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剣士の裏切りのおはなし



 一緒に連れていってくれ、と頼んだ俺に対して、彼はただ一言「好きにしろ」とだけ答えた。それが俺の旅の始まりだった。






 ラジが勇者の一行だという彼らの仲間になったのは、寒い雪の日だった。

 防寒具代わりのマントをきっちりと巻き付けた勇者が、脇目もふらず街の中を進んでいく。ラジは周りをきょろきょろとしながらも、彼の背中を観察していた。

 世界を救う英雄という大層な肩書きを持った青年、レヒト。彼は背こそ高かったものの、体格に優れているようには見えなかった。そのせいか腰に下げた大振りの剣が、妙にアンバランスな印象を与えている。

 レヒトは無言のまま、街の片隅にある宿屋の中に入っていった。もう部屋はとってあるのか、カウンターを通り過ぎてそのまま二階へとあがっていく。

 ある部屋の前で立ち止まったレヒトは、その時一度だけラジを振り返った。

 目が合うと、レヒトはそっと眉をひそめた。眉間に刻まれた皺が、彼をより一層仏頂面に見せている。

「……」

「なに?」

「……」

「ちょ、無言!?」

 思わず突っ込んでみても、返ってくるのは沈黙だ。再び顔を背けたレヒトは、今度こそ部屋のドアを開けた。もちろんラジもついていく。

「おかえりなさい、レヒト。……あら」

 中で二人を出迎えたのは、やけに大人びた印象の女の子だった。真っ直ぐな髪を肩で切りそろえていて、ゆったりとしたローブを身にまとっている。

 ベッドに座り、読書をしていた彼女は、ラジを見て軽く目を眇めた。おお、なかなかの美人だ。すばらしい。

 女の子がレヒトに尋ねた。

「……どちらさま?」

「今日から同行するそうだ。魔物から助けたら、なんだか知らんがついてきた。名前は……おい、おまえ、名前は?」

「あー、はいはい名前ね……って、おい! さっき名乗ったばっかだろ?」

「知るか。忘れた」

「忘れるなよ!」

 思わず突っ込んでみても、レヒトは知らん顔をしたままだ。どうやら世界を救う勇者様とやらは、随分と我が道を行く人物らしい。

「ったく……あ、悪い」

 ため息をついたラジは、黙ったままこちらを見ていた女の子に気づき、慌てて名乗った。

「俺はラジ。今日からあんたたちについていくことにしたからさ。よろしくなー」

「……そう、よろしく。アキリよ」

 女の子、アキリは軽く頷くと、再び視線を手元の本に戻した。何というか、そっけない。

「えーっと」

「……なに?」

「いや、わりとあっさりなんだなって……同行する理由聞いたりしねぇの?」

「聞いてほしいの?」

 そういうわけじゃねーけど、と答えると、アキリはちらりとラジを一瞥した。

「聞いても聞かなくても、あなたはついてくるんでしょ? それに、決めるのはレヒトだから」

「そういうもんなの?」

「ええ」

 落ち着いた声で肯定され、ラジは思わず天井を仰いだ。そういうものなのだろうか。いまいちこの二人の言動がよく分からない。

 まぁ、いいか、と楽観的に思考を切り替えたラジは、ふとレヒトに視線を向けて、ぎょっと驚いた。

 なぜって、彼は空いていたもう一つベッドに座ると、そのままブーツを脱ぎ始めたからだ。よくよく見ると、レヒトが座っているベッドには、明らかに男物の荷物が前から置いてあったりする。まさか。

 見て見ぬ振りをするべきかとは思ったが、自分にも関わることなので一応確認しておくことにした。

「……あのさー、レヒト」

「なんだ?」

「部屋ってもしかして一つしかとってねーの? いや、俺は全然OKていうか、むしろ大歓迎なんだけど。まずくないか?」

 一息で尋ねると、レヒトとアキリは顔を見合わせた。アキリは無表情のままだったが、レヒトは見るからに面倒そうな顔になった。何だよ、その顔は。重要なことだろーが!




 こうしてラジは、二人きりだった彼らの仲間になった。雪がちらちらと降る、寒い夜のことだった。






「レヒトってさ、なんであんな強えーの」

 ふと浮かんだ疑問が、無意識のうちに口からこぼれ落ちていた。


 街道を占拠していた魔物を一掃した晩のことだった。依頼主である村人の好意で暖かい寝床を確保した一行は、そこで旅の疲れを癒すべく、ゆっくりと休んでいた時のことだ。

 宿の一階にある酒屋のカウンターでひとり飲んでいたラジは、階段から誰かが降りてくるのに気づいた。アキリだ。

「うす」

「……」

 にかっと笑って挨拶すると、アキリは軽く目を細めてラジの手の中のグラスを見つめた。

 明日も早いのだから、怒られるかな、と思ったが、意外なことに側にきた彼女は「彼と同じ物を」と店主に告げる。

「……意外。酒飲むんだ?」

「いつもじゃないけれど。今日は寒いから」

「あー、なるほど」

 隣の席に座った少女を、ラジは横目で見つめた。

 共に旅するようになってから二週間ほど経つが、まだアキリのことはよく分からなかった。どうやら彼女は感情が顔に出ないタイプらしい。

「そういや、レヒトは?」

「さぁ? あなたのほうが知っているんじゃない?」

 アキリがそう言うのは、ラジとレヒトが同室だからだ。

 以前は宿代がもったいないという理由でレヒトとアキリは同じ部屋を使っていたらしいが(正直その理由はどうかと思った)ラジが加わってからはきちんと部屋をふたつとるようになった。

 んー、とラジは天井を仰いだ。

「おれが部屋出てきた時には、もう寝てたな。つかあいつ、寝るの早くないか?」

 寝る時間が早いばかりか、起きる時間まで早い。おまえの体内には時計があるんじゃないかという正確さで決まった時間に寝付き、また起きるのだから驚きだ。

 そう訴えると、アキリは軽く肩をすくめた。

「彼、きっちりしてるから」

「いやいや、きっちりしすぎだろ? 昨日なんか、食事の献立バランス考えてたんだけど。一週間分悩んでたんだけど」

「いつものことよ」

「まじで?」

 ええ、とアキリは無表情のまま肯定した。呆気にとられているラジを見ると、珍しいことに彼女は少しだけ頬をゆるめた。

「そんなことで驚いてたら、これから身が持たないわよ」

「なにそれ。こえーんだけど……」

 すぐに慣れるわ、とアキリが言う。

 店主がカウンター越しに渡してきた酒を受け取ると、彼女はそれに口をつけた。割と強い酒だと思うのだが、どうやら大丈夫らしい。

「なに?」

「え? ああ、いや……。そうだ。アキリはさ、あいつと付き合い長いのか?」

「…………ええ、まぁ、そこそこね」

 その『そこそこ』の程度が知りたかったのだが、どうやら教えてくれる気はないらしい。まぁ、いいか、とラジは話題を変える。

「んじゃもしかして、あいつの昔とかも知ってたりする?」

「そこまで詳しいわけじゃないけれど、少しなら」

「ふーん。じゃ、聞くけどさ。あいつって昔からあんな強かったわけ?」

 出会った最初から今まで、旅をしてきて何度も思ったことだった。レヒトは年齢の割に剣の扱いに長けていて……いや、あれは『長けている』という程度ではないと思う。アホみたいに強い。

 アキリが不思議そうに聞き返した。

「あなただって、十分強いと思うけれど?」

「そうじゃなくてさ。レヒトのあれは、……ちょっと異常だろ?」

 同じ剣を扱う者として、よく分かる。レヒトの強さは人間離れしすぎていた。その辺りの魔物くらいなら、まとめて襲ってきても彼は切り抜けられるだろう。

 最初、レヒトとアキリが二人きりで旅をしていたことに驚いたが、同行するうちに分かった。レヒトは強く、本来ならひとりでも十分に旅できるのだ。

 アキリがそっと息をついた。

「……彼には、あの剣があるから」

「剣?」

「そう」

 レヒトがいつも使っている大振りの剣を思い出した。柄から鞘まで白塗りの美しい剣だ。勇者の証らしいが、それ以上のことをラジは知らない。

「んー。つまり、あれがあるからあいつはあんなに強いってこと?」

「……そうね。それも理由のひとつ」

「ふーん。ちょっと、借りてみよーかな」

 冗談めかして言ったつもりだったが、アキリが寄越した視線は至って真剣だった。

「死にたくなければ、やめておいたほうがいいわよ」

「……それ、どういう意味?」

「さぁ? そもそもあなたには扱えないでしょうね」

 曖昧に誤魔化しただけでアキリは教えてくれなかった。

 ラジは仕方なく手元に残っていた酒をあおる。いつの間にか氷で薄まってしまったそれは、ちょっとまずかった。







 夢を見た。



『あの日』の夢だ。あの、一瞬で全てが崩壊した日の夢。

 後に残ったのは、それまで暮らしていた村の残骸と、失われた人たちに向ける哀惜と、圧倒的な力に対する恐怖と憎悪だった。

 化けものだ、と吐き出すように呟かれた村人の声が、未だにラジは忘れられない。




「……おい」

 肩を揺すられている気がした。ぼんやりとした意識が、悪夢の中から浮上する。

「おい、起きろ」

 ぶっきらぼうな呼びかけに瞼を持ち上げると、そこには薄闇の中レヒトの顔があった。相変わらず眉間に皺が寄っている。

「……何だよ、レヒト。何か用か?」

 乾いた声で尋ねるも、レヒトはじっとこちらを見下ろしたままだ。意味が分からない。もう起きる時間なのかと思っても、窓の外はまだ暗かった。

「おい、レヒト? 何か言えって」

「……」

「もしもーし、レヒトさーん? 用がないなら俺は二度寝したいんだけどー」

 いつものように軽い口調で言ったラジをまじまじと見つめた後、レヒトがようやく口を開いた。

「……嫌な夢でも見たのか」

「は?」

「うなされていた」

 ラジは何度も瞬きを繰り返して、阿呆面でレヒトを見上げた。うなされていた?

「……俺が?」

「他に誰がいる」

 不機嫌そうな口調で肯定され、ラジが思ったことは「失敗した」ということだった。

 あの日の夢を見ていたことは覚えているが、まさか魘されていたとは思わなかった。しかもレヒトに気づかれるなんて、不覚だ。

「や。覚えてねーけど」

 あっさりと嘘をついたラジを、レヒトは何とも言えない目で見下ろしていた。眉間の皺が深くなっている。

 ラジはにやりと笑うと、わざとからかうような口調で言った。

「え、なに。もしかして心配してくれたりした?」

「……誰がするか。うるさくて迷惑だっただけだ」

 レヒトは舌打ちとともに毒づくと、背中を向けて自分のベッドに戻っていった。どうやらもう一眠りするらしい。

「……」

 彼が眠りについたのを気配で感じ、ラジはそっと息をついた。

 やれやれと思う。堅物で几帳面で変人な勇者だが、どうやら鈍いわけではないらしい。

 気をつけないとなぁ、と頭の隅っこでラジは考えた。 




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