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そのとき。(4)

 笹本との1on1で、体はずいぶん温まっていた。

 だが、OB対現役の試合は、ずいぶん調子の悪い滑り出しだった。

 ひとつやふたつ上の、高校でもバスケを続けている先輩が混じっているにも関わらず、現役生は勢いのあるプレーを見せていた。

 その現役生の流れの中心にいるのは、笹本だった。1on1をしていた時とは、動きが全く違う。手を抜かれていたのか、小手調べでもされていたのか。しかも笹本は、尽く僕を潰しに来た。8分の間に、いったいどれだけ笹本に苦しめられたことか。

 一試合は、3年生に配慮してインターバル5分を挟んだ第2クォーターまで。

 いきなりのハードワークに体力を根こそぎ持って行かれた僕は、涼を求めて玄関で座り込んでいた。


「どうですか、久しぶりのバスケは」


 白沢の声だった。余所行きではない、低めで平淡なトーンの声だ。彼女が平常、どれだけ努力しているかよく分かる。


「無理。死ぬ」


「何ですか、それ。みっともない」


 淡泊にも、がっかりです、と言う白沢。何を期待されていたんだか。


「無茶言わないで欲しいよ。ていうか、笹本、上手くなったな。一対一は手加減されてたみたいだ」


 息を大きく吸って、大きく吐く。


「先輩方が引退されてからは、バスケに関しては恐ろしく真面目でしたからね」


「南本郷にも勝てるわけだ」


 僕らが地区予選で破れた強豪校と練習試合をして、なんと勝ってしまったという噂を聞いてはいた。疑う話でもなかったのだが、現状を見れば素直に肯ける話だった。

 アリーナの方から、人が集まる気配がし始めた。


「始まりますよ、次」


 白沢の言葉を受けて、僕はそのままの意味で重い腰を上げる。


「死んできてくださいね。そしたら半時間くらい休めますから」


 何とも物騒で嬉しくない激励を背にしながら。


 そうして始まった第2クォーター。

 流れは相変わらず、というよりも笹本が先のクォーターよりさらに動くようになっていた。いったいどこにそんな体力があるのか。

 ディフェンスは、相変わらず僕に貼り付いていて、むしろボールがあまりこなくなって幾らか楽になるほどだった。


「張り切りすぎじゃね?」


「そうでもないですよ」


 涼しい顔でそう答える後輩に、むしろそこはかとない恐怖すら感じる。

 いいタイミングでパスが回ってくる。


「白沢と、何かあった?」


 小声で発したのは、我ながらくだらない質問だった。一瞬ディフェンスが緩みこれぞ好機とゴールに迫るも、時間差で無言の返事という名のディフェンスにシュートを横から攫われた。

 こいつ、どんだけ跳ぶんだ。僕よりも背は低かったはずなのに。

 中国大返しもかくや、逆側のエンドラインで信長でも討たれたような勢いで、取って返したオフェンスがゴールを決める。

 藪をつついて蛇を出してしまったらしい。

 そこからの試合の流れに、僕は不用意な発言を後悔した。











 コミックの新刊コーナーの前に立つ小里の背中を見つけて、僕は安心感を覚えていた。


「小里、ごめん。待たせたかな」


 驚いたように振り向いた小里は、僕を確認して笑顔を見せた。


「そうだねー、10分くらい?」


 それからのOB戦は、女子が一試合終えてからは現役生と卒業生、男女も混合しての試合が数回行われて、現役生の成長ぶりをイヤというほど味わって無事終了した。そして馴染みのお好み焼き屋で賑やかに昼食を終えて、二次会などと言いながらカラオケに繰り出そうとしていたバスケ部に、「用事がある」と断りを入れてから、隣のショッピングセンター、通称藤瑞センターへ。もちろん一度トイレで鏡を確認してから、小里が指定した2階の本屋に向かった。


「でも、ちょうど新刊とか一通り確認したとこだから、良いタイミングだったかな」


 言いながら、彼女は一冊の漫画を手に取る。


「そうなら良かった。あ、それ新しいの出たんだ」


 青い流れるようなフォントのタイトルと、赤い髪の少女のイラストが幻想的に描かれた表紙。『Blue Kingdom』という、ファンタジー系のライトノベル『蒼の亡都より』を原作にしたスピンオフコミックである。


「はい、じゃあよろしく」


「はいよ」


 そして差し出された最新刊を、僕は受け取る。

 もともと原作のライトノベルは小里が、スピンオフの漫画は僕が買っていて、再び話すようになってからそれを知って以来、僕は小里に、小里は僕にそれぞれが持っていない方を貸すという習慣が生まれていた。


「あ」


 レジに向かう僕の背後で、小里が声を上げた。


「何?」


「進学したらさ、こうやって貸し借りするのも、できなくなっちゃうね」


 残念そうにそう呟いた小里の言葉は僕に絡みついて足を止めさせた。もう、彼女が日常的に存在することはなくなるのか。

 僕が小里と会えることなど滅多となくなり、彼女は新たなコミュニティーで新たな出会いをし、仲を深めていくのだ。僕ではない誰かが、彼女の手を取り、彼女と見つめ合い、彼女と様々な感情を共有することになるかもしれない。

 それは、どうにも気に食わない。気に入らない。気分が悪い。


「お会計お待ちのお客様?」


 店員の声に呼ばれて、止められた足が反射的に動く。小里に背を向け、漫画を店員に渡した。

 財布を覗けば値段をちょうど払える小銭が入っていた。手短に会計を済ませ、本とレシートを受け取る。


「お待たせ。これからどうする?」


 たぶん、直視したくなかった。僕ら2人も今、ある意味分かれ道に立っていることを。だから彼女が口にしたことの続きを話すことは避けた。


「……どうしよっか?」


 特にどこかに、というわけでもなかったらしく、小里は決まりの悪そうに小さく笑った。


「どこか行きたい場所とかは?」


「んー、とりあえず座って落ち着けるとこかなぁ」


 そのリクエストは僕にとってなかなか難しいものだった。3月の半ばはまだ肌寒い。できることなら屋内がいい。と考えると、真っ先に思いつくのが


「フードコートとか?」


 決まり悪そうに笑うのは、今度は僕の番だった。


「妥当かなー」


 それ以外に長く居座れそうな場所の候補が僕にはなく、小里の言葉とは裏腹な微笑みは僕を安堵させた。






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