初めての海外出張
ここでHybrid技術について簡単に説明しておこう。
これは、1枚の光ディスク上に、「書き換え不能なROMエリア」と「書き換え可能なRWエリア」を混在させる技術だ。たとえば、保険カードに応用すれば、自分の健康データを自分で管理し、しかも、世界中どこの病院に行っても、適切な診療が得られる。
先日のプレス発表を見て、早速、ある医療機関から問い合わせがあり、実証実験を開始することになった。
「プレス発表の効果は絶大ですね」
「早速動き出してきたな」
僕は、ビジネスの展開スピードの速さについていけなかった。
「日本は、これでしばらく様子を見ることとして、次はアメリカだな」
「え?アメリカですか?」
専務の頭は常に数歩先を行っている。
「そうだ。アメリカを巻き込まなければ1000億円なんて実現できないからな」
「はあ.....」
アメリカなんて、行った事もないし、それまで自分とは縁のない話だと思っていた。
「アメリカか~、なんか、かっこいいですね~」
僕は、他人事みたいにへらへら笑いながら言った。
「何、他人事みたいに言ってるんだ。まずは、あなたが行って市場を調べてくるんだよ」
「え~~~~~~~~!!!!!わたしがですか???」
「当たり前だろう?あなた以外に誰がやるんだ?」
「.......」
(これは、大変なことになったぞ!!!)
はっきり言って僕は英語なんかしゃべれない。生まれてこのかたアメリカ人と会ったこともないんだ!
「専務!ちょっと待ってください。わたし、英語なんかしゃべれません。」
「そんなもの、何とでもなるさ」
「いや、そんな、何とでもなりません!ひとりじゃ行けないですよ!」
専務は「しょうがないなあ」とか何とか言いながら、少し考えて、
「じゃあ、高橋さんと行きなさい。それから、遠藤さんもだ」
僕は、ホッとした。
「ロスにマーチンとジェームスという男がいるから、二人にも声をかけてニューヨークでミーティングをするといい」
(マーチン?ジェームス?おおおおお~~~~アメリカ人だ!!)
僕は、ひとりじゃないことがわかって急に気が楽になり、楽しい気分になってきた。
(アメリカだ~~!!生まれてはじめての海外出張だ~~!!)
早速、高橋さんと遠藤さんの三人でスケジュールの打ち合わせをした。
「よし、じゃあ、ニューヨークで現地の販売会社のスタッフに対し、Hybrid技術の説明をしよう」
「そうですね。この技術の特許を我々が持っていると知ったら彼らもやる気が出るでしょう」
僕は、舞い上がっていた。
「じゃあ、説明は、小林クンがやってくれ」
高橋さんが表情も変えずにそう言った。
「ははは、高橋さん、冗談は勘弁してくださいよ~~僕、英語なんかしゃべれませんから」
「え?お前、英語しゃべれないのか?」
高橋さんの顔が「信じられない」という表情になった。
(こ...こわい....)
「すみません、読むことと書くことはできるのですが、しゃべった経験がないんです...」
実は、読み書きさえ、大学時代まともに勉強していなかったのでままならなかったんだけど、そんなことを言える雰囲気ではなくて、つい、そんな言い方をしてしまった。
「そうか....まあいいや、これも経験だ。お前やれ」
「え?そんな~アメリカ人相手にいきなり英語のプレゼンなんて無理ですよ」
高橋さんは、チラッと僕のほうを見て、こわい顔をしながら言った。
「いいから、お前やれ。出発まで1週間ある。死ぬ気で勉強すれば間に合う」
(ひ~~~~~死ぬ気??)
こうして僕の初めての海外出張、そして初めての英語のプレゼンテーションが決まった。
僕は、早速本屋に言って「英語の本」を買いまくり、勉強を始めた。
(ううう.....死ぬ気でやっても1週間で英語なんかしゃべれるようにならないよ~~)
途方に暮れているヒマなんてなかった。一週間後には、アメリカが僕を待っているんだ...