新しい一日
翌日、僕は着慣れないスーツを着て本社の経営企画室に行った。
入口に入ると右手に受付カウンターがあり、女性が二人まっすぐ正面を向いて座っていた。
「あの、今日から経営企画室に配属になった小林といいますが...」
受付の女性にそう声をかけると、「少々お待ちください」と言って、内線電話で誰かを呼んでいるようだった。
(おおお~これが本社か~)
入社以来本社勤務をしたことがなかったので、きらびやかで威厳のある雰囲気に圧倒されてしまった。
しばらくすると奥からひとりの女性が走ってきて、「あ、小林さんですね^^」と言ってにっこり笑って出迎えてくた。
(おおお~美しい~!これが本社か~)
出迎えの女性に感動しつつ、そのまま僕は高田専務の部屋に案内された。
窓の大きな角部屋で、春の暖かい日差しがブラインドの隙間から差し込んでくる。
やがて、会社案内でしか見たことの無い"専務"が目の前に現れた。
「やあ、よく来たね」
眼鏡をかけ、顔立ちのしっかりしたその人は、大またでサクサク歩きながら、手を広げて歓迎するように近づき、「どうぞ」と僕をソファの方にうながした。
「はじめまして、小林と申します」
僕は緊張しながら自己紹介をした。
しばらくするとさっきの美しい女性がお茶を持ってきてくれた。
(ああ、あの人は秘書だったのか)
役員秘書は皆美しいとは聞いていたが、さすがに専務秘書は違う。
「さてと...」
専務はお茶を一口すると胸ポケットから何かを取り出した。
体はさほど大きな人ではないが、手のひらが異常に大きいので、つい目を奪われてしまう。
「これ、何だかわかるか?」
専務は一枚のカードを僕にかざすように見せて、テーブルの上に置いた。
「さあ...? 何ですかこれ。CDみたいな色ですが...」
専務は、少し上目遣いで僕を見つめて言った。
「これがこれからあなたにやってもらう仕事だよ」
そう言われても、正直言って、何をすればよいのか見当もつかなかった。
「今日の午後、早速プロジェクト会議があるから、詳しくはそこで話すよ」
専務はそう言うとソファに深く座りなおした。
「あの、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「あの、どうして...私みたいな平社員が、つまりその...専務からご指名いただけたのでしょうか?」
僕は思い切って聞いてみた。
専務は、さっきのカードを僕の目の前に差し出して言った。
「この仕事はね、コンテンツが重要なんだよ」
「はあ...」
「ははははは」
専務は突然笑い出した。
「だれか若くてコンテンツがわかるやついないか?って、人事に言ったんだ。そしたらあなたの名前が出てきた。」
「そうなんですか?」
僕は正直不安だった。コンテンツがわかると言われても、この2年間銀行屋か借金の取立て屋みたいなことしかやってきていなかったし、なによりも専務が求めている"コンテンツ"そのものがよく理解できなかった。
「新規事業だ。たくさんの部門が連携して、将来は1000億円くらいの大きなビジネスにする。」
(ひ~~~~~1000億円???)
びびってる僕を見て専務はまた大声で笑った。
笑い声でその人の性格とかがなんとなくわかるというけど、まさにそんな感じで、専務の笑い声は人を惹きつける力を持っているような気がした。
「紹介するよ」
そう言って、秘書に何か告げると、やがて次々と人が専務室に集まってきた。
専務室というのは、もっと敷居が高いものだと思っていたけど、ここは少し違う。明るくて、なんか大学のサークルの部室みたいな雰囲気がした。
「この人は、高橋さん。ニューヨークから帰ってきてもらった。弁護士の資格も持ってて、訴訟担当だ。」
(ひっ!ニューヨーク?訴訟?)
高橋さんの顔は四角く体格もしっかりしていてものすごく怖そう。
「ハーマン高橋です。よろしく。」
「ハーマン???あの...失礼ですけど、高橋さんって外人ですか??」
突然、僕が変な質問をしたから皆は大笑いした^^
「ははは、日本人だよ。アメリカに住んでいる時は、あっちの名前を使うんだよ。」
高橋さんが、いかつい顔を少しほころばして言った。
専務が紹介を続けた。
「この人は、遠藤さん。ライセンス担当だ。」
「よろしくお願いします」
まじめで穏やかな感じの人だ。
「それから、こちらが中井さん。商標担当だ。」
「中井です。よろしくお願いします」
(ひゃ~~~~ものすごい美人!!!)
僕は、1000億円の新規事業の話を聞いてかなりビビったけど、
中井さんを見た瞬間に、急に楽しくなってきた。
(なんか、すごい顔ぶれだな~)
その時僕は、もう映画の仕事なんかどうでもよくなっていた。