消失の日
人類の大半が消え、もはや通う者もいなくなった茜色に染まる校舎の中を一人で歩く。以前は放課後になれば自然と聞こえてきていた部活動の掛け声や残った生徒の喧騒などは聞こえては来ず、私は自らの足音だけを聞きながら、教室へ歩を進めていった。
「やあ、遅かったね」
声の主はつい最近知り合った女生徒、サクラカミであった。彼女は数日前に両親と弟を消失し、家にいても寂しいという理由で毎日のように学校へと来ているらしい。誰もおらず結局はつまらないのではないか、と聞いたことがある。けれども彼女は、そうでもないよと笑って机を撫でただけだった。
「親が消えたんだ」
「そっか」
サクラカミは微笑んで、もう誰の席であったか思い出せない席に座って文庫本を読み始めた。
私とサクラカミは大して仲が良いというわけではない。人々が消え始めて初めて会話をするようになったくらいの関係であり、それまでは私が一方的に彼女の名前や顔を知っている程度であった。彼女は校内外で話題になるほどの人物だったが、対する私は毎日を鬱々と過ごすだけの人間である。だからこそ現在のような状況になって、何を話せばいいのか分からない。
サクラカミが本を読んで時間を潰している間、私は勉学に励む。これが今現在における私の日常である。いまさら勉強をしたところでどうにかなるのか、役に立つのか、どうせいつしか消失してしまうのだから、もう好きに過ごせばよいのではないか、と脳内で思考を繰り返しているが、私には元来、趣味というものがない。結果が伴うことはなかったが、勉強漬けの人生だった。
「キミもいつかは、消えてしまうんだろうね」
文庫本に視線を落としたまま、サクラカミがふと呟いた。彼女の言う通り、私や、サクラカミ自身もそのうち気づけば消えているのだろう。未だ原因が解明されていない人類の消失は、日々を追うごとに不安を募らせ、生活に影を落としていく。
「それじゃあ今日はもう、帰ろうか。また明日。気をつけてね」
そう言って、サクラカミは消失した。
目の前で人が消えるのを見るのは初めてではない。今朝、私の両親が消えた時もそうであったし、道行く人が消えたのを見たこともある。驚きなどは特にない。私もそのうち、消えてなくなる。また明日、いつものようにここへ来て、いつものように意味もなく教科書を開いてノートに写し、帰宅する。ただそこに、サクラカミの姿を見ることは二度とない。彼女ともう少し話をすれば良かったか、などと考えてももう遅い。彼女に会うことはもうないし、後悔しても意味がない。サクラカミは消えた。彼女とはもう、話せない。後悔し始めたところで、取り返しがつくはずもない。
明日また、私はここへは来ないだろう。来る理由がなくなったのだ、来たところで何もすることがない。サクラカミは消えた。私は、一刻も早く私が消えてなくなることを切に願いながら、教室を後にした。
終