格子に囲われた少女は、生気のない目で虚空を眺めている。

 薄暗い牢にあって白くぼやけて浮かび上がる肌。時折手入れはされているのだろうが、それで全身覆うほどに伸びてしまった長い黒髪。猿ぐつわ、冷たい鉄製の首輪に、手足に取り付けられた枷。喋ることも動くとも許されない。

 籠の鳥よりもまだ酷い。 

 彼女は、人間として扱われてはいなかった。

 

「……ようやっと、だ」


 老翁は牢に転がされた少女を、無感動に見下している。

 こけた皺だらけの顔。歳を考えれば大柄ではあるが、相応に痩せ衰えた体躯。

 彼は牢の前で、どこか狂気じみた笑みを露わにする。

 南雲なぐも叡善えいぜん

 現当主はお飾りに過ぎない。御年八十四になるこの老人こそが南雲を牛耳っていると言っても過言ではなかった。


「………ぅ」


 鳥の声よりもか細い声が漏れる。

 しかし叡善は少女の反応になど興味が無い。そもそも彼自身が牢に閉じ込め拘束するよう命じた。だから泣こう喚こうが、悶え苦しみのた打ち回ろうが、生きていれば問題ない。

 猿ぐつわもその為だ。喋ることではなく自害することを禁じるのが目的。この娘に死なれては困るのだ。

 少女は物心つく前から牢に閉じ込められていた。

 一度も外へ出たことはないが、特に問題はない。筋力が衰えないよう強制的に運動させられ、餓死せぬよう食事も水もちゃんと口に突っ込み胃に押し込むよう命じてある。

 それだけ手厚く保護をしてきたのは明日の為。

 明日、この少女は十四歳になる。

 十四年前、生まれて間もない少女を攫い、七年かけて体を作り替えた。

 七歳までは神のうち、人となって更に七年。ようやく準備が整った。

この少女が育ち、探し求めた妖刀が手に入り、明日の夜には赤瀬の娘も来る。

 これで全てが揃った。


「長かった。しかし、“コドクノカゴ”……ようやっと、形となるのだ」


 明日が待ち遠しくて、くつくつと老人は嗤う。

 それは、彼等が散々討ってきたであろう妖異と見紛う禍々しさだった。




 ◆




 夕方、暦座の館長からお使いを頼まれた芳彦は夕焼け色の帝都を歩いていた。

 日が暮れ始めても薄暗さはない。大正に入り街灯は随分と増え、今では「誰そは彼」と問う必要もないくらい明るくなった。

 もっとも芳彦に感慨はない。子供の頃からこうだったので、当たり前と言えば当たり前だった。


「ちょっと遅くなっちゃったや」


 小走りで暦座への帰路を急ぐ。お使いというのは、近所に宿を取っている染吾郎への差し入れだ。

 なんでも館長は昔彼に命を助けられたらしく、大層恩義を感じていて、東京に来たならうちに泊まってくれと言っている。

 しかし当の本人が辞退したため、ならばせめて妻の作った弁当を渡してほしいと芳彦に運ばせたのだ。

 

「でも、命の恩人って大げさだなぁ」

 

 命を助けてくれた、なんて言うから何事かと思って染吾郎に話を聞いてみたが、別に大したことはなかった。なのに館長があれだけ大げさに言うものだから、なんとなしに笑いが込み上げてくる。

 手を口元に当ててくすくすと、芳彦は一時間程の会話を思い出していた。





「態々悪かったな。ほれ、まあ飲んでき」

「は、はいっ。ありがとうございます!」

「かったいなぁ。そない緊張せんでもええやろ」


 時を少しばかり遡る。

 染吾郎に弁当を届けた後、彼が泊まっている東京駅前のホテルで、芳彦はお茶をごちそうになっていた。

 わざわざ来てくれたんだから少し休んで行けと誘われたので、それに甘えさせてもらっている。

 国内外の来賓の為に、帝都ではいくつかのホテルが建設されてきているが、芳彦のような一般庶民にはそうそう縁がない。折角だから中をよく見ておきたかった。


 芳彦はわくわくという擬音が聞こえてきそうな様子で周囲を見回している。

 その反応に気分を良くした染吾郎はからから笑い、ちょっと思い付いた顔、廊下にいたホテルの従業員を軽い手招きで呼び何か頼んでいた。

 彼の振る舞いはあまりにも手馴れていて、芳彦からするとそれを見るだけで自分がキネマのワンシーンに入り込んでしまったのではないかと思うほどだ。

 ベッドに備え付けの卓上電灯、異国情緒に満ちた室内。従業員が持ってきたのはなんと紅茶。少し戸惑ったが、まあ飲めと促され紅茶に口をつける。滅多に経験できない舶来の品を楽しみながら、しばらく二人は雑談に興じていた。


「そんな感じで、希美子さんはいつも暦座にキネマを見に来てるんです」

「ほお、赤瀬の令嬢がなぁ。なんやおもろいお嬢ちゃんやな」

「あれ? 知ってるんですか」

「いいや、直接は知らん。ただ明日行くとこの分家筋やからな。知識としては一応ってとこや」


 南雲と赤瀬。

 そういえば希美子も同じようなことを言っていたが、両家の関係に関してあまり詳しくは聞いていなかった。


「分家筋ですか」

「おお、南雲は平安頃から続く旧家でな。随分昔、相続争いに負けた直系の奴が出てって赤瀬の家を起こしたらしい。ゆうても“家業”は全く関係ない、普通の武門やったそうやけどな。それが御一新(明治維新からの様々な改革)の煽り受けて、いつの間にやら分家筋の赤瀬の方がようさん金稼ぐでかい家になってもた。時代の流れってのは残酷やな」


 まあ赤瀬が普通の華族で、南雲が“家業”を捨てられん以上ある意味当然やけど。

 そう締め括った染吾郎は何処か寂しそうに見えた。

 芳彦はじっと彼の顔を見る。館長の知り合いで、華族様でパーティに呼ばれて、この人は案外と謎の人物である。考えてみれば逢うのは今日で三回目なのだから、何も知らなくて当然なのだが。


「ん、なんか顔についとる?」

「あ、いえ、違います。ごめんなさい。ただ、えっと、館長と秋津さんって歳二十歳くらいは離れてるのにどうやって知り合ったのかなーって」


 凝視し過ぎたせいで、染吾郎が訝しんでこちらの表情を覗き込んでいる。

 慌てて謝り、誤魔化すように質問で返す。口にしたのは誤魔化しではあるが、内容自体は以前から抱いていた疑問でもあった。


「ん、なんで?」

「いや、なんでってこともないんですけど。歳も違うし、なんか不思議じゃないですか」

「あー、そう言われたらそうか」


 ふむ、と一泊呼吸を置く。

 突飛な質問だったが、にっかりと笑って染吾郎は答えてくれた。


「二十年くらい前か。あいつがミサキに襲われとったとこ逃がしたったんが最初や。七人もおるから多少めんどかったけどな。それをあいつが未だに命の恩人だーなんて言っとる」


 芳彦は絶句した

 つまり女遊びが祟ったところを染吾郎に助けて貰ったと言うだけのこと。命の恩人なんて本当に大げさだと感じ、若干館長の評価が下がった瞬間である。


「……聞いても館長が話してくれなかった理由、分かりました」

「そかそか。ほんならアイツの名誉の為にもあんま喋らんでな」

「というか言えないですよ」


 館長の息子はともかく、奥さんにも娘のみゆきにも話せない。

 聞くべきじゃなかった、と今更ながら後悔してしまう。そんな芳彦を見て、染吾郎はしばらく楽しそうに笑っていた。









「それじゃお邪魔しました」

「ん、弁当ごちそーさんって伝えといて」

「はい」


 一頻り話し終えた後、遅くなる前にと芳彦は帰した。

 途端先程までの好々爺然とした雰囲気は消えて、独り部屋に残された染吾郎の顔付きはひどく厳しいものへと変化する。

 歳をとったせいか、ああいった擦れていない少年との語らいはそれだけで清々しい。だが過る嫌な予感までは拭い切れなかった。

 

「……南雲の主催する夜会に、赤瀬がなぁ」


 赤瀬は退魔の家系ではない。南雲から離れて既に久しく、繋がりなどもはや殆ど残っていないだろうに、態々呼ぶ理由があるのだろうか。

 金の無心? それとも他に何かある?

 秋津を呼んだのは、強大な怪異が現れたから手を貸せ、というような内容だと思っていた。

 しかし今や一般人でしかない赤瀬を呼ぶのならばそうではあるまい。


「なんや、きな臭くなってきたわ。ったく、年寄りにあんま無理させんなや」


 取り敢えず孫に連絡し、「明日お前は来るな」と伝えておこう。

 孫は未熟。何か不測の事態があるとまずい。

 何も無ければいいが、現実はそう上手くいかないのが常。

 どうやら明日は厄介なことになりそうだ。










 芳彦はいそいそと通りを歩く。

 あれから大分話をしてしまったせいで、結構遅くなってしまった。

 急いで帰らないと、そう思いながらも染吾郎との話が頭に浮かんでくる。

 館長もああ見えて昔は遊んでいたのか。しかし七人はひどいだろう。ああ、けれどそれだけ女性にモテるというのは見習うべきか。

 そんなことを考えながら走っていると、前を見ていなかったせいで、こちらへ歩いてきた人に正面からぶつかってしまった。


「わぷっ、と。ご、ごめんなさい!」


 相手の顔を確認するよりも先に頭を下げる。

 腰が低いというか気が弱いというか、すぐに謝罪の言葉が出てしまうのが芳彦の美点であり悪い癖だ。

 深々と謝罪し、様子を窺うように顔を上げ、ちらりとぶつかった相手を見る。


「ううん。いいよ気にしないで。ボクも前見てなかったしね」


 女の人? あれ、男の人? どっち?

 その疑問が第一印象だった。

 少し赤っぽい目が印象的なその人は、黒の男性用学生服に外套と学帽を身に着けている。髪は短く切り揃えており、恰好を見れば高等科に通う男子学生だが、線の細さ輪郭の柔らかさからすると女性のようにも見える。

 とは言え身長は高く百六十はあるだろうし、咽喉仏はないが声は中性的で男にも思える。なんというか、判断に困る人物だ。


「でも気を付けないとね。ボクは気にしなくても、危ないことには変わらないから。それじゃあ」


 ぽんぽんと優しく芳彦の頭を掌で叩き、そのまま彼? 彼女? は通り過ぎていく。

 すれ違いざまはためいた外套。颯爽という表現が相応しい立ち振る舞いに少しばかり見惚れてしまった。

 しばらく立ち尽くし、はっと気が付いて芳彦は慌て出した。

 もう夜になってしまう。ほんとに急がなきゃ、と再び帰路についた。








 ***








 すれ違った学生服の人物が路地裏に入ると、待ち構えていたように声がかかる。


「おう、吉隠よなばり


 背丈百九十はあるだろう、えらくガタイのいい大男。ぼさぼさの髪と無精髭、雑な和服の着こなしから粗野な印象を受ける。学生服の人物は背が高くすらりとしている為、並ぶと余計に体格が目立って見えた。


「やあ、井槌いづち。ほんと、嫌になるよね」

「あん? なんかあったか」


 井槌と呼ばれた男は、大げさに顔を顰めてみせた。

 それを見ながら吉隠は肩を竦め、笑い顔を崩さぬまま溜息を吐いた。


「今ね、男の子とぶつかっちゃってさ。ごめんなさい、なんて謝られちゃったよ」

「それがどうしたよ」

「だからさぁ、鬼と黄昏時に会ってその反応じゃ、ちょっと傷付くって話」


 二人の───二匹の目は、赤かった。

 吉隠はそれを隠そうともせず往来を歩き、しかしぶつかった芳彦は何の反応も見せなかった。

 小野陶苑の著書『鉄師考』に曰く、古い時代、他者と異なる外観を持つ存在は総じて「あやかしのもの」として扱われた。

 人は人とは違うものを排除する。

 赤い目や青い目、白すぎる肌、高すぎる身長、異常なほどの筋力。絶世の美貌。

 こういった人の枠から食み出た特徴を「異類傷痕」と呼び、明治初期に入るまでその真贋に関わらず異類傷痕を持つ者は一括りに人ならざる存在だと信じられた。

 しかし近代化が近付くにつれ、人々は知識を得る。

“白い肌”や“青い目”は外国人ならば当然だ。

 医学が発達により、病を患い眼底部の血管の色が透けて“赤い目”になる場合があることも分かっている。

 もはやそれらはあやかしの証ではなくなってしまった。

 赤い目を見れば「あれは鬼だ」と恐れられた時代は既に終わったのだろう。


「そらぁ、単にあの餓鬼が物知らずってだけだろう。ああいや、この場合は物知りの方がいいか?」

「そうかもしれないけど。きっとこれからもああいう子が増えるんだろうなぁ、って思うと、何だかね」

「時代だ、仕方あるめえ。それに、だからこそ俺らはことを起こすんだろう?」


 うん、と華やかに吉隠は笑ってみせる。


「そうだね。まずは手始め。明日、南雲の家に、だね。あんまり、人を殺すのは嫌なんだけどなぁ」

「おいおい、鬼がそんなこと言うなっての。とりあえず英気を養うために一杯ひっかけていこうぜ」

「井槌の方こそ、案外人の世に馴染んでるよね」

「人だろうが鬼だろうが、酒の旨さに変わりはねえよ」


 井槌は「がはは」と豪快に笑い、呆れて吉隠が溜息を吐く。

 いつも通りの掛け合いに笑みを零し、二匹の鬼は闇夜に溶けていった。

 







 そうして翌日を迎える。

 妖刀使いの南雲。

 赤瀬。

 秋津染吾郎。

 二匹の鬼。

 マガツメの娘に、鬼人。

 思惑は絡まり、正しい形は誰にも見えてはいない。

 




アルカディア版からの変更点。


登場人物の名前変更

南雲柳観→南雲なぐも叡善えいぜん

※平成編の登場人物「富島柳」と名前がかぶっていたため、また大正編の溜那と響きが似通っていたため


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